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    なすずみ

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    なすずみ

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    追記 ちょっと手直し

    ##果物

    果物と桜とシャボン玉桜が舞っている。
    私は娘を連れ公園に来ていた。今年の春から小学校に上がる娘は今、私の視線の先で滑り台を滑っている。特に変哲もない滑り台だが、飽きずに何度も滑っては登り、登っては滑っていた。スリルが良いのだろうか。大きくなったら、ジェットコースターなんかを好むようになるかもしれない。
    微笑ましいが、そろそろ妻が買い物から戻ってくる時間だ。ベンチから立ち上がり、梯子を登る娘に帰宅時間だと声を掛ける。

    最後の一回を滑り終わった娘と手を繋いだ。普段はもう少し帰りたくないとごねるのだが、今日は妻と夕飯作りの手伝いをすると約束していた。それが楽しみなのか、私の手を引いてずんずん歩いていく。
    そこでふと、二人の男が目に止まった。私たちが進む先、一人は出入口の植え込みに腰を下ろし、一人は立っている。そのうちの片方、腰掛けている方がシャボン玉を吹いていた。
    昼間の公園でシャボン玉を吹く二人組の若い男。怪しい。いや、決めつけるのは申し訳ないが、行為としては不真面目な方ではないか。偏見だろうか。私は少し警戒しながら、公園の出口に近づいた。
    二人は何事かを話している。
    「せっかく吹き棒貰ったんだから、使わないと勿体ないだろ」
    「勿体なくはない。シャボン液をわざわざ作ってるんだから、使った方がコストは掛かっている」
    「そういうことじゃねえんだって。ほら蜜柑、お前も吹いてみろよ」
    「吹かない」
    つまんねえの、とそれほどつまらなくなさそうに言いながら、男はシャボン玉を吹く。風に流され、きらきらと反射しながら私たちの所へ運ばれてきた。

    「パパ」
    娘がその泡の一つを指さす。
    「しゃぼん玉」

    「お、気になるのか」
    見つかった、と私は反射的に体を強ばらせた。おそるおそる顔を上げる。吹き棒を片手に男が立っていた。整えているのかいないのか、髪があちらこちらに跳ねている。鋭い目付きに、思わず後退りしそうになった。
    「嬢ちゃん、シャボン玉が好きかよ。俺も好きだぜ。やってみると結構楽しいよな。まあ、手がべたべたするし、もうちょっとで止めようと思ってたんだけどな。だけどシャボン液が残ってるから、勿体ないだろ?お前、使って良いぜ」
    「たくさん作るからだ。洗剤と水はその半分でいいと俺は言ったのに、お前が聞かなかったんだろう」
    捲し立てる獅子髪の青年に、もう一人の男が口を挟む。春の公園に似合わない黒一色の衣服のせいか、その周りだけ空気が沈んでいるかのようだ。
    二人は背格好が似ているが、双子か兄弟なのだろうか。どちらが兄か弟か、見た目では分からない。改めて見ると、揃ってすらりと背が高い。
    青年は唇を尖らせる。
    「聞いてたに決まってるだろ。あのな、少ないくらいなら多い方がいいんだよ。少なく作って、もし足りなかったらどうする?」
    「そのまま帰ればいい」
    「帰って作り直すのかよ。面倒だろうが」
    二人でポンポンと話していたが、そこで獅子髪の青年は娘の視線に気が付いたようで、黒服の青年を肘で小突いた。
    「蜜柑、使わないならお前のをやれよ」
    聞き違えたか、柑橘類の名前が聞こえた。呼ばれた青年はちらりとこちらに視線を向ける。ふと手元を見ると、彼は緑色の吹き棒が一本入ったビニール袋を持っていた。袋の大きさから想像するに元は二本入りのパッケージで、内の一本は今獅子髪の青年が持っている青色のものだろう。何かのオマケか景品で貰ったのだろうか。青年は肩で小さく息を吐き、娘にそれを袋ごと手渡した。
    「好きに使え」
    ありがとうお兄ちゃん、と娘がはにかみながら言う。私も慌てて礼を伝えようとしたが、それより早く青年は踵を返した。
    「檸檬、戻るぞ」「そうだな。じゃあな」
    また柑橘類の名前だ。渾名なのだろうか、随分と可愛らしい。それに気を取られている内に彼らは消えて、吹き棒だけが娘の手に残された。
     

    「どうして、なんですか」
    思いの外、しっかりとした声が出た。突然のことで、状況が未だ飲み込めていないからかもしれない。最も、今からたっぷり一時間ほど丁寧な状況説明をされたとしても、受け入れられる自信は全くない。
    「いつも不思議なんだが」黒髪の青年は、私の前に立ち微動だにせずに答える。
    「どうして、理由を聞くんだ。納得できる理由なら殺されても良いのか」
    「良くは、良くはないんですが」
    いつも、という言葉は今のような、すなわち私に銃を突きつけているような、非日常的な事態への慣れを感じさせた。それによって本能的な危機感が刺激されたのか、ようやく私の声が震える。なんとか頭を働かせて、言葉を紡ぐ。
    「殺されるなら、理由くらい知りたいと思うのは、自然なことだと思います」
    「そういう依頼なんだ。お前たち家族を殺せという依頼だ。どうしてお前たちが殺されるのか、俺たちも知らない。理由は聞かなかった」
    「でも」声が詰まる。「でも私たちを殺すのは貴方がたですよね。貴方がたが殺さないでくれたら、死にませんよね」
    「それはそうだな」
    青年は頷く。
    本当につい先ほどのことだ。チャイムが鳴り、ドアチェーンを外して扉を開けた途端、二人の青年が家に上がり込んで来た。覚えがある、たしか数日前と思ったのも束の間。止める間もなく、一人は二階に上がり、一人は私の前に立つ。気がついたら、目の前に拳銃があった。なにがなんだか分からない。悪い夢とすら思えなかった。
    「だが」と黒い影が言う。なんと温度のない接続詞だろう。
    「俺たちはお前たちを殺す。そういう仕事だからだ」
    抑揚のない声色で、淡々と言う。銃口は真っ直ぐにこちらを捉えている。
    「なら、娘だけでも」
    口が勝手に動いた。命乞いというのは、頭を働かせて訴えるものではなく、口を突いて出るものらしい。
    「娘だけでも。まだ、あんなに小さいんです。貴方も見たじゃないですか。知ってるでしょう。賢い子です、今日のことだって、誰にも言いません。ちゃんと、そう、言い含めますから」
    溢れてバラバラになりそうな言葉を必死に並べて、私は訴える。
    「小さいのは知ってる。見たからな。およそ110cm、六歳。この春から小学生になる年齢だ」
    青年は淡々と、カルテに書かれた情報を読み上げるように、言う。実際、頭の中の情報を読み上げているのかもしれない。
    「賢いかどうかは知らない。誰にも言わないかもしれないが、俺たちの依頼はお前たちを全員殺すことだから、関係ない。もしお前の娘が、たとえ世界を救うノーベル賞ものの頭脳を持っていたとしても、俺たちはお前たち一家を殺す」
    どうして、と今度は声が出なかった。

    「蜜柑、こっち終わったぞ」
    作業が終わった報告をするような、軽い声が二階から掛かった。終わった。終わってしまったのか。何が?
    「分かった」ほんの少し、声の方に顔を向けて返事をする。そして私に視線を戻した。
    「もういいか」
    ああ、今の一瞬がチャンスだったのだろうか。
    「駄目って言ったら助けてくれるんですか」
    娘と妻を殺されて、助けると言われたところで助かろうとは思えない。だが、終わったという言葉には現実味がなく、上手く怒りが湧いて来ない。
    本当に終わってしまったのか。こんな突然に?
    二階の声は『檸檬』のものだ。この間の、獅子髪の彼は確かそう呼ばれていた。公園での去り際、彼は娘に向かってにっと笑ったのだ。笑った顔は人懐こそうで、私はおや、と何かを発見したような気持ちになった。その彼が、二階で妻と娘を終わらせた、らしい。言葉と、光景と、記憶が上手く結びつかない。
    「助けない」
    無情に答えた青年は、そこで少し首を傾げた。
    「なるほど、確かに、どのみち決まっていても、言うことはあるな。どうして、もそれと同じか」
    何かを合点して、軽く拳銃を握り直す。撃たれるんだな、と直感した。
    「最後に教えてください」
    問答無用で撃たれることを覚悟しながら、問いかける。
    「私たち家族を殺したのは誰なんですか」
    言いながら、過去形なのが可笑しかった。
    私たちが、一体誰に恨まれたのか。邪魔だと思われたのか。怒りがきちんと湧いてきたら、化けて出てやらなければいけない。だから、教えて欲しいと思った。
    彼は少し考えて、答えた。
    「俺たちだ」


    桜が舞う。桃色の花びらが散っていく。シャボン玉になりそこねた、作られたばかりのシャボン液が、家族が居なくなった玄関でひんやりとした温度を保っている。
    緑色の吹き棒は、終ぞ使われることは無かった。


    ***
    公園に居たのは標的の下見かもしれないけど、たまたまかもしれない
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