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    cosonococo

    @cosonococo

    文字書き。海外映画ドラマ、よりみちとなぎれお。

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    cosonococo

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    なぎれお。玲王くんがブルーロック離脱して凪くんとお別れしたらのその後の話。凪くんはまだほとんど出てこない。続くかも。

    Can't Remember To Forget You 1ブルーロックからリタイアし、世界から色が消えた日から3日後、俺は貯金を全て使い、それでも足りない分父親に少しばかりの借金をして、ある国のある山にある家を買った。

    それは自分の金で手に入れた俺だけの城、俺の隠れ家。以前はどこぞの俳優の別荘だったらしいが、丁度売りに出ていたのを見かけたので、その立地が気に入り、その日のうちに購入交渉を持ちかけた。手持ちでは足りなかったので、父親に借金をしたいと頭を下げた。
    どうしても欲しかった、この家が。
    高額の買い物だから、反対されるかと思ったが、父親は多少の利子を条件に金を貸してくれた。子どもの借金に利子つけんのかよ。
    その時ついでのように「MIKAGEはブルーロック事業のスポンサーから手を引かないからな」と告げられた。そりゃそうだろう。あれは金になる。俺は「好きにしてください」とだけ答えた。

    購入交渉中は、前のように高校に通う他無かった。白黒の世界を藻掻くように登校したが、そこは俺の夢の廃墟だった。凪のいない校内は空虚で、それでも凪との思い出がある校内はどこに行っても凪を思い出させ、限界だった。
    クラスメイトにも親にもばあやにも、いつものように笑えば笑うほどに世界から色が消えていき、現実から逃げるように眠っても凪と青い監獄の夢ばかり見る。
    絶望の朝、痛いほどに頭に響くのは、「299人の人生はめちゃくちゃになる」という主催者の言葉だ。
    限界だった。
    ふざけんな、こんなことでこの俺の人生めちゃくちゃにされてたまるかよ。
    だから、家を買った。笑顔を向けなきゃいけない両親も知り合いもいない、サッカーの熱狂も凪誠士郎の記憶もない場所に、独りで泣ける場所を求めた。
    白黒の世界でも、俺が俺でいられる為に。

    その家は、12時間程飛行機に乗り、また飛行機に乗り継ぎ、更に冬はヘリでないと行けない雪山の中腹にあった。真っ白な山脈は色を失った俺を優しく迎えてくれる。3階建ての造りはうちの他の別荘と比べても豪奢な方だった。備え付けの家具も全てブランド物で揃えられていて、なかなか良い買い物だったと誇らしい気持ちになった。
    凪みたいに真っ白な髪の管理人から、3ヶ月分の水と食料を地下に置いてあると言われ、何かあったら連絡するようにと電話番号を渡される。3ヶ月後まで連絡する気はないと答えれば、老人は訝しげな顔をした。
    前の所有者は身の回りの世話をする者を何人か待機させていたらしいが、俺は1人になりたかったから、全て断った。防犯上とは言われたが、ヘリでしか来られない場所にどうやって犯罪者が来れるんだ。
    「荷物はどこへ運びますか」
    日本から事前に送っていた、スーツケース3つ。2つは今回の滞在用の服やらなんやらだが、1つは、捨てきれなかった凪との思い出のあるものや、サッカー関連のものだ。
    「その1つは奥の部屋に置いといてくれ」
    夢の死骸を詰め込んだスーツケースは、この家の最も奥の部屋に運んでもらった。
    小さくなっていくヘリの音を聞きながら、1人用にしてはデカいベッドに飛び乗り、とりあえず泣いた。馬鹿みたいに泣いた。人生初の大泣きをした。たまに凪や潔を口汚く罵っても、誰も俺を咎めない優しい空間に甘えていたら気づいたら寝てしまっていたらしい。何にも時間を支配されない空間にいたから、どれくらい寝ていたのかは分からないけど、久しぶりに熟睡出来たらしい。妙に頭がスッキリしていた。
    とりあえず、久しぶりの空腹に促されて大量の食材の中からシリアルと牛乳を取り出し、鼻を啜りながら食べた。これまた久しぶりに味のある食事だった。
    俺は学んだ。馬鹿みたいにずっと泣くと、マジで人生が馬鹿みたいに思えてくる。
    「……馬鹿みてぇだわ、マジ」
    キッチンのテーブルの上で、俺はがくりと項垂れた。
    真っ白な雪山を一望出来る広い風呂に1時間ゆったり浸かった後、奥の部屋に置いたスーツケースを開き、思い出の荷解きをした。中は凪を思い出させるものばかりで、1つ1つクローゼットに入れたり、部屋に配置したら、まるで凪と一緒にいた頃の俺の部屋のようになる。
    俺は部屋を見回し、心を決めてクローゼットに手を伸ばした。
    「……とりあえず、初めはコレだな」
    白宝高校の制服を手に取り、俺はリビングに戻って赤い炎が揺れる暖炉に投げ込んだ。ぼわりと舞う火の粉がやたら紅く見えた。
    ここに来る前、俺は高校を辞めた。不登校になるわけではなく、3ヶ月後から、イギリスの全寮制のハイスクールに行くことが決まっている。
    諸手を挙げて喜んだ両親に、しばらく、年単位で日本には戻らないことを告げた。反対はされなかった。母親には正月くらいは帰って来たら?と言われたが、気が向いたらと返してきた。気が向く予定はなかった。日本にいるだけで俺の心が傷つくのは分かりきっていたから。
    俯きかけたその時、焦げ臭さが鼻に絡み、黒い煙が俺の視界を埋めた。
    「……は?んだこれッヤバいヤバいヤバいヴェッホ」
    カッコつけて3ヶ月後に連絡するといったが、あれは嘘だ。結局滞在3日目にヘルプコールをしてしまい、管理人から暖炉で変なのを燃やすなと怒られた。

    何か燃やしたいならバーベキューコンロがあると言われたものの、俺は暖炉の煙の逆流がすっかりトラウマになり、次の思い出を燃やすのは次にここに来た時にしようと決める。
    それからの俺は外界との交流を徹底的に遮断し、朝起きてメシを食べたらトレーニング、勉強、株のチェック、読書、勉強というルーティンで過ごす。人との接触を極力減らした生活は穏やかだった。
    1日に1度は今までの人間関係を一掃して新しくしたスマホに電源を入れたが、あるのはこの番号を唯一知っている親からの生存確認だけ。当然だ。
    日本にいた頃はスマホが震える度、凪からのメッセージかと期待したが、あんなことがあっても期待をしてしまう自分が嫌で嫌で仕方がなかった。一緒にいた頃すら、凪からメッセージをもらった事はなかった。だから来るはずがないのに。
    それでも、出国日に空港に着くまではスマホを握りしめて待っていた。結局一度も震えなかったそれを、ばあやに「処分しておいてくれ」と渡して、全てが終わる。期待するのはもう疲れた。
    ガラス張りの壁の向こうの真っ白で広大な山脈を眺めていると、自分が世界で一人きりになった気分だった。
    あの頃は、つい3ヶ月前までは、二人だったら最強だと信じていたのに。
    「……俺の知らないうちに人類滅亡してそ……」
    あまりに静かすぎて、馬鹿な事を考えながら、凪の髪に似たふわふわの白いラグに寝転んだ。
    「……なぎ」
    静かな部屋に響いた甘えるような自分の声には、失望しかなかった。

    凪は何も悪くない。俺が勝手に誤解して、期待して、勝手に裏切られた気持ちになっただけ。そもそも俺の夢に他人を巻き込んだ俺が悪い。……凪に恋した俺が悪い。
    もう二度と、何かを欲しがったりしない。手に入らなかった時に傷付くのが、怖い。もうあんな思いは二度としたくない。怖い。
    世界の全てが怖かった。凪は、俺の世界だったから。

    ふと目を開けると頬に伝うものを感じ、緩慢な動作でそれを拭った。
    また俺は泣いてたのか。
    下界では平気なのに、この家に来るといつも涙腺が馬鹿になる。感情の調整用に買った家だから仕方ないが。
    今年は緑色に染まった木々が若々しい夏に来た。来月から、俺はアメリカの大学に通うことが決まっている。
    あれから通い始めたハイスクールはそこそこ多忙で、凪のことを忘れさせてくれた。だから、俺は傷の薬として時間を選んだ。時間はかかるだろうが、きっと、多分、必ず忘れられる。
    つーか、凪なんてどうせ俺のこととっくの昔に忘れてるだろ、絶対。マジムカつく。うっ、また凪を思い出してしまった。
    今回は監獄で着ていたスーツを燃やした。着火剤を大量にかけて火を着けたらめちゃくちゃデカい火になったのでビビった。ヤバ。山火事になったらシャレになんねーわ。炎を上げるバーベキューコンロをぼんやり眺める。ああ、俺の青春マジ焦げ臭い。
    「あれ、レオ!火がいい感じになってるじゃないか」
    麓から俺の食料を詰め込んだ車で登ってきた管理人がそういうので、昼飯は管理人家族と一緒にバーベキューになった。
    忘れたい思い出を燃やして焼いた安肉は、日本で食べたイチボのステーキより美味かった。

    大学はそれなりに楽しかった。友人も出来、日々のバカ騒ぎの中で酒の味も覚えた。凪も今頃誰かと酒を飲んでいるのだろうから、俺だって楽しくやりたい。
    最近、あの頃あれだけ見たくなかったサッカーボールの事がちょっとだけ平気になり始めた。
    大学で出来た友人の一人がフットボール部で、雑談をしながら投げ渡されたボールで反射的にリフティングしたら、「レオ、上手いじゃん」と褒められた。
    身長が凪と同じくらいの男に褒められ、気恥しさを堪えながら「前に少しやってた」と答えた俺の言葉に嘘は無い。1年もやってなかったんだ。
    「少しってレベルじゃねぇよ!天才か」
    アメリカ人らしいオーバーな褒め方に、俺は笑ってしまった。こいつらは本物の天才を知らない。
    「レオ〜うちの部に入ってサッカーやろうぜ!歓迎するぞ!」
    「やだね」
    椅子にふんぞり返って舌を出してみせた俺に、友人は「なんでだよ〜!」と心底悲しげに天を仰ぐから、他の友人と一緒に笑ってしまった。
    どうしよう、凪。
    俺はお前がいなくても笑えるようになってしまった。

    気づいたら、凪と過ごした日数の倍以上の時が、経っていた。

    こうしてみると、本当に短い間だったんだな、としみじみ感じた。俺の人生で最も感情の上がり下がりが激しかった時期だった気がする。
    大学で出会った友人と在学中に遊び半分で起業し、そこそこ結果が出始めた頃、俺は少しずつ自信を取り戻し始めていた。蛙の子は蛙と言ったところか、サッカーの才能は無かったが、経営の才能はそれなりにあったらしい。少しだけホッとした。俺にも、少しは価値がある。
    「レオ、1回だけ、な!」
    そんな時、フットボール部の友人から休日に3on3のゲームに誘われる。人脈を広げるつもりで顔を出し、久しぶりにコートに立った。適当にフットボールをやった後に飲みに行くという、飲み会がメインの集まりだから、雰囲気は極めてゆるっと穏やか。
    3on3ゲーム参加のメンツには、部員の彼女やら友人、教授等部員以外が混ざっていたので、本当にただの交流会目的のイベントなんだろう。俺は久しぶりに立った芝生を見つめた。
    ……大丈夫、適当にやりこなせばいい。1ゴールくらい入れればそれなりに参加したように見えんだろ。
    ゴール前でキャッキャウフフしながらボールを蹴りあってるカップル対決を眺め、緊張している自分が馬鹿らしくなりドリンクを煽った。ぬるい。
    コート隣りの芝生では部員がバーベキューを始めていて、肉を喰いながらぬるい試合を観戦してたら、「レオ!」と呼ばれた。俺の番らしい。
    口に残ってた肉を噛みながら、初戦の相手、初対面の男達と「よろしく」と握手をして回っていれば、紳士面した男に「誰の弟?可愛いな、怪我をしないよう気を付けて。ボールの蹴り方わかる?」と優しく言われた。俺はなかなか噛みきれなかった肉を飲み込み、笑みを深める。
    さっき、1ゴールくらいと言ったが、10点くらいぶち込んでやろうじゃねぇか。

    あの家に戻る度、黒歴史バーベキューをやる俺は火おこしのプロになっていた。パチパチ弾ける暖炉の火を確認し、準備は万端だった。
    普段は週末に来たりしないけど……今週は俺の周りが賑やかになり過ぎて、急に静寂が欲しくなってしまったのだ。
    あのイベントで我が校のフットボールチームのエース様からどうやら俺は3点奪ってしまったらしく、チームにスカウトされた。
    来年こそリーグ優勝したい!とビール片手に熱烈に口説かれたが、実のところ俺はアメリカのサッカー事情を良く知らない。野球やアメフト程盛り上がってないくらいしか知らない。話によれば、うちの大学はそれなりに強いらしい。まぁ、スポーツでも名門校だってのは知ってた。
    「君、絶対経験者だよね?何でサッカー辞めたんだ?」
    酔いのまわり始めた男達に俺は「パス出した選手を1人潰しかけた」と答えた。
    「だから俺はサッカーは二度とやらない」
    そう続けた俺に、屈強な男達は首を傾げる。
    「パスを出した選手を潰しかけた……?」
    「骨でも折れたのか?」
    「レオめっちゃ健脚じゃん」
    「骨が弱かったそいつが悪い」
    ……違ぇわ……。
    結局、俺の連続ゴールを一際喜んだ友人には、ゴール決める度に抱き上げられたりキスされたり大変だったから、ゴールは3点までで止めた。アメリカ人はリアクションがオーバー過ぎるんだよ……俺も凪にキスしてしまったことはあるけど。
    あんなに喜ばれたら、本当に自分が天才か何かと勘違いしそうだったから、止めて欲しい。心がザワつく。
    勘違いするな、俺は選ばれる人間じゃない。
    自惚れる前に俺はこの家に来て、過去を燃やしにきた。
    火の準備は出来たので、今日は何を燃やそうかと、クローゼットを引きあければ、何かが足元に転がり落ちる。サッカーボールだった。
    ……今日はこれを焼こうか。
    ……いや、ボールって焼いたらどうなる?爆発したりしないか?穴あければ大丈夫?
    俺が焼き方を考えてるなんて知る由もない無垢なボールは、甘えるように俺の足元にじゃれついてくる。
    それを拾い上げ、俺は地下のトレーニングルームに向う。数ある筋トレ用のマシンを通りすぎ、裸足でぺたぺた歩きながら入ったのは、スカッシュルームだ。前の住人の趣味だったんだろう。
    硬い壁に向かって軽くボールを蹴れば、直ぐに跳ね返ってくるので、それを受け止め蹴り返す。
    ……この間は久しぶりの、ゲームだった。
    2点目を入れた場面でやっと相手も俺の力量を察したのか、最大級の警戒を始め、空気がピリつき本格的な試合の様相に変化した。流石大学サッカーのトップ選手だけあり、それ以降はなかなか点が入らなくなった。俺もゲームにのめり込み始めて、相手のタックルを交わしながら、コートを見回してしまった。
    あの白い髪を、凪を、探してしまっていたのだ。
    「……ちくしょう!」
    壁から飛んできたボールを力任せに額で打ち返すと、一瞬頭が真っ白になる。ふらつきながらその場にへたりこんだ俺の横で、跳ね返ったボールが大きくバウンドしたが、もう打ち返す気力はなかった。背後でボールのバウンド音が段々と小さくなるのを聞き届けて、俺は膝を抱えた。
    「……どうして」
    全部置いてきたのに、焼いたのに、どうしてこう、上手く忘れられないんだ。
    あの後、凪を探す俺を呼んだ友人に慌ててパスを回したら、彼は見事ゴールを決めてくれた。俺を抱き上げ喜ぶ彼と対照的に、凪のいないコートに絶望する俺がいた。
    「……凪、なぎ……」
    さっきボールをぶん殴った額がじんじん痛む。硬い床に寝転がり、冷たい地面に額を押し付けながら、俺は声を殺して泣くことしか出来なかった。


    この間のゲームをインスタで見た、という人物から連絡があり、モデルのスカウトを受けた。
    「ゲーム?」
    凪の顔が浮かび、反射的に眉を顰めてしまったが、先日のゲームを録画していた奴が俺のプレイをインスタにあげたのだそうだ。おい、肖像権。
    しかし、金がありすぎて困ることはない。俺はそのスカウトを受けることにする。撮られた写真も国内で販売される雑誌や広告のみの使用だから、日本人の目に触れることはほとんどない。母には送れと強請られてしまったが。
    これをきっかけに交友関係が広がり、校内にも校外にも少しずつだが、人脈作りは成功していった。それが幸をなし、遊び半分で作った会社運営が軌道に乗り始める。教授にも一目置かれるようになり、超優等生御影玲王の名前が認められるようになった。
    やっと、俺は俺を取り戻し始めた。
    モデルとしてもそれなりに成功した俺は、金持ちの息子であるのも手伝ってゴシップの標的になるようになる。グループで飲んでも知らない女との写真を撮られ、デートと書かれた。何故か男とも撮られたが、華やかな俺の交友関係をわざわざ宣伝してくれるのは有難い。
    俺は自ら自分の会社の広告塔になった。若手経営者として、雑誌やTVのインタビューを受けるようにもなった。
    俺の人生は、順風満帆以外の何物でも無かった。ブルーロックなんかに俺の人生は負けなかった。
    ざまぁみろ。
    俺の人生ぐっちゃぐちゃに出来るのは、凪誠士郎だけなんだよ。

    でも、目立つってのはそれなりに負の側面もある。
    郵便物がなくなる、頻繁に無言電話がくる、夜に歩いていると背後に気配を感じる。
    ストーカーかよ、勘弁してくれ。
    俺は昔からモテ男だったから初めてのことでもないので放置していたが、ある夜ストーカー野郎が俺の家に侵入し、寝ていた俺を暴行目的で襲ってきたので、ボコボコにしてやった。父の趣味で武術の類を小さい頃から習ってて良かった。
    男は侵入してきた窓から逃げていき、逃がすかよ、と追いかけようとしたが、男とガチで殴りあったから、俺も無傷というわけにもいかず、あちこち痛んで走れそうになかった。
    通報後、搬送された病院で傷の手当を受けあれこれ検査をされた。その合間に警察にあれこれ聞かれたり、大使館関係者にもあれこれ聞かれたり、気付いたら夕方になっていた。
    検査の結果、骨や内臓に異常はなく、外傷のみという診断だったのに、入院しますか?と丁寧に問われたのは、俺が御影だから気を遣ったんだろう。それを断り、解放されたその足で、俺はあの家に行くことにする。
    空港のラウンジに着いて半日ぶりにスマホを見たら、母からの着信が大量に来ていることに気付く。あー……ヤバい、まいったな。
    寝不足で瞼が重く、眉間を揉みながら母の小言を覚悟し、画面をタップした。
    「……大丈夫だよ、母さん。一段落するまでしばらくあの家で過ごすから」
    一度日本に帰ってきたら?と母親に言われたが、俺は包帯が巻かれた手を握った。
    「今はまだ帰れない。俺はまだ、俺一人で戦えることを、世界に証明出来てない。父さんに借りた利子だって、完済出来てないんだ」
    無鉄砲に飛び出した広い世界は、俺がちっぽけな存在であることを無情なまでに突きつける。
    『今のアパートはこっちで引き払って、違うとこ探しておくから、玲王ちゃんは気にせずゆっくり休んで。カウンセリングの先生にも連絡しておくから』
    今のアパートも、両親の力を借りず、自分で見付けて借りた場所だったのに。
    つか、カウンセリングて。
    「……大袈裟だよ、襲われたって言っても、ちょっとした喧嘩みたいなもんだし」
    『ダメよ、絶対受けるの。玲王ちゃん、貴方、貴方が自分で思ってるより箱入りなのよ』
    母の言葉がグサッときた。分かってる、俺は親の名前と金でずっと守られてる。成功したら親のおかげと言われ、失敗したら結局あいつ自身の能力はその程度と言われることにずっと反発してきたけど、実際そうなのだ。
    渡米する際にボディガードを付けるよう両親に散々言われてたのに、それを無視し続けての今回のことだったから、俺に拒否権はない。
    「……分かってるよ」
    苦味を奥歯で噛み締めながら答えれば、母はやっと強情な息子を説き伏せられたと思ったのか、安堵の息を吐く。
    『……貴方は何も悪くないのよ、玲王』
    「……あと、その……父さんには言わないで」
    『私が見つけた家に住んでくれる?カウンセリング、ちゃんと受ける?』
    「分かった、家は任せるし、カウンセリングも受ける。いつも心配ばっかりかけてごめん」
    いつでも帰ってきていいのよ、と母は優しく言ったが俺は曖昧に頷き、通話を切った。
    そうは言っても、日本に帰る勇気はまだ俺にはない。
    どんなに頑張っても上手くいかないことはあるし、少し上手くいっても、その倍以上の壁が立ちはだかる。その繰り返し。
    会社も周りから言われるほど上手くいってるわけじゃなかった。モデルの仕事も、今回の傷痕が残ったら、来なくなるかも。
    空港の暗い窓ガラスにぼんやり映るのは、片頬にデカいガーゼを貼り付けた、クマが濃く疲労感を滲ませた哀れな日本人。これが俺の今の真実の姿だった。
    こんなボロボロの惨めな姿で、帰れるわけがない。日本を歩けるはずが無い。
    会えるわけないだろ、あいつに。
    その後、教授と友人達にことの次第としばらく学校を休む旨をメールし、スマホの電源を落として俺は日常を投げ捨てた。

    離陸後、すぐ俺は寝てしまい、ふと目を覚ますと夜だった。ファーストクラスは俺ともう1人が乗っているだけらしく、いつの間にか暗くなっていた機内の天井を、もう1人のシートから盛れる光が淡く照らしていた。
    多分、同乗者はずっとゲームをしている。微かなタップ音が妙に耳に馴染み、見知らぬ他人の気配が不思議と俺の心を落ち着かせた。
    搭乗員が、彼に「シャンパンをお持ちしました」と声をかけるのを聞いて、再び目を閉じる。
    そういえば、昔凪にノンアルコールのスパークリングワインを飲ませたことがあったっけ。
    何の痛みもない緩やかな思い出は、俺の口元を緩ませた。
    俺も起きたら、シャンパン頼もうかな。
    「……しゅわしゅわだ」
    そう、しゅわしゅわのやつ。

    調子が悪い時は、とことん悪いことが重なるものだ。
    『目的地が悪天候の為、別の空港へ向かいます』
    記録的な寒波なのだと、機内のテレビを着けたらニュースでやっていた。到着時刻を2時間ほどオーバーしたが、やっとついた空港は俺は来たことのないクソ田舎空港で、更に悪い事に、着陸してすぐにこの空港も吹雪に囲まれた。フライトスケジュールの変更中止を忙しなく告げる放送を聞きながら、猛吹雪で一面真っ白な外を観た。ガラス窓の向こうには絶望の世界があった。
    今日はマジでとことんツイてない。
    逃げ出すように出てきたから、適当に羽織ったコートはブランド物でそれなりに暖かいが、吹雪を歩くためのものではない。靴だってそうだ。
    どうせあの家に全て揃っているからと、コートの右ポケットに突っ込んだのは、パスポートと充電切れが近いスマホ、クレカ、数枚のドル札。左ポケットには、病院で渡された痛み止めと抗生物質、犯罪被害者向けカウンセリングのパンフレット……うんざりだ。思わず深く息を吐き、天を仰げば、首が鈍く痛んだ。シャツで隠しているが、昨夜暴漢に首を絞められた痣が赤黒く残っている。
    男に首を絞められた時、思ってしまったのだ。
    こんなことなら、もう一度凪に会っておけば良かった。
    何にも言わず別れてしまったことがずっと心に引っかかっていたし、何よりちゃんと振られてないから、忘れられず、ずっとこんな馬鹿みたいな感情を引きずり続けている。
    この感情をスッキリさせないまま死ぬとか、有り得ねぇだろ!いっぺん殴らせろ凪誠士郎
    で、気付いたら俺は相手に殴りかかってた。凪じゃなかったけど、正直少しスッキリした。
    誰にも知られないまま俺の人生が終わったら、俺が凪に恋をした事実がなかったことになってしまう。葬式で「御影玲王さんはとても優秀で皆にも好かれて将来有望な人物でした」なんて月並みなスピーチをされてそれでお終い。凪が俺が死んだって人伝に聞いて、「そうなんだフーン、で、誰だっけ」なんてゲームをしながら言う姿が浮かび、はー、てめぇコラふざけんな。
    こんだけしんどい思いをしたのに、俺の愚行、嫉妬、執着、喜悦、絶望、初恋、全部なかったことになんかされてたまるかよ。
    だって結局、俺はお前といて、すっげぇ楽しかったんだ。
    「あ〜〜……」
    包帯を巻かれた手で、思わず目を覆う。ちなみにこの傷は犯人につけられた訳じゃない。俺が犯人をボコボコにした時についた傷だ。
    いつか、凪に会いに行こう。会って、このクソみてぇな感情を拳と一緒にぶつけてみよう。
    ……会ったら、凪もすでに結婚してるかもしんねー覚悟はしておこう。女子アナとかと。いや、あいつがサッカー今でもやってるかは知らねぇけど……やってねぇだろうなぁ。やる意味がねぇもんな。いや、潔とかと付き合ってたら、潔の為に……ハハハ、想像でヘコんだわ。
    ……いつか、俺の力ですげぇ金持ちになって実績を残せたら、いつか、自分の愚かな恋を笑って話せるようになったら、会いに行こう。
    ーーー久しぶり、俺のこと覚えてる?なんだ、忘れてんのかよ、冷てえ奴!
    そう、笑って言えるようになった時に、会いに行こう。そしててめぇが逃した魚は帝王級だったのだと知らしめて、俺は凪へのささやかな復讐を果たすのだ。
    ……そしたら今度は、ただの友達として、新しく始められるだろうか。
    よし。
    そうと決まれば、確かボランティアサークルにいたロディがボクシング部だ。学校に行ったら彼にフォームを教えて貰おう。
    次の目標が定まった時、冷気が俺の鼻をくすぐった。
    「へっくしょん!あ〜……ヤバ、さっっむぅ……」
    全ては俺がこの空港で凍死しなければの話だけどな。さっきから指先の感覚がないんだが。
    コートを着込み足踏みをして二の腕を摩ってはみたが、全く温まらない。
    温泉やシャワー、マッサージ室を完備しているようなピカピカな有名空港とは違い、海外のド田舎のちっちゃな空港は言ってしまえば、簡素だ。しかも壊れてもなかなか修繕しないし、壁も床もあちこちボロボロで、掃除だっておざなり。
    だから外界に一番近いロビーフロアには暖房は行き届かないし、吐き出す空気も薄ら白い。ファーストクラスの金を出したのに、こんな仕打ちを受けるなんてな。あー、最高に海外って感じ。
    目的地までの代替ルートについても、結局雪でもちろん飛行機は飛べない、バスも出せない、電車などない。やむまで待つしかないが、恐らく今夜中は吹雪くだろう、という話を近くにいたスキーウェアを着た旅行客がまくし立てていた。
    すでに空港で一泊することを決めた旅行客が、次々数少ないベンチに寝転び始めて熾烈な椅子取りゲームを始めている。このままだと一晩冷たい床で過ごす羽目になってしまう。勘弁しろよ、俺はシモンズのベッドじゃないと眠れないんだが。
    とりあえず現状把握の為に、混雑している1階に行ってみることにする。タクシーは動いているかもしれないと、一縷の望みに縋って。
    せめてスマホの充電をしたい。さっきから寒さで充電がガンガン減っている。ヤバ。充電器持ってくんの忘れたんだよな。
    あー、マジツイてねぇ。こんな状況下じゃ、ブラックカードも御影の名前も何も意味がない。
    吹き抜けから階下の様子を伺いながら階段を降りようとしたら、突然足元にデカい塊がヌッと現れ、それを蹴り飛ばしてしまう。しまった、1階の状況に気を取られすぎた。
    「わ、Sorry!」
    まさか階段に人が座っているとは思わなかった。黒いパーカのフードを被り、グレーのコートを着ている男の背に咄嗟に謝った時、男は突如、何故か階段から飛んだ。
    は?そんなに強く蹴ったか?と目を見開いた俺の目の前で、男は長い足を伸ばす。その足先で受け止めたのは、男のスマホだ。俺に蹴られた衝撃で手から落としてしまったらしい。が、男は見事なトラップでスマホを受け止め、手に取った。
    なんだこいつ、すげぇ上手い。凪みてぇ。
    「お、生きてる」
    しかもゲームやってたのかよ!この状況下で!マイペースか!マジ凪みてぇだな!その充電分けてくれ!
    「あ、死んだ」
    蹴った俺を振り返りもせず、男はゲームを気にしている。凪みたいな男だな、マジで……。
    立ったままゲームを続行しようとする男のデカい背に、俺は恐る恐る声をかけた。
    「Sorry、あー……?あれ?」
    何となく英語で声をかけてしまってから、気付く。この男、今、日本語喋ってなかったか?
    マジか、こんな文明社会の果てみたいなド田舎空港で、日本人と出会うなんてどんだけの確率なんだろう。同郷の好でスマホの充電器貸してくんねぇかな、絶対ゲーマーなら持ってんだろ!俺はゲーマーには詳しいんだ!
    これでこんなクソ田舎で死ぬことなく、いつか、俺が恋を忘れられた時、凪に会いに行ける。……ああ、俺、めちゃくちゃ凪に会いたかったんだ、今更だけど。
    「な!もしかして日本人?」
    自然、声が弾んだ。
    「こんなところで日本人と会えるなんて、マジ助かったー!スマホ大丈夫か?ごめんな!」
    自分でもはしゃいでしまっているのが分かる。正直この状況で母国語が通じる人間と出会えたのは心強い。
    「今手持ちねぇけど、後でお礼はさせてもらうから、充電器貸してく……れ……」
    スマホ画面を見たまま、緩慢な動作でのそりと振り返ったその顔に、俺は言葉を失う。
    世界が、沈黙した。
    ガタガタ吹き付けるやかましい吹雪の音も、同じ言葉を繰り返すしかない空港のアナウンスも、旅行客の怒声まじりの喧騒も、全てが急に消えて、静かになった。
    俺を振り返った反動で、男が被っていた黒いフードがぱさりと落ち、隠されていた白銀色の髪を現にする。
    「…………凪」
    「は?何で俺の名前……」
    面倒くさそうに見上げられた男の目が、ゆっくり大きく見開かれる。その瞳が俺の姿でいっぱいになった瞬間……俺しか映されてないと分かった瞬間、急に、この数年間ずっと失っていた世界の色が彩やかになった。
    ……え?なんだコレ、変だぞ、空気がキラキラ輝き始めた。さっきまでクソしょぼい空港だったのに、ベラージオラスベガスのロビーのライティングに見えてきやがった。落ち着け俺、空気のキラキラは埃の反射でしかない。この胸の動悸は凪×チンダル現象の化学反応であって、ときめきとかそういうのじゃねぇから!
    そうゆうのじゃねぇから!
    そうゆうのじゃ…………どうしよう、なんだコレ、凪がすげぇキラキラして見える。
    いや、でもあれから2年?3年?はなるし、俺の事なんか忘れてんじゃねぇか、凪のことだ、どうせ忘れてんだろ、忘れてたらすげぇヘコむけど、多分あの家に着いた瞬間泣きながらバーベキューやるけど.……どっちだ
    固唾を飲んで凪の出方を身構えれば、男の見開かれた目は1回ぱちりと瞬きをしてから、半開きだった口が動いた。
    「おー、玲王じゃん」
    軽ッ
    軽い、軽いが、軽いけれども。
    思い出に埋もれていた声が輪郭を持ち、俺を、呼んでしまった。久しぶりの凪の声に、心が簡単に震えてしまう。やべぇ、まずい、どうしよう、泣くかも。
    理性では呼び返したら終わりだと分かってはいたが、身体は恋心に従順だった。こいつに名前を呼ばれたら、応えずにはいられない。
    「凪」
    クソ寒いド田舎のしょぼくれた空港で、俺らは再会をはたしたのだった。
    …………。
    ………………いや。
    ……………………いやいや、でもお前……流石に今じゃねーんだわ。
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    Replies from the creator

    cosonococo

    REHABILI凪くんの誕生日おめでとう話。凪くんの両親模造してます。お互いが大好きななぎれお。色々おかしいとこがあるのはそう…なので目を瞑っていただければ…。
    本番はロスタイムからです。 誕生日なんて、元々俺にとってもそんな特別なもんじゃなかった。
     周りの同年代は誕生日のごちそうやプレゼントに心を躍らせていたけど、俺は毎日質のいいものを食べていたし……というか、あれが食べたいと言えば、料理人がすぐに作ってくれたし、あれが欲しいと言えば誕生日でなくても与えられた。そもそも自分で自由に使える金が充分あったから、欲しいと思ったものは何でも買えた。
     だから、俺にとって誕生日なんてそれほど特別じゃなかったけど、世間一般的には誕生日は特別な日。
     特別な日には、人気者で特別な存在であるこの俺御影玲王に祝って欲しいと思う人間は、多かった。学校の廊下を歩いていたら、見知らぬ女子生徒に「玲王くん、あの、私今日誕生日なの」と声をかけられることもしばしば。「へえ!おめでと!」俺がそう言うだけで、彼女達は悲鳴のような歓声を上げる。凪にこのやりとりを目撃された時は「めんどー……よくやるね、玲王」と欠伸をされたっけ。
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