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    sushiwoyokose

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    アルユリ落書き 纏め読み用!

    灯の標仕事を終え、食事を摂り、身支度を済ませた後の穏やかな暇。ソファにだらしなく腰掛けながら本を捲り、時折珈琲を啜ってみたりする。ゆったりとしたひと時を大いに満喫するなど、大罪人には過ぎた幸福と言えるだろう。糾弾は甘んじて受け入れる。しかしこのなんてことのない時間は、私たちが私たちである為に欠かすことのできない暇だった。
    「よっこら、せ」
    のんびりと脱力していると、不意に親父臭い掛け声が降ってくる。誰と疑うまでもない、金糸の親友殿だ。実を言うと、我が家としてくつろいでいるこの家はアルベールの住処である。私の住処は騒動の最中に暴徒たちによって壊されてしまい、到底住める状態ではなくなってしまったのだ。医務室を退院した後どこに住むか、というのはそれなりの難題であったはずなのだが、親友殿があっけらかんと「俺の家でいいじゃないか」と言い放ったものだから議論はすぐさま終結し今に至る。唐突に始まった二人暮らしは思ったよりずっと快適だ。何より、傍に心から信頼できる男がいるというのはほっとする。
    あくまで家主はアルベール。故に、くつろぐ身体を押しのけられて隣を占領されたとしても、その窮屈さに文句を言う権利はない。足元に転がって伸びていた触手は牙を剥いて不満そうに鳴いていたが、親友に足で擽られると満足そうに口を閉じてしまった。犬か猫のような仕草に思わず笑うと、アルベールも満面の笑みを浮かべて私にのしかかってくる。
    「髪、弄っていいか?」
    「ふ……。すっかり日課だね。構わないが、せっかくの自由時間を自分のために使わなくていいのかい。武器の手入れやら、なにやら、君にだって趣味があるだろう」
    「これだって趣味だよ。目に見えて成果が出るから結構楽しいんだ。見ろ、この艶を。手入れの成果だぞ」
    声を低くし、私の口癖を真似ながらアルベールは櫛やらクリームやら細かい小道具を広げ始める。興味をそそられたデストルクティオがのろのろと膝上まで上がってきたので、太ももを叩いて「おいで」と誘導してやった。好きにさせていると、十中八九アルベールの作業の邪魔をするのだ。小競り合いを眺めるのも楽しいが、今日は穏やかに献身を享受していたい。呼ばれるままにすり寄ってきた異形の頭を撫でてやると、器用にとぐろを巻いた触手は収まりよく足の上に身を落ち着けてくれる。星の獣も、今日は穏やかな時間の気分だったのかもしれない。
    本に視線を戻すと、アルベールは鼻歌を歌いながら長い髪を弄り始める。特段の頓着なく伸ばしている髪だった。定期的に切るのがどうにも億劫で、ならば伸ばしたまま結く方が手間を省けるのではないかと思いついてからそうしている。こだわりもなく、大した手入れをしているわけでもない。故にこの髪は、長いこと少々荒れた手触りをしていた。それが今やどうだろう。友の手櫛は薄赤をさらさらと、引っ掛かりなく上から下へ流れていく。髪質の改善は、間違いなく彼の功績だった。
    ほんのわずかに、前のこと。話は星の目を巡る大騒動まで遡る。爆風の熱を受けた私の髪はところどころが焼けこげており、絡まった血液が毛束を固まらせてそれはそれは凄惨な状態となってしまった。ルリアやジータが一生懸命に汚れを拭ってくれようとしたが、いずれにせよ腰ほどまである長髪はさまざまな治療の邪魔になってしまう。さして理由がある長髪でもないのだ、この際短く切ってしまおうと思い立つのにさしたる障害はなかった。
    ひとけのない医務室で、何の気なしに髪へナイフを押し当てた直後。響いた轟雷の爆音を一生忘れはしないだろう。気づけば手にしたナイフは親友の雷によって粉々に砕かれており、強い抱擁が体の自由を奪っていた。
    骨が軋むほどに力を込めたアルベールは、なかなか私を離してくれない。もしや自決の真似事に見えたのかと思って、「死にやしないよ」と弁明をしたが力は緩まず。首筋に埋もれた頭を何度か撫でると、「もう何も切り捨てないでくれ」と蚊の鳴くような声が耳朶を擽った。
    そういえば、と思い出を辿る。思い返してみると、アルベールはよく私の髪を触っていた。手持ち無沙汰に毛先を遊んだり、夜会へ赴くとなると己の準備をすっぽかして髪を結ってくれたり。時折、彼が仕入れたとは思えないほど上等な髪飾りを持ち込んでくることもあったが、あれは三姉妹に話を聞いて一生懸命に用意していたのかもしれない。
    安易に己の一部を切り捨てようとする姿は、後悔と自責に揺れるアルベールにとって強い刃となってしまったようだった。ようやく離れていった友は顔をぐしゃぐしゃにしながら泣きじゃくり、私も童謡のあまりうまく慰めてやることができなかった気がする。迅雷の泣き顔なんて、初めて見る顔だった。
    お互い上手く言葉を交わせないまま時間が過ぎ、やがてアルベールが、静かに私の手を引いて立ち上がった。どこかへ行こうとするのでまだ長くは歩けないと伝えると、目を腫らした男は笑いながらひょいと私を負ぶってくれる。体躯は彼のほうがよほど華奢だと言うのに、軽々とした動きだった。痩せたな、と呟きが落ちる。そうっとしがみ付いた彼の身体も、同じく少し肉を落としていた。君もね、と体重を預けながら揶揄う。お互い様の憔悴っぷりに、どちらからともなく掠れた笑い声を漏らした。
    医務室を出たアルベールが向かったのは、サントレザン城の外だった。どこまで行くのかとヒヤヒヤしたが、目的地が騎士団員の集う宿舎であると理解してほっとする。宿舎には団員用の大浴場がある。贅沢なことに温泉を引いた風呂が懇々と沸いているのだ。おそらくは、惨たらしく絡まる髪を清めようとしてくれているのだろう。思った通り大浴場に忍び込んだアルベールは、あろうことか中から扉を施錠してしまった。団長権限だ、と誰にいうでもない言い訳を述べながら、団長殿は靴だけ脱いで湯気の上がる浴室に雪崩れ込む。若い頃はよく利用した施設だ。思わず「懐かしいね」と口走ると、「そうだな」と返事が戻った。
    「濡らさないように洗うにはどうしたらいいと思う?」
    次いで続いた言葉に、私は真夜中というのも忘れて大笑いした。こんなに気を使って運んでくれたのに、肝心なところで無策な友があまりにも友らしかったから。
    するすると喉を通っていく笑い声。純粋なおかしさは懐かしく、そこで私はようやく自分を取り戻したような気分になった。ああ、そうだ、私は罪人でも忌み子でもなんだってなくて、ただひとり、ユリウスというしがない一人であるのだと。
    「いいんじゃないかい、びしょ濡れになっても」
    傷を負ってからは、濡らしたタオルで身体を拭くのがせいぜいだった。丁度こざっぱりしたいところだったからと付け足してやる。アルベールは私の大爆笑に微妙な顔をしつつ、最後はほっとしたようなため息を零す。傷が開かない程度にな、なんてあきれ顔で笑う彼もまた、ここにきてようやく「アルベール」に戻ったような気がした。
    互いに、数え切れぬほどの後悔がある。上に、生かす覚悟と生かされる覚悟を負ったのだ。慣れ親しんだ友の傍に戻れたと言うのにどこかで強張っていたのは、喜びのほかに俄かな緊張があったからだろう。それがすべて、解けていった夜だった。
    それから何度も浴場に連れていかれ、私の髪はほとんどが救われることになった。焦げてしまった部分は流石にどうにもならず切り落としたが、うなじからバッサリいこうとした私の計画に比べると犠牲はほんのわずかである。最も、アルベールはそれすら目を潜めて悔しがっていたのだが。
    (……。困ったものだね。うすら寒い夜ですら、熱いくらいに感じるんだ)
    生きていて一番の手触りとなった髪が、さらさらと拾われては雪崩れ落ちていく。寵愛を噛みしめているうちに、なんだか小恥ずかしいことを口走りたい気持ちになってきてしまった。四六時中傍に居るようになってから、どうも考えがアルベールに似てきているようで困る。それとも、感情を膨らませるデストルクティオが何か悪戯をしているのだろうか。
    「……♪」
    それはユリウスの心だよ、と。呑気に伸びる触手が、頭の中で逃げの理論を否定した。異形を見下ろすと、異形もまたこちらを見上げてくる。にぱ、と嬉しそうに上がった口角に悪気はなさそうだ。つまり私も、この変化をまんざらでもないと思っているのだろう。写し鏡がなければ己を知覚できないなど呆れた話だ。しかし、おかげで秘匿されてきた心が見えている。淡く、しかし轟轟とした熱。己には無縁なのだと思い込んでいた、愛だの恋だの、そういった暖かな気持ち。
    「……最近ね」
    「ん?」
    毛先を弄ばれる感覚を遠くに感じながら、本を閉じて友を眺める。せかせかと手を動かす友は、クリームを手に取りながら不思議そうに私を見つめ返した。
    「髪を揺らすと、君の香りがするんだ。保湿剤やら香油やら、そういう香りに混じって雷の匂いがする。それが嬉しくてね」
    「……うれしいのか、それ? 雷のということは、焦げたやつだろう?」
    「ふふ。好いた相手の香りだよ、嫌なわけがないだろ」
    「すっ」
    やけに上ずった返事は悲鳴じみて甲高い。じっとこちらを見ていた赤い瞳は、混乱のまま何度も何度も瞬きを繰り返している。
    「好き、と言ったか?」
    「言ったね」
    「……そう、か……。そうか……」
    もごもごと言葉を濁して、雷は撫でつけていた髪をぎゅっと握りこんでいる。アルベールと私の間に横たわる絆は長らく愛だった。その愛は友愛であり、親愛であり、少し猛って、情愛にもなるもの。彼から好きだと愛でられたこともある。だが、それに私が答えてやったことはない。すべてを戯言と言って嗤ってきた。その度しょぼくれていた顔に、今からでも本心を伝えに行けるのならば言ってやりたい。――そのすべてが、君を守るための嘘だったと。
    「おや、気に食わなかったかい? 撤回もやぶさかではないよ」
    「馬鹿、やめろ。わかっていておちょくっているだろう」
    「ふふ、なんでも顔に出るからねぇ。……、できれば飽きずに、日課にしてくれと願っているよ」
    「……そうだな。こういう夜を、毎日過ごせるほうがいい」
    手櫛に乗った髪の束に、騎士の口づけが落ちる。妙に仕草が様になる男だ。ごくごく普通の家屋の一角が、おとぎ話の舞台に見えてしまうほど。
    「誓うならこちらではないかね」
    「ん……? っ」
    鼻を鳴らして、腰を上げる。友の匂いが混ざる髪を靡かせながら身を翻し、一挙にその距離を詰め、半開きの唇を攫ってやる。驚きに見開かれた赤を不躾に眺めたまま、我ながら色気のない口づけだ。だが、どんどんと貪欲な色になる瞳を眺めるのも悪くない。
    「少し……強引になったか?」
    「誰かさんに似て、ね。どうだい?」
    「悪くない。そのまま、我儘なくらいでいてくれ」
    これでもかという慈愛を浮かべて、アルベールの腕がそうっと私を抱きしめてくれる。縋るような必死さはなく、そこにはただ、ただ、温もりだけが満ちていた。
    「つくづく……君がいないと、だめだな。私の世界は」
    「俺だってそうだよ。だから、一心同体なんだ」
    「ふふふ、ああ、言い得て妙と思っているとも」
    擽ったい微笑みを交わし合って、友の手はまた髪を弄りに戻っていく。動きづらいだろうに、身体の距離はそのままだ。気遣うならば離れるべきである。しかし、私とて温もりは手放しがたい。
    (この不可解を生むのも愛、か。知らないことばかりだ)
    理屈の通らない心内に微笑みながら、友の献身に身を任せる。この幸福な夜と、初めて味わう「愛」の研究が、どうか長く、できれば終わらず続くことを願いながら。
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