それはささやかな すっかり夜の帳が下り、静まり返ったとある家のキッチン。水切りカゴに置かれたジュラルドンとリザードン柄のマグカップから落ちる雫が、時折静けさの中にピチョンっと控えめに響き渡る。小綺麗に整頓されたそんな場所を小さな林檎程の大きさの何かが二つ、白い布を頭から被ってチョロチョロと薄暗いキッチンの中を動き回っている。
キッチンには灯りは点いておらず、勝手口横の小窓から見える満月が、その動き回る何かの手助けをしているように淡くまろい光を落としていた。
「キバナ、おつきさまがピカピカだ」
「そうだな。おかげであるくのにこまらない」
「ジャンプしてみろ!かげがふわふわうごくぞ!」
「ダンデ、しぃー……だれかにみつかったらどうするんだよ」
ダンデと呼ばれた、少しだけ小さな方が月明かりの下ではしゃぐように飛び跳ねると、その動きに合わせて布も楽しそうに揺れ動く。ただ、不思議なことに足音どころが布ズレの音すらもキッチンには響かない。そんなダンデを口らしき模様の描かれた布の前に小さな指を立てて静かにするよう伝えたキバナは、そろりとダンデの手を握って可愛らしく植物や花々が描かれたテーブルクロスの上を歩き始める。カップを避け、砂糖とミルク入れで遊ぼうとするダンデを嗜めながら歩いていたキバナは、やがてお目当てのものを見つけたのか、少し眠たげに見える目をキラリと輝かせる。
「ダンデ、みて!おかしがあった!」
「ほんとだ!おかしだ!」
植物の蔓で編まれた小さな籠の中、こんもりと盛られた色とりどりのお菓子の山に、静かにしようと言っていたはずのキバナも、思わず声を大きくする。ダンデの手を引いて控えめに駆け出していく。二人は籠の周りを飛び跳ねながらはしゃぎ回る。
「ちゃんとかいてあるか?!」
「ある!ハッピーハロウィンってかいてあるぜ!」
「やった!ことしはおおあたりだ!」
籠の横に添えられた小さなメッセージカードに書かれた特別な言葉を確認する。このお菓子が「食べていいもの」であると確信して、いよいよ二人はハイタッチしながら鈴のような声で歌い始める。
するとどうだろう。歌と共に籠のお菓子がまるで踊るように籠を飛び出して、二人と一緒に跳ね回る。
「ちょっとだけ、ゆかがきれいになりますように」
「すこしだけ、ほこりがきえますように」
「つくったお菓子がおいしくなりますように」
「シンクがぼんってほえなくなりますように」
広がった旋律はやがてキッチンを包み込むように暖かな光に変わり、可愛らしい歌声が終わると、静けさを取り戻した籠の周りにはお菓子の包み紙のみが月の光に照らされて、てらりと輝いていた。