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    共同1次創作企画の本編です。
    原案・小説:えなが

    そして、君の愛を知る。最終話1-1 フジの活動拠点で、椅子に腰掛けながら曇り空を眺め、そうしてハンナは最近のことを思い返していた。
     愛を知るというのは、簡単なことではなかった。
     それはハンナにとって、正しいと信じていた常識を打ち壊すものであり、同時に自身の世界を広げるものであった。いろんな話を聞いたが、短期間の間にハンナが世界中に散らばったすべての愛を理解したわけではない。
     けれど、愛という大きなくくりの中にさまざまな感情が含まれることを知った。ルゥ、クレア、ニコラシカ、コルディス……どのアンドロイドにも「愛」はあったが、どれも同じ「愛」ではなかった。確かに存在したであろうそれらを否定できるものは誰もいない。
     ハンナには、勇気のようなものが湧いていた。
     それはオリヴァーともう一度対話し、そして気持ちを通じ合えるだろうという自信でもある。ハンナはもう一度、オリヴァーと話がしたい。
    「なんだか覚悟を決めた、という顔をしているね」
     頭上からフジの声がかかる。
     顔を上げると穏やかな表情のフジがこちらを見ていた。
    「覚悟……というほどのものではありませんが、でも、以前の私より、少しだけ気持ちは前向きです」
    「それはいいことだ」
    「紹介していただいたアンドロイドの皆さんは、どの機体も、わたしに対してとても親切にしてくださいました」
     立ち上がり「ありがとうございました。とても有意義な時を過ごせました」と頭を下げる。
    「君のためになったのなら何よりだ」
     ふ、と室内の壁に視線を向ける。
     そこにはコルディスからもらった絵画が飾られている。何年も前のことではないのに、絵画を見ると何とも懐かしくなる。
    「それで? これからどうするつもりなんだい?」
     フジの方へ向き直り答える。
    「もう一度オリヴァーに会いに行こうと考えています」
     オリヴァーは以前と変わらずハンナと会うつもりも、話すつもりもないかもしれない。けれど以前のような友人関係をすぐに築くことが出来ずとも、ハンナはオリヴァーともう一度話がしたいのだ。
     自分と一緒に壊れてくれること、それを愛と呼ぶオリヴァーの気持ちを今、真正面から受け止めて、理解したい。向き合うことを恐れてはならないのだ。
    「オリヴァーは……きっと廃墟区域にいますよね」
     本当はもっと色んなアンドロイドの話を聞くべきかとも考えたが、ハンナにはオリヴァー自身から話を聞きたいという気持ちが強かった。
    「そうだね、彼の活動区域だし……」
     もしかして、今から会いに行くつもりかい? とフジが尋ねる。 
    「はい。……なにか、問題がありますか?」
    「……いや、いい報告を楽しみにしているよ」
    「はい。……では、行ってきます」
     フジに背を向けたハンナ。
     その後ろ姿を、フジが複雑な面持ちで見ていたことには気がつかなかった。



     森林区域から抜けて廃墟区域へと移動する。目指す先はオリヴァーの活動区域である。怪しい曇り空の下を歩いていく。
     ハンナにはオリヴァーの居場所にいくつか当てがあった。機体の製造番号も知っているから、近くまで行けば見つけられるはずだ。廃墟区域はひっそりと静まって、灰色の空気が漂っている。なんだか気分の悪い雰囲気であった。ハンナの気持ちとは裏腹に、世界はどこか悪い方へと流れているようで、気持ちが落ち着かない。
     いくつかあった候補地を一つずつ潰していく。ここにもいない、ここにもいない。繰り返す度、どんどん気持ちが萎んでいく。
     歩き続けたハンナは、最後にとある場所へと辿り着いた。そこはハンナとオリヴァーが最後に出会った場所だ。鉄骨がむき出しの廃ビル。オリヴァーの愛とは何かを聞いた場所で──そして、ハンナが落下したビル。
     機体の反応には少し前から気がついていた。オリヴァーはそこにいる。鉄くずを踏み、オリヴァーにゆっくりと近づいていく。最後に出会った時と同じように、背を向けたままのオリヴァーが、廃ビルを見上げて立っていた。
    「オリヴァー」
     その名を呼ぶ。
    「何度も来てすみません。けれど、わたしはあなたともう一度話がしたいのです」
     声に出すと、より一層緊張した。大丈夫だと信じているのにも関わらず、奇妙なことにそれを自分で疑っている。
     やけに時間がゆっくりと流れているようだった。ゆっくりと、オリヴァーが振り向く。久方ぶりに見た瞳は美しかった。その美しい瞳がハンナを射貫く。その眼光が、ハッピーエンドの始まりではないことにハンナはようやく気がついた。
    「話? 嘘を吐き続けるようなやつと、何を話すんだよ」
    「……うそ?」



    「お前、本当は記憶があるんだろう」



     電脳を破壊するような恐ろしい一言だった。
    「データを喪失したなんて嘘だろ」
     確信を得ている眼差しだ。それがハンナを貫いて思考力を鈍らせる。
     なぜそんなことを言う。
     どうしてそんな風に思う。
    ──どうして、どうして“分かった”んだろうか。 
    「他のやつの考えを知りたいだとか、愛がどうとか良く言うよ。本当は記憶があるのに、なくなったフリをして、僕のこともフジのことも騙して、どういうつもりか知らないけど、今までの信頼も何もかもなかったことにして、それなのにまた仲良くしようだと? ふざけるなッ!!」
     怒号が空を切り裂いた。
     言葉を紡ぐたびにどんどんと勢いが増していき、濁流のように乱暴な言葉がハンナを襲う。降りかかるその非難を、避けることすら出来ず、ただただむき出しの感情を見せつけられている。
    「僕に嘘を吐き続けるのもお前の言う愛なのか? 誰も彼もを騙すのが愛? 僕はお前と話がしたかったよ。でもそれは今のお前じゃない。会話を拒んでいたのは僕じゃない、嘘を吐き続けるお前だよッ、僕はッ……何度もそう言ったはずだッ!」
     殺気立つ獣のようなオリヴァーとは正反対に、ハンナはどんどん思考が落ち着いてくるように感じた。なぜか冷静だ。
    「……」
    「なんか、言うことないのかよ」
    「……」
    「また何も言わないのかよ」
    「……わたしは」
    「自分だけ被害者面するなよ」
    「オリヴァー」
    「愛なんてない。感情なんてない。僕らが抱くものは全て計算されたもので、擬似的なそれに過ぎない。僕らは一生人間の真似事をするだけの、ただの機械だ」
     
     オリヴァーの目元で光るランプが赤く点灯していた。
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