花濡れど「ねえ、こっち!こっちだよ!」
コソコソと、けれど抑えきれていない声色に可笑しくなって思わずクスリと笑みが零れる。
今日も柔らかな桃の精が、自分を訪ねて格子越しに花を差し出した。
「バレたらとんでもない事になるって、毎回言ってるんだがなぁ…。」
呆れ気味に受け取った花の花弁を指で突つけば、ニンマリとした笑顔を一つ。
ああ、なんて底意地が悪そうな。
「バレなきゃいいんだって!」
ね!っと片目を瞑る奴の憎たらしい事か、日の下で自由を生きる姿は酷く眩しく羨ましい。
「なあ、お前さん。わっちを買っちゃくれないのかい?」
ここまで堕ちちゃくれないのか?
「うん、買わない。だって友達って…そういうんじゃないでしょう?」
甘い笑顔と、つれない返事と、嘘偽りのないその言葉に胸を掻き乱されるのはいつだってこちら側。
「…そうかい。残念だ。」
地獄までの片道も、三途の川も共に歩んじゃくれないと…知れずのまま断ち切られた心の内も理解らずに。
また此処へ来るなどと、気紛れな春風は微睡みの夢だけ残して去ってゆく。
「友達なら…連れ去ってくれよ、俺の事も。」
そんな平和で暖かな場所から、期待(えさ)ばかりを振り撒かないで。
握り締めていた桃の枝から、ヒラリと花弁が涙と共に落ちていった。
今日もまた雨はやまない。