君のための言葉(マコタツ)刑務所から戻ってきた真虎を迎えたのはタツヒコだった。服役中、何度も面会に訪れ、その日は待ちに待っていた日だった。
真虎が戻って来た頃には新宿もすっかり様変わりしていた。近年開催される東京オリンピックに合わせて古い建物は取り壊され、公衆トイレも新しく設置し、そこら中に座り込んでいた浮浪者は消え失せていた。真虎は久々のシャバの空気に触れながら、消えていった人々は一体どこにいったのだろうと思う。路上喫煙禁止、と大きく書かれた看板を見ながら、煙草を取り出そうとした手を引っ込めた。
タツヒコの案内について行きながら見慣れたバーストの事務所を通り過ぎる。ここだけは何も変わらなくて、ここ数十年の日々がなかったかのような気にさせられた。
「どこ行くんだよ」
てっきり、事務所のメンバーに挨拶をするのかと思っていた真虎は歩みを止めないタツヒコに尋ねる。まずは美味しいご飯を食べて欲しいとタツヒコは言った。
タツヒコが案内したのは歌舞伎町の奥にあるビルだった。建てたばかりなのか、路地裏という場所に似合わずとてもキレイなビルだった。タツヒコはそのビルのエレベーターに乗り、最上階を押す。オレの店っす、と照れ臭そうに言った。
真虎がいなくなった間、新事業として飲食店を始めたらしい。タツヒコは面会の度、近況やバーストのメンバーの話をしていたが、真虎の驚く顔が見たくて、飲食店を経営していることは内緒にしていた。
タツヒコは奥にある個室へと案内する。メニューは腕利きの料理人による中華料理のコースだった。本場中国で料理を学んだシェフは、タツヒコがこの街で仕事をしている内に出会った一人だ。この店も、人も、タツヒコが出会って得た財産である。
真虎は驚き、また成功の祝福をしながら、少し寂しくなった。タツヒコは一人前になって成功していることを自分に見せたかっただけだとはわかっていても、塀の中に入っている間に置いてきぼりをくったような気持になった。
しかしそれは当然のことである。自分がしてきたことは、多くの人生を奪った。己だけ幸せに生きようというのは虫のいい話である。
だが目の前のキラキラした笑顔を見せるタツヒコを見て、寂しいと感じるくらいは許して欲しいとも思った。真虎はテーブルに置かれた灰皿を近付け、さきほど引っ込めた手で煙草を取り出す。シュボッ、と小さく火をつけて、久々の煙草を味わった。吐き出した煙草の煙で、情けない自分が少しでも隠れたらいいと思った。
真虎はタツヒコが張り切ってくれた料理を口にしながら迷っていた。塀から出てきたら、タツヒコに真っ先に伝えたいことがあった。真虎はこれからもこの世界で生きていく。突然何が起きてもおかしくない世界で、タツヒコに何も伝えられないままでいる気はなかった。
しかし目の前のタツヒコをみて真虎は怖気づいていた。多くの大切なものに囲まれたタツヒコに、自分勝手に思いを伝えるのは邪魔にしかならない気がした。