「……あの、雨彦?」
鍛えられた逞しい腕の中。後ろからすっぽりと抱きしめられた状態のクリスは、少々戸惑うように雨彦の名前を呼んだ。
「どうした?」
そう返ってきた声はひどく穏やかで甘い。後ろを振り向こうとすると、それに応えるかのように顔を覗き込まれて、ミステリアスな色の瞳と目が合った。ふっと満足そうに微笑まれると、照れくさいような気持ちが湧き上がってくる。
「ええと、この、状態は……」
「嫌かい?」
「いえ、嫌というわけでは、ないのですが……」
よくよく見ると、当の雨彦本人も自分の行動に戸惑っているのか、その瞳にはほんの少しだけ困惑の色が混ざっている。それでも雨彦は、クリスを離してくれる気配がない。
雨彦の家で一晩を過ごして迎えた翌朝。家を出た後は一人海へ向かおうかと、身支度を整えていたところだった。
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