そう無自覚に愛している「キバナ。」
名を呼ぶ声と一緒に控えめに服の袖を引いてくる時は大抵何かお願い事がある時。次の休みの日、一緒にバトルカフェに行きたかったらしい。
「キバナ。」
首を左に傾ける時は何かを考えている時。右に傾ける時は後ろめたいことがある時。そうして冷蔵庫の奥に隠していた、忽然と姿を消したプリンの行方が分かった。
「キバナ。」
手首をストレッチしながらの時は大体バトルがしたい時。偶にトレーニングの時もある。3対3の勝ち抜き戦。今日もあと一歩だった!悔しい。
「キバナ。」
目元に一瞬だけ力が入る時は体調が悪い時。案の定熱もあったし喉も腫れていた。しっかり布団に叩き込んで熱の籠る額に手を置いてやると気持ちよさそうに目元を緩めて寝息を立て始めていた。
「キバナ。」
真っ直ぐ目を見つめながら自分の胸元に触れる時は口付けをしたい時。言葉に出す前に口付けてやると、コイキングみたいに真っ赤になって口をパクパクさせるので、可愛くてつい何度もやってしまう。
バトルは勿論、外では絶対に見せない無自覚な緩みを自分にだけ見せてくれている事実に気付く度に、密かな優越感と喜びを噛み締める。どうかこの先、この緩みを出せる場所がもっと増えますように。でも、できれば自分にだけ見せてくれますように。なんて相反する事を思いながらもう一度ダンデの唇に口付けた。
「ダンデ。」
気になっていたカフェの情報が載った雑誌を片手に声を掛けたら行きたがっていた事にすぐ気付かれた。
「ダンデ。」
昨日の夜中にコッソリ拝借したプリンの行方を聞かれたのでとりあえず「美味しかったなあ」と考えてから「知らないぜ!」と返した。秒でバレて髪の毛をわしゃわしゃにされたし、ついでにと俺が隠しておいたちょっと高級な高タンパク質プロテインバーを食われてしまった。犠牲がデカい。
「ダンデ。」
気合いを入れてバトルを申し込もうとしたら、誘う前からキバナもボールホルダーに手が伸びていた。バトルは勿論俺が勝ったぜ!!楽しかった!
「ダンデ。」
ちょっとだけ変な感じがした日。キバナに話しかけたらそのまま抱えられてベッドに叩き込まれた。起き上がろうとしても彼の冷たくて大きな掌で視界を遮られてしまった。その心地良さに言おうとしていた文句が宙に溶け、次第に意識もトロリと溶けていった。結局2日ほど寝込む事になり、起きたら健康第一と説教された。
「ダンデ。」
なんだか寂しいな、恋しいなって思って名前を呼ぶとキバナはまるで魔法使いのように願いに気付いて唇へと熱を分けてくれる。その温かさが心地良いと思いつつ、直ぐにバレてしまうのが恥ずかしくて表情を引き締めるが今のところ効果は無い。不思議だ。
「ダンデ。」
本当はなんで考えている事が分かるのか聞いてみたい。でも、俺を呼ぶその声がまるで砂糖菓子のように甘く優しいから。バレる理由は分からないままでも良いかって相反することを思いながらもう一度その熱を受け入れた。