深夜食堂「アイクの作る料理はいつも美味しいです」
頬を押さえるモニカにアイクは蕩けそうな笑みを浮かべた。
「光栄だよ、マスター」
モニカの食は細いが、これでもアイクの作る料理があまりにも美味しからと以前より食は増えたほうだ。
とはいえ、実は大食らいなアイクにとっては微々たるもの。
だけど、いつもモニカよりもほんの少しだけ多めによそい、モニカに合わせて食事を終える。
それは食事を終えたあと、家事が苦手なモニカと二人で片付けをするため。
そして、食後に彼女も気に入ってくれたハーブティーを片手に会話を楽しむ。
すると、次第にモニカが目を擦り始め、そしたらそっとティーカップを引き寄せて、お風呂に促すのだ。
「おやすみなさい、アイク」
「おやすみ、モニカ」
こうして、放っておくと睡眠時間を削ってしまう師匠を少しずつ規則正しい生活リズムに整えているのである。
とはいえ成長期を迎えた体には、それ相応の栄養が必要だ。
だからアイクはこうしてモニカが自室に入ったあと、必要な明かりだけを灯し、キッチンへと引き返す。
「さて、どうしようかな」
どこぞの賢人が送ってくることもあって野菜が豊富な台所。
でもアイクが食べたいのは食べたという実感が湧く肉である。
すっかり御用達になっているグレンの家の肉を取り出して、暫し思案。
今日はかぼちゃのグラタンとコンソメスープ、小食のモニカの体を労わる野菜中心のメニューだ。
味は問題ないが、やはり物足りなさを感じてしまった。
ると台所の片隅に置かれたレモンが目に入る。
それはご近所さんから分けてもらったもので、レモンのタルトやレモネードを作ったりしていたが、それでもまだ残っていた。
というわけで、レモンのガーリックチキンを作ることにした。
元々グレンの家の肉には下味が付いていることもあって、下処理の必要もなく料理時間も半減できる。
手早く輪切りのレモンとたっぷりのレモン汁、オリーブオイルで浸して、オーブンへ。
その間に、モニカに許された過去の沈黙の魔女の論文を読めば、あっという間に時間は経ってしまう。
香ばしい匂いが立ち込め、キッチンへと戻ると、
「いい匂いがするぞ!」
先客がいた。
「……今日は早いお帰りだね」
いつの間に帰ってきたのか、遅い時は一週間近く姿を見せないこともある気まぐれな黒竜、ネロである。
「むむ、さてはキラキラ、俺様に隠れてこっそり美味いものを食べようとしてるな」
「……別にきみにならバレてもいいかな」
「?」
「口を塞ぐ方法はいくらでもあるからね」
そう言うと、不穏な気配を感じたのか、ネロのしっぽがピンと立つ。
「なんだ? 俺様と喧嘩しようってか?」
「いや、そんなことはしないよ。モニカが悲しむからね」
アイクはオーブンを開けて、見るも美味しそうなチキンをネロに見せる。
「口止め料はチキンでどうかな?」
くんくんと鼻を動かしながら、
「つまりそれは俺様に恐れを生したキラキラの献上物ってことだな」
得意げに笑った。
まぁ解釈は何でもいい。
アイクにとってモニカと食べる夜食が前菜であるなら、この夜食がメイン料理のようなもの。
今誤魔化したところで、また二度三度ありえることなら、手っ取り早くネロを懐柔してしまったほうが早いのである。
そんなことを考えながら、アイクも目の前のチキンを頬張った。
そんなわけですっかり胃袋を掴まれたネロは今後もアイクの深夜食堂の常連になったわけである。