イミテーションパンドラピトス⑦【第七幕】
(まるで、木の根みたいだ)
地面や岩壁に寄生するように走っているのは、破綻した魔神の一部らしい。まるで木のうろの中を歩いて行くような、そんな不思議な感覚に包まれる。
時々脈打つように青い明滅を見せる回廊を、魔王……燐は迷うことなく進んで行った。
木の根、木のうろ。
そこから空想樹を連想した。これはもしかしたら、空想樹と似たようなものなのだろうか。
でもなぜだろう。あまり生気が感じられない。ブリテン島の空想樹のように枯れている……と言えば良いか。
「……朴さん」
尽きぬ疑問に頭を悩ませている立香を尻目に、魔王が声をかける。
驚いて立香が振り替えると、そこには朴の姿が。
「朴さんは帰ってくれ。俺はそこにいるカルデアのマスターとサシで話がしたいんだ」
「……いやだ」
今までにないくらいにハッキリとした声。覚悟を決めたような強い光を宿す瞳。
……何も言えなかった。朴は全て、ここに来た時点で退路を絶っている。今さら引き下がれるわけがない。
「朴さん」
「奥村くんが、どうして“魔王”になったのか。その理由を知るまで帰れない」
「ダメだ」
「私は絶対に嫌だよ、奥村くん。何を言われても帰らない。私には知らなければいけない義務があるの」
「朴さんにそんな義務はない」
「いいえ、そんなことはないの。ここは私が生まれて、私が生きてきた世界なんだから。私たちが選んだ選択が間違いで、私たちは滅びなければいけないんだとしても……ううん、だからこそ知らなければいけない。だって、私にだってこの世界に対する責任があるんだから。知りたくないことから逃げたって、それは誰かに責任を押し付けているのと同じこと。そうでしょう? 私はね、奥村くん。出雲ちゃんやみんながいたこの世界が好き。もちろん、貴方のことも。だから、友達に責任を押し付けて逃げるような真似、私はしたくない」
朴の言葉に驚いて、立香はひゅっと息を飲んだ。
立香から異聞帯や剪定事象について聞いたとき、朴はイマイチ理解していないような顔をしてる、と思っていた。
しかし、それは違った。朴は理解できていなかったけじゃない。むしろ逆だ。理解してしまったからこそ、この後自分はどうすべきなのか考えていたのだ。
「奥村くん、は。全部の責任を自分一人で背負うつもりなんでしょう?」
「……それは」
「そんなのダメだよ、奥村くん。だって……」
「はぁ……判ったよ」
決意は固い。これ以上の説得は無意味。
それを悟った魔王は、静かに溜め息を吐いて忠告する。
「でもこれだけは言っとく。後悔しても良い。俺のことはいくらでも責めていい。でも、そこのカルデアのマスターに当たるのだけは止めてくれ。そいつはこの世界とは関係無いんだから」
……これは、この世界で生きてきた者だけが背負うべきもの。
たとえ知らなくとも良かったことを教えた張本人だとしても、外部からの客人でしかない立香を責めるのはお門違いだ。暗にそう告げながら、魔王は再度前を向いて歩き出す。
どれほど歩いただろうか。最深部にたどり着いたらしい。魔王が突き当たりの壁に手をかざすと、そこにスッと孔が開いた。
隠し扉という奴だろう。魔王が入ったのに続いて二人も入ると、孔は何事も無かったように塞がった。
(あれは……)
地中深くにある、木の根元のようなそれ。
咄嗟に思い出したのが、ブリテン異聞世界に存在した空想樹セイファート。もしくはトネリコの大樹。
カルデアが到着した時には既に枯れ果て、その上で担当のクリプターの手で燃やされたせいで根本しか残っていなかった空想樹。
「これ、もしかしたら空想樹……?」
「クウソウジュ? なんだそれ」
「ええと、空想樹っていうのは……」
「……ここには俺以外だと、テウルぐらいしか入れてない。今は俺達以外に誰もいないから、周りの目は気にしなくていいぞ」
どうやら魔王なりの気遣いだったらしい。視線を外されながら言われた。
先程のあれは、言わば電子ロックのようなものなのだろう。ということはつまり、ここは魔王が軍師以外の誰にも明かしていない“秘密”の場所。
なので空想樹の話を初めとして、カルデアがこれまで行ってきた任務の内容を説明することにした。朴に対して説明した話よりもう少し踏み込んだ内容にも触れ、長くも短い話は終わる。
その間、魔王はじっと何かを考えているようだった。
「…………そっ、か。なるほどな。“あいつ”が死なずに無事に脱出できてたら、そんな事が起こっていたのか」
「?」
「俺の後ろにあるやつがさっきから気になってるんだろ? でも残念。これはお前の言うクウソウジュって奴じゃねえ。これは破綻したサタンの[[rb:心臓>コア]]の一部だ。もっとも────今はもう、ただのハリボテなんだけど」
「え……?」
ここにいる魔神がハリボテとはどういうことなのだろう。現に世界では破綻した魔神の一部が大地を侵食し続けて、今でも侵食は収まらずに防魔壁を建てるなどの『焼け石に水』のような対策で食い止めているはず。
「あいつの心臓の中身は俺が全部喰った。惑星一つ分の霊基がどうしても必要だったからな」
トン、と自身の心臓の位置を親指で示した。
「ビーストの霊基はその副作用みたいなもんだ。俺は別の時間軸で、お前らカルデアが言うところのビースト……人類悪になった自分自身の情報を転写することができたんだ。あれはそういうことだ」
「え……」
「キョスウジショウ? らしいけどな。まあその関係でカルデアの情報はある程度知ってるんだ……あったことを完全に無かったことにはできないからな」
別の時間軸。つまり、男性のアーサー王が存在する平行世界があるように、どこかの平行世界のカルデアが人類悪となった彼と交戦した記録があるということなのだろうか。
そう考えると先程の会話にも納得がいく。要は魔王はどこかの平行世界、もしくは異聞帯で人類悪となった彼が戦ったカルデアのマスター・藤丸立香は男性だったのだろう。