卵が被ってればたいていオムライス タイムセールに見事勝利し、新八は上機嫌で万事屋に帰っていた。この勝敗が万事屋のエンゲル係数の数値を大きく左右するのであれば、どうしても真剣勝負にならざるを得ない。本当は万事屋の収入に期待したいところだが、当の社長は今日も愛読書片手にダラダラしていた。
今日は新八が食事当番だ。お昼は定番の野菜炒めでも作ろうか。キャベツは買った。玉ねぎは冷蔵庫にある。もやしもあったな。そんな事を思いながら歩いていたため、足元の石に気付く事が出来なかった。
「うわぁ!」
倒れる寸前に両手が前に出た。地面に手が着いた瞬間、ガシャリという音が聞こえた。嫌な予感がして、新八は急いで買い物袋を開けると、案の定パックに入っていた卵は全滅していた。
「最悪」
浮かれていた気持ちが一気に沈んだ。まるで奈落の底に突き落とされたような気分だ。何で転んでしまったんだろう。新八は重い足取りで万事屋へと帰っていった。
「ただいま戻りました」
新八の元気のない声に、銀時は読んでいたジャンプから顔を上げた。
「なんだよ。辛気臭ぇ顔して」
新八はジトリとした目で銀時の顔を睨んだ後、重い溜め息を吐いた。
「いえ、何でもないです」
「何でもねぇ奴がそんな重い溜め息吐くかよ。あれか、犬のウ○コでも踏んだか?」
「何でもないって言ってるじゃないですか」
新八は苛立たしげに言った。つまずいて卵を全滅させた男の事なんて放っておいてくれ。新八は荒んだ気持ちで台所の方へ足を向けた。
しかし、その前に銀時が立ちはだかった。
「何でもないって言われるほど、かまいたくなっちまうよなぁ」
このドSが。新八は銀時を睨み付けた。そんな視線に臆することなく、銀時は楽しそうに新八の手を取った。
「擦りむいてるっつーことは、どうせ帰り道派手に転んだんだろ」
銀時に言い当てられ、グッと新八は唇を引き結んだ。
「そんで買った物をダメにしたとか?」
銀時は買い物袋の方に視線を向けた。新八は観念したかのようにその場に座り込んだ。
「もう最悪ですよ」
新八は買い物袋から卵のパックを取り出した。
「おお、見事に全滅してんじゃん」
感心したように銀時は言った。新八は台無しになった卵を見て、こういう所がダメなんだよなと思った。上手くいったと思っていても最後でミスをする。本当にダメダメだよと肩を落とした。
「なぁ、新八」
銀時はその場にしゃがむと、落ち込んでいる新八に声を掛けた。
「俺オムライス食いたい」
「オムライス…ですか?」
「さっき『食戟の○ーマ』読んでたら食いたくなった。お前今日当番だろ?」
「そうですけど」
「んじゃ、よろしく」
銀時は新八に卵のパックを返すとソファに戻って再びジャンプを読み始めた。
「今の話ってオムライス作ってましたっけ?」
「んー作ってる、作ってる」
ジャンプから目を離さずに銀時は応えた。その抑揚のない声に、新八はフハッと笑った。どうやら慰めてくれているらしい。少し元気が出た新八は、買い物袋を持って台所に向かった。
まずチキンライスを作り、卵をボウルに移して殻を丁寧に取り除いた。いつもならチキンライスの上に炒り卵をチョコンと乗せて『オムライス』と称するのだが、今回は正真正銘立派なオムライスが出来そうだった。
しかし、ここで問題が発生した。ご飯を卵で包まなければならないのだが、新八は今までご飯を卵で包んだ事はなかった。おそらく固まった卵にチキンライスを入れて包めばいいはずだ。
新八はふーっと深呼吸をしてフライパンに1人分の卵を流し入れた。フツフツと卵が丸い形に固まってきた。そこにご飯を入れる。新八は力強くフライパンを持ち、いざ!とフライで卵をご飯に被せようとした。
「あっ!」
黄色の肌に小さな亀裂が入った。その隙間からご飯が溢れそうになり、慌ててオムライスを皿へ移した。
これは自分のにしよう。そう思い直し、新八は次のオムライス作りに取りかかった。先ほどは慎重さが足りなかった。今度はゆっくりとフライで卵を被せていく。卵がフワッとご飯を覆った。綺麗に包めた事に得意顔になりながら皿に移す。よし!これで勝手が分かったぞ。新八は機嫌よく最後の卵を流し入れた。
先程と同じようにゆっくりと卵でご飯を覆っていく。よしよし順調と思っている新八だったが、悲しい事にここで悲劇に見舞われてしまうのが新八だった。
「ハ…」
鼻がムズムズとした。まずい、出る。新八は咄嗟にフライパンから顔を背けた。
「ハックション!…あー!」
気付いた時には、オムライスには大きな傷ができていた。被害は1回目よりも甚大だった。新八はフライパンを手に持ったまま可哀想なオムライスを見つめていた。
「なんかすげぇ声したけど大丈夫か?」
新八の絶叫を聞き付けて、銀時が台所にやってきた。そして、新八の視線の先にあるオムライスを見て「あーあ」と言った。
「悲鳴の原因てこれか?」
「笑いたきゃ笑ってくださいよ」
新八はいじけた声で言った。
「全部失敗してたら爆笑してたけど1個は成功してんじゃねぇか」
銀時は新八の手からフライパンを奪うと、崩れたオムライスを皿に移した。
「1個だけですよ。まさかこんなに難しいだなんて」
「ああ、うちはいつも炒り卵だもんな」
銀時はうんうんと頷いた。
「そんじゃこれは『新八が初めて作ったオムライス』って訳だ」
「そんな言い方しても現実は何も変わりませんよ」
新八はボロボロの卵に包まれたオムライスを睨み付けた。
「そうか?俺にとっちゃあ、かなりの付加価値がプラスされるんだけど」
「えっ?」
新八は銀時の方を見た。銀時はニヤンと笑った。
「男は惚れた奴の『初めて』に弱い生き物なのよ」
「…何馬鹿な事言ってんすか」
新八は気恥ずかしくなって視線を外した。銀時はクックッと笑いながら新八の前にオムライスを差し出した。
「あとはここにハートとかLOVEとか書けば完璧なんだけどなぁ」
「書きませんよ」
「は?オタクはケチャップ文字くらい書き慣れてるだろうが」
「いや、あれはオタクが書いてる訳じゃないから。メイドさんが書くものだから」
「ったく、我が儘だな」
銀時は皿を一旦置いて、何かを考えるかのように腕組みをした。そして、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、今からの質問に○×で答えるってのは?」
「質問ですか。まぁ、いいですけど」
銀時は新八の右耳にゆっくりと顔を近付けた。
「今日、泊まってく?」
「はぁ!?」
新八は右耳を押さえ勢いよく銀時から離れた。その顔は真っ赤に染まっていた。
「ああ、今言うなよ。答えはこっち」
そう言って、銀時はニヤつきながらオムライスを指差した。やっぱり質問なんて受けなきゃ良かった。新八はぐぬぬと眉間に皺を寄せたが、意を決してケチャップを手に持った。
「あの、あっち行っててもらえませんか?」
「しゃーねぇな。まぁ、楽しみにしてるわ」
銀時は新八の肩を軽く叩いた。銀時が台所から退散したのを確認した後、新八は震える手を叱咤激励しつつオムライスにケチャップで記号を描いた。
「おぉ!ちゃんとしたオムライスアル!」
帰って来た神楽はテーブルに置かれたオムライスを見て感激していた。キラキラした神楽の表情を見て、たまには贅沢に包んだオムライスを作るのも良いなと、新八は思った。
銀時の目の前にはボロボロの卵で包まれたオムライスが置かれていた。銀時はオムライスを見た後、新八の方に視線を向けた。目が合った事に気付いた新八はプイと視線をそらした。
「ちっちぇーな」
ケチャップの小さな丸を見て、銀時は満足そうに笑った。