僕のさいつよモンスター「改めてよろしくな、凪」
俺はそう言ってきた相手と本当によろしくやれたことがない。
その理由が俺にあることくらい、17年生きてればそこそこ察せた。それでも直す気はサラサラなくて、玲王はそんな俺の振る舞いを「お前はそれでいい」って言ったけど、ホントかよ。
まぁ、よろしくね、短い間になると思うけど。
僕のさいつよモンスター
俺が他人とよろしくやれない理由、俺は、自他ともに認める遅刻魔だ。
まず、遅刻せずに待ち合わせ場所に着いた試しがない。皆何故そんなに遅刻するのか?って顔で見てくるけど、こっちが聞きたい。なんで皆そんなに早起き出来るんだろ。
待ち合わせ時間にまだベッドにいることも珍しくない俺は、当日にやっぱり行くのやめるって言っちゃう時もあり、そういうのが続くと当然、人に誘われなくなっていく。そっちのがめんどくさくなくて俺としては良かった。
そうして待ち合わせする相手がいなくなり、俺はここ数年、遅刻魔じゃなくなった。
でも、最近また俺は遅刻魔になってしまう。
何度俺が遅刻してもドタキャンしてもほとんど怒ることなく、何度も俺と待ち合わせを試みる、稀有な男が登場したから。
「……待ち合わせ?いいけど俺、遅刻魔だよ」
こう言った時点で20パーが俺との待ち合わせを諦める。玲王も諦めてくんないかなってゲームやりながら願ってたら、
「マジ?迎えに行ってやろうか?」
俺が思ってたより、玲王はつよつよだった。迎えは来なくていいよ。ただでさえ学校で一番人気の玲王に絡まれて周りからの反応が面倒くさいのに、休みにあの長い車で寮にまで迎えに来られたら、もっとめんどくさいことになるのは火を見るより明らかで。
「いい……待ち合わせにしよ」
俺の遅刻魔っぷりを知れば、俺を誘うのを諦めるっしょ。
なーんて軽い気持ちでOKした、待ち合わせ当日、なんと起きたら待ち合わせ時間の4時間後。新記録だった。
昨日ゲームしてたらそのまま寝落ちしちゃって、スマホの充電も切れたらしく、あー……これは諦められるというより嫌われるコース……どしたもんかなってスマホの真っ黒な画面眺める。……経った時間はもう取り戻せない。もう嫌われたかもだけど、一応、今起きたって連絡……
「凪!」
スマホを充電しようとしたら、玲王が俺の部屋に突撃してきた。びっくりしてスマホを取り落としかけた俺と目が合った瞬間
「……良かった……生きてた……」
と、その場にどしゃっと崩れた。え、なにごと。
なんか、後から聞いたら、遅刻魔だって言われてたし2時間は待って、でもメッセージに既読もつかないし電話も全然繋がらないし、来るまでに事故ったんじゃないかとか、部屋で孤独死してんじゃないかとか、色々考えちゃったんだって。孤独死は流石にないだろ。
座り込んだ玲王がずっと鼻を啜りながら「良かった」と繰り返すから、らしくない弱々しい姿に、俺はその背中を恐る恐る撫でた。それに反応した玲王がひょこっと顔を上げ、目が合う。真正面から玲王の目を見たのは、この時が初めてだった。相変わらずキレーな顔。
ちょっとだけ潤んだ紫色の瞳と寒さで赤くなってた鼻に、流石に悪いことしたな、と思った。「玲王、ごめん」って言ったら、玲王は一旦キョトンとした後「しょうがねぇなぁ」とへにょりと笑った。
この時、俺は不思議な感覚を体験する。なんていうか、アレ、レベルアップの音楽が耳の中で鳴ったような気がした。ゲームやりすぎの幻聴かな。
「……なんだかんだ今日は有意義だった。お前がどんなやつか分かったし」
俺があげた詫びゼリーを吸いながら玲王はそう言ったけど、俺はどんなやつだと思われたんだろ。
流石に4時間待たせたことは無かったし、これはもう二度と俺に絡んで来ないだろうな。
「お前の生存確認出来たし、帰るわ」
「……うん」
帰るためにドアの前に立った玲王の背を見送りながら、他の奴らと同じく、この人が俺の隣りに座るのもきっと、今日が最後だと察した。
……あーあ、ほらね、やっぱりよろしくやれなかった。
いつもの事だし、そう望んでいたはずなのに、ちょっぴり寂しさを感じ、何となく首を撫でた時だ。
もっかい謝っておこうかな、って口を開きかけた時に、玲王はくるりと振り返り、いつもの顔で笑った。
「じゃあな凪、また明日、待ってっから!」
「さいつよかよ」
「さいつよ?なに?」
……さいつよって普通の人は使わないんだっけ?
普段、普通の人と会話をしないから、俺は少し戸惑いつつ言葉を差し替えた。
「いや、普通、こんな遅刻されたら、嫌になんない?」
「普通はなるかもしんねーけど、お前は俺の宝物だから」
えっ……強い。
この日、俺の退屈だった人生のフィールドに御影玲王というさいつよモンスターが爆誕した。
「覚悟しろよ、凪、俺はお前を絶対俺のものにする」
「……言い方……」
で、それから毎週のように待ち合わせをしてるけど、俺が遅刻しなかった日は無い。
俺は今日もそのさいつよモンスター玲王と待ち合わせをして、待ち合わせ時間に目覚めた。
目覚めたってか、玲王からの電話の音に起こされたが正解。あの遅刻の一件以来、充電はしておくようにはなったから俺は偉い。
『お前、寝てただろ』
何も言ってないのに、電話に出た瞬間玲王は俺の状況を言い当てた。
「さすが玲王、大正解」
起き抜けの声で答えれば、「いやお前毎度の事だろ」って返されて、さすがの玲王も怒ったかなって思った。今まで、俺と待ち合わせをしようとした奴は皆ここら辺で怒り始める。お友達との約束は守りましょう、って小学校の通信表にも書かれた。もう来なくていいって向こうから言われておしまいだ。そして俺は何の柵もなく家でまったり惰眠を貪れる。ぐぅ。
『で、何時に来れそう?』
うつらうつらまた寝そうになっていた俺を玲王の声が叩き起こした。元気だね。
玲王はまだ、俺との待ち合わせを諦めてない。マジかー……流石さいつよモンスター。玲王ならそうだと思ってたけど。
『1時間くらいで来れんだろ、一緒に昼喰おーぜ』
「……えぇ〜めんど……」
思わずそう零しながら、俺は渋々起き上がる。準備も昼ごはんも全部めんどくさい。まぁ、玲王に会うのは面倒くさくないけど。
『そう言うなって。1日寝てばっかだと筋肉が3日分衰えるんだぞ、動け動け、身体の為に』
「身体身体ってさぁ……玲王は俺の身体目当てなの?」
『そうだ』
「きゃー、言いきられちゃった」
『お前の身体のすごいところ、語ってやろうか?』
「いらないよ、めんどいし……」
くすくす笑う玲王の声を聞きながら、スエットを脱いで外行き用の服を探す。玲王は全然怒ってなかった。普通の人なら1時間も待たせられたら怒りそうなもんなのに、金持ちって人種は金があるからか、心の余裕枠がかなり広い。
玲王は、めんどくさがりな俺の人生初の強敵で、俺は玲王の寛容さと熱意に毎回毎回敗北してる。負けてるのに不思議と悔しくはない。なんでだろ。
「……玲王は今なにしてんの?」
チョキに多少の日光を当てるためにカーテンを開けたら、薄灰色の空と冷たそうな風が窓ガラスをガタリと揺らした。確か待ち合わせ場所は屋外だったはず。
『カフェでコーヒー飲んでる』
「え、なんで?」
『だってお前絶対時間通りこないじゃん』
そりゃあそうだけど、もし仮に俺が時間通りに行ってたら俺が待ちぼうけくらっちゃうやつだろ。
「でも、今待ち合わせ場所にいないなら、玲王も遅刻だよね?」
『……確かに……俺も遅刻だ……』
屁理屈を口にした俺に、玲王は一瞬沈黙し、俺のむちゃくちゃな言い分を呑んだ。マジか。
広大な寛容さは優秀な玲王に変なとこで隙を作らせる。大丈夫なの?
『お前が来る頃には待ち合わせ場所にいるようにするから、何時くらいに着きそう?』
そして玲王は、俺が時間通り行く期待はしないくせに、俺が行くって信じ続ける。
「……いいって。そのままそこにいなよ。俺がそっちいくし。外で待つの寒いでしょ」
服を着ながら答えたら、玲王は一瞬沈黙した。なんだろ?
『……さっきは身体だけつったけど、凪のそゆとこ、俺結構好きだわ』
……これだから、さいつよモンスターは。
「遅刻は論外だけど」と付け足した玲王の声は意地悪い音を纏っていたけど、とことん甘い。
人に好かれなれてる御曹司はお前が欲しいだの宝物だの、むず痒くなる言葉を優しい声で平気で口にするからタチが悪い。相手が俺で良かったね、他の人間だったらきっとこのモンスターに一撃で殺されてる。
『じゃあ凪、起きたばかりのお前の分も何か買って待ってるから。何がいい?』
「レモンティーでよろ」
『レモネードな』
「レモンティーだってば」
『お前がいつも飲んでるアレはレモネードだって。前にレモンティー買ってやったらこんなのただのお茶にレモン入ってるだけだって文句言ってたろ』
「だってアレはお茶に輪切りレモン入ってるだけだったじゃん」
『はいはい、レモン増量お願いして、目が覚めるくらい酸っぱくしといてやるよ』
『あのー、おひとりですか?』
玲王の声の向こうから聞こえた甘い女の声に、靴を履こうとした足を止めた。
玲王は、自他共に認めるモテ男だ。
俺が待ち合わせに遅刻してくといつも知らない女、たまに男に絡まれてる。俺はそれを見ていつもめんどくさい気分になる。
『すみません、友達と電話中なんで……』
玲王が手慣れた感じの優しい声で遠回しに断った。
俺と玲王って友達なんだ、という小さな驚きにちょっと目が覚める。俺たち、いつの間に友達にレベルアップしてたんだろ。全然気付かなかった。どのタイミングで玲王は俺を友達って思ってくれたんだ。玲王のレベルアップ音が俺にも聞こえたら分かりやすいのに。
『じゃあ、電話終わったらでいいので』
『や、いつ終わるか分かんないし……』
なんとなくソワソワしてた俺の耳に、食い下がる女と玲王の優しい遠慮の声がうっすら届く。
もう二度と会わない相手なんだから、「ダメ」ってはっきり言ってやればいいのに。
玲王はいつもそう。告白されても「無理」の二文字で良いのに、「気持ちは嬉しい、ありがとう。でも、ごめん。今それよりサッカーが……」なんて、出来る限り言葉を尽くす。俺にはあんなの、面倒くさ過ぎて無理。
でも、そこが玲王のすごいとこなのは分かる。めんどくさいことをきちんとやれる玲王はホントにすごい奴だ。
「玲王、その子と遊べばいいじゃん。俺なんか待ってないでさ」
いちいち言葉を尽くすより、「いいよ」って言う方が面倒くさくないことは俺も知ってる。
いいんだよ、俺なんか放置して、たまには楽な方を選んでも。
何より、そしたら俺は行かずに済んで、今日の予定はベットの中に逆戻り。やった~あ、デイリーこなそ。ねっむ。
『……は?なんだそれ、本気で言ってんのかよ』
少し低くなった玲王の声に、俺はあくびをし損ねた。
お。玲王がついに怒った?これでついに玲王が俺を諦めて、俺はサッカーを辞められて惰眠を貪る日曜日を取り戻せるかも?
けど、本気で言ってんのか、って言われたらちょっと言葉を詰まらせてしまった。俺は知ってたから。玲王は、その女を選んだりしないことを。
どうしたもんかな。
何て言うべきか逡巡し、指先で頬を引っ掻いたら、玲王の方が先に口を開いた。
『……凪、俺は、お前がいいんだけど』
さいつよモンスターめ。
本当に玲王、そういうとこダメだって。俺が悪いやつだったら、玲王の夢ごと頭からばりばり食べてたよ、絶対。ほんと、相手が俺で良かったね。他の人にもそんなふうに言ったことあんのかな。
とか考えちゃって、めんどくさくなった。
……ああ、ほんと、まったく。
「……30分位で着くと思う。そこで待ってて」
結局、俺は降参するしか術がない。これがさいつよモンスターの破壊レベル。玲王の願いを叶える方が、めんどくさくないというオチ。
『待ってる……凪』
「なに」
『走れば20分で来れるだろ、走ってこい。タイム測っててやる』
「ぇぇぇやだー、めんどくさい〜」
『よーい』
「話聞いてる?」
『どん』
玲王に通話を切られ、俺は走り出すしかなかった。
教えられたカフェのオシャレなテラス席に、玲王は座っていた。座っているだけで絵になるってのは才能だなと素直に思う。そう思ってるのは俺だけじゃないようで、玲王は周囲の視線を一身に集めていた。
今日の玲王はネイビーの高そうなコートにチェック柄のマフラーを着けてて、あーこれはモテるわ、声もかけられるわ、人に囲まれるわ。囲んで下さいって言ってるようなもんだよ。
「ついたよ、玲王」
そう言うと、玲王がすぐ顔を上げ俺を見付けた瞬間、さっきまで大人びていた顔をパッと幼く輝かせた。
「凪」
……なんかまた、頭の奥の方でレベルアップの音が鳴り響いた。最近コレ良く鳴るなぁ、なんて思ってると、玲王が駆け寄って、手を上げる。ハイタッチのサインだと察して、俺も手を上げ返したら、パチンと手が合わさった。
「凪、お疲れ、新記録じゃん、18分45」
「うぇー最早疲れた動きたくない、れお、おんぶー」
俺も走り疲れた足でよたよたと玲王に近付き、のし掛るように抱きつけば、慣れきった玲王は動揺することなく俺の頭を撫でる。
「頑張ったな、偉い偉い」
遅刻なのに褒められて、また俺はレベルアップする。俺は褒められて伸びる子だったらしい。
「あの〜……」
なんとなく聞き覚えのある声に顔をあげれば、知らない女がいた。ああ、玲王を軟派してたやつか。玲王が輝き過ぎてて見えなかったけど、18分45秒も、玲王にくっついてたの。
でも手には名刺みたいなの持ってたから、軟派じゃなくて、モデルかなんかのスカウトかなんかだったのかな。
玲王の肩に顎を乗っけて、俺はちょっと考える。玲王はお金に興味津々だから、モデルの仕事も興味ないわけじゃない。でも今は、玲王はサッカーに夢中。だから、言ってやった。
「あのさー、この人、今俺にしか興味無いよ。だから、バイバイ」
女が去るまで、玲王の代わりに手を軽く横に振れば、耳元で「何言ってんだよ……」と呆れたような玲王の声がする。俺としては、丁寧に言った方だけど?
「ほんとのことでしょ」
「……お前……ああいう言い方な……モテねぇぞ」
モテという単語を口にする玲王は珍しい。
「何。さっきは俺のこと好きって言ってたじゃん」
他人からモテることに頓着しないくせに、なんでそんな単語を出してきたのか不思議で、玲王の方を見て……見てしまった。
「……俺にモテてどうすんだよ、ばか」
不自然な程に赤い、玲王の耳。
……うん。
自然な素振りでその耳を頬で撫でてから、身を起こして玲王から離れた。
「玲王にモテたんなら俺はそれでいいよ」
「え?」
玲王の大きな目がぱちりと驚きに瞬く。その動作があまりに純真で、思わず目を逸らしてしまった。
「モテモテの玲王にモテる俺って、つまり超モテモテ男ってことだよね」
「や、そうはなんねーだろ」
やっぱ面白いなお前って笑いながら玲王が差し出してきた紅茶を受け取った時、ふと玲王の指先が触れた。冷たい。カッコつけてテラス席になんかいないで、店内で待ってれば良いのに。俺が来たらすぐに気づけるように?ほんと玲王ってば、さいつよモンスター過ぎる。
「大体なぁ、お前はモテモテとか言うけど、俺だってモテたい相手にモテなきゃ何の意味もねぇし」
「……ねぇ、玲王。もうめんどくさいから待ち合わせやめたいんだけど、俺」
「は?」
玲王がピタリと歩くのをやめて俺を不安げに見たから、俺は用意しておいた言葉を口にした。 なるべく、子どものわがままに聞こえる様に慎重かつ、軽い音を選んで。
「次から俺の部屋に迎えに来てよ」
「え……あ、でもお前が前にヤだって……」
あれ気にしてくれてたんだ。
「いいよ、玲王は特別。トモダチだから」
「とくべつ」
玲王は「友達」より「特別」という言葉に反応した。生まれながら特別な人が特別を欲しがるって、不思議な感じ。
「家に迎えにきて、そんで、1日一緒に寝てよ」
「お前、それ結局外に出るのがめんどくさいだけだろ」
「俺の事よく分かってるじゃん」
「……ほんと、しょうがねぇやつだな」
眉を下げて玲王は笑い、俺の頭をくしゃくしゃ撫でる。
俺はもう気付いていた。玲王にとって、俺もまた、さいつよモンスターであることを。
「それって、1日寝てても良い”しょうがない”?」
「しょうがないから、迎えに行ってやるの”しょうがない”だよ」
ばか、と玲王は甘く笑いながら、俺の鼻をむにっと掴んだ。俺のさいつよモンスターは今日も強くて、その強さが俺も嫌いじゃない。
「……まぁ、10回に1回くらいなら許してやる」
休みも大事だからな、と玲王が俺にくれる甘さはもっと好きだけど。
俺は玲王のさいつよモンスターだから、おかげさまで遅刻魔の汚名を返上することが出来た。
潔達と待ち合わせした。
久しぶりの玲王以外との待ち合わせだったけど、嬉しいとか楽しみとかめんどくさいとか、どの感情も浮かばなかった。あいつらに遅刻魔とか言われても、どーだっていい。
わざわざ出てっても、玲王に会えるわけじゃないし。さいつよモンスターのいないゲームは味気ないっつか、やる気が出ない。ただの作業ゲーじゃん、こんなの。あくびしか出ない。
充電ギリギリのスマホにメッセージを貰って、渋々家から出ても、どうせ玲王居ないしな、って思うとやっぱり足が重くて、全部がめんどくさくて、ゲーセンに立ち寄った。
あーあ、玲王が居ないのに待ち合わせなんて。やっぱゲーム一通りやったら、帰ろっかな。
とか思った時だった。
「現行犯逮捕ぉ」
玲王は、もし、玲王がいるなら遅刻なんか絶対しなかったって言ったら、信じてくれたんだろうか。
「……悪夢見たからめちゃくちゃダルい」
「どんな夢だよ」
「待ち合わせ場所に、玲王がいない夢」
玲王と3ヶ月くらい顔を合わせないと、玲王が待ち合わせ先にいない悪夢を観る。ちょっと前に、ベッドで微睡みながら、玲王にそんな話をした。
そしたら玲王は、心底びっくりしたって顔で
「……お前にとって、それって悪夢なんだ?」
そうだよ、当たり前じゃん。
結構昔の話なのに、いまだにあの時の夢を観るって、やっぱ俺自身、初めてのケンカにヘコんだんだなぁ……って思いながら、一人ぼんやり天井を見上げた。ねむい。やっぱりあの夢を見ると身体も心もダルい。この夢を見た時に、横に玲王がいたらいいのに、首を横に倒しても、広いベッドの上はがらんとしてた。
今日も今日とて、例の悪夢を見てしまった。玲王と3ヶ月と5日間、会ってないせいで……。
目を閉じて、ふぅ、とため息を吐き、もう一度目を開ける。
ま、もうすぐ、玲王とは待ち合わせをする仲じゃなくなるんだけど。だからこの悪夢ともそろそろお別れ。
高校を卒業してすぐに引越した新居は、玲王の口利きで見つけたとこ。おかげで便利な立地と部屋の広さに比べて家賃が安かった。
で、予算が余ったから、ベッドが良くないととなかなか眠れないって言ってた玲王のために、玲王が好きだっていうブランドのデカめのベッドを買った。えんどう豆のお姫様かな。
でも、我ながら良い買い物だった。玲王と2人で寝ても狭くないベッドだから、玲王が泊まる時は自然当然2人で寝てる。玲王が帰った後もしばらく玲王の匂いが残ってて、俺のお気に入り。
……お気に入りだけど、広いベッドに独り寝はちょっと寂しい。誤算だったかな。
玲王は、高校卒業後にイギリスの大学に行ってしまった。玲王がそんなとこ受けたなんて全然知らなかった俺が知ったのは、玲王がイギリスに行っちゃう前日で。
後からなんでギリギリに言ったのか聞いたら「どんな反応されるか怖かった」んだって。そんなん、もう明日行く場所が決まってるって人には「そっか」って言うしかなくない?俺が何言ったって、もうどうにもなんないんだから、そんなめんどくさいこと言う資格だってないだろ。
でも玲王が今生の別れみたいな笑顔で「元気でな」って言うから、「もうお前とは二度と会わないって約束する、だから、忘れるから、最後に……キスしてぇんだけど」とかこの世から消えちゃいそうな声で言ってくるから、二度と会わない?最後ってなに?忘れるって、なにを?って思うだろ。
この時は久しぶりに、玲王にイラッとした。ブルーロックのあの時以来だった。
さいつよモンスターのくせに、自分のレベルを自覚してないって、ほんとめんどくさすぎ。
ずっと俯いたままの玲王に「玲王」と呼びかけたら、可哀想なくらい大きく肩が揺れて、「俯いたままじゃ、キス出来ない」って言ったら「あ……そっか……だな」って鼻を啜りながら上げられた玲王の顔は、今でも鮮明に覚えてる。泣きたいのを必死に耐えてるボロボロの笑顔だった。
玲王は、いつだって自信満々でモテモテで、さいつよモンスターなのに、なんでそんな顔するの。ほんと、めんどくさ。
だから俺は、玲王の願いを叶えてあげた。玲王が「あ、りがとな」ってお礼を言い終わる前に、怒りに任せて2回目のキスをした。今度は俺の願いを叶えて貰う為に。
玲王にはずっと俺のさいつよモンスターでいて欲しい。忘れたくないし、また会いたいよ。
たった2回キスするだけで、しおしおだった玲王が笑ってくれたから、キスって便利だな、めんどくさくないし、何より不思議と飽きない。1回したらまたやりたくなる、ゲームみたいな中毒性がある……なんて思いながら、玲王が飛行機に乗る3時間前までずっとキスして、そしたら俺のイライラも収まって、玲王がへにょっとやっと笑ってくれて。気付いたら強く握りしめてた玲王の手が、俺の手を握り返した時、俺たちの関係が恋人にレベルアップした。あの瞬間、俺たち2人は間違いなくこの世界の主人公だった。
遠距離恋愛は、結構楽しかった。何より、めんどくさくなかった。時間ある時に無料通話でいつでも話せたし、初めは距離感をそれほど感じなかった。キスやハグはないけど、会話もとことん平和なもので、もしかしてこれが俺たちの適切な距離感なのかもって思う程には順調だった。
でも、玲王が夏休みに戻ってきて、買ったばかりだったベッドで抱きしめたら、そのゼロ距離に自分でもびっくりするくらい、感動してしまった。
ゼロ距離ってすごい。温かくて柔らかくて、いい匂いがして、玲王が本物という奇跡。
玲王がいるってすごい、すごいな。
同じ毛布に包まりながら、そう呟いて、この数ヶ月の遠距離について思ったことを正直に伝えたら、玲王は長めの睫毛を伏せて「俺は割と、初日から寂しかった」と、白状する。 テレビ電話で見た時はそんな顔全然見せなかったくせに。
俺のさいつよモンスターはさいかわモンスターでもあった。よくそれで俺から離れられると思ったな。
そんなこと言われたら、次の俺らの夢なんてもう決まりきってた。
だから玲王と付き合って3年目に入る来月から、俺はイングランドのチーム所属が決まり、玲王と向こうで一緒に住むことになってる。
今日は、玲王の父親の誕生日かなんかで、玲王が1週間だけ帰ってくる。今回は俺んちじゃなくて実家に泊まるって話しだったから、昼間は俺ん家に来て来月からの新居……新居はもう決まってるんだった、インテリアとか?の話しをしたいらしい。インテリアなんて全部玲王が決めてくれていーけど、あ、でもこのベッドはもって行きたいかもってお願いしよ。
今日はいつもの通り、俺の家で待ち合わせだから、玲王が来るまで俺はベッドで待ってれば良い。多分もう少しで来るから………………来ないな?めちゃ長い回想出来ちゃったけど?
時間に正確な玲王の遅刻が珍しくて、あれ?って顔を上げた時、スマホが鳴る。玲王だった。
「ねー、なんで来てくれないの?」
出た瞬間文句を口にした俺に、玲王はため息を吐いた。
『……お前、昨日俺ちゃんと明日は待ち合わせ場所って言ったろ』
「や、ずっと俺の家が待ち合わせ場所だったじゃん」
『駅で待ってるから早く来いよ』
話聞いてる?
「玲王がこっち来ればいいじゃん」
『やだ』
「なんで?」
『……お前の部屋で2人きりなんて、ずっとくっついてたくなって、外出出来なくなるに決まってんだろっ』
「別にいいじゃん、何がダメなの」
俺の部屋で2人きりになるとずっとくっついてたくなる玲王可愛いじゃん。俺としては全然ダメじゃない。
でも、玲王はちょっと黙り込んで、もごもごと言いづらそうに理由を吐いた。
『……なんか、マジで身体目当てみたいで、やだ』
え、俺そんなにがっついてたっけ。
俺の心の声に応えるように、玲王は訴える。
『この間帰国した時なんか、ずっとお前んちだった、四六時中ベッドにいた、3日間一歩も出なかった』
……がっついてたかも。
や、そんなん、半年に1回位しか会えないから仕方なくない?
更に言えば、半年に1回位しか会えないってことは、定期的にセックス出来ないってことで。玲王の身体が全然慣れなくて、前々回に俺が毎回処女抱いてるみたいってなんとなく言ったら、玲王は何か思い詰めちゃったらしい。
前回会った時「……慣らしといた……」って恥ずかしそうに涙目で言われたらそりゃあ邪な気持ちと愛しさと可愛さとちょっぴり意地悪い感情がごっちゃごちゃになって、あっという間に3日も経つってもんじゃん。
『……俺は、いつもは、あんなんじゃねぇし……』
ボソボソと何か言い始めた玲王が、なんかちょっとめんどくさい感じになってることに俺もやっと気付いた。
『あん時は、お前に色々言っちまって、めんどくさかったかもしんねーけど……』
ん?色々って、何言われたっけ。
「もっと……」って腕に擦り寄ってきたり、「やだ、ここにいろ」って手を握ってきたり、「もっと名前呼べ」って強請られたり、「この3日だけはお前を独り占めしたい」ってぎゅうぎゅう抱きつかれたやつしか浮かばねーんだけど……。
『でも、身体目当てじゃねーからな、俺は』
ああ、身体目当てなんじゃないかって俺が疑われてたわけではないのか。
それで何となくピンときた。今日、玲王が俺家に来なかった理由はそこにある。
玲王は、前回のことを玲王的には甘えすぎちゃったって思ってて、俺に身体目当ての淫乱って思われたんじゃないかって不安になってるんだ。更に、自己嫌悪と気恥しさと気まずさがあって、今、必死に体制を整えようとしている。多分イギリスに戻って思い出してはしばらく、ベッドの中でモダモダしちゃったんだろうな。可愛いかよ。
『とにかく、お前とあっちで住むようになったら日本に帰ってくる理由もねぇし、しばらく戻る予定ないから、美味い日本食食べときたいんだよ、俺は』
玲王がこっちに帰ってくる理由は100パー俺だったのか。知ってたけど。玲王の言葉はいちいち嬉しいな。
さて、どうしよう。必死に自分のペースを取り戻そうとしてる玲王に優しく協力してやるか、それとも、そんなの許さないで、玲王のペースを根こそぎ奪っちゃうか……考える必要はなかった。
「……ねぇ、やっぱりこっちに来てよ、玲王」
俺も俺で、玲王のさいつよモンスターだと自負してる。
完璧な玲王の矜恃とかプライドとか、そういうのを全部俺の手で剥がされた丸裸の玲王を、ぐちゃぐちゃに食べてしまいたい欲がある。
『やだって』
やだ、ともう一度言った玲王の声は甘かった。可愛いな。絶対俺に力づくで奪われたいって、期待してる。
平和主義者だった俺をこんな生き物に育てたのは玲王自身だから、俺は遠慮なんてしない。やりたいようにやらせてもらう。
さいつよモンスターは、無礼で、傲慢で、横柄で、自分勝手であるべきだから……あれ?それってエゴイスト?
「俺、多分今玲王に会ったらすぐキスしちゃうと思うけど、街中でそれやっていい?」
『……やだ』
「玲王が選んで。俺はどっちでもいーよ」
『…………お前ってマジ本当めんどくせぇ』
玲王がそう言う時は大体俺の望みを叶えてくれる手前で、玲王のさいつよモンスターな俺はベットに寝たまま、ここで玲王を待つことにする。
「うちに来てくれたら俺の身体のすごいところ、いくらでも語ってくれていいんだよ?」
『おッ前、変なことばっか覚えてんなよな』
「語ってくれるって言ったのは玲王じゃん」
玲王が来たら、多分ちょっと怒りながら「来てやったぞ!感謝しろ!」ってドア開けてくるだろうから、文句言って来る前にキスして、そんで……玲王には「めんどくさくね?」って聞かれるけど、俺は高級ブランドできっちり固められた玲王の服を、俺の手で脱がせるのがかなり好き。
ベッドの中で教えてもらおう、俺の身体のすごいとこ。
『……たく、お前ってほんと……』
玲王の苦笑混じりの声に、俺は勝利を確信した。俺が待ち望んでいた言葉を、今まさに玲王が言おうとしてる。
早く俺にくれ、その言葉を。
『しょう』
『ねぇ、君1人?』
玲王があの優しい声で「しょうがねぇな」って俺を許すのを、男の軽い声が遮った。俺の最高に好きな瞬間を邪魔された。何してくれてんの。
『えっ?』
『もしかして待ち合わせの相手にドタキャンされたの?可哀想に……そんな奴待ってないでさ、俺らと遊ばない?』
残念だけど、その子はこれからデートだから、お前の相手してる暇はないんだよ。しっし。
『おー、雪宮じゃん、久しぶり。なにしてんの』
は?ユッキー?
覚えてる、ブルーロックにいた頃、俺と玲王が待ち合わせしなかった日に、玲王と待ち合わせしてたってやつ。
玲王が俺にはくれなかった誘いを貰ったやつ。
『他の奴らもいるよ。なんでいるの、イギリスに行ったんじゃなかったの?』
『親父の誕パにわざわざ強制招集させられたんだよ、ダリィわマジで』
『大変だったね。でも丁度良かった、相談したいことあってさ。あっちのカフェに皆いるよ』
『いや今日は凪と待ち合わせしてて』
『凪?やたら良い顔して話してるから、相手誰なんだろうって思ってたけど、凪くんか。まだ来てないじゃないか、来るまででいいよ。それまで暇でしょ』
『あ~いや、これからあいつ迎えに行こうかと……』
『迎えって、遅刻した相手を?いやいや流石に甘やかし過ぎだよ』
うっわ黙れよクソメガネ。玲王の甘やかしは玲王の宝物である俺にだけ許された至極当然の権利なんだよ。確かに俺自身、俺に甘すぎて大丈夫?って思ってるけど、玲王に我に返られたら俺が困る。
つか玲王は断ってんじゃん、空気読めば?
『もしもーし遅刻魔くん、君が来るまで王子様退屈してるみたいだから、ちょっと借りるね』
いや、貸さねぇし。お前らに貸せる玲王なんか一分一秒もいないし。玲王は俺の相手で忙しいし。
『や、凪はこっち来ねぇよ』
いや、行くし。そこまで挑発されて、黙ってられる程のお人好しじゃないし。
『もしもし、凪?少し待っててくれ。話つけたらすぐ行くから。寝ててもいいぞ』
「……いーよ、俺がそっちいくから。ユッキー達と話してなよ。日本食も、食べたいんでしょ?」
え?という玲王のびっくりした声を聞きながら靴を履く。待ち合わせ場所までは電車の時間を待つより、走った方が早い。
『マジで?良いの?実はチェックしてた店があって。予約しとくわ』
ちょっと弾んだ玲王の声が恨めしい。俺は今日、ほんとは玲王が作ってくれたご飯が食べたかったのに。
「……でもさぁ、玲王」
玄関を開けた瞬間、秋の冷えた空気が頬に触れた。うわ、さむ。玲王がこっちに来てくれたら、ずっと温かいベットにいられて、冷たい玲王をあっためられたのに。クソメガネ許さん。殺す。
ま、たまには俺が玲王にあっためて貰うのも良いかもね。
「さっき俺が言ったこと、忘れないでね?」
玲王からの返事は待たず、スマホを切って尻ポケットに突っ込んだ。首を回し、手首を振って、足首も二三回回し、軽くジャンプ。激しい運動の前には準備運動を必ずしろって、玲王に100万回言われてる。
走れば30分……あ〜でも、早く玲王にちゅーしたいから……うん、10分だな。あ、タイム測っとこっと。良いタイムだったら玲王が褒めてくれる。
ずっとスマホが震えてるけど、わざと無視してストップウオッチを起動する。そのまま俺が着くまで10分間、俺の返事を必死に待って、俺のことばっかり考えてればいい。
そんで、玲王が通話を諦めた頃に、俺はクソメガネの目の前で玲王にキスしてるはず。
玲王はちょっと怒るかも知れないけど、きっとすぐに許してくれる。しょうがねぇなって、笑ってくれる。
だって俺は玲王のさいつよモンスターだから。昔も今もこれからも、玲王の退屈な日常を破壊するために駆けるんだ。
だから、玲王。
よろしくね、末永く。