いつものように吸血鬼対策課へ報告に向かう。
いつものように「ヒナイチ君お疲れ様、おやつあるよ」とドラルク隊長に声をかけられる。ここまではいつも通りだが、最近は少し勝手が違う。
「ドラこー俺もおやつ!」
原因はこれだ。ロナルドと名乗るやたら横柄な態度の美丈夫な吸血鬼が、われもわれもとおやつをねだるのだ。
「あーわかったわかった、お茶も淹れるからヒナイチくんもかけて待っててね」
給湯室へ向かう隊長を見送って、ソファにでーんと座っているいけすかないやつを睨みながら、なるべく端っこに腰掛ける。
「なんでここにお前がずっといるんだ!」
「だって俺あいつの監督対象だし」
そう、監督対象。言っても仕方ないことだと分かっているのに、つい口を突いて出てしまった。
先の吸血鬼大侵攻、こいつはその首謀者だ。
吸対と退治人総出の大捕物で苦戦はしたものの、どうにか身柄の確保にこぎつけ一件落着と相なった。しかしおよそ知られる弱点のほとんどを克服しているという規格外の吸血鬼、処遇の決定はさぞもめるだろうと思われたが、本部長の鶴の一声で、あれよと言う間にドラルク隊長の監督下に置く運びになっていた。
つまり今後しばらくは隊長にこの吸血鬼がもれなく付いてくるのだと思うと、心底ガッカリしてしまう。仕留めきれなかった己の不甲斐なさを、毎度報告に来るたびに目の当たりにするのだ、気も滅入る。何よりこの報告ついでのおやつは、貴重な、憩いの、時間だったのにっ!
時期を見てまた再戦を申し込んでやるとジリジリしていると、こちらをじっと窺っていたロナルドが、突然「ああわかった!」と声を上げるので、構うつもりはなかったのについ訝しげな顔を向けてしまった。
「……何が?どうかしたか?」
「お前、ドラルクの事好きだろ」
あけすけな不意打ちに、ガチッと音が聞こえそうなくらいに思考と動きが止まる。
「……は?」
「当たりだろ」
ソファに深くもたれて、にい、と口角を上げ、紅い瞳が鋭くこちらを捉える。憎たらしいが美しい顔立ちと恵まれた体躯に、不遜な態度がよく映える。
しかしこのやりとりの目的が見えない。こちらの弱みを握って寝首でもかくつもりなのだろうか。S級の吸血鬼、不死の王、やはり相容れない危険な獣なのか──
「おれもドラ公すき!一緒だな!」
なんて?
ぱっと人懐っこい満面の笑みに変わった吸血鬼に、ガバっと肩を組まれる。こいつの言動の何もかもが予想外で付いていけずに、うっかりされるがままになってしまう。
「へっ、ちょっ、近い近い!やめろ何にも言ってないだろう!」
「うへへ、隠すな隠すな〜同志じゃん!」
肩を組んだまま、顔赤いぞーと空いた手の方でほっぺをつついてくる。
やめろって言ってるだろ‼︎と荒げた声と、拳を上に振り抜いて顎を真芯に捉えたのはほぼ同時で、鈍い音と共にロナルドが少し浮いた。
いってーやっぱ強いなごめん悪かった、と軽く詫びて、再び話題を戻す。
「あいついいよなぁ!すっごく頭いいとことか!」
クリーンヒットしたはずの拳はいくらもダメージになっていないらしく、料理うまいしーなんだかんだ面倒見いいしーとにこにこしながら、隊長のいいところを挙げていく。いやこれ何の時間なんだ。
「でもさ、頭いいくせに危なっかしいところは困るよな、貧弱なのにギリギリまでやっちゃうとことか」
それはわかる。
今回の大侵攻でもそうだ。
こいつは恐ろしく強かった。狙撃が待機している予定のポイントまでどうにか追い詰めて安堵したのも束の間、結局のところそれは自身の不甲斐なさと絶望へのきっかけにしかならなかった。次々撃ち込まれる尋常ではない量の麻酔弾に、わずかに鈍ってよろめく体も厭わず、尚楽しげに笑う生き物の、得体のしれない不気味さに寒気がした。こんなものどうすればと、次の手を出しあぐねていたその時。
絶望と真っ向から対峙する痩躯のその人を見た時は、心臓が止まるかと思った。
「貧弱だけど、意外とああいう奴が俺の事殺してくれるのかもな」
期待に満ちた眼をして、急に重いこと言ってくる。死んで蘇りたいのだと言っていたか、支離滅裂じゃないか。
しかし隊長に対しての解釈は概ね同意だ。
「……ドラルク隊長の事は尊敬している。でも多分す、好きだとか恋愛感情ではないぞ、すごいなって思ってるだけだ」
本当にそれだけだ。
無理はしないでほしいので、合同で動く時や普段の警らなど、私のできる事で負担を減らせたらいいとか。なるべく辛いことなくいてほしいとか、ごはんちゃんと食べて笑っていてほしいとか。そういうものはなんだか無骨で、恋と呼ぶにはきらきらした感じが足りない気がするのだ。
「あ、あとクッキーがおいしい」
何だかんだでここが一番印象的かもしれない。
黙って聞いていたロナルドがンフッと笑って、両手のひらを目の前にバッと出す。えっ?と呆けていると、ほらほらと催促するようにヒラヒラと手を振る。訳が分からず、同じ格好に両手をかまえると「うえーい!」の掛け声と共にお互いの手のひらを合わせてばちんと叩いた。
ハイタッチて。なんだ?今そんなタイミングだったか?
「やっぱ同志じゃん!えーどうしよ、俺ヒナイチも好きだな!」
言いながら正面から両脇に手を入れられて、ひょいと高い高いの格好からくるっと後ろを向かされ膝の上に座らされて、むぎゅと長い腕の中に巻き取られるとちょうどお気に入りのぬいぐるみでも抱いているみたいな形になった。満足そうに鼻歌を歌っている様子は、まさに子供がおもちゃを手にしているようで、その行動に何の悪意も下心も見えない。ともすれば人懐こい大型犬がじゃれるような無邪気さに、毒気を抜かれてしまって抵抗する気力はそこで失せた。
これどういう状況なんだ?ていうか疲れた。なんなんだこの天真爛漫な五歳児吸血鬼は。こんなのと四六時中一緒にいなければならない隊長の心労と懐の深さを思い、それはそれとして早く帰ってきてほしいと心の中でそっと合掌した。
その光景を呆然と見つめる人影は、もちろんドラルク隊長その人だ。
なにそれ……なにそ、いつの間になかよし⁉︎
私だってそんなぎゅっとかしたことないのに⁉︎
わたしっ私がどれだけ慎重にやってると思っ、ヒナイチくんはああいうパリピ距離ナシ美丈夫ゴリラがタイプ⁉︎
トレイに載せたおやつと紅茶セットを手近なテーブルに震える手で避難させて、満を持して膝からくず折れるのだった。