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    鯖くゃん

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    POIPOI 32

    鯖くゃん

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    isg視点から見たrnse
    相変わらずの巻き込まれisgさん(本当にごめん)

    #rnse

    プロポーズ大作戦黒を基調とした店内。テーブルは何だか高級感のあるクロスが敷かれていて、淡いオレンジ色のライトがこの二人掛けのテーブルを照らしている。如何にも高級です、という感じの飲食店。二人の知名度を考慮して個室に変更してくれた店側の気遣いも相まって世一はむず痒さを覚え、小さく座り直した。自分には日本全国何処にでもある見慣れたファミリーレストランや、周囲の声に自分達の声も掻き消されてしまいそうな程に賑やかな大衆居酒屋の方が性に合っていると思う。

    「なあ凛」
    「⋯⋯⋯んだよ」

    一緒に来た相手が蜂楽や黒名のように気心の知れた相手であれば、この非日常感もスパイスとして楽しめたのかもしれない。でも如何せん今日は一緒に来た相手が相手だ。素直に店の雰囲気を楽しんだり、料理の味に舌鼓を打てる程世一も呑気な男ではない。今、目の前にいる男の真意を図りかねていた。

    「んだよ、って……今日誘ったのはお前だろ」
    「そうだな」
    「そうだなって……」

    淡々と運ばれるコース料理を無言で味わう男ともかれこれ長い付き合いだ。末っ子気質の強い彼の理不尽にはある程度慣れていたつもりだが、話してもらわなくては何も始まらない。
    芸術品のように盛り付けられた色鮮やかなサラダは既に食べ終わっていて、つい先程運ばれてきたじゃがいもの冷製ポタージュを啜る。視線を正面の男に向けるが、現在進行形で世一の頭を悩ませている彼は素知らぬ顔で綺麗にスープを口に運んでいて、その手慣れた様子でカトラリーを使う彼の様子に見惚れていると、流石に視線が煩かったのか「見てんじゃねぇよ」と咎められた。

    「悪ぃ……でもそろそろ用件を話してくんねぇか?ここまで引っ張られると俺も気になるからさ」
    「引っ張ってねぇ」

    じゃあ早く話せよ、という言葉はスープと一緒に飲み込んでやった。年齢は自分と一個しか変わらないはずなのに、兄がいたせいなのか、はたまた生まれ持った性質なのか、この糸師凛という男は妙に我儘なのだ。
    ────明日、飯行くぞ。
    世一の都合を全て無視したメッセージが届いたのは昨夜のこと。急にどうしたんだよ、と聞く暇も与えず、続けざまに店の位置情報と十九時から二人で予約を取ってある旨の連絡が入った。別にいいけど次からは先に俺の予定を確認しろよな、と返信をすれば、既読無視。明日の夕飯は外で食べてくるとパートナーに断りを入れて当日指定された店へと向かえば、先に店の前で待っていた凛からは「遅ぇ」と文句が一つ。一応五分前のはずなんだが、それでも糸師凛様のお気には召さなかったらしい。
    空になったスープの皿が回収されていく。このままだとメインが運ばれてきても凛が本題を話し始めることはないだろう。このままでは埒が明かないのでおもむろに世一から口を開いた。

    「俺、結婚決まってるのって知ってたか?」
    「……知ってる」

    凛はワイングラスに口を付けながら静かに答えた。元青の監獄のメンバーの誰かから話を聞いたのだろう。知っているのなら話は早い。
    潔世一はれっきとした男で、性自認も紛うことなき男だ。しかし同性の恋人がいた。過去形なのは、先月のプロポーズを経て恋人から婚約者にランクアップしたからだ。まだ世間には公表していないが、お付き合いをしていた当時から友人には恋人の存在を明かしており、無事にプロポーズが成功した際は共通の友人らが駆け付け丸一日祝い明かした。しかし友人らはそんな幸せの絶頂にいる世ーを気遣ってか、その日以降外食に誘われる機会がめっきり減ってしまったので少し寂しく思っていたのも事実だ。だから何だかんだ言いつつも今日の凛からの誘いは純粋に嬉しかった。しかも凛の方から誘って来るなんて初めてじゃねぇか?凛とはこれまで何回か飯に行ったことはあるが、どれも世一から声を掛けていたような気がする。

    「初めてじゃねぇ。去年の冬に飯誘ってやったろ」
    「あれは誘ったって言うか?」

    失笑していると、メインとなる肉料理が運ばれてくる。本当にメインが運ばれてきても凛が本題を話し始めることはなかったな。無駄を嫌う彼のことだ。きっと切り出しにくい話題なのだろう。でもこの以上引っ張ると尚更話しにくくなるぞ、と凛に優しく言ってやれば、彼は思いっきり舌打ちをして肉にナイフを突き刺した。

    「いいか、浮かれ畜生潔。今からする話は絶対に他のヤツに言うな。その婚約者にも、だ」
    「う、浮かれ畜生……」

    その豊富すぎる罵倒のレパートリーは一体どこの誰譲りなんだ。初めて会った時を彷彿とさせるようなドスの効いた声で凛は言い放つ。いいな?と念押しのように尋ねた凛の手元のステーキ肉はたった今ナイフで綺麗に真っ二つにされ、その分厚いピンク色の断面が露わとなる。美味そう、という感想よりも、もし潔が間違えて他の誰かに口を滑らそうものならこのステーキ肉のように真っ二つにされるのだろうな、という感想が先行した。ぶるりと身震いを一つ。

    「プ…、……って、…んだよ」 
    「……? 悪ぃ、よく聞こえ、」 
    「だからっ、そのプロポーズって、どうやってしたんだよ!」 
    「あっ、おい馬鹿!」

    凛は大声で言い切るや否や手元に置いてあった残りのワインを一気に飲み干した。さっきまでチマチマと食事のペースに合わせて飲んでいた上質なワインを生ビールのようにごくごくと景気よく嚥下する。

    「……答えろ」

    空になったワイングラスをマイクのように向けられ、思わず両手を上げた。凛の目は完全に据わっており、これは白状しない限り目の前の肉にもありつけなそうだ。

    「答える!答えるから一旦その手を下ろせって……な?」

    こちらを射殺さんとばかりに睨みつけてくる凛を何とか窘め、ゆっくりとカトラリーに手を伸ばした。恐る恐る凛の様子を伺えば、「言うなら食べてもいい」というオーラが痛い程に伝わってくる。

    「何か恥ずかしいな……凛とそういう話すんの」 
    「うるせぇんだよ。さっさと話せ」

    聞くヤツの態度とは思えない横暴さだが、世一がぽつぽつと話し出せば凛は怖いくらい大人しく耳を傾けていた。うじうじと悩んでいた過程を素直に明かしても凛は決して揶揄ったり、馬鹿にすることはなく、時々「怖くなかったのか」、「その時相手は何て言ったんだ」と真面目な質問を投げかけてくる。その態度を見ていれば流石にこちらも察しがつくというもの。最終的に世一は馴れ初めから先月のプロポーズの細かな過程まで話す羽目になり、一通り話し終える頃にはデザートの皿が並んでいた。凛も追加で頼んだワインも既に一杯飲み終えている。自分のグラスが全く減っていなかったことに気付いた世一もおもむろに酒を呷った。一方的に話し続けて疲れた喉にワイン独特の酸味が染みる。

    「────で、凛もプロポーズすんのか?」 
    「あ?」 
    「いや、もう隠すことねぇだろ。絶対誰にも言わねぇからさ」 
    「……」

    凛は押し黙り、室温にゆっくりと溶かされていくアイスクリームをじっと見つめていた。次に続く凛の言葉をじっと待つ。凛は綺麗な丸にくり抜かれたアイスが溶けてやや右側に傾いた頃、ようやく口を開いた。

    「もう、指輪は買った」
    「マジで!?」

    思わず声が上擦った。だってそもそも凛に恋人がいたことすら初耳なのだ。プロポーズの話が持ち掛けられた時点で凛にお付き合いをしている相手がいることはすぐに察したが、まさかそこまで進んでいるとは夢にも思わなかった。

    「そうかぁ……凛に付き合ってる相手が…………」

    あの凛が自分からプロポーズをしたいと思える相手を見つけた……そう思うと自分事のように嬉しい。世一は生憎一人っ子なのでその感覚は分からないが、自分に弟が居ればこんな風に思えるのかもしれない。

    「凛の家族は?知ってんのか?」 
    「……言ってねぇ。言う気もねぇ」

    凛は咄嗟に瞳孔を見開いた後にそっと伏せる。相談を持ち掛けられた身として、その見開かれた瞳が一瞬、本当に一瞬だけ不安に揺れ動いたのを見逃せなかった。 

    「なぁ、嫌なら答えなくてもいいんだが……もしかしてその相手って同性なのか?」

    凛は再び黙り込む。「世っちゃんは世っちゃん」という教育方針を掲げ、どんな状況でも背中を押してくれる両親の下で育った自分はかなり恵まれてた自覚がある。だから同性の恋人が出来た時も臆せず両親や友人に打ち明けられた。でも実際はこう上手くいかないだろう。

    「………」

    静かに頷いた凛の姿を見てようやく腑に落ちる。凛は他人を素直に頼るタイプでも、わざわざ人に尋ねる性分でもない。それがプロポーズという一世一代の場においても、だ。きっとこれが異性相手であれば、こうやって誰かに相談することもなかったのだろう。後日ネットニュースで凛が結婚したことを知るのが関の山だ。ここで先ほど投げかけられた「怖くなかったのか」という質問の真の意味を理解する。

    「────さっきの質問なんだけどさ、そりゃあ勿論怖かったけどそれよりもずっとアイツと居たいっていう気持ちが勝ったっつーか…」  
    「……そうかよ」
    「それより指輪買う時サイズ選び大丈夫だったか?あれ、地味に難易度高いよな」

    少し重くなってしまった空気を切り替えようと、話を変える。指輪選びでサイズ選びを誤り、後日サイズ直しのために再度ジュエリーショップを訪れる羽目になった自分のエピソードを話せば凛は小馬鹿にしたように鼻で笑う。それでこそ凛だ。

    「はっ、そんなの普段身に付けてる指輪のサイズ参考にすればいいだろ」 
    「アクセサリーとか普段身に付けるタイプじゃねぇんだって」
    「そういうのを見越して先にペアリングを贈っておくんだよ、馬鹿」

    そう言う凛の右手の薬指にはシンプルなシルバーのリングが輝いている。なるほど。もう少し早くそれを知りたかった。

    「お前と一緒にすんじゃねぇ」

    素直に感心すれば、凛は少し口元を緩め、気を良くしたのか話し始める。
    俺はこうなることを見越して去年ペアリングを贈ったんだ。あの人はいつも余裕そうだからプロポーズくらいは俺から。たとえ世間から認められなくても俺はあの人の隣に居たい。
    世間から認められなくても、だなんて大袈裟な。でもそのくらいの覚悟があるということだろう。
    凛の口からこんな熱烈な惚気を聞けるだなんて思っていなかったので思わず顔が熱くなる。これは今しがた飲み終えたワインのせいではない。頷きながら聞いていると、ふとあることに気付いた。

    (凛ってこんな饒舌なヤツだったか……?)

    似た境遇の自分に親近感を持って、あるいは今まで誰にも言えなかった分溜まっていたのか────凛がこんなに自分から話すなんて珍しいのだから、余計な茶々は入れず聞き手に回ろう。そう思って大人しく聞いていたが、徐々に雲行きが怪しくなってきて思わず口を挟んだ。

    「……なぁ凛、それ何杯目だ?」 
    「…………知らね」

    さっきから凛のグラスには代わる代わるワインが注がれている。勿論世一自身も相槌を打ちながらちまちま口を付けているが、それでも何だか妙に凛のグラスの減りが早い気がする。そもそもワインってそんな風に飲むもんじゃねぇだろ。怪しく思い、お冷を貰うついでに確認すれば何と五杯目。全く顔に出ていないので気付かなかった。

    「ちょっと待て、お前もしかして今けっこう酔ってるだろ!」 
    「あ?俺が酔ってるように見えんのかよ」 
    「見えねぇけど!その絡み方は酔ってるヤツの絡み方なんだよ!」

    急いで会計を済ませるが、椅子から立ち上がった凛の足取りは覚束ない。顔はいつも通りなのに、態度だけが酔っぱらいのそれなのであべこべだ。このまま凛を一人で帰すわけにもいかず、タクシーを呼ぼうとしたところで気付いてしまった。俺、凛の家知らねぇや。

    「凛、タクシー呼ぶけどお前住所言えるか?」 
    「馬鹿にすんじゃねぇ。神奈川県鎌倉市……」 
    「待て待て、それ今住んでるところじゃねぇだろ」

    ここは都内の飲食店で、凛がこの店を指定した理由は凛の自宅から近いから。せめて俺の家と凛の家の中間地点を指定してくれよ、と思いながら世一はここまで電車を乗り継いで来たわけだが結果的に見れば正解だった。とりあえず鎌倉市に住んでいないことは見破れる。
    さてこの先どうしたものかと頭を抱えた。いっその事、もっと意識が混濁していればスマホを拝借して迎えを呼ぶなり、他にも色々やりようはあるわけだが、凛はさっきからまだ飲めると言って聞かない。

    「そう言ってくれるのは嬉しいけどまた今度にしようぜ、な?今日はもう────」 
    「……じゃあ兄貴を呼ぶ」 
    「えっ」

    後に続く「マジで?」が言葉になることは無かった。あの糸師冴をこんな用事で呼んでいいのか?と世一が躊躇っているうちに凛は既にメッセージアプリで糸師冴に連絡を入れていたようで、『十五分くらいでそっちに着く』の文字が見えた。本人は迎えを呼んで安心してしまったのか、うつらうつらと船を漕いでいる。そこら辺の適当なベンチに凛を座らせれば、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。久しぶりに見た凛の年下らしい一面に頬を緩める。

    「…………お前、兄貴と仲良かったか?」

    ふと湧いた疑問。世一の記憶する限り、糸師兄弟の仲はお世辞にもいいとは言えなかったと思う。まだ高校生だった頃、一度だけ凛本人に兄弟仲を尋ねたこともあったが、その時はかなり悪い印象を抱いた。しかしメッセージアプリにはすぐ既読が付いたし、兄直々に迎えに行くと返信が来るあたり、きっと世一の知らないところで和解したに違いない。勝手に一人納得しながら凛の迎えを待っていると、後ろから名前を呼ばれた。

    「────潔世一。凛が世話になったな」 
    「あっ、どうも……」

    これまで何度か試合で渡り合ったことはあったが、日常の中でこうやって言葉を交わすのは実のところ初めてだった。普通に緊張する。ラフなパーカーと黒のキャップに身を包んだ糸師冴は如何にも著名人という出で立ちだった。目元は凛にそっくりなので、マスクとキャップで顔が隠れていてもすぐに誰だか分かる。いや、糸師冴が凛にそっくりなのではなく、凛が糸師冴にそっくりなのか。

    「凛、起きろ。いつまで寝てやがる」

    何度か凛を起こすために声を掛けているが、全くと言っていい程に凛が起きる気配はない。深いため息をついた糸師冴がこちらを向く。

    「はぁ……車はあそこにつけてある。悪いがこの愚弟を運ぶの手伝ってもらっていいか」 

    特に断る理由も無かったので二つ返事で了承し、二人で片方ずつ凛の肩を持った。この中で一番年下なのは凛だが、一番体格がいいのも凛なので運ぶには苦労する。特に深い意味もなく凛の右肩を支える糸師冴の方に視線を向ければ、彼の首元からシルバーのネックレスが下げられていた。先ほどは着けていなかったはずだが……いいや、恐らく普段は衣服の下に隠しているのだろう。もしかしたら隠しているのではなく、さっきは偶然隠れてしまっていた可能性だってある。しかし世一がネックレスに目を付けたのはその物珍しさからではない。チェーンの中央部にかけられたシルバーのリング。世一はその指輪に見覚えがあった。

    ────たとえ世間から認められなくても俺はあの人の隣に居たい。

    凛の言葉を反芻する。あの時自分はその言葉にちょっとした違和感というか、やけに大袈裟な印象を抱いた。しかし今になってあの言葉の持つ本当の意味を知る。

    (凛のプロポーズの相手って────)

    たとえ世間から後ろ指刺されても、自分だけは彼らの味方でありたい。どうか、どうか彼らの未来が幸せなものであるように────そう祈らずにはいられなかった。
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