それは賑やかな すっかり夜の帳が下り、静まり返ったとある家のキッチン。小綺麗に整頓されたそんな場所を小さな林檎程の大きさの何かが二つ、白い布を頭から被ってチョロチョロと薄暗いキッチンの中を動き回っている。
「キバナ、息が真っ白だ!寒いなぁ」
「今日も月が大きいなぁ。でも、流石に今日はみんな寝てるだろ」
月明かりに照らされたキッチンを、キバナと呼ばれた大きい方がそれよりも少し小さなダンデの手を引きながらずんずん進んでいく。
少し前にお菓子を貰ったキッチンは、同じように整えられていた。水切り籠にはジュラルドンとリザードンが描かれたカップが逆さまになって雫を落としていた。今日は、それ以外にもカラフルなカップや皿がたくさん並んでおり、いつもは食器棚の一番上で偉そうにしている白地に金の模様が入った大きな皿も、ピカピカに洗われて月の光を反射している。
「なんだかいい香りがするぜ」
「そりゃあホリデーだもん。するだろうよ」
「……ホリデー?」
聞き覚えのない単語に、こてんっと勢いよく頭を傾けるダンデの姿に頭を抱えながらキバナは呻く。
「冬のイベント。今年も楽しかったから、来年も楽しくねっていうお祭りだ」
お祭りという言葉を聞いて、ダンデの瞳が星のように輝く。ダンデは、賑やかな景色が大好きだ。
「人が多すぎるからダメ。それに、オレさま達じゃ踏まれちまうよ。ひとが多い場所は危ないだろ」
「……分かってるぜ」
ちぇっ!という気持ちが隠せない様子のダンデは、それでもキバナの言い分が正しいことを知っているので、それ以上文句は言わなかった。
「今日はなんでここに来たんだ?」
「言ったら面白くないじゃん」
ちょっとだけ意地悪する時の声でそう言ったキバナは、水切り籠から落ちる水滴の音をバックミュージックに、いつもより跳ねるような足取りでダンデの手を引いていく。机の天板を歩いて、椅子の背もたれを滑り台にして、フカフカの絨毯でてきた草むらを越えた先には大きな木が一本部屋の真ん中に佇んでいた。
「家の中に木が生えてる!」
「しぃーっ!声が大きいって!」
「だってキバナ!木って外に生えるものだろ?なんでだ?」
「そういうお祭りなの」
「変なお祭りだぜ」
ふかふかなソファの背もたれへと、被せてあったオレンジ色のカバーを伝いながら登っていくと、部屋の中央にある木がとても大きいことが分かった。
「大きいぜ……でも、木を家の中に生やしただけだろ?なんでお祭りなんだ?」
「それは、今から分かるよ」
「ん?」
どっぷりと暗くなった部屋の真ん中にある真っ黒な木を見て、それから面白そうに笑うキバナを見てから、どうやらまだ答えを教えてもらえないと分かったダンデは唇を尖らせる。
「キバナは時々、イジワルだ」
「はいはい。ちょっと待っててな」
ヒョイっと黒い海のような中へとキバナが飛び込んで、姿が消える。ダンデはそんなキバナの姿を探して目を凝らすが、いつも見慣れているはずの布切れは暗闇の中に溶け込んでしまい全く見えない。
「……キバナ?」
しぃんと静まった部屋に、カチコチと響く時計の音がやけに大きく聞こえてダンデはなんだか怖くなって声が上擦る。いつもならすぐに返ってくるキバナからの返事がないことも、より怖さを引き立てた。
「キバナ、キバナ」
思い切ってキバナのいるかもしれない暗闇に自分も飛び込もうか、でも迷子になったらどうしよう。背もたれの上を右往左往して、いよいよ片足を上げたその時。カチリっという音と共に部屋の中に光が溢れ出した。
色とりどりの光が、大きな木を取り囲んで賑やかに揺れ動く。暗い時には気が付かなかったが、木の周りには雲のような飾りや人形、丸くてコロンとした飾りがまるできのみのように掛けられている。どれもこれもがまるでキラキラと輝いていて、夢のような光景だった。浮かせた片足をそっと元に戻して、ダンデはその景色に夢中になった。その木の根元で、光に照らされながらイタズラが成功したような顔でキバナが被っている布を揺らして笑う。
「どうよ!」
キバナの声に、直ぐに返事をしたかったが。ダンデはこの胸に広がる高揚感をなんで言葉にしたらいいのかが分からず、目線は大きな木から外さないまま、ガクガクと首を縦に振ることしかできなかった。
「ご感想は?」
「凄いぜ……凄い!キバナ、木も部屋もみんなお星様みたいにピカピカだ!!」
いつの間にか横へと戻ってきたキバナへと、ふんふんと鼻息荒く伝えたダンデは、言葉にできない気持ちを目一杯込めてキバナへと抱きついた。
「ありがとうキバナ、大好きだぜ!」
「へへっ……まあ、木を飾ったのはオレさまじゃないけどな。ひとはこの季節寂しくなるからこんな風に飾り付けした木。ツリー?っていうのを囲んで、みんなで楽しく過ごすんだってさ」
2人並んで背もたれに腰を下ろして部屋を眺める。ダンデは、キバナの方へと体重をかけながら不思議そうな顔をする。
「へえ、ひとって寂しんぼなんだな」
「ダンデだって寂しがり屋じゃん」
「ちっ!違う……こともないけど違くないかもだぜ」
必死に否定するが、さっきキバナの姿が見えなくなった時のことを思い出して否定しきれなかった。
「オレ、キバナがいてくれるから寂しくないぜ」
「オレさまも、ダンデがいるから寂しくない」
「今日は、ツリーもあるからもっと寂しくないぜ!」
「それなら良かった」
お菓子を貰ったわけではないけれど、とっても素敵な景色を見せて貰った2人は、楽しそうにふんわりと布を揺らしながら浮かび上がる。鈴のような声で笑い合いながらツリーの飾りにじゃれつき、光の粒を散らしながらその天辺へと駆け上る。
寂しい気持ちが減りますように
素敵な飾りがもっと素敵になりますように
最後、天辺に輝く星の飾りをタッチしてからパチンッと2人の姿は消えて、輝いていたツリーの光もまるで今までが夢だったかのように消え、部屋は元の静けさを取り戻した。
◇◆◇
「……ん?」
「ダンデ、どうした?」
「キバナ、ツリーの星ってあんな模様ついてたか?あと、飾った覚えのないオーナメントがある」
「えー……ああ、それは大丈夫なやつ」
「……?」
「気合い入れて飾り付けした甲斐があったってもんだな」
のっぺりとした金色の塗料で塗られていたはずの星飾りに、可愛らしい雪の結晶模様が散らされていた理由は分からずじまいだったが、なんだかキバナが嬉しそうだったのでダンデはそれ以上聞くのをやめたのだった。
「ほら、そろそろハロンに向かうんだから早く着替えてこいって」
「そうだった。キバナのご両親も来てくれるんだよな」
「ああ、久しぶりに賑やかなホリデーが楽しみだって言ってた」
「ふふふっオレも実は楽しみで昨日あんまり眠れてないんだぜ」
「だからあんなに寝返りしてたのか」
「早く行こうぜキバナ!」
「だったらまずはその寝癖を直して、今日の為に準備したシャツに着替えてきなよ」
「クローゼット行ってくる!」
「あっ!おいそっちは……」
「キッチンだったぜ……」
走り出した最初とは違い、恥ずかしそうにすごすごと戻ってくるダンデの姿がツボだったようで、キバナは飾りが増えたツリーの横で、耐えきれずに声を出して笑った。