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    takasaaaaki

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    takasaaaaki

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    ※医者ぱろ
    ※心臓血管外科及川×腎移植外科医影山 の導入の話
    ※未完
    ※ 医療について詳しくないのでご容赦を ※

    拍動と毒素父の職場には週に1回連れていかれた。当然学校も休みである日曜日は母は日中が仕事で、姉は友達と遊びに外に出ることが多かったから、おれを置いていくのは憚られたらしい。父につれられておおきくて静かなで、でもどこか喧騒のなかにある敷地で過ごしていた。「いい子にしてるんだぞ」と言うのはいつも父だ。「わかってる」と聞き分けのいい子供のおれはそう言って、仕事着に着替える父をじっと見ていた。家では物静かでどちらかといえば母の尻に敷かれている父の雰囲気が変わるようで、仕事着の父を見るのが好きだった。電話を胸ポケットにしまった父は仕事場に向かう。「12時過ぎにはおわるから」と言った父を見送って、おれはもう探検しつくした敷地内を闊歩するのだ。

    1階のコンビニの傍にあるエスカレータに危なげなく乗って、2階へ行けばたくさんのソファがきれいに並んでいる。今日は土日だからうすぐらくて、ひともいない。きっと平日は光がらんらんとしていて人がざわついているんだろう。おれは平日にここに来たことがないからわからないけど、たぶんそうなんだろう。半年前に家族で行った地元の遊園地のうたをうたいながら適当に歩けば、新館へつながる廊下だ。ふんぬふーん。自分だけの足音が聞こえる。主人公になったような錯覚がする。しっかりと歩いて行けば受付の向かいにあるソファのひとつに、こどもが1人で座っていた。床に足が届いていなくて、お行儀よく背筋を伸ばして座っているが、足をぶらぶらさせている。青のパジャマを着ているからたぶん男の子だ。気になったけど、その子に気づかなかったふりをして新館へ続く道を行く。本館と違って7階までしかない新館をぐるぐるめぐって、警備員のおじさんに「気を付けてね」と言われながらもと来た道を戻っていた。受付の近くのソファにまたあの子がいる。行くときはソファに座っていたのに、いまは横になっているからちょっとだけ心配になった。すす、と近寄る。目を閉じているその子に声をかけた。
    「どうしたの?」
    その子は目を開けた。おおきくて、きらきらしている、目だった。お星さまが散らばっているような目で、不思議そうにおれを見る。ぱちぱち、まばたきをする。ちいさな口はきゅっと閉まっている。
    「しんどいの?」
    「しんどい…? ううん、しんどくない、ちょっと痛いの」
    「えっ、どこか痛いの?だいじょうぶ?」
    その子はゆっくり起き上がった。ソファの下にスリッパが転がっている。もう少し距離を詰めるとその子はやっぱり不思議そうにおれをじっと見つめてくる。ちょっとおれはそわそわした。
    「どこが痛いの?」
    「ここ、ここが痛い」
    その子は左腕を差し出した。ねこの絵が描かれている青のパジャマの裾から腕が覗いた。自然とその腕をとってみれば、太い針に刺されたかのような痕がたくさんあって驚く。丸いばんそうこうのようなものが貼られている。ぽつりと血がばんそうこうの白い部分についているが、いまはちゃんと止まっているようだ。父はよくおれが痛いと訴えるところをやさしく撫でてくれたからそうしようと思ったけど、血が出てたらだめかなと思ってやめた。その子は首を傾げている。
    「注射したの?」
    「してない」
    「そうなの?じゃあなんで」
    たくさん針の跡があるの?
    と聞こうとすればその子はぴくりと身体を揺らした。ぱっと腕を引かれて体温がなくなった。
    「お昼ご飯の時間だ」
    その子はそう言ってソファからぴょんっと飛び降りた。さっきまでソファで寝転がっていたのに、案外元気なのかもしれない。そう思うと少しだけほっとした。ぱたぱた走っていこうとするから、なんだかさみしくなって、「またね!」と声をかけた。男の子は振り返って「ばいばい、おにいちゃん」と言ってそのまま薄暗い廊下へ消えていった。


    仕事を終えた父と合流し、おれは車の中でさっそくその子の話をした。父はいつもと同じように穏やかに頷いておれの話を聞いてくれた。「友達になれたらいいな」と言えば、父は「なれるよ」と後押ししてくれる。快活に笑う母と、静かに微笑む父と、おれは父も母もだいすきだった。おれのことを否定せず、いつだって背中を押してくれるから。景色の変わる窓を眺める。あの子のお昼ご飯はなんだったんだろうとか、また来週会えるかなとか、ねこがすきなのかなとか、ぐるぐる考えた。全部父に伝えた。父は目を細めて、「そうだなあ、聞いてみるといいよ」とはっきり会えるよとも大丈夫だよとも言わなかった。父はときおり、ぼんやりとした回答しかくれないこともある。でもおれは疑問には思わず、「そうだよね、来週会えたら痛くなくなったか聞こうっと」と言えば、父はだまってハンドルを握る反対の手でおれのくせっけを撫でた。


    その子はとびおというらしい。会えるかどきどきしていたおれの前に、とびおはいつもあの受付の前のソファに座って現れた。ソファの上でごろごろして、時には背もたれにまたがったり、最初はソファの下に転がっていた靴をきれいに並べたり、いろんなことをしていた。背もたれに肘をついて雨の降る外を眺めているとびおの両肩に腕を乗せれば、まるでねこみたいに身体をびくつかせて勢いよく振り返った。
    「おいかーさん」
    「はあい、及川さんですよ、とびおちゃんなにみてるの?」
    「雨降ってるの」
    「そうだね」
    ふたりで少し雨を眺めてとびおはソファに深く座った。ちっちゃくて、余計ソファが大きく見える。おれはその隣に座った。左腕を摩って、たしかめるように手のひらを当てている。おれは不思議に思って聞いた。
    「痛いの?」
    「今日は痛くないです。けんこうかくにんです」
    「健康確認?」
    「はい!おれのにんむです!」
    痛くないならよかった、と思いながら、ちょっと胸を張って言うとびおの任務がわからなくて首を傾げた。「任務ってなあに?」そう聞けば、とびおは「おしごとです」と言った。うん、それは知ってる。そういうことじゃなくて、と言葉を直して言えばとびおは理解したようにうなづいた。とびおのまだふにふになちいさな手がおれの手に触れた。急に伝わった高めの体温に驚いて息を止めたが、とびおが気づくはずもない。導かれたのはとびおの左腕。ぜんわん、っていうところだったはずだ、父がまえそう言っていた。おれは驚いた。じわりと伝わるとびおの体温と、そして手のひらから伝わる強い拍動。ドクドク、ドクドク、そう鳴っている。
    「今日も元気です!」
    とびおはわらって言った。とびおのうすい肌から力強い拍動が伝わり、おれの心臓も同調するような気がした。なにも言わないおれを不思議に思ったのか、とびおは顔を覗き込んできた。「おいかーさん?」きらきらしたお星さまが突然視界に入って俺は少し身を引いた。とびおの腕から手が離れる。あの強い拍動が消えて、すこし残念に思った。
    「ドクドクしてるのが元気なの?」
    「はい!あと、」
    とびおが身を乗り出して左腕をおれの耳元に当てた。ザーザーと低い音が聞こえた。いままで聞いたことない種類の音で、あの細っこい腕から鳴っている音には不釣り合いな気がしてやっぱりおれはおどろいた。
    「音も聞かないといけないんです。ザーザーってしてるのが元気なしょーこ!です!」
    えっへん、ととびおは言う。証拠なんてとびおがよく知ってたな、と思えば「すがわら先生とうしじま先生が言ってました」と言う。たぶん意味は理解できてないんだろうな。とびおはまたソファに座って、自分の耳に腕を当てる。目を閉じて音に集中しているとびおを眺めた。
    「おれ、げんきなんです」
    ぽつりとつぶやいたとびおになんだかよくわからない感情がぶわっとなって、おれは思わずとびおの腕を取った。目を閉じていたとびおはびっくりしたねこのように目をまんまるにして、おれを見た。
    「じゃあ、おれもとびおちゃんが元気かどうか確認してあげる!」
    ドクドク、ザーザー、白い腕から伝わってくる強い拍動と音を、おれは忘れないように記憶した。とびおはちょっと残念な頭を必死に働かせたあと、意味を理解したのか、ひどくうれしそうに笑った。



    とびおと知り合って2か月が過ぎた。とびおは少しからかうと唇を尖らせて、冗談を言えばへんな顔をして、それでおれが腕に触れると唇をむずむずさせた。音も、拍動も、最初に触れたときと変わらなかった。週1回会って、1時間ほどソファでお話をするおれたちはそれでもちゃんと友達になれた。
    とびおは受付前のソファに座っていることがなくなった。おれの前から消えた。先週は「またね、おいかーさん」と言ってやっぱりうすぐらい廊下に消えていったのに、ちいさな手を振ってくれたのに、ソファに座っているのはおれだけだった。どんだけ待ってもとびおは来なくて、いつもなら12時には父のもとに戻っていたおれを探しに来た見慣れた私服の父は、ソファに座っているおれを見て、一瞬ことばを飲んで、それでいつものように微笑んだ。
    「徹、またせたね、帰ろうか」
    父は俯いたおれの傍に寄ってきた。返事をしようにも喉が少し引きつった感じがして、言葉が出なかった。おれのくせっけをやさしく撫でて、父は「行こう」と言った。「行かない」とやっと返事したおれを父は何も言わなかった。廊下は節電のためにうすぐらいのに、窓の外の世界はもう当の昔に梅雨が終わって、夏だった。さわやかな光が差し込んでいる。こんな日は岩ちゃんとプールに行ったり、虫取りしたり、バレーをしたり、いろんなことをしたい。でもそれ以上におれは今、とびおの元気な証拠を確認したかった。数か月触れてきたあの拍動に触れて、ちゃんと実感したかった。
    「徹」
    父はもうおおきくなって、ずいぶん体重も増えたおれを抱き上げた。不安定に驚いておれは父の首に抱き着いた。とびおよりも幾分か落ち着いている体温はおれがもうずっと知っている父のもので、それを認識した瞬間に、ぼろりとほっぺたを熱いかたまりが滑った。止めようと思っても止まらなくて、父の服に顔を擦り寄せた。父は黙っておれを受け入れて、そしてうすぐらくて、変な消毒のにおいが満ちている廊下を歩く。白衣を着たきれいな看護師さんがおれたちのわきを過ぎる。真っ白な壁がいまは憎かった。
    「とびお、来なかった。先週はちゃんとドクドクして、ザーザーしてて、元気だったのに、なんでとびお来てくれないの。またねってとびおちゃん言ってたのに、おとうちゃん」
    父はなにも言わなかった。エスカレーターを降りる。1階のコンビニには点滴をしながら歩いている人、車いすに乗っている人、エスカレーターの下の空間に設置されているベンチに座ってぼんやりしている人がいる。ここは、そうだ、そういう人たちの集まる場所だった。おれはそれを見たくなくて、父の肩口に額を押し付けた。
    父は何も言わない。父は、ときおり授けてくれるぼんやりとした回答さえくれなかった。おれの名前を呼んで、母からの遺伝のふわふわしたくせっけをやさしく撫でた。
    「徹、帰ろう」
    父の態度がすべてを語っているようで、子供にしては聡いおれは、ひたすらに涙を流した。




    「及川先生」
    同僚の呼びかけに、俺は意識を戻した。仕事の途中になにしてんだ。内心焦ったがそれを見せることなく、俺はにっこり笑った。「はい、黒尾先生」相手はやっぱり食えない笑みを浮かべている。同期で、職場では切磋琢磨できるライバルで、でも職場を一歩出れば一緒にナンパしたり肩組んで酒を交わしたり、いい関係を築けていると思う。黒尾は電子カルテを打ち込みながら言う。
    「腎内からシャント作成の依頼だって?」
    「そうそう、俺って腎内の先生から超絶信頼されてるからさあ」
    「あー、まあ、及川のシャントは丁寧できれいだからなあ」
    俺の電子カルテには今日の午後に予定されているシャント作成の手術の患者の情報があふれている。46歳男性。もうすでに昨日顔を覗き込んでマーキングもしているし、手術準備は滞りないが、それでも最終情報を頭にいれておきたかった。脳内でイメージを膨らませる。血管をつなぎ合わせる。空をにらんでいると、黒尾は言った。
    「『毎日、元気か触れて、音を聞いて確認してください。元気の証拠をご自身で実感してください』」
    俺はじろりと黒尾を睨みつけた。にまにましている黒尾には効果がないようだ。知らず知らずのうちにため息を吐いた俺を黒尾は横目で見てきた。
    「大事なことでしょ?」
    「まあな、でもそれは別に俺らじゃなくて腎内の先生や看護師から言えばいくない?」
    「まあ、そうだけど」
    「……及川ってさ、思い入れがすげえよな。でも言ってしまえば正直、俺らは腎内の先生の代わりしてるだけじゃん。5日目まで毎日様子見に行くなんてどんだけだよ」
    黒尾の言葉に俺は口を噤んだ。マウスを握る手のひらに、初めて触れた、幼い腕から伝わる強い拍動がよみがえった気がした。指先が震えたが自制する。黒尾は気づいていないようだった。ほ、と息を吐いて、俺はおどけてみせた。
    「まあ、俺は誠実で有名な及川さんですから?患者のためなら睡眠時間削ってでも顔見に行くよ?」
    黒尾はなにか言おうとしたが、ちょうど看護師にさえぎられた。壁時計を見ればそろそろ手術室へ行くべき時間だった。椅子から立ち上がり、白衣をたたいて寄ったしわをすこしでもましにしようとする。黒尾はまだ電子カルテを見ていた。
    「ま、そういうことにしといてやるよ。及川先生?」
    「……黒尾先生もちゃんと仕事したら?さっき看護主任が「また定期処方忘れてる!」ってカンカンだったよ?」
    「げ、忘れてた」
    そう言う黒尾に思わず笑って、俺はさっさと病棟を後にした。


    『おれは今日もげんきです!』おさない笑顔を思い出す。力強い血流はあの子の心臓の強さだった。たくさん残っている針の跡はあの子の我慢強さの証明だった。広くて狭い敷地内で過ごしていたあの子はいつだってうらやましそうに外を眺めていた。少し残念な頭を必死に回転させて覚束ない言葉を紡ぐちいさな口で、きっと漢字も理解していないように『おいかーさん』と呼んだ。腕に触れて、音を聞いて、そして1時間ほど話をするだけで、十分だった。
    別にあの子のために今の職業を選んだわけじゃない。それでも、今の科に進むと決めたときにあの子の命を守っていた腕をあったものを作り出す医者になるとは思っていなかった。心臓血管外科という科を選んだ自分についてまわるあの子の笑顔と、拍動をいつだって思い出す。『とびおちゃん、今日も健康だね!』そう言えばうれしそうに頷くあの子供を忘れたことなどない。

    俺は廊下を歩く。患者は入ることのない廊下はやっぱりうすぐらくて、どこでも節電を迫られてるんだなあなんて関係ないことを考える。そんな俺の横をひとりの黒髪の男が駆けていった。ふわっと風が俺の髪を遊ぶ。廊下を走るなよ、なんて思ってその背中を見た。彼が行く先に2人の男がいた。尖がった頭のほうが手を振っている。
    「影山―!はやく来いよ!」
    「おまえ病院内で迷子とかまじでやばくない?どうなってんの?」
    2人の言葉に俺を抜いていった男は言った。
    「うっせえ。迷子じゃねえ」
    「「いや迷子だろ」」
    「はやく案内しろ」
    「はい出ました王様節」
    「王様一発目いただきました」
    「王様言うなボケ」
    まるで漫才みたいな3人のやりとりを聞きながら、若いなあなんてほほえましかった。黒髪3人組はマイペースに歩いていく。ふと、王様と揶揄されている青年が俺を振り返った。そのとき俺はといえば今日岩ちゃんを誘って飲みにでも行こうとか考えていたから、その紺色のような、深い紫のような、暗い暗い黒のような、不思議な色の目とばちっと視線がかみ合って驚いた。誰にだって振りまいている完璧な笑顔を忘れて、きっと間抜けな顔をしてたと思うが、青年は一度目を細めて、先を行く2人の背を追っかけて行った。
    俺は息を忘れていた。3人組の姿が廊下を曲がって消えていって、ようやく呼吸を思い出した。は、は、と浅くなる呼吸に苦しくて思わず胸元を握る。脳裏に、自分の左前腕を耳元に当てて音を確認する幼いとびおが鮮烈に浮かんだ。『おれのおしごとです』大切そうに、重大な任務を授けられているかのように胸を張って堂々と言うとびおがうれしそうに笑った。俺は頭を振る。それでも俺の中に住んでいるとびおは消えそうにない。
    胸元のPHSが震える。担当病棟の名前が明記されていて、迷うことなく耳にPHSを添えた。「及川先生、術後7日目の山崎さんなんですが」看護師の報告を聞きながら、俺は一歩踏み出した。
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