伸ばした手は掴まれず「(本当にこんな辺鄙な洞窟に来るなんて……)」
ボロボロになったガイアがされるがまま、目隠しをされてラクダの背に乱暴に乗せられ小一時間。あちこち彷徨った挙句にたどり着いたらしい。恐らく自分に場所をわからせないために方向感覚をおかしくさせたというところではあるのだろうが……
「(だがこんな何もないところに来てどうするんだ)」
砂と廃墟しかない場所でディルックが何をするかわからない。そもそもここに宝があるのか、それとも重要な碑文でもあるのか。ガイアには何も情報がないのでディルックが何をしたいのかは全くわからない。しかし、まともな状況でないのは薄々感じていた。
「(なんとか脱出できる隙を伺えればいいんだが……)」
そう考えて、ガイアは大人しく運ばれた。やがてラクダは止まると、目隠しを外される。
「(ここは……)」
まるで西洋の城の廃墟のような、とガイアが思ったのは無理からぬことだ。砂に沈んだ遺跡群は諸々崩れてはいるがそれは石造建築であり、そもそも教会と城が混在したかのような場所である。礼拝堂の面影があるそこは彫刻造りが見事ではあったが、ところどころモノクロの色合いの装飾を見ると若干こちらの文化も混じっているのがわかる。国境沿いに来ているのはなんとなくわかってはいたが、文化さえもそのようになっている場所であると実感させられる。よく見ると内部の建築は外とは時代が違うような、それでいてどこか異国めいた印象だった。
「(宝があるとしたらこんな遺跡なのか……?いや、そもそもここに何があるか知らされてすらいない。なんでここに来た)」
考えている間にも、手枷を外され、床に放り出される。ディルックは諸々支度を済ませていたらしく、背後には数人の部下たちが状況を固唾を飲んで見守っている。そんな状況であった。
「痛っ……」
擦り傷を作ったガイアだが、ディルックに散々いいようにされたので今更だ。しかも、体力がなくなっており、満足に立ち上がれない状態で砂の床に這いつくばるのがやっとの状態でディルックはしゃがみ込み、ガイアに問いかけた。
「さて、ここまで来たわけだが」
「は……よく言うぜ。人を散々使っておいて……」
吐き捨てるように言うガイアに、ふんと鼻を鳴らすディルック。ここまでくるとお互いの仲は最悪と言っていいものなのだが、ディルックは淡々と言葉を紡ぐだけである。
「随分な口を利くんだな。素直に言うことを聞いていればこんな目には遭わなかったのに」
「そんな乱暴な言動をしていて信用できると思うのか?」
ガイアが至極真っ当な反論をすれば、ディルックは砂で汚れたガイアの髪を掴み上げ、そのまま後ろに引っ張り上げるとぐい、と床に紋様が書かれている場所に立たせた。
「ぐっ……!」
その髪を掴まれたまま歩かされ、扉の前に跪かされる。何をするのかと思いきや、ディルックはレイピアのような剣を取り出した。
「この門はどんなに強力な爆発物を使っても開かなかった。一説には生贄を捧げるという話もあるらしい」
「……それでちょうどその生贄が俺ってわけか」
扉を開けるためだけにそんなことをしなければならないのか?と正直眉唾ものだと思うガイアだが、この場をなんとかしないと自分の命が危ない。下手をすればディルックが本気ということもあり得る。
「ふん。この剣で刺されたら、流石にあの扉も開くだろう」
「……っ!(本当にやるのか?)」
ガイアは内心の動揺を隠そうとするが、決して表情には出さない。すると近くで誰かが動く気配がした。どうやらガイアから見えない位置に立っているようだ。
「……はぁ、こんな埃まみれの場所でどうするつもりだ」
「なに、お前とはゆっくり話したかっただけだ。闇夜の英雄さんよぉ。この間は良くもやってくれたな」
「僕は話すことは何もないと先日伝えたはずだが?連戦連敗して部下を失っても懲りないのか」
「こいつ……!」
何やら揉め事が起こりそうな気配まで出てきてしまったのだから正直碌なことがないと気が滅入るガイア。恐らくディルックが動いたことでここの財宝を狙っている者たちも動いたのだろう。逆恨みもありそうだが。しかし、逆に言えばチャンスでもある。賊が話している間に気配を探ってみたが、どうやら取り込み中になったらしく、ひとまず目の前で口論を繰り広げる二人を他所にそっと後ずさるガイア。
「(この隙に逃げ出せば……)」
扉からそっと抜け出るガイア。そのまま気づかれないよう慎重に進むが、何かにつまずいた。
「っ!?」
しまった……と思った瞬間、瞬時にディルックがガイアを抑えにかかるが、一瞬遅く、ディルックの部下を蹴り飛ばした隙に刀も奪い、臨戦体制を取る。やっと視界が良好になってくると状況が判断できた。
「おいおいこんなところでこんなやつに出会うとは。まさかこの遺跡の贄にお前が選ばれるとはなぁ。しかしそんな傷だらけで不運もいいところだ。短刀の盗賊」
「俺はお前みたいなゴロつきは知らないんだがな……!」
「僕を抜いて話を進めないでくれるか?」
「っ!?」
ガイアと、もう一人の賊がぎょっとして後ろを見るとそこには当然、雑魚を蹴り飛ばしたディルックが立っている。実力の差は明らかであり、このままでは賊側が劣勢なのは目に見えていた。
「に、逃げろ!」
盗賊団は慌てて逃げようとしたが、ガイアが賊を倒す方が早かった。気絶させてから、とりあえず持っていた短刀は回収しておくことにする。だが、次から次へと湧いてくる賊に少人数しか部下を連れていなかったディルックに、逃げ出そうとする賊やその間を縫うガイアで大混戦になってしまったのである。
「はっ……馬鹿馬鹿しいことだ」
自分は追いたい情報があってあの会合に忍び込んんでいたのに、こんなことで時間を食うとは。しかもおまけに勘違いで何処の馬の骨とも知らない男の女にされたのだからたまったものではない。
「……(Deus, ne derelinquas me)」
それは思わず口をついて出た言葉だった。誰に教わったかなんて覚えてもいない。ただ昔、大事な言葉だから忘れてはいけないと誰かに教わったような記憶がある。一体誰だか思い出せればきっと自分の出自もわかるのに。一人で砂漠を生き抜かなくても良かったもしれない。馬鹿馬鹿しいとばかりについ口をついて出た言葉であった。
「!?」
「なんだ!?」
その時であった。あれほど何をしても開かないとされていた洞窟の奥の扉が動き、むしろ建物の全体が動き始めたのである。とは言ってもこんな大掛かりな地響きでまともに立っていられるものなどいるはずもない。
「うわっ……!?」
「崩れるぞ!」
悲鳴と阿鼻叫喚の中でなんとか脱出しようとしたガイアとディルックだったが、あえなく地響きに巻き込まれてしまったのであった。