若い果物(未満)とモブ短文「『そして僕らの沈黙した注視のなかを疑いぶかそうに頬をこわばらせた村長たちが土足のまま、僕らの死者へ近づいて行った。彼らは懐中電灯をかざして屈みこみ、死者をしらべた。淡黄色の光の輪のなかの、蒼くみすぼらしい小っぽけな頭、青ざめて果物の表皮のようにこわばっている皮膚、短い鼻の下の少量の乾いた血』」
部屋に入った途端、これである。
床に座り込み本に顔を向けていたその子供は、俺が沓摺を踏むなり、立ち上がって口を開いた。
読み上げるようなその口調からすると何かの台詞なのだろうが、おかしな奴に当たったと早々に気が滅入る。
「お前、誰に向かって口を聞いてるんだ。俺はお前の仕事を確認しに来たんだぜ」
「じゃあお前が依頼主の部下か。俺はお前たちが事故に見えるように現場を整えろと言ったからその通りにしたのに、どうしてお前がそれを壊すんだ。なにを考えているんだ」
「ちょっと入っただけじゃねえか。何もしてねえよ」
「そこに髪を一本落としておいた。そことそこにも。大体、今の歩き方なら三歩目には血痕を踏んだ」
生意気な子供だ。とりあえず一発殴ってやろうと思ったが、現場を壊して上から怒られるのは俺だ。
「まあいい、早く出るぞ」溜息を吐いて顎をしゃくる。
子供が廊下に出ると、その頭部に向けて拳を振るった。頭が壁にぶつかって鈍い音を立てる。
意外にも、子供はすぐに体勢を立て直し、俺を睨み付けた。右手にナイフが見える。本なんて読んでるものだから、口ばかりの子供かと思えば案外手が早い。
「やめておけよ。俺を相手にしようなんざ、自殺するようなもんだぜ。お前だって、まだ死にたくねえだろ」
「自殺はしない」
子供は思いの外あっさりとナイフを下ろした。少々拍子抜けしながら、俺も尻ポケットから引き抜こうとしていた獲物から手を離す。
*
最近の若い奴らは、どいつもこいつも頭がおかしいのか。一方的な話し声がして、何をしているのかと部屋を覗けぱ、死体の手を取り喋り続ける子供が居てげんなりとした。
だが、それよりも問題は現場だ。自然死に見せかけなければならないのに、部屋は荒れていてこれでは立派な殺人現場だ。
「よお、おっさん」
いつのまにか、死体と話すのをやめて俺の前に立っていた。ひとまず、拳骨を振るう。
少年は「なにするんだよ」と声を上げたが、体勢は崩れていなかった。体幹がいいんだな、と思う。
「自然死に見えるようにやれ、と言ったはずだ」
「見えるだろうが」
「どこがだ」
「全部だよ。これのどこが不自然なんだ?」
見ろよ、と少年は手を広げた。転がる死体はどう見たって他殺だ。
「大体、自然死ってなんなんだよ。俺に殺されるのは自然じゃねえのかよ。大自然の生き物でも連れてくればよかったのか?ライオンがどこに居るんだよ、ここは日本だぜ」
「動物園から連れてきたらどうだ」
「たとえ散らかってるとしても、散らかしたのは俺じゃねえしな。俺に気づいた向こうが散々暴れたからこうなったんだ」
「それを上手く捌くのがお前たちの仕事だ」
難しかったので無理でした、では済まされない。だが親切に説教をしてやる余裕はあまり無かった。
「こうなった以上は仕方ない。山へ運ぶぞ」
「なんだよ、次の手があるのか?頑張れよ」
「お前もやるんだよ」
***
引用は芽むしり仔撃ち 62頁