星に願いを【ブリキの王様】
今日も平和で退屈すぎるほど代わり映えのない一日が始まる。
窓から差し込む光は柔らかな暖かさのない、人工的な光源の熱さを嫌でも感じた。
オイルの臭いが染み付いた作業所を出て、真っ赤なガウンと王冠を被れば随分と立派な裸の王様の完成だ。
張りぼての城を出て本物そっくりの景色に溶け込むブリキ達は、飽きもせず俺様の事を"大王様"だなんて慕う。
そりゃそうだ、だって自分がそう望み創ったのだから。
誰よりも付き従うあの青いバンダナも、月のように冷たい仮面のあの騎士も…全部が全部、紛い物。
素敵な日ですね、なんて何度も繰り返された他愛ない会話にもう胸は弾まない。
全てが完璧な筈の世界で、決定的な何かが未だに足らず仕舞い。
俺様の望んでいたものはこんなものだった?
いいや、違う。
昨日も、その前も、同じように笑い合うだけのブリキ達の姿に思わず俺様は眉を寄せてしまっていた。
望み通りにしか動かない人も、世界も、まるで時が止まったよう。
つまらない、つまらない、これではまるで死んでいるのと同義だ。
だから毎夜願うのだ、お伽噺のお姫様のように。
太陽と月さえも偽物のこの世界にどうかお願い、本物のお友達を下さい。
望むままの言葉だけを吐くような、鉄の声帯の持ち主なんかじゃなく…心の通う他人(誰か)が欲しいのだと。
祈った星の瞬きさえもがこの手で生まれたものであると、そっと目を瞑りながら…。
【鉛色の朝】
ドカンッ!!!
けたたましい爆発音が響き、思わず椅子から転げ落ちる勢いで立ち上がる。
昨日もまた作業途中に寝てしまっていたようだ。机の上には散乱したままの道具に設計図に…ってそうじゃない!
半分追い付かない思考を何とか巡らせ、作業部屋を急いで見渡した。
中々大きな爆発音だったがこの場所ではないようだ…。
まあ、此処でそんな大きな爆発なんぞ起きてたら自分もろとも木っ端微塵な訳だが。
「外からしたのか?いやでも、外にそんな爆発するような代物なんてない筈…だよな。」
もしかして…アイツらの誰かが?
その考えに至った瞬間、血の気が引くような感覚に襲われるのと同時にドアを蹴破る勢いで外へ飛び出していた。
まさか、いや、そんな…でも可能性はゼロではない。
城門の前では混乱し悲鳴を上げる者、ブツブツと何事かを繰り返すもので溢れ返っていた。
予期せぬことに対処できないのが"生きている"者と違うんだと、焦りから思わず舌打ちが漏れ出そうになってしまう。
大王様!大変です!大王様!と駆け寄ってくる奴等を掻き分けて俺様は大声をあげた。
「んなこた分かってんだよ!バンダナ!メタナイト!何処に居る!!!」
よりによって二人が、もしや…苛立ちの中で冷たい胸騒ぎがザワザワと込み上げてゆく。
落ち着かない胸元の衣服をギュッと握り締めて、灰色がかった煙がユラユラと空を昇っていくのを遠くに確認した。
「大王様!僕は此処です!」
「遅れてすまない大王、私も此処だ。」
離れた場所から駆け寄ってきた二人の姿に無意識に肩の力が抜ける。
皺の濃くなってしまった胸元の布を伸ばすように数回叩いて、いつも通りを装って平然とした素振りで自分からも近づいていく。
そうだ、何をそんなに心配する事があるんだ…大丈夫なんだから。
「遅いぞお前ら、俺様の所へいち速く来るのが務めだろう!」
別に、こんな事が言いたいわけではない。
でも何故か、そう言わずには居られなくなってしまったのだ…いつの間にか。
言葉も、態度も、全部が全部。
「申し訳ありません、大王様…。」
「待て、大王。バンダナは私に指示され共に居た。あの大きな爆発音の原因を先に確認しようと思ったのだ。」
悲しげな顔をするバンダナも、それを庇うメタナイトも、何故だか腹立たしく映って見えた。
どうせそんな事は感じてもいない癖に、所詮ブリキはブリキなんだ。
この長い時間で良く分かった事なのだから。
「フン、言い訳かよ。まあいい…それより確認はまだ出来てないのか?」
「嗚呼、君の呼び声が届き急いで撤退をしてきた。まだ確認は出来ていない。」
「そうか…。」
そう一言だけ残し、背を向けた俺様にメタナイトは制止の声を掛ける。
「待て、まさか君が出向くつもりか。」
「確認してねぇんだろ?なら俺様が行く。」
「無謀だ、君はどうしてそう考えなしなんだ。どう計算しても君が出向く事ほど危険な事態は…。」
その台詞に、思わずカッと頭に熱が上った。
「…っうるせぇな!!!」
思わず振り替えりそう大声で怒鳴れば、咎めていた騎士も、少し後ろで待機していた家来も、その場の全ての視線が自分を捉えた。
その居心地の悪さに少し口をまごつかせたが、出てしまった言葉を引っ込める事が出来ず吐き出してしまう。
「考えなしだと!お前はっ…ただ決まった公式に当て嵌めて出た結果しか言えねぇのにか!?」
出しきってしまった言葉の行方も追えない内に、俺様は背をまた向け無我夢中に走り出した。
今はただ、あの場から離れたくて。
微かに聴こえた誰かの呼び声にも蓋をして、自分のデタラメになってしまった心にも蓋をして。