深夜の境界え、ネタ呟いたらすごくいいねしてもらえたから書こうってなったやつ(単純)
深夜、喉の渇きなどないのに目が覚めてしまった。
隣で寝ていた妻も、同じタイミングで得体のしれない何かを感じ取ったらしい。
長年を連れ添った夫婦は、言葉を交わさずに頷きあった。
己には人の気配を感じ取る芸当などできない。荒事とは無縁に生きてきた。無縁でいたくて必死にやってきた。
二十年に等しい時間。血の繋がらない息子を授かった時から、万が一を考え備え続けてきた経験が働いたのか。
ハルマ・ヤマトは妻を残し、足音を忍ばせ寝室から抜け出した。
ドアを閉める音は最小限にし、出来うる限り気配を殺そうとして無意識に息さえ止めていた。
息子の部屋の前を通る時、耳を澄ませてみるが起きている気配はない。
昔から寝入ってしまえば滅多に起きてこない子だった。それが今でも変わらないことに安心して、ゆっくりと階段を下りる。
明かりはつけないでいた。無駄かもしれないが、自分たちが気づいていることをあちら側に悟られるのはよくない、素人ながらの考えだ。
手には、エマージェンシーコールがワンアクションで繋る端末。
銃や警棒といった護身のための武器は持たない。持ったところで扱いきれない。
玄関の扉に大きくはめこまれた磨り硝子。特殊な加工により夜間は内から外を見ることが出来るが逆は出来ない。
だがナチュラルの裸眼では、ぼやけた硝子の向こう側にいる何かの正体、その尻尾を掴むことはできない。
扉まで数メートル。意を決したハルマが辿り着く前に、外の明かりが真っ暗な室内へ僅かに漏れてきた。
鋭い三角形の光の先端が、ハルマの足先へギリギリ届く。
「すみません、起こしちゃいましたか」
息を呑む前に、扉の向こう側から聞こえてきたのは、多少の声変わりを経ていても聞き慣れた青年のもので。
「アスラン、くん……」
強張っていた手足から力が抜ける、無意識に息を止めていたせいで苦しくて、大きく吸い込んで吐き出した。
わずかに開いた隙間に、黒髪に縁どられた顔が滑り込んできて、碧の目と見つめ合う。
片目しか見えなくても、夜闇のせいで藍色が黒色に思えるほど光源が乏しくても、見間違えるはずがない。
「酔った方が家を間違えているみたいです。今、送っていきますので寝ていてください」
口角は穏やかにあがり、夢見るように目が細められた微笑の横顔に諭される。
息子はよく彼の目の色が好きだと言うが、恋の盲目を抜きにしても、確かに綺麗な色だ。
「危ないんじゃないか?暴れてるんじゃ……」
押し問答で済めばいいが、酒で理性を失った人間が暴力を振るうことは珍しくない。
酔っ払いなら相手はナチュラルで、彼はコーディネイターだから大丈夫だと理性ではわかっていても。
息子と気が合うだけあり、彼は外で運動するより室内でゲームをしたり機械を弄るのを好んでいた子供だった。今だって軍人だと教えてもらっているが、彼は体躯も目に見えて細身だ。
「大丈夫です。ちょうど酔いを醒ましてもらっているところですから」
「だけどーー」
大人っぽく微笑んでいた彼が弱り切った顔になる。
玄関は家の外と内を分ける境界線だ。わずかに開いた隙間をアスランが隠すようにすぐそこに立っているから、外の様子を伺うことはできない。
本当に、酔っぱらった誰かがいるのか。それは一人か複数か。
「……ありがとう、カリダも待っているし、甘えさせてもらうよ」
素人の自分でも異様な雰囲気の中から感じ取れるものがある。
この境界を越えてはいけない……ではなく。
彼がこの境界を越えてほしくないと、心から切に願っていると。
「君も気をつけるんだよ、アスランくん」
「大丈夫です。もう深夜ですが、おやすみなさい……義父さん」
「あぁ、おやすみ」
麗しい横顔がほの暗い闇の中へ消えて、扉がゆっくりと閉められる。
外から電子ロックのかかる音を聞いて、ハルマはここへ来た時と同じように足音が消えるよう意識しながら踵を返した。
戻る途中、どうしても気になって、心の中で言い訳をしながら息子の部屋のドアをほんの少しだけ開く。
起きてしばらく経ったハルマの目は夜闇にすっかり慣れており、ベッドの上では胎児のように体を丸めて熟睡しているキラをしっかり確認できた。
キラはベッドスペースの右側に身を寄せていて、ぽっかり空いている左側には先ほどまで彼がいた。
キラが肩までしっかりと布団をかぶっているのも彼のおかげだろう。
息子が13歳の頃から肌身離さず連れ歩いているメタリックグリーンの機械の鳥はベッドサイドのテーブルの上、巣で眠る鳥のようにクッションの上で羽の中に顔を埋めている。
よく寝ているから起こさないように、細心の注意を払う。
キラの眠りが妨げられないことを願うのはハルマも妻も、境界の向こうにいる彼も同じ思いだ。
扉を閉めてから、小さな声で囁く。
「おやすみ、キラ」
妻が寝室で待っている。きっと不安でたまらないはずだ。
早く戻って、大丈夫だったと。酔った近所の誰かが来たらしいがもう一人の息子が対応してくれたから問題ないと、安心させなければ。
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扉の向こうにある気配が立ち去り、ゆっくりと階段を上っていくのを感じ取る。
キラの部屋に寄り道をしてから、義父が寝室に戻ったと確信して、アスランは小さく息を吐いた。
危なかった。
刃物を使用していたら、鉄錆の匂いまで誤魔化せない。
義父ならばアスランが怪我をしていると考えて、境界を越えていたはずだ。
この光景が見られずに済んで、心の底から安堵する。
住宅街に点在する街灯と月明かりだけでも、ヤマト夫妻が暮らす邸宅の庭先に転がる複数の人間をはっきりとあらわしてしまう。
武装からしてリーダーと思われる男の傍らへとアスランはしゃがみこんだ。
覆面によって隠された顔を見下ろしながらわずかに首を傾げて微笑む。
「それでお前たちは」
彼ら全員、意識はない。
素手による制圧によって無力化され意識を刈り取られた彼らは服毒の間すら与えられなかった。
「どこの誰なんだろうな」
覆面男の装備を見ていけば、おのずと目的は絞り込める。
スタンガン、意識を失わせる薬、拘束用のベルト、口枷。
深夜の住宅街、消音仕様の真っ黒な車が停車する。
アスランは立ち上がると、降りてきた者たちへ深夜の呼び出しへの労りを込めて小さく頭を下げた。
彼らは軍部所属ではないため、互いに敬礼はしない。
ハンドサインと唇の動きだけで指示を出し、下手人たちを車に運び込んでいく。
アスランが助手席へ乗り込むと、車は音もなく発進した。
朝までには、キラが目を覚ますまでには戻りたいが、彼らが素直に喋ってくれることを願うしかない。
明日に限り、キラには寝坊してほしい。
間に合わなかったら、送り届けた酔っ払いの男とその妻の痴話げんかの仲裁に一役買っていた、とでも言い訳するしかない。
アスキラは泊りにきてるんじゃないかな、きっと。
キラもアスランがそばにいるので熟睡しているってことで。