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    musCATmochi

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    兵ズの日常の話シリーズ① 尾視点
    初年兵時代のまだ知り合って日が浅い2人のつもりです。

    初夏の午後初夏の空は晴れ晴れとしていて、まさに洗濯日和。自分の襦袢を洗い終えた尾形は、寝台戦友のすっかり色褪せた三装を少ない水とちびた石鹸でちまちまと洗う。暖かくなってきたもののまだ水は手に冷たい。この北の地の短い夏の暖かさは故郷の春先程度だが、それでも寒さが苦手な尾形は柔らかな陽気に束の間気持ちが緩む。
    入営から一期が過ぎても、銃の油や男たちの汗が混じった兵舎独特の匂いは未だに慣れない。その中でも隣で寝起きする大柄な古参兵の体臭は殊更だった。少しでも隣の男の臭いを和らげるため、いつも押し付けられる軍服の洗濯を念入りにするも改善はみられない。それどころか、気温が上がるにつれ悪化の一途を辿っており、最近はその酸っぱい臭いが鼻の奥に残り眠りを妨げるまでになっている。
    その上寝台戦友とは名ばかりで、他の古年兵と一緒になって尾形の陰口を叩き、躾と称して手酷く制裁してくる男に、苛立ちこそあれど、親しみのような感情が湧くこともない。
    日頃の恨みを込めて力いっぱいもみ洗うが、長年着倒されて染み付いた汚れは薄まる気配すら無く、鼻を近づけると安物の石鹸の臭いに混じって他人の汗の臭いを感じ、無意識に鼻頭に皺がよる。
    「百之助」
    ふわりと別の石鹸の香りが鼻先をかすめる。
    「まーだ洗ってんの。早く終わらせないと風呂逃すぞ」
    まだ高い日の光を遮って富士額の顔が覗き込んでくる。一緒に上等兵候補として特別教育を受けているうちにやたらと話しかけてくるようになった宇佐美だ。
    「ああ」
    短く応えて立ち上がると、洗っていた襦袢をばさりと一振りして眺める。これ以上洗ってもこのぼろ布がもうかつての無臭に近づくことは無さそうだ。
    「おまえ案外真面目だよな。お前の寝台戦友ってあの飯食ってる時ですら汗だくの二年兵殿だろ。そんな律儀に洗ってもすぐにドロドロになるんだから適当な所で諦めな。さっさと干しに行こう」
    両頬に左右対称に並ぶほくろを動かしながら、ぺらぺらとよく喋る。誰が流したのか、尾形の出自の噂は営内で広く知られている様で、用事や嫌味以外で話しかけてくる者は少ない。別にそれに関しては気にも留めていないが、この男だけが飄々と気安く自分に話しかけてくるのには未だに毎回面食らう。
    「寝る時に臭いがするのが嫌だから…」
    「あはッそれはご愁傷様。でもあれは多少の洗濯ぐらいじゃどうにもならないよ」
    斜め前を歩く男からまた石鹸の香りが漂う。手に下げた固く絞られた洗濯物ではなく、本人の揮発する汗に混じりつつ嫌味の無いにおい。
    「お前は石鹸の匂いがするな」
    「そう?今日暖かかったから結構汗かいたけど」
    すんすんと自分の肩口に鼻を寄せて嗅いでいる。
    「ま、いつ少尉殿にお会いするかわからないから、常に気をつけておかないといけないからな」
    鼻息荒く頬を染める様子は、いささか大袈裟だが、まあ隊内にもよく居る憧れの上官に夢見る新米兵だ。鶴見は涼しげな顔立ちや上品な物腰、巧みな声かけですっかり心酔している兵も多い。
    「新兵が尉官に会う機会なんざそうそうねえよ」
    「わかってるけど、万一の時に常に備えておきたいだろ!」
    見上げた心意気だが、こいつは果たしてあの男の裏の顔をどこまで知っているのやら。知った時のこいつの笑顔が消える様を思い浮かべると、おのずと口角が上がる。
    「何笑ってんだよ、僕が他の奴らと同じで何も知らずに上部だけで少尉殿をお慕いしてるとでも思ってるの」
    顔を上げると、薄い鈍色の目が見開かれじっとこちらを向いている。束の間、兵舎の騒めきが遠のき、日光が雲に遮られ空気がひんやりとする。何を考えているかわからないと良く言われる自分の考えをぴたりと読み取るこの男は、一体。
    「僕同郷なんだよ、少尉殿と。子供の頃に柔道教えて頂いてたんだ。」
    黙り込む尾形に構わず、宇佐美はすぐにいつもの柔和な顔に戻ると、手際良く洗濯物を干し終える。
    こいつも越後の出か。第二師団でなく鶴見を追ってこちらに来たのだとしたら、相当なご執心だ。月島伍長といい、あの人はたらし込みがお上手なことだ。
    「早く風呂に行こう。遅くなると湯が汚れて堪らない」
    もしかしてこうして話しかけてくるのも、鶴見の指示か?物心ついた頃から同世代とこんな風につるむことも無く、入営後も皆に遠巻きにされている尾形は、何かと話しかけてくる物好きな男を信用しきれない。
    「今日の演習でまめが潰れたから湯が滲みそうで嫌なんだよなぁ。あ、お前も手ボロボロじゃん。さては二年兵殿の折檻だろ。洗濯も滲みたんじゃないの」
    にわかに尾形の手を覗き込み、無遠慮に手首を掴む手は分厚く、汗ばんで暖かい。
    鬱陶しい変な男だ。何を企んでいるのか見透かしたくて、半歩前を駆けながらしゃべり続ける男の横顔をじっと見つめた。
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