根無し草 ifこの日の為にと用意していた交通カードをかざして改札を通過する
「…!?、兄さん!!」
改札を通過されていると思っていなかったのか、うしろでいまだ叫んでいるが気にせず走り去る
旬がS級と公開されてから人が多い場所を避けていたのは知っていた。どこに向かうかも確認しないで直感で階段を駆け降り、停車していた列車に飛び込む
(はやく、早く出発してくれ)
シュンの祈りが届いたのかアナウンスと共に閉まりきったドアにどっと安心が押し寄せ手摺にもたれてしまう
「は、はははっ…」
(やった…やってやった、逃げきった…)
周囲の不審がる視線も気にせず涙をながす、暫く止まらなかった
あれだけ執着されていたのだから、直ぐに見つけだされるかと思っていたが、1週間…1カ月、半年…と不穏な動きも感じず至って平和な生活が待っていた
罪悪感はあるが、このしがらみが無い生活が途方も無く幸せだった
ギシギシと軋む階段をゆっくり登り鍵を開ける
「ただいまー…」
いつ取り壊されても可笑しくない古いアパートの一室、そこがシュンの新しい根城であった
小さいテーブルと毛布のみの殺風景な部屋だった。いつ逃げても良いように、本当に最低限の物しか揃えていなかったが意外と快適に過ごせるもので感慨深かった
名残惜しいが下手に活動すれば見つかるリスクを考慮し、細々と日雇いのバイトで稼ぎ、足りなければ貯金を切り崩す生活をしていた
素早く風呂に入り、帰宅前に寄ったコンビニの見切り弁当を割り箸でつつく、1人になってから自分の為だけに料理をする気になれず毎日弁当で済ますことが当たり前になっていた
割り箸片手にスマホをなんとなしに操作する
テレビもPCも置いていないこの空間では新しく契約したスマホの情報が全てだった
自分から捨てて、逃げた癖にハンター関連…特に旬のニュースが無いかとつい探してしまう
「ギルド立ち上げ…ね」
つい先日、モンスターに占領された島の奪還作戦が生中継で放送された、らしい
生憎テレビがない為又聞きで知ったのだが、圧倒的な力で敵をねじ伏せ無事奪還に成功した…が、敵味方関係なく薙ぎ倒し、暴れる姿に世間はその凶暴性に危険を感じたらしく、ここ数日賛否のニュースが多数取り立たされているようだ。
その混乱している中でのギルド立ち上げのニュースは予想通り、コメント欄は随分と荒れていた
「…」
食べる気が消え失せ、半分以上残っていた弁当をそのままゴミ袋に押し込んだ。後から明日の朝食に回せばよかったと後になって気が付いたが、遅かった
画面の向こうの旬の実績と功績に比べてもしょうが無いのに、嫉妬が噴き出し、スマホを放り投げた
確かに自分は今幸せなのに華やかな人生を謳歌している旬が途方もなく羨ましく感じ、そんな考えが浮かぶ自分に嫌悪し毛布を頭から被って無理矢理眠った
「はぁ…」
重い足取りで階段を登る。今日は朝から散々だった
昨日の自分の行動から招いた結果なのだが、ため息をつくことがやめられなかった。
「…あ?」
部屋の前に立ち、小窓に目が向く内側から照らす灯りにやってしまった…と後悔が襲われる
昨夜充電もせずスマホを放り投げて不貞寝したせいで電源が切れ、朝から大寝坊をかましてしまったのだ。
バタバタと慌ただしく外出したせいで照明を落とし忘れたようだ。
「…え?うそ」
最悪だと嘆きながら鍵を回し、ドアノブに手をかける。引っかかる感覚に更に驚くどうやら鍵も掛けずに飛び出したらしい
「うそだろ…」
幾ら貴重品が無いとはいえ、あまりの無用心に呆れてしまう。ちゃんと気をつけなければ…そう己に言い聞かせながらもう一度鍵を回し今度こそドアを開けた
「おかえり」
「た、…えっ」
声を掛けられ驚いて下を向いていた顔を上げ硬直する
半年前に駅前で見かけた時と変わらない姿の旬がそこに佇んでいた
「あ、…なん、ぇ…」
「…また見切り品の弁当か?ちゃんと栄養ある飯食わないと駄目だろ?」
あぁ、でもこの部屋だと鍋もないから作るとか無理か、まるで普段の生活を知り尽くしている発言に、理解が追い付かず立ち尽くす
ドクドクと心音が大きくなり、冷汗が流れる
「早く上がれよシュン…ちゃんと、見て、行動してくれよ」
最初意味が分からず首を傾げたが、旬の片手に持っていた黒い短剣にようやく気が付き、全てを諦め靴を脱いだ
「おかえり」
「た、ただいま…」
「ぁー…シュン…シュンだ…」
狭い部屋で向き合えば力強く抱きしめられる。背中に回った腕と共に金属の硬い感触に身動きが取れないシュンを気にせず頭に顔を埋めスンッと鼻を鳴らしている
「石鹸で髪洗うから髪もギシギシだし…大分顔色悪くなったな…コンビニ飯ばっか食べるからだ…」
「な、んで…」
「…逃げ切れたと思ってた?」
「っ…ぐっ…かはっぅ…」
襟首を掴まれ引き倒される
受け身もとれず背中から叩きつけられ、痛みで悶えていたら腹に跨がれる。トスンと軽い音が聴こえ、そちらに顔を向ければ短剣が突き刺ささっておりビクリと体が跳ねた
「あの時連れ戻してもまた逃げるって分かってた、だから準備をしたんだ」
「じゅん、び…?」
「そう、準備」
スルスルと痛んだ毛先を弄りながら旬は楽しそうに笑う
「知名度と力の誇示するために、興味ない奪還作戦にも出ただろ?…まぁ、あれはいい憂さ晴らし出来たし、オマケもあったから良かったけど」
少し痩せこけた頬をなぞられる
「で、こっちが本命…ギルドの設立。俺がギルマスだから誰も俺の行動を邪魔出来ないし、させない…ギルドを立ち上げたから誰かを交える必要もないから、仲介料も取られず利益がだせる」
つぅ…と顎のラインを確かめながら首筋に指が移る
「ギルドも自分の好きな時に活動出来るから、時間も金も十分にある…あれだけ暴れたんだ、誰も文句なんて怖くて言えないだろ」
何を、こいつは一体何を言っている…?
「あがっ、は、…!」
不意に首筋をなぞって遊んでいた手がシュンの首を締め上げる
シュンを飼う為の準備をちゃんとしたんだ、…前は時間が合わなかったから寂しくて逃げたんだもんな?
ミチミチと締まる音が体内から響く。幾ら口を開けても酸素が入らず苦しさと恐怖に痙攣し、締め上げて来る腕を退かそうと肉を抉る勢いで爪を立て抵抗するが全く緩まない締め付けに絶望する
「んぅ…んぅ…ぅ」
「っ、はは、気持ちいいんだ?」
防衛反応か、はたまた頭がおかしくなったのか…痛みや苦しさよりも、ピリピリとした快楽が流れ始め声色が甘くなり、変化に気が付いた旬が嬉しそうに笑うが、朦朧としていて何を言っているのか理解できなかった
「大丈夫、死にかけても生き返られるし、間に合わなくても起こしてやるから…」
死んでも、ずっと一緒だ