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    jan114rm

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    jan114rm

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    本編ドラヒナ前提みっぴき

     ドラルクが最近プレイしているのは、一昔前に流行った推理アドベンチャーノベルゲームだ。中弛みはあるもののゲームパートでの程よく歯ごたえのある難易度の仕掛け、バグやインターフェイスといった基本的なところにイラつく要素のない、いわゆる良ゲー。
     そして一番の売りは骨太で作り込まれたストーリーで、常からゲームをしないヒナイチが、話の続きが気になるから見ていていいかと惹き込まれる程だった。
     そうしてドラルクの隣にジョンと共に陣取りしばらく経った頃。
     コントローラを構え画面のテキストに集中していると、肩にとん、と重みが乗った。

    「ヒナイチ君?」

     一旦ゲームを止め声をかけたものの、返ってくるのは規則正しい寝息だけだった。
     ここのところ連勤に次ぐ連勤で、少し疲労の色が見えていた。
     とはいえ食べていくかいとお誘いした夕食は、若造と共におかわりしデザートまで完食、次回のメニュー果ては三時のおやつのリクエストもする有様だった。杞憂だったなと思っていたが、すとんと寝落ちるところを見るに、やはり随分疲れが溜まっているのだろう。このワーカホリックどもめ、と苦々しく思う。
     さてちゃんと寝かせたいが自身の非力もあるにせよ、もう一人手が欲しい。ジョン、ちょっとゴリルドくんよんできてくれる?静かにねと小声でお願いする。
     おまかせあれ!とばかりに隣の部屋へとことこ向かう、有能で丸いパーフェクト使い魔マジロを見送る。かわいい。
     ゴリラリフトを待つ少しの間、こちらに全て預けて眠る昼の子に知らず眉間に皺を寄せ、そっと嘆息する。
     ここまで身内に寄るつもりはなかったのだ。
     ドラルクは自身の、彼女に対する吸血鬼然とした仄暗い執着を自覚している。友人の枠ではもう足りない。この無垢なうつくしいものに欲を教えてぶつけて暴いて、正体をなくすまでこの手で蕩かしてしまいたい。正直に言えば吐精の糧にしてしまった事も一度や二度ではない。
     しかし件の獲物は、今なんの警戒もなく、もたれかかってすやすやと寝息を立てている。つまり、自分は紳士として完璧に擬態できているという事だ。それにしてもこれは。

     いや、うん、やりすぎた。

     まずは取り入る事が定石だからと、日々の食事やおやつを作り食べさせ、早く寝なさいよだの気を付けて行ってらっしゃいだの、最近ではお風呂沸いてるから先に入っちゃいなさい、だの。一石二鳥だとあの五歳児とまとめて世話を焼いてしまったのがいけなかった。振り返って見ればただの親鳥とヒナである。
     下手を打って失いたくないと慎重に慎重を重ねた結果、うっかり家族のような信頼を築いてしまい、ここから今更どう持っていけばいいのか皆目見当もつかない。
     途方に暮れる吸血鬼をよそに、触れたところから無遠慮に昼の子の無邪気で健康的な体温が移ってくる。
     観念して目をやれば、朝焼けを思わせる美しい暖色の髪色がある。暖かい日差しとはこんな感じだろうか。じんわり暖められてやわらかくてほどけていく、そういう感じ。
     日光など、浴びれば塵にされる凶器としての認識しか叶わない吸血鬼の身に、この太陽は優しい知見をくれる。

     どうかこの陽だまりが健やかで永くそばにありますように。

     そんな風に穏やかに願う反面、思春期男子もかくやといった欲にまみれた思考をはしたなく巡らす、我が事ながら振り回されっぷりが滑稽で可笑しくて何より恥ずかしい。

     ……やはり、享楽は、こうでなくてはねぇ!
     他人事の様に音に出さずに呟く。浮かべた余裕ぶった微笑は、高等吸血鬼の矜持やら二百歳代の経験やらを総動員させ、ようやくギリギリの涙目で取り繕って形にしたものだったが、誰に認識されるでもなく虚空に消えていった。

     ***

     事務所の応接室に断続的に響いていたキータッチの音は、最後にひとつカチ、と響いて途切れた。
     ロナルドはぐっと上に伸びをして、一旦休憩するかぁと誰に言うでもなくつぶやいた。
     これといった退治の依頼もなく、ロナ戦執筆の締切はこないだ終えたばかりの穏やかな夜だ。こんな日はゆっくりと。
     そう、のんびり、外回りの時にはできない事務仕事に手をつける。
     空いた時間に少しずつ片付けるのだが、それでもそこそこ溜めてしまっていて、手際が悪いよなぁと自嘲する。
     幸い今夜は急な依頼でも入らない限りフリーなので、時間いっぱい事務仕事に当ててしまおう。ちらと時計を確認して、十五分後に再開しようと決めた。
     空いた時間には仕事を詰める。ワーカホリックとかそういう大層なもんではないと思う、要領が悪いだけだ。幸い身体は丈夫なので、無理も効くし。座ると立てなくなる事もあるが、そういう時は座らなければいい。
     ちょうどパソコンをスリープにしたところで、リビングへ続く扉が静かにひらいた。
    「ん?どした?ジョン」
     丸っこい使い魔マジロが、トコトコと足元へやってくる。シー、のジェスチャー付きで服の裾を引かれる。こっち来てって?やだかわいい。
     可愛さに逸る気持ちを抑えつつ、音を立てないようにリビングへ向かうと、ゲームの最中だったドラルクと、肩にもたれて眠るヒナイチがいた。
    「ありがとうねジョン。ロナルド君、ヒナイチ君このまま寝かせたいから、一旦抱き上げてくれない?」
     静かに了承しそっと正面へ周り、ヒナイチを横抱きで難なく抱える。
    「さすがゴリラ、軽々だねぇ」
    「おめーが非力すぎんだよ、あっでも結構ずっしりはくるかも。身が詰まってんな」
    「そういうとこだぞロナルド君。ヒナイチ君身体能力高いし、筋肉質なんだろうねぇ」
     すっかり眠りこんで力が抜けているせいもあるのだろうが、抱えた感じきっと一般女性よりはしっかりしている、のではないか多分よくは知らないが。
     身近な女性とふと思い、口数を端折りがちな自身の妹をヒナイチに重ねて目を細める。
    「戦闘特化の吸対エリート様も寝ちまえば可愛いもんだ。つーかそんな奴が吸血鬼のそばで爆睡ってどうなんだ?おまえどんだけ雑魚いと思われてんだよ」
    「デリカシーなしルドくんめえぇ!」
     崩れてふるえる砂の山が、悲痛な小声を上げている。
    「ダメージ受けてねーでさっさとベッド作れよ」
    「ウエエエン吸血鬼としての威厳…畏怖…その他諸々…」
    「もとからねーだろ」
     信頼とか友好とか、そういうものがよぎったが、つけ上がりそうなので口にはしないでおいた。そしてその判断が正しかった事はすぐさま証明された。

    「ま、でもそれだけガードが下がってるという事で、紳士的にという点は前提にしてもねだればひとくち血をいただけるくらい絆されてくれたら嬉しいブェ──」
     危険思想!の怒号(小声)とかかと落としで、クソザコおじさんはまた砂に還った。

     ***

     どうにかソファベッドを展開しヒナイチを寝かせて、さて作業の続きをと離れようとしたロナルドは、ジャージの腰の辺りを引かれた。引かれた、というのはだいぶマイルドな表現で、実際は服ごと肉を引きちぎる勢いでがっちりつかまれていた。
     うっかり上げてしまいそうになった悲鳴は、ラマーズ法に似た呼吸で何とか逃した。
    「だあああ痛って!いっ、なんだ!?」
    「あらま、ヒナイチ君しっかり掴んじゃってるね」
    「エーまじかちょっ、はなっ、離れねぇ⁉︎」
     千切れるちぎれる!と力の方向に逆らわずに体を動かせば、そのまま添い寝の格好になった。
    「ウッソーまじか……」
    「普段ぬいぐるみとか抱っこして寝てるのかねぇ?とりあえず離すまで抱き枕してなよ、毛布二人分かけといたげる」
    「事務の続きしたかったんだけど……こんなん俺普通に寝るぞ」
     作業が仕事がとブツブツ言う間に、ふんわりと毛布が掛けられた。途端、暖かさに襲われまぶたが重たくなるのを感じる。
    「あ──っバカ砂‼︎らめぇ無理寝る‼︎寝ちゃう……」
    「うるっさい静かにしろヒナイチ君起きるだろ。ロナルド君もたまには早寝しなさいよ、時間あるだけ仕事突っ込んでからに」
    「いや待て待て、それでも添い寝はダメだろ!せめてジョンをこう手の間にジリジリ挟んで脱出うっわこの握力ヤバァ…………」

    「うむ、寝たな白目剥いてるけど」
     オヌヌヌ……、と聖母マジロが慈愛に満ちた手つきで二人の頭をゆっくり撫でた。

     ***

     夢を見た。
     毎度おなじみトンチキ吸血鬼の暴走で、大事には至らなかったが一部の退治人の尊厳を犠牲にし恙無く解決という、シンヨコではありがちな退治劇だった。
    「毎度の事だけどここにはポンチ吸血鬼しかいねーのかよ……」
     一際疲労を滲ませる退治人を、まぁ重大な事件にはならなかったしと慰める。
    「本当、ここは退屈しないねぇ」
     自他共に認める享楽主義者の、痩躯と血色の悪さに似合わない溌剌さで心底楽しそうに笑う顔が、何故だか心に残った。

     薄ら目を開け、ヒナイチは何度か瞬きをする。まだ薄暗い時間のようだ。空間にゆっくり目が慣れていく。ロナルドの事務所のリビングだ、ドラルクのゲームを眺めていて寝落ちた事はすぐ理解した。
     緩慢に起き上がりソファから降りようとした足が、存外に肉厚なふわふわしたものに着地する。その感触を不思議に思いよく見れば、毛布に包まって転がるロナルドブリトーに足を置く形になっていた。わっ、と慌てて足を一旦浮かした。どうやら家主の寝床を占領してしまったらしい。
    「ヒナイチ君、起きたの?もう少し寝ていけばいいのに」
     物音に気付いたドラルクに声をかけられる。
    「ああドラルク、寝てしまってすまない、ロナルドの寝床まで取ってしまって」
    「いや丁度良かったよ、ヒナイチ君がいなきゃ若造めまた寝ずに仕事してただろうから」
     状況に合わない言い回しに疑問符が浮かんだ。
    「私がいたせいで床に寝てたんじゃないのか?」
    「うん、その足元のブリトーはね、ヒナイチ君にムリヤリ添い寝枕にされたロナルド君があっという間に寝落ち爆睡、その後毛布ごと蹴り飛ばされ落下という手順で作成されたんだが、結果的に睡眠時間が取れたので良かったという代物だ」
    「すごく申し訳ない!」
     取ったり蹴ったりすまないと詫びながら、転がっていたロナルドを毛布ごと横抱きに抱え、ソファベッドにそっと寝かせた。
    「いや怪力……」
    「ふふ、天下の退治人も眠ってしまえば可愛いものだな」
     言いながら銀糸の髪を指ですくと、ぱち、と目が開いた。
     あっと思うが、焦点の合わない空色が瞬きを繰り返すので、ゆっくりおやすみとそのまま何度かすいたり撫でたりあやしてやると、んふっ、と笑って再び瞼が下りた。
     んん、と身じろぎをして毛布に深く埋もれていくロナルドに、五歳児やら若造小僧と言われる所以の一端を見た気がした。歳の離れた弟がいたらこんな感じかもしれない。
    「世話になったな、一旦戻る」
    「床下に戻るんなら朝ごはん置いとくから、ロナルド君と食べなさいね」
    「わかった、ありがとう」
    「それと」
    「ん?」
    「変な場所でうたた寝して、そのまま熟睡なんて今後しないでくれたまえよ」
     当たり前の事を改めて言われて、ええ?と間の抜けた声が出てしまった。
    「……いや野良猫じゃあるまいし、段ボールとかでは寝ないぞ?」
    「そーいう事じゃないんだけどね!」
     何となく軽口で受け流し、じゃあまたな、とリビングを後にした。
     床下に戻りながら、最後に掛けられた言葉が存外引っかかっている事に気付いた。なんだか真意を図りかねるというか、ドラルクは何に気を付けろと言っているのだろう。ロナルドとジョンと、お前がいるここは変な場所にはあたらないだろうに。
     結局ロナルドと同じに子供扱いなんだろうな、と着地させる。腹を出して寝るな、的なやつだ。
     全く失礼な、淑やかなとはいかないが、私もちゃんと分別のある大人なのに。分別のある大人は他人のベッドを取って持ち主を無理やり添い寝させた挙句に蹴り飛ばすか、と言われるとちょっと分からないし、成程ドラルクもこの辺を言外に含ませていたのかもしれない。今後は気を付けよう。
     二百歳も超えると、十、二十代なんて赤子も同然なんだろうなと、持ち前の聡さを上回る経験のなさでドラルクの忠告を正しく誤解して納得するのだった。

     ***

    「子供じゃないから言ってるんだけどねぇ」
     事務所の床板が開閉する音を聞きながら、ドラルクはひとりごちる。
     楽しんで、確実に、じっくりやるさ。どうせ逃さない。
     一点を見据えて何の感情も読み取れない顔をした吸血鬼は、正しく人ならざるものだった。
     ……ンアー時間かかりそうー。
     逃がす気はないが、無理強いなんぞ今時流行らないのだ。途中で暴走しないようにしなければ。いつも心にジェントルを。
     ある日突然「会ってもらいたい人がいるんだ」なんて言い出さない内になんとかしないと、アッもし同胞とか連れてこられた日にはヤバい、この想像だけで死ねる。
     取り越し苦労死しながら、その時は相手の息の根をどんな手を使っても止めてやると心に誓った。

     ***

     床下に戻り、もう一眠りしようとベッドに潜り込むとすぐに眠気がやってきて、波に揺られるように雑多な思考が打ち寄せては引いて行く。

     ひとつを引き寄せて、眺める。
     二百年、か。人には長すぎる時間をあの吸血鬼は重ねてきて、おそらくこれからも同じだけ、それ以上か。あいつはきっと沢山の人や吸血鬼や物事と関わって、面白おかしく生きて行くのだろう。
     もしかしたら、伴侶を得ることもあるかもしれない。喜ばしい事だ、とても。友人には幸せでいて貰いたい。
     とは言え、あのよく死ぬ吸血鬼にとっての特別なひとり、まだ見ぬその人に憐憫の情を向けずにいられない。あいつすぐ死ぬ虚弱体質なくせに楽しい事優先で、首突っ込んで問題ばっかり起こすし、共に生きていく相手はさぞ気苦労が多いだろう。
     そうして身勝手に踊る享楽主義者に辟易しながら、退屈しない日々を送るのだろう。
     私の生きているうちにそういう事になれば今の頻度でおやつをねだるのは良くないので、レシピでも聞いておこうかな。いや月一くらいなら、ううん週一何とかならないか。店を開いてもらおうか。
     もういっそ私で手を打ってくれないか。
     クッキーおいしい。

     ……

     ずっと幸せでいてほしい。
     そうして積もる山ほどの愉快な記憶の中に、埋もれて行く私を憶えていて欲しい。

     至純な願いは夢と現の狭間に溶けた。

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