心を撫でるパチンと薪のはぜる音が、夜の帳が下りる中やけに大きく聞こえる。
その気ままに跳ねつつも、静かに燃えている焚き火をダンデはアウトドアチェアに座ってぼんやりと眺めていた。
「ダンデ。コーヒー淹れたけど飲むか。」
「ああ、貰えるか。」
ダンデはお礼を言いながらキバナから燻んだオレンジ色をしたカップを受け取る。チラリと目線をキバナの方に向けると、彼もカップに並々とコーヒーを注ぐところであった。キバナが持っているのは所々塗装が剥げた白色のカップだ。どちらもずっと子どもの頃から使い続けているので使い古された感はあるが、その一つ一つの傷やへこみを掌で撫でながら温かい飲み物を飲むこの時間がダンデはとても気に入っている。
お昼頃から2人で始めたキャンプは、久しぶりということもあり人間達よりもポケモン達の方が大いに盛り上がり、ボールにポケじゃらし、果てはポケモン主体のダブルバトルまで満喫した。それを見ていたダンデとキバナも触発されて参加し、結局フルバトルをメンバーを入れ替えながら数回行った。最後にとどめと言わんばかりに全員でわいわい騒ぎながら大盛りの辛口ヴルスト乗せカレーを食べたことで疲れがピークに来たのか、今は焚き火番のリザードンとジュラルドンを残して全員素直にボールに戻っている。きっと今頃全員すやすやと夢の中だろう。
焚き火番と言ってもテントの周りにはスプレーも撒いてあるので、野生のポケモンが迷い込んでくることはないだろう。それは分かっていても互いの群れのリーダーを自負する二匹は絶対にボールに戻らないという態度で火のそばに陣取り、今は静かに互いのテントのそばで目を瞑りつつ待機している。
「久しぶりにキャンプしたけど、やっぱり良いなぁ。」
どさりと腰をダンデの隣にあるチェアに下ろしながらキバナも同じように焚き火を見つめる。自分と同じように掌でカップをさするような仕草を見て、もしかするとキバナもカップに対して同じ気持ちを持っているのかと感じて少しむず痒い気持ちになる。
「そうだな。こんなに喜んでくれるならもう少しスケジュール調整して、回数増やせたら良いのだが…。」
「それは無理だろ。お前のタワー運営も落ち着いて無いし。」
「だよな…それは分かってはいるんだ。」
「まあ、お前が頑張っている事はポケモン達にも伝わってるよきっと。もう少ししたら運営も安定するだろうし、その時には目一杯遊べばいいさ。」
「聞き分けが良すぎるから困ってるんだぜ…タワーを作ったのも、委員長になったのも俺のわがままだ。そのわがままに付き合わされて、彼らが変なストレス溜め込んで無いかと不安になってしまう。」
つい、弱気な言葉と共に顔が伏せられる。それに合わせてライラック色の長い髪の毛が彼の顔を隠すように垂れ下がる。
敢えて言葉をかけず、キバナは意外と猫っ毛なダンデの髪を撫でながら丁度いい温度になったコーヒーをまた一口飲む。
掌で整えるように
手櫛で毛の流れを整えるように
毛先を指でくるくると纏めながら
髪の感触を楽しみつつ、ダンデの気持ちが落ち着くのを待つ。
「君と一緒に居られる時間も減ってしまった…。」
根気よく待った後、漸くライラック色の隙間から聞こえてきた言葉は、小さくとも寂しさを含んだ声だった。
「お互い忙しい身だし、それは仕方ない事だろ。それでも、今こうして時間を絞り出して一緒にいる時間を作ってくれているだけで嬉しいよ。」
なるべく優しい声色を出しながら引き続き髪の毛を撫で続けたが、それでも納得できない男は益々体を縮めてしまう。最後にはとうとうチェアの上で足を抱えて蹲ってしまった。忙しさにかまけて伸ばしっぱなしにしていた髪のせいもあってか新種のポケモンのようにも見える。
「…それでも俺は寂しい。おかしい。前まではこんな気持ちになんてならなかったんだぜ。ハロンからシュートで一人暮らしを始めた時もこんな気持ちにはならなかった。君と一緒に過ごして、恋人になって…忙しくなって…会えない時間ばかり数えてしまう。本当は今だってこんな事を君に言うはずじゃ無かったんだ。」
「ダンデ。」
キバナは湧き上がる思いのまま立ち上がり、衝動的にライラック色の愛しい塊をチェアごと力一杯抱きしめる。
ポケモン以外に殆ど興味が無く、ほぼキバナの押しかけのような形で付き合う事に漕ぎつけたこの関係。初めて踏み込んだ男の家。異様な程伽藍堂なリビングの中央で「恋人って何するんだ。」と小首を傾げていた男の、心の中に持っていた小さな種を、キバナは時間をかけて大切に育ててきたつもりだった。その恋心と言う小さな種はしっかりとダンデの心に根付き、漸く蕾が開いたのだろう。寂しいと言うダンデの気持ちを聞いて、嬉しいなんて思ってしまうのはなんだかとても酷い男になった気もするが、その気持ちを吐き出したのがキバナであると言う事に言いようのない喜びを感じたのもまた事実だった。
「オレさまも寂しいよ。」
体を少し離してライラック色の髪にありったけの気持ちを込めてキスをする。花が綻びますように。香りが広がりますようにと。
やがて、チラリと隙間から琥珀色が見えた。
「キバナも。」
「うん、寂しい。」
「そうなのか…。」
暫く考えていたダンデは、そろりと両手を伸ばしてキバナの背へと腕をまわす。
「あったかいな。」
「…うん。」
「君の髪の毛、結構硬いんだな。」
「うん。」
「ちょっと煙の香りもする。」
「うん。」
「君と一緒に暮らしたいな。」
「うん…う…ん?!」
「ふふふっ、言質取ったぜ。」
悪戯が成功した子どものように歯を見せて笑いながら頬に擦り寄ってくるダンデに、キバナはポカンとした顔で見つめ返すことしかできなかった。
「朝起きて君に一番におはようと言いたい。夜寝る時、一番最後におやすみと言いたい。」
湧き上がるこれは、恋人として間違った気持ちなんだろうか
そんな事を尋ねるダンデに感極まったキバナが体重をかけて思い切り抱きつき、並んだチェアごと地面に転がった。服は土だらけになったし、倒れた背中は痛かったが、ダンデの瞳からこぼれた涙はそれだけが理由では無いはずだ。地面に背をつけながら2人で一緒に声を出して笑う。キバナの瞳に滲む涙も、同じ理由であれば良い。
そう願いながらダンデは空に広がる星達を眺めた。