イミテーション・パンドラピトス⑥【第五幕】
「それで、この後はどうします? 今の一件でアナタ、完全にお尋ね者になりましたが……」
「もう次の行き先は決まってます──わたしを“魔王”の所に案内してください!」
立香が次に行うべき行動はもう決まっていた。騎士團が真っ黒だと判明した今、行くべき所はひとつしかない。
魔王に会い、そして彼が何を目的としているのかを探る。それだけだ。
「まあ良いでしょう。どのみち、アナタが元の世界に戻るためには“魔王”に謁見しないといけませんからね」
「でもその前に朴さんを安全圏に……」
「待ってください、私も連れて行って!」
朴の手を引いて走り出そうとしたその時、今までの会話を聞いていた彼女が弱々しくも声を張り上げる。
「私、知りたいんです。いいえ、知らなきゃいけないんです。なんで奥村くんが魔王になったのか。どうしてこんな世界になったのか。たとえ納得のいく答えじゃなくても、せめて真実が知りたい。だから、一緒に連れていってください!」
「…………」
ああ、彼女は。と、立香はそっと目を閉じた。
その眼差しは立香にとって、あまりにも覚えがあるものだったから。
この旅の先にあるものが、ハッピーエンドだとは限っていない。むしろ全てを知った後で、知らない方が幸せだったと言ってしまうかもしれない。
それでも──たとえ報われないのだとしても。いくつもの異聞を踏破し、数多の屍を塵にしながら進んできた。そんなわたしでも、納得の行く終わり(答え)を求めて駆け出したのだから。
断るなんて、できるはずがなかったのだ。
「……わかりました。ロキさん、も。良い、ですよね?」
「アナタにとっての『良いですよね?』は、お伺いではなくて決定事項の確認なんですよねぇ……判りました。ではお二人とも、こちらへどうぞ☆ 藤丸さんは礼装の体温調節機能を最大にまで引き上げてください」
「ホントになんでも知っているんですね……」
それにしてもこのロキというカラス、いったどこまで知っているのだろう。これも『とある情報筋』とやらから仕入れた情報か。
適当なドアを示し、ロキは軽くウインクを送る。忠告通りに礼装の体温調節機能を最大まで引き上げた後、立香はロキが示すままにそのドアを開けた。
「え"っ!?」
トンネルを抜けると、そこは雪景色──などという有名なフレーズが脳裏を駆ける。
ロキが示した監獄のドアを開けた先にあったのは、一面の銀世界。異聞帯のロシアを彷彿とさせる強烈な寒波が立香たちに襲いかかった。
映像でも幻でもなんでもなく、間違いなくここは本物の外。それもおそらく人類の文明圏から遠く離れた極地。どう見ても日本の風景とは思えない……というか、いよいよ持って異聞帯じみた異様な光景が広がる場所にやって来た。
確かに立香たちは、先程まで日本の東京にいたはず。なのに、なぜ。
「ここは北極圏……かつての戦いで墜落したイルミナティの船艦、“境界の主”の内部に出たようです」
「ど、どどど……どうなって……」
「まあちょっとしたマジックですよ。お気になさらず。このドアを一時的に『異次元(どこでも)ドア』にしただけです」
立香の慌てぶりに多少溜飲が下がったのか、得意げにロキが説明する。忘れていたが、このカラスはあのオーディンの関係者を名乗っていたのだ。ロキ本神(ほんにん)ではないようだが、それに匹敵する力の持ち主なのは間違いない。まさか神霊……いや、大父に分類される惑星の端末、妖精の一種か? と、ブリテン島やミクトランで手に入れた付け焼き刃の知識がグルグルと頭の中を駆け巡る。
こういうとき、情報を整理してくれるマシュやダ・ヴィンチがいないのはかなり痛い。やはり立香はこういう系統の話に明るくはないのだ。いくら一端の戦士としてテスカトリポカに認められていようとも、本質的には平和な日本で日々を過ごしていた普通の少女なのだから。
「……あの。さっきから思っていたんですけど、やっぱり貴方は……」
「いいえ、朴さん。今のワタシはただのお助けキャラ。貴女の脳裏に浮かんだその人物とは何ら関係がありませんのでよしなに☆」
朴は朴でロキの正体に心当たりがあったらしい。何か言おうと口を開きかけて、やんわりと「黙っていろ」と言われていた。
ひとまず魔王の気配を追跡し、破綻した魔神の一部で作られた洞窟の入口まで来た二人と一羽。
「どうやらあの洞窟の奥が、魔王の玉座のようです」
「この奥に……」
「ああ、ですが」
「?」
「──非常に残念ながら、私はここまでのようです」
ジジジッ、と嫌な音が肩から鳴り、立香は思わずロキの方に目を向ける。
ロキの身体は、ホログラムがバグを起こしたようなノイズまみれになっていた。今にも消滅してしまいそうなロキに絶句する二人を尻目に、ロキはニヤリと不敵に笑う。
「外部の協力者にハッキングまがいの行為をしてもらって、どうにか“私”の一部をここに送り込めただけですので……あ、先程うっかり漏らした『情報筋』とは、その協力者のことです☆ とどのつまり、今のワタシはバグ扱いで修正されそうになっているだけですよ」
「ま……待ってください。その、貴方の協力者って……いったい……」
「それはアナタが知らなくとも良いことです。しかし、情けは人の為ならずとはよく言ったもの。アナタの誠実さが遠い世界で“誰か”の助けになり、さらに因果は巡ってアナタを助けることとなった。とだけ覚えておいてくださいね。ここ、重要なので。それではビス・シュペータ~」
ポンッ!というポップな音と共にピンクの煙がロキを包む。それが晴れた後に、立香の肩にあった重みは無くなっていた。
案内役の役目はここまで。最後まで悲壮感の欠片も見せず、ロキは去って行った。
後は立香自身の判断で、全てが決まる。
ゆっくりと、深呼吸。目を閉じて精神を統一させ、そしてカッと目を見開いた。
「よし、じゃあ……ここはカルデア式で行きます! そういう訳でカチコミの時間だぁあああーーーー!! たのもーーー!!」
まさかの正々堂々、真正面からの殴り込みである。
ここにロキがいたのならギョッと目を剥き、慌てて引き留めていただろうが……あいにく、彼はピンクの煙と共に退場してしまった後。
てっきり、このまま隠密行動で潜入するのだとばかり思っていた朴の手を引きながら、立香はまるで友達の家にでも上がるかのごとき気安さで、魔王の本拠地へとズカズカ入って行く。
「……え…………えぇぇええ!?」
朴は思った。
彼女に着いて来て本当に大丈夫だったのだろうか、と。
今までの行動から何となく察していたが、どうやらこの異世界からの来訪者。ある意味とんでもない傑物のようだ。
覚悟はしていたつもりだが、のっけからアクセル全開。波乱万丈の展開である。立香が簡易召喚したサーヴァントを指揮して道を切り開きながら、立ち止まることもなく走り抜けていく最中。手を引かれて走り続けることしかできない朴は、問答無用でジェットコースターにでも乗せられた気分で悲鳴を上げるのだった。