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    sushiwoyokose

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    sushiwoyokose

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    久しぶりにユリピを吐かせたいなと思いまして…のアルユリ

    ぬくもりというくすり意識がぼうっとしている。目覚めたと思ったのだが、まだ夢の中にいるのかもしれない。脳が浮いているような気持ち悪さがあって、今自分がどこにいるのかの判断がつかなかった。うまく頭が回っていない。具合でも崩したのだろうか。これは危ないぞ、と、回らないなりにきちんと警鐘が身体を巡った。今の私は兵器を二つも抱える身だ。爆弾と獣と。己を律して管理しておかなければ、破壊しなくていいものを巻き込んでしまう。
    「……?」
    過った不安に応えるように、デストルクティオが顔を出した。視界に入ったそれは、どこかしょぼくれた顔をして私の頬をつついている。おかしなものだ。デストルクティオにそそのかされた私自身はあれほど凶暴だったというのに、この触手自体は甘えたの子供のごとき幼さがある。――はて。それより、デストルクティオなんて名を、私はどこで知ったのだったか。これは星の零涙から生まれ落ちた化け物であって、長らく名前などなかったはずだ。
    (いいや……違う……。記憶で、知ったんだ。……私は、自決機構を放棄して)
    頭の中にどさりと記憶が降ってくる。そうだ、私は救われてしまったから。私は許されてしまったから。もう無人島暮らしではない。団長が、みんなが、親友殿が助けてくれたおかげで、祖国へ戻ってきたのだった。
    「……アルベール……?」
    だから、傍に居るはずだった。
    浮遊感を押さえつけて、あたりをぐるりと見まわしてみる。寝たまま見える範囲には、人の気配はないようだった。次いで体を起こすと、デストルクティオが慌てるような仕草で肩を押し込んでくる。細長い身体は人ならざる力を持つはずだが、治癒に割いた力が大きすぎたのか大分弱っているようだった。押し付ける身体をそうっと撫で、微笑みかけてからそうっと退ける。触手はなおも私を追いかけてきたが、気にせず身体を起こし切った。
    「アルベール」
    腹が妙に熱いが、一目友を見たい気持ちが勝つ。静かな部屋に一人きり。ここが医務室であると理解をしているはずなのに、理論と記憶を凌駕して不安が襲い掛かってくる。ここはまだ無人島なのではないか? アルベールに助けられたのは夢なのではないか?
    「親友殿」
    医務室のベッドは、それぞれがカーテンに区切られている。声が届けば駆けてくるはずだが、薄暗い部屋のどこからも反応はない。どく、どく、と心臓が嫌な跳ね方をする。ひとりはいやだ。もどりたくない。アルベールが傍に居なければ私は、わたしは。
    「アルベール!」
    感情が乗って大声が出たが、やはり応えはかえらない。戻ってきたと言う安堵が決して夢ではないと、確証が欲しかった。一刻も早く。でなければ、気が狂ってしまう。アルベールのそばに戻るためならいくらだって強くなれた。けれど本当の私は、そこまで強い人間ではないのだ。
    「……っ、う」
    立ち上がって駆けずればきっと見つかる。淡い期待を抱いてベッドから降りると、唐突に視界が崩れ落ちた。気が付くと床が目の前にある。頬にとげとげとした感触があるのは、こちらを覗き込む触手が頭を打たぬように滑り込んでくれたおかげだろうか。体中が熱いが、段々意識ははっきりとしてくる。
    「すまない、ね。ありがとう」
    「……! ……!」
    なにか、伝えたいのだろうか。触手が一生懸命に口を開け閉めするのを、不思議なものを見る目で眺める。いつもならば頭に言葉が入ってくるのに、今日響いてくるのは断片的な音ばかりだ。
    「なぁ……、今日の私はどうしたのだと、思う……? 何も聞こえないんだ、君の声だって……」
    「……! ……?」
    「……、夢だろう? 夢であってほしい……。アルベールもいないんだ。誰の声も戻ってこないなんておかしいじゃないか」
    「……! ……!」
    伝わってくる音は相変わらず不完全だ。落ち着いて聞けば、言葉になっていたのかもしれない。だが冷静な頭はどこにもなかった。聞こえないことへの焦りが勝ち、やがて頭がぐちゃぐちゃになっていく。
    「いやだ、いやだよ……! どうして、どうしてむごい夢ばかり見せるんだ! あれが、あれが夢なんだったらいよいよ早く息の根を止めてくれ! 傍に戻れたと思って、それから引き離されるなんてもう二度と耐えられるわけがないじゃないか! どうして、どうして!」
    何がしたいのか、最早自分でもよくわからなくなっていた。半狂乱に叫びながら、床に落ちた身体を這いずって前に進む。どこへ行こうと言うのだろう。決まっている。アルベールのそばにいきたい。アルベールがどこにいるかもわからないのに? 藻掻いていればきっと見つけてもらえるから。
    「う……っ、っぇ、おぇ……っ」
    叫び過ぎたのか、胃液が喉を登ってくる。衝動のまま込み上げたものを吐き出したが、ろくすっぽ食べ物を摂っていない胃袋から戻るものなどたかが知れている。気分の悪さが酷くなり、益々気が滅入って頭を垂れた。ああ、本当にままならない。人の命を奪う罪の重さは理解している。だがそれに至る前でさえ、世界は私を嫌っていた。どこまで耐えればいい? 何を守れば静かに暮らせたと言うのだ。唯一、本当に唯一、親友だけが傍に居てくれればほかに我儘などないのに。
    「助けて、アルベール……」
    「ユリウス……?」
    返事があった。ハッとして顔を見上げると、慌てた顔がこちらに駆け寄ってくるのが見える。
    「……っ、ベッドから出たのか、自分で? まだ動くなと言っているのに……!」
    「……アルベール……」
    ぐっと身体を抱き寄せられて、温もりが寄り添う。アルベールの体温だ。ほうっと全身の力が抜け、一気に視界が回り出す。気分が悪い。ひたすらに。気づけば体中が痛くて、鼻の奥は血の味で満ちていた。
    「は、っぁ……う、ぇ」
    再び込み上げる吐き気を殺せず、辛うじて顔を背けて床に戻る。びちゃびちゃと嫌な音がして、アルベールがひゅうと喉をひきつらせるのが聞こえた。
    「アルベール、だいじょう……、ぶ、じゃないわね。お医者さん呼んでくる!」
    「すまない、助かる」
    「ルリア、ビィ、隣の倉庫の手当のワゴンわかる?」
    「はい! とってきますね。行きましょうビィさん!」
    「おうよ!」
    アルベールのものではない、しかし安心する声が聞こえる。どれが誰のものであるか、呆けた頭は判断を付けないけれど。一人ではないという賑やかさが、混乱した頭を徐々に、徐々に静めていった。
    「大丈夫だからな。大丈夫」
    そうっと身体を戻されて、不安げな瞳と目が合う。手を伸ばせば柔らかな頬に触れることができた。なんだよ、と笑う顔は嘘でも幻でもない。きちんと暖かく、きちんとそこにある。
    「夢じゃ、ないね」
    「ん……?」
    「……君といること……。ゆめ、夢かと思って……。どこにも、いないから」
    「俺を……探そうとしたのか?」
    「見つけた……。よかった、ちゃんと、いて」
    「……、悪かった。そうだよな。……あんなに全部一人でやって、何も苦しくないわけないよな」
    視界を影が覆った。何も見えないが、身体を包む温もりが増したので悪い気はしない。鉄の匂いに変わって雷の香りが満ちていく。ぼうっとした頭が霞んでいくのを感じた。ああ、意識が落ちる。
    「ごめんな。もう一人にしないから」
    耳元で囁かれたアルベールの声をお守りにすれば、真っ暗闇などもう怖くはない気がする。抵抗せずに目を閉じれば、こんがらがった思考はすぐさま夢へ沈んでいった。
            ◇
    朝ごはんあるから持っていく? と団長に声をかけられ、数分医務室を空けた隙の出来事だった。友の叫び声は正しく俺たちに届いており、迅雷を存分に発揮して駆け戻ると、目に飛び込んできた光景は凄惨だった。部屋には胃酸と血の匂いが満ち、目を虚にした友は床を這うようにして俺の名前を呼んでいた。咄嗟に抱きしめて、その体が暖かいことに安堵する。思い切り落ちたのだろう、ふさがっていない傷たちがじわりと包帯を赤く染め、口元も血と唾液でドロドロに汚れていた。混乱に混乱が重なるが、どう考えても今目の前にいる友は冷静でない。こんな時に俺まであたふたしてどうするのだと深呼吸を一つ。抱きしめたユリウスの体は暖かく、脈もきちんと手のひらに帰ってくる。ひとまず命は大丈夫だ。ならば、何があったのかの分析に頭を回すべきである。
    ほんのわずかに冷静になった頭で辺りを見ると、近くに吐瀉物のあとがあった。国に戻ってきて以来寝込むばかりで大した食事ができていない故だろう、吐瀉物に残渣はなかったが所々に血が混じっている。口元の血はこれかと納得がいった。医師もさんざ内臓が傷ついていると言っていたから、胃液を吐くついでに血が混じるのも無理はない。気分が優れぬからどこかへ動こうとしたのだろうか。水か何かを探していたのかもしれない。
    ともかく、柔らかなベッドの上に戻してやるべきだと思った。脱力した成人男性を抱えるのにはなかなかの力がいる。間違っても取り落とさないように体制を整えようとすると、呆然と俺を眺めていた友が唐突にみじろいで腕から逃げて行こうとした。咄嗟に手を伸ばす前に、弱った嘔吐の音が続く。冷えた石床を覗くと、色の悪い唇から胃液と血がだらだらと溢れているところだった。吐く、といって勢いは弱い。えづく体力すらないのだろう。改めて、友が負った怪我の大きさを思い知る。星の力がなければ、今俺の抱く体温はこの場から失われていたかもしれない。歯車が少しでも違えば、容易に起こり得た未来を思うとぞっとする。これを目の前で失っていたら、果たして今俺は俺でいられただろうか。
    「大丈夫だからな、大丈夫」
    遅れて駆け付けた団長たちの足音を見送りながら、軽咳を繰り返す体をそうっと抱き直して、落ち着かせるように背を擦った。早口に溢れた言葉は、自分自身に向けたものでもある。もしもはすぐそこにあった。けれど俺たちは、最悪の未来とは異なる場所に立っている。俺を信じて戻ってきてくれたなら。覚悟を持って彼を生かしたというのなら。恐れている場合ではないのだ。死を願うほどに傷つき切った男へ、幸福を与えると約束をしたのだから。
    ぼんやりとしたままの友は、自分が何をしてどういう状態であるのかをまるでわかっていないようだった。嘔吐に体力を持っていかれたのか、瞳からは先ほどよりも生気が失われているような気がする。焦点をほぼほぼ無くした瞳はふらふらと彷徨って、何度か長い瞬きをした。眠ってしまうかと思ったが、迷子の瞳はやがて俺を見つけると、情けなく狼狽しているであろう顔を揶揄うことなく幼い顔で淡く笑う。
    「夢じゃ、ないね」
    「ん……?」
    「……君といること……。ゆめ、夢かと思って……。どこにも、いないから」
    「俺を……探そうとしたのか?」
    「見つけた……。よかった、ちゃんと、いて」
    部屋に飛び込む前に聞こえた、半狂乱の叫び声を回想する。あれも、俺を探す声だったのだろうか。
    「……、悪かった。そうだよな。……あんなに全部一人でやって、何も苦しくないわけないよな」
    それ以上言葉は出ず、ただ、ただ、友の体を抱きしめてやる。俺のよく知るユリウスはどんな理不尽をも飄々と耐え抜く男で、途方もなく強く、凛々しいやつだった。頼れる策士だが好奇心のまま突き進む時はどこか危なっかしさもあり、しかし俺などよりよほどしっかりと二本足で立っている。もっと頼ってほしいとは思いつつ、その支えが果たして役に立つかどうかは疑問だった。先王は決して彼を認めなかったが、ユリウスは強いのだ。これは一人でも十分と思わせる説得力と実力が、彼には嫌というほど備わっている。
    だがその強さは、儚い鎧が齎したものだ。なんでもできねば罵られ、一人でやらねば助けもない。少しでも弱さを見せれば、すぐさま足元を掬われて居場所を取り上げられる。そういう場所で、心を守ってゆくために親友殿が必死で身に着けてきた鎧。繕いに繕われたそれは決して、強固ではない。
    (俺は……、俺が思うより、お前の唯一だったんだ)
    しつこく彼に関わり続けたのも、気遣いなく小言を飛ばして笑い合えるのも。恐らくは――彼がこの国で、迫害を恐れず本音を打ち明けられる相手も。きっとただ、一人だけだったのだろう。
    「ごめんな。もう一人にしないから」
    強く抱きしめたままに囁くと、次第にユリウスの呼吸は穏やかな寝息に変わっていった。部屋が静かになったのは一瞬。今度は俺の嗚咽が響く。
    「……っ……、ごめんな……。こんなになるまで……俺は……」
    異変に気付かなかったこと。憎悪を受け止めきれなかったこと。一人にしたこと。彼を追い詰めた須らくを赦してくれと乞うたなら、ユリウスは俺を馬鹿にするんだろう。何の罪があるんだと笑うばかりで、俺を咎人と詰ってはくれない。償えない苦痛。ユリウスが味わっていたのであろう痛みを、今更になって追体験している。ああ、友はこんなにも痛い世界に生きていたのか。傍に居てくれと願った、俺の我儘のためだけに。
    「幸せにする……。幸せにするから、ユリウス。……幸せにするから、な」
    くぐもった誓いは、夢の底に届くだろうか。医者を連れたジータに強く肩を揺さぶられるまで、後悔の慟哭はとめどなく滔々と溢れ続けた。
            ◆
    目を覚ますと、大抵先に目を覚ましたユリウスがじっとこちらを眺めている。その視線が、俺にとって目覚ましのようなものだった。
    「おはよう……」
    「おはよう。ぐっすりだったね、最近寝不足だったのでは?」
    「そう、かもしれない。……久々にゆっくり寝たよ」
    「その割に健やかでない寝顔だったがね」
    「ああ……」
    意識がはっきりするにつれ、遠のく夢の残滓に眉を潜める。薄くはなるが、忘れることのできない夢だった。ユリウスに対する後悔と懺悔の詰まった記憶。
    正直なところ、ユリウスは大怪我を負ってからしばらくの間……、弱っていた頃の記憶が断片的に欠けてしまっているらしい。陛下との会話や天雷剣の誓いはしっかりと覚えているようだが、しばらく経って後遺症的に体調を崩していた頃の記憶が殊更顕著に抜けていると聞いた。故に、俺が夢に見た日の記憶も恐らくは曖昧だろう。仔細を話せば、優しい男が要らぬ心労を負ってしまう気がして、何を見たかは伏せることにする。
    「なあアルベール。今晩もうちに泊まっていきたまえよ。夢見の悪い雷迅卿に特別な実験をして差し上げよう」
    「実験って……。新しい睡眠薬でもできたのか?」
    「いいや。もっと原始的な実験さ。知っているかい? 悪夢は温もりが苦手なんだ」
    「……つまり?」
    「一緒に眠ろう。ベッドは狭いがまぁ、なんとかなる。私の悪夢はそれでいなくなったよ」
    少しの月日を経て、ユリウスの心は頑丈さを取り戻していた。鎧が組み直されたのではない。俺が根気強く注ぎ続けた愛情が、強固な盾となって彼の拠り所になっているらしかった。愛されていると自覚を持った男は今度こそ途方もない強さを身に着けているように思う。勇気が増した、と言えばいいのだろうか。以前であれば恥じらうばかりで言葉にならなかった心の端々さえ、あっけらかんと差し出してくる。その素直は嬉しくもあり、恐ろしくもあった。好意の証拠をまざまざと見せつけられる喜びは、いつだって俺を獣にしてしまう。
    「夢、見ないのか?」
    「見るが、このところは良い物ばかりだ。戻ってきてすぐは心もめちゃくちゃで、あれこれ酷いものを見たがね。――どんな夢を見ても、覚めたときに君がいてくれたから」
    「……!」
    「悪い夢を見たとしても、君が待っていてくれるから何も怖くない。そう思って堂々としているうちに、ついに向こうが逃げ出してしまったんだ。きっと君にも効くはずだよ」
    目を細めて笑うユリウスに、もう幼さも痛々しさもない。浮かんでいるのは心からの幸福と、深い愛情の穏やかな色だ。決して一人にしない。生きる選択を絶対に後悔させないために、必ず幸せにして見せる。がむしゃらに寄り添い続けた日々は、間違いなく彼を守ったのだと確証を得て嬉しくなった。例え姿が見えずとも、絶対に傍に居ると信じてくれる思いが強張った身体を綻ばせる。
    「じゃあ、今晩も世話になろうかな。お前と過ごすと美味い飯も食えることだし」
    「そうしたまえ。美味いものを食って健やかに眠ると言うのは生命の根幹さ」
    ユリウスの指先が俺の目じりをぐりぐりと撫でる。隈をなぞっているらしい。次いで頭を撫でられて、最後に優しく頬を包まれる。
    「おはよう、アルベール」
    「おはよう、ユリウス」
    当たり前に名を呼んで、当たり前に傍に居る。朝を楽しむ友の姿は、実験を待たずして夢の残骸を暖かな色に塗り替えてゆくのだった。

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    sushiwoyokose

    DOODLE何度でも擦りたいギュステのバカンスアルユリ いずれスケベシーンを足したい気持ち
    西日の祝福常夏のアウギュステは夕暮れ時になっても暑く、しかし祖国の夏と比べれば空気が乾いていてさっぱりとしている。汗ばむ肌を海風に晒すと、ちょうどよく冷えて心地が良い。長髪を靡かせる友が「中へ戻ろう」と言い出さないのは、きっと彼もこの空気を心地いいと考えてくれているからだろうなんて、勝手な推測を押し付ける。コテージのベランダに二人。何を言うでもなく夕日を眺め続けているが、小波の音以外特に会話もなにもない。沈黙の共有は、何より友愛の証だった。美しい光景を隣に立って一緒に見つめる。それがどれだけ幸福なことか、俺たちはよく知っていた。
    (長閑だ)
    執務室で睨む時計と、アウギュステで見つめる時計とでは針の進みが異なる気がしてならない。楽しい時間というのは往々にしてすぐさま過ぎ去ってしまうものだが、常夏の時間はありがたいことにゆったりと遅く流れている。以前より気を遣うようになったといえ、祖国に戻れば執務に追われる毎日が待っていることだろう。酒も煽らず、言葉もなく、ただひたすらにぼうっと呆ける贅沢なひとときは休暇と銘打った今しか味わえない贅沢だ。深呼吸を一つ、二つ。塩辛い空気で肺を満たし、少しずつ色を変えていく空を眺める。
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    sushiwoyokose

    DOODLEガイゼンボーガ→→ジータ
    仄かな兆し あるいは萌芽初めて命を屠った日のことを、昨日のことのように覚えている。誰しもが意外と言うだろう。己自身、不可思議である。今や自ら死の溢れる戦を渇望しているというのに、そこに後悔など何もないように思えるのに。何故、あの不気味な畏れを未だ覚えているだろう。
    初めての戦場はそれはそれは酷いものだった。統率はもちろんろくな装備もない。歪んだ鎧を力づくに捻じ曲げながら着込み、刃こぼれした剣を頼りなく握る。どちらも無駄死にした誰かの使い回しだろう。勝ちに行く気持ちなど微塵も、足掻く気持ちだってもちろん。死への恐怖は積もりすぎてあまり感じず、あと三ヶ月もすれば美しい春の花畑が見れたのにとぼんやりした後悔が残るのみだった。
    律儀な開戦の合図はなかった。強いて言えば、偵察に行った味方の兵士がばん、ばん、と遠方から撃たれたその音と血飛沫が合図であった。雄叫びに悲鳴が混じって足音がやかましくなる。混乱に乗じて後退りすれば逃げられたかもしれない。しかし、誰もが前へ進んだ。後ろへ戻れば、春を待つ故郷がある。それを踏み躙られるくらいならば、足止めになろうと言う気概はもしかするとあったのかもしれない。吾輩に宿る微かな覚悟もそれだった。穏やかな故郷がせめて何か守られれば意味もある。だが覚悟という鎧は、貧相な装備の何より早く弾け飛んでしまった。立ちはだかる相手軍は皆足並みが揃っている。戦いに慣れた一振りの太刀筋が、洗練された一発の砲撃が、何か恐ろしい獣のように見えた。
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