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    musCATmochi

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    musCATmochi

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    兵ズの日常シリーズ③
    尾視点です。お互いにだいぶ素が出てきた気がします。

    早秋の夜半夜の森は走り辛い。ろくに見えない障害物に気を遣いながら走るせいで、速度は普段の半分しか出ないのに、倍の体力を使う。白い息を吐きながら、僅かな月明かりを頼りに同僚の男の姿を探す。
    宇佐美…どこだ…。

    その夜、俺たちは鶴見の命で森に逃げ込んだ男を追っていた。指示は生捕りで、静まり返った夜分で街中に近いことからも銃の使用は禁止され、俺たちは土地勘を生かして器用に逃げ回る男に翻弄されていた。断崖に行き当たり、俺たちに退路を塞がれた男は、あろうことか崖から飛び降りた。生きて逃すよりはと俺が銃を構えると同時に、宇佐美が迷わず男に向かって飛びかかり、そのまま一緒に落ちていったのだ。暗闇で正確な位置は分からなかったが、相当な高さだったから下手したら生死も危うい。
    普段の状況判断が的確な宇佐美であれば、あの高さを飛び降りるような無謀な選択はしないはずだが…。最後に見た、空中で執念深く男を手繰り寄せる宇佐美の姿を思い出す。今日は一体どうしたんだ、あいつは。

    落下から数時間後、空が白んできた頃になって、やっと二つの塊を見つける。倒れ伏した男の傍で、宇佐美が血まみれで座り込んでいる。
    「宇佐美」
    駆け寄ると身じろぎをして目を開く。
    「遅いよ百之助〜」
    ボロボロの見た目に似つかわしく無い間伸びした声で返され、何だか気が抜ける。
    「お前が無茶苦茶するからだ。まともに考えたらあそこで飛び降りる奴はいねえよ」
    「そーかもね、でもおかげで逃さなかったでしょ」
    宇佐美はふふっと薄く笑ってすぐに苦痛に顔を歪めた。男の方に顎をしゃくる。
    「それ、何とか生きてるから、早く少尉殿の所連れて行って。僕は脚やられちゃってろくに歩けないから、後から戻る」
    男を見ると、意識を失い呼吸も弱々しく、これは早いところ手当を受けさせないと生捕りと言えなくなってしまいそうだ。宇佐美の方は、片脚は折れている様だが、付いている血はほとんど捕まえた男のもののようで、ぱっと見命に関わるような怪我はなさそうだ。
    「わかった。引き渡したら戻ってくる」
    宇佐美を残して、ほとんど意識の無い男を担いで歩く。力の入っていない人体は想像以上に重く、半ば引き摺るように運ぶ。ここから少尉の所と往復して、戻るまで小一時間かかるだろう。この男、確か脇腹からも血が出ていたから、背中じゅう汚れそうで忌々しい。
    突如、進行方向からガサガサと人が来る音がする。隠れる暇もなく銃剣を抜くと、出てきたのは見慣れた顔だった。
    「月島伍長」
    「無事だったか。お前たちが帰ってこないから心配した少尉殿に朝っぱらから呼び出された」
    「少尉殿が心配されたのは俺たちでなくこいつの身柄でしょう」
    担いだ男の身体を揺すりあげる。
    「無事確保したか。ところで宇佐美は?」
    「崖から落ちて脚を折ったようで崖下で待機しています」
    「宇佐美でもそんなヘマをすることがあるんだな。じゃあそいつは俺が連れて帰るから、お前は宇佐美を連れに戻ってやれ。少尉殿にも報告しておく」
    「了解」
    気を失っている男を預けると、こともなげに自分より大柄な体を担ぐのはさすが培われた経験と筋力の成せる技だ。軽く礼をして戻りの道を小走りに引き返す。
    宇佐美の所まで戻ると、壁面に寄りかかって座ったまま意識を失っているようだ。
    「宇佐美、帰るぞ」
    心持ち軽めに頬を叩くと、うめき声を上げて目を覚ます。
    「うう…百之助…早くない?もっと休憩できると思ったんだけど」
    「月島伍長が来て、預かってくれた」
    「あーー、少尉殿にご心配おかけしちゃったかぁ」
    「何せもう明け方だからな。予想外に手間がかかっちまった。立てるか?」
    隣にしゃがみ込んで肩を貸すが、なかなか立ち上がるのに苦労している。
    「落ちる時に、岸壁にぶつかっちゃってさ。あいつが死なないように庇ったから、思ったより酷そう」
    「文字通り、とんだ骨折り仕事だな」
    「…お前は元気そうだな」
    抱え込むようにして立たせてやると、外套の内側は汗だくになっていて、普段から高い体温が更に上がっている様だ。
    「歩けるか?」
    「うん…」
    負傷した側に回り込んで肩を貸すと、顔を真っ赤にして片脚を引きずりながら何とか歩き出す。
    「百之助がもっと力があったら、担いでもらえたのになぁ…」
    「絶対に嫌だ」
    ゆっくり一歩ずつ木立の中を進むにつれ、足元のチラチラ揺れる木漏れ日で、既に日が昇っていることに気づく。これはもう午前の訓練には間に合わんだろう。月島伍長ならば、気を利かせて万事調整してくれるであろうことが不幸中の幸いだ。
    それにしても普段は一方的に話しかけてくる宇佐美がこうも黙り込んでいると調子が狂う。横を見ると汗をダラダラ流しながら苦しそうに息を乱している。この屈強な男がこんなに弱っているのは初めて見たから、恐らく脚だけでなく他にも色々負傷してそうだ。こちらの視線に気づくと片眉を上げて、荒い息の合間に話し出した。
    「お前あの時、撃とうと、していただろ。もし殺してたら、どうしてたんだ、よ!」
    「逃げちまうよりはマシだろう。それで言うと、落ちた時点であの高さならあいつもお前も死んでいてもおかしくなかったぜ」
    「だから、あいつが死なない様に、一緒に飛んだんだろ!僕は死んでも、いいんだよ。僕は、少尉殿に、認めてもらえさえすれば…」
    徐々にうわ言のように漏れ出る本音。それで躊躇なく飛んだのか。もしやこいつは柄にもなく、前回の鶴見の任務で生捕すべき奴をうっかり殺してしまったのをずっと気に病んでいたのか。(その割には鶴見に叱られている時えらく喜んでいた様だったが)
    こいつのこの原動力も所謂「愛」というやつなのだろうか。肩で息をしながらも力無く微笑む男の寂しげな横顔に、かつての母親の姿が重なった。
    「なんでそこまで」
    「だって、篤四郎さんだけが、僕を…一番と、言って、くれたから…」
    言い終わらない内に、つまづいて勢いよく倒れ込む。一緒に引っ張られるのを何とか踏みとどまる。
    「おい!」
    顔を覗き込むと、それまで何とか保っていた意識を倒れた衝撃で手放したようで、何度か呼びかけても不思議な形のまつ毛に縁取られた目はぴくりともしない。この様子だと暫く目を覚まさなさそうだ。
    「やむを得ん、背負うか…」
    担ごうと宇佐美を背中に引っ張りあげると、先程の男より余程重さがある。兵舎までの道のりを思うと、長いため息が溢れる。
    重い足取りで歩き出しながら、気を紛らわそうと先程の言葉を反芻する。命を賭けないと一番で居続けられないと、手が届かないものに虚しく手を伸ばし続けるその様は、母にもかつての自分にも重なる、覚えのある感覚だった。鶴見は愛だ何だと言っているし、確かに他の上官共よりよほど部下への情はある様だが、こいつの本当に望むものはまた違うものではなかろうか。悲しい男だ。
    こいつの言う通り、俺とこいつは存外似たもの同士なのかもしれない。背中の重みと息遣いを感じながら、何とも言えず湧き上がる可笑しさに思わず口角が上がった。

    それからひと月半後、宇佐美は脅威の回復力で隊務に復帰していた。
    その日もいつもの様に宇佐美の無駄口を適当に聞き流しながら兵舎内を歩いていた時だった。突然宇佐美が誰もいない斜め前を向いてバシッと敬礼する。
    一拍遅れて目線の先の曲がり角から鶴見が現れた。こいつ、においか何かで鶴見を察知してるのか?
    「ご無沙汰しております鶴見少尉殿!」
    宇佐美の元気な挨拶でこちらに気づいた鶴見が歩み寄って来る。
    「宇佐美二等兵、脚はもう良くなったのか。」
    「はい、少尉殿が訓練の減免をご配慮下さったおかげで、この通り医者の見込みよりも早く良くなりました!すっかり元通りです」
    やっぱりひと月半であの大怪我が治るのは早すぎるよな?
    「それは良かった。報告を受けた時は肝を冷やしたよ。あの時は良くやってくれた。いずれ二人の働きを労ってやらねばな。」
    「光栄です!でもこうしてお言葉を頂けるだけで幸せです。」
    「今度珍しい西洋の飲み物が手に入るから、それを飲ませてやろう」
    会話を聞き流しながら、隣で頬を染めて上官に満面の笑みを向けている男を横目で見遣っていると、
    「貴様もだ、尾形百之助二等兵」
    と、目の前の整った顔が真っ直ぐこちらを見て微笑む。
    「はぁ」
    思わず気の抜けた返事をすると、宇佐美に尻を蹴られる。
    「不敬だぞ、しっかり御礼を言えよコンニャロ」
    全く元気になったら鬱陶しい男だ。あの時森に置いて帰るべきだったな。
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