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    monarda07

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    monarda07

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    ぐだキャストリア大正異類婚姻譚パロその④

    契約結婚④リツカ、と名乗った東洋人の少年は、今までアルトリアが関わったことも無いような世界の人間だった。
    纏っている空気というか、雰囲気というべきか。どこまでも優しくて暖かくて、手を握ってくれるだけで安心した。やっぱりニホンの貴族のご子息なのだろう。隠していても貴人特有の穏やかさがにじみ出ている。
    それに加え、アルトリアに対する態度に裏も表もない。下心も下劣な欲望も全くない、見事なまでの清廉潔癖な感情を向けてくる。
    リツカがアルトリアに向ける感情。これは親愛なのだろうか。あまり慣れていないアルトリアにはわからない。が、それでも彼はアルトリアを決して蔑んだりしなかった。たとえ彼女がみすぼらしい恰好をしていようとも関係なく、留学先の国で出会ったどこにでもいる普通の女の子として接してくる。
    なので、お転婆が過ぎるアルトリアがまた木に登って落下でもしたら大変だという理由で、待ち合わせ場所は彼の下宿先の裏庭にある樫の根本となった。この木の根元であるのなら、角度の関係で周辺に住む他の住民たちには見えなくなる。どうも彼は年頃の女性と二人っきりという状況を誰かに見られるのを避けなければならない立場らしい。理由については曖昧に笑って濁されたが、彼が貴族のご子息様であるのなら何ら不思議な話ではない。むしろアルトリアにとってはそちらの方が好都合だった。
    彼女とて、一応は妖精の端くれ。要はこの産業革命後に神秘を追い出してしまった文明社会においては、彼女の姿を見られる人間の方が少数派なのだ。つまり、たとえリツカにとってはアルトリアと喋っているつもりだとしても、他の人間から見れば虚空に向かってにこやかに話しかけている狂人の完成だ。そんな場面を見られれでもすれば、あっという間に母国へ向かう船に乗せられてしまうに違いない。
    なので二人がこの逢瀬を隠すのは、ある意味自然な流れだったのだろう。

    週に一回、樫の根元で夜の帳が明けるまで。

    たったそれだけがアルトリアにとっての小さな光となっていった。

    「ねえ、リツカはやっぱりニホンのお貴族様のご子息なの?」
    「……まあ、そうだね。実はそうなんだ。華族……ああ、日本では貴族を華族というんだけど、これでも一応は華族に籍を置いている身の上だよ」
    「?」

    少し気になる言い回しだった。が、アルトリアの眼に彼の発言の矛盾は映っていない。リツカは正真正銘の本当の話しかしていない。ただの人間が生まれながらに世界を切り替えられる眼、妖精眼をすり抜けて嘘偽りを述べられるはずがないのだ。なのでこの時もアルトリアは、特に深く考えずに素直にリツカの言葉を真実だと受け止めて飲み込んだ。

    「そうなんだ……でも全然そう見えない。もっと、こう……すっごくヤな感じに見下してきたりしないから」
    「そ、そうか。うん。端くれとは言っても華族は華族。そりゃあ表面上は煌びやかな世界に見えるだろうさ。でもそれにはちゃんとした理由がある。華族は特権階級だけど、その分義務も多い。オレたちは常に皇室の藩屏として臣民の手本となることを求められていてね……オレが留学することになったのもその一環なんだよ。国民の血税を使っている以上、できる限り多くの知識を諸外国から集めて、それを還元しないといけない。遊んでいる、だなんて言われて陰口をたたかれる事なんてざらにあるさ。けど、こんなんでも華族だから。たとえ何を言われても、オレはオレにできることをするだけさ」
    「…………」

    アルトリアが見てきた人間たちはみんな、どれほど良い人そうに見えたって、一枚剥がした本性は醜い嫉妬心と欲望の坩堝だった。他の妖精たちは善悪の観念に囚われずに好き勝手やっているため、そのおぞましい醜さを見たって平然としている。
    けどアルトリアは違った。何の手違いか運命のいたずらか。幸か不幸か彼女は人間と同じような精神構造をしてしまっていた。それが妖精の間で異端として蔑まれる原因のひとつだったのだろう。たとえ瞼を閉じたって、妖精眼は問答無用で他者の醜さをアルトリアに叩き付けていく。
    何度この眼をえぐり出したいと思ったかわからない。実際に想像の中では何度でも潰した。けど現実でそれを行う勇気はアルトリアには無かった。
    どこまで行っても普通の村娘の精神しか持ち合わせていなかった彼女にとって、この世はおぞましい汚濁の底であったのだ。
    そんな中で……小さく輝く硝子の鳥を見た。籠の中で窮屈そうにしていたけど、その中で自分にできることを精一杯やろうと一生懸命になっている、その青い鳥は。

    「アルトリア?」
    「……ううん、何でもない!」

    不安そうに首を傾げる彼の姿がどうしようもなくむずかゆく、意図せず抱き着いてしまいそうになった衝動を抑えようと思いっきり笑って見せた。リツカがたまに見せてくれるそれを意識して。嬉しそうに、楽しそうに。
    実際にそうだった。彼との交流は楽しかったし嬉しかった。もっと触れていたい、言葉を交わしていたい。そう切に願った。
    たとえ一時の逢瀬を終えて帰路についた後、現実に戻った瞬間の惨めな気持ちが徐々に膨れ上がって行こうとも。それでもリツカに会うのをやめられなかった。やめたくなかった。
    他の妖精たちから嘲られても、のけ者にされても。あと二日、あと一日我慢すれば彼に会えるそう思えるだけで辛くて険しい道を歩いていける気がした。リツカと名乗る東洋からの客人との逢瀬だけが、彼女を引き留めた。その声が、しぐさが、彼女へ向けてくれる暖かな青い瞳だけが、アルトリアをギリギリの所で引き留めた。

    夢のような時間だった。それまで冬の一番寒い時期に留まったままだったアルトリアにとって、阿片のように甘美な日々だった。リツカと出会ってからのアルトリアの時間は急激に加速していき、音のように光のようにあっという間に過ぎ去った。
    そして、その日は急に訪れる。


    「──本国から帰国命令が出たんだ」

    あえて、考えないようにしてきた。けど現実にその言葉を突き付けられ、ガツンと後頭部を殴られたような衝撃を受けて固まる。
    彼と出会って季節が一巡して、もうすぐ二度目の冬に差し掛かろうという時だった。とある晩秋の夕暮れに、辛そうに顔を歪める彼から言われた一言は、アルトリアを底の見えない奈落へ突き落すには十分すぎた。

    「………………そっ、かあ」
    「アルトリア……?」
    「ま、まあ、そうだよね! リツカはこの国のヒトじゃなくて、そ、そのニホンって国のヒトだもの。わたしにはよくわかりませんが、外国にいられる期間って決められているんでしょ? それにリツカは、ほら、あれだし。自由が、無いんだものね……うん、わかっているよ。お貴族様……えっと、リツカの国では華族というのでしたね。リツカもその華族の一員なんだし、お国のお金でこの国に来たんだから、いつまでもここにはいられないよね!」

    などと。物わかりの良いフリをして、必死に笑って誤魔化して。この先どうやって生きていったらいいのだろうという不安を押し殺し、泣きそうになるのをこらえたせいで情けなく震える声を絞り出す。

    「あ……でも、帰還するのは今年の冬だから、まだもう少しだけ時間があるんだ。だから……」
    「ううん、いいの。わたしなんかと話をしている時間を、ほんの少しでも勉強に充ててほしいんだ。ほら、だって、リツカは自分の国を豊かにするために、みんなを幸せにするために来たんでしょう? そのために、自分にできることをするんでしょう? だったら絶対、絶対にそうした方がいいって! ね?」
    「アルトリア? ちょっと待って、様子が変だよ。どうしたの?」
    「え? 変、ですか? まっさかぁ~。いつも通りのわたし、アルトリア・キャスターですよ!」

    わざとらしかっただろうか。空元気を出して、頑張って明るくふるまって。それで彼女は彼と出会ってから常に自らの身の内にあった衝動を殺してしまおうとする。
    これ以上傷つきたくなかった。これ以上悲しみたくなかった。
    だから笑顔で突き放す。せめて自分の手でこの衝動にトドメをさしてしまいたかった。他の誰にも、たとえ彼本人であっても、確かに彼女の中にあった衝動を殺されたくなどなかったのだ。

    「だから……さよなら、リツカ」
    「ちょ……待って、まだ話は──」

    彼が慌てて何事かを叫んだけど、聞こえなかった振りして駆けだした。
    目尻から流れる透明な水滴は、真珠としてカタチになることもなく消えていく。液体のままで空気に霧散するそれを拭えるあの白い布は、もう彼女の手元には存在しないのだ。だって、それを捨ててしまったのはアルトリア自身だったから。

    だから、きっとこれは罰が当たったのだ。
    そうやって彼と向き合わずに逃げてしまったから、彼女は悪意の泥に飲まれて消えていく──そのはず、だった。
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    monarda07

    MAIKINGぐだキャストリア大正パロの出会い編前編
    契約結婚2(前編)────二年前、倫敦。


    (わあ……綺麗だなぁ……)

    高い塀で囲まれた大きな建物の中で、煌びやかな光がくるくると踊っている。それを遠目に見ながら、少女は──アルトリアは目を輝かせた。
    それは本当に偶然だった。今日の寝床を探すために倫敦の暗い影を歩いていたら、たまたま迷い込んでしまった人間の縄張り。聞きなれた言葉の中でも目立つ、聞きなれない独特な言葉。島国の宿命としていまだ濃い神秘が飛び交う大英帝国付近の国の言葉ではない。意味が分からないが、辛うじて言語だとわかる声が飛び交っているのに気付いて「そういえば」と思い出した。
    アルトリアが迷い込んだのは、遥か東の果てにある「二ホン」とかいう小国の「タイシカン」とやらだ。ほんの数十年前まで外国との親交をほとんど絶っていたからか、神秘がいまだに色濃く残っているらしいその国は。アルトリアたちのような人ならざる者──”隣人”にとって、とても居心地の良い場所に違いないだろう。あまりにも遠すぎるため、容易に移住できないのがなんとも残念だね、などと。彼女を遠巻きにしながら、これみよがしに仲間と楽しくおしゃべりしていた妖精たちの会話を思い出す。
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