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    cosonococo

    @cosonococo

    文字書き。海外映画ドラマ、よりみちとなぎれお。

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    cosonococo

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    ngro小話。なぎくんがプロでれおくんが家継いだりモデルやったりしてる。なぎくんが大金使ってれおくんに怒られる話。くにがみくんとちぎりくんもいます。

    #なぎれお
    lookingHoarse

    You have my word/You mean the world to me.ワインありがとな、届いた。いつも悪いな、おかえり。あとさ、凪から貰ったか?あれ。
    なんで知ってるかって?まぁ、気になるよな。じゃあ、ちょっとだけ俺の話を聞いてくれるか。
    始まりは、珍しい凪からの誘いだ。
    「ねぇ、お嬢。お茶おごるから、1時間くらい付き合ってくんない?きんにくんも来ても良いよ」
    クラブハウスでの練習後、ロッカールームの壁掛け時計を眺めながら、この後の時間をどう過ごそうかと考えてたら、チームメイトである凪が珍しく誘って来た。
    元々共に監獄出身だから、チーム内でも自然と共にいることが多いし、会話もよくする。でも、チーム内の飲み会すらかったるそうに最後尾に付いてくるようなタイプのあいつから外に誘われるのは初めてで、ちょっとびっくりしたけど、好奇心の方が勝ってしまい、國神を呼び出し、2人で凪の後をついてった。
    一体何が始まるんだ?
    気になるだろ、一体どんな店に連れて行ってくれる、あの食欲に無縁な凪が。と思えば、着いた場所は、どう見ても飲食店じゃなかった。
    高級感は過ぎると威圧感になる。國神と2人、大理石で出来たエントランスをアホみたいに口を開けっ放しにして見上げていたら、凪に「何してんの」と声をかけられてしまう。慌てて追って、中に入った瞬間「お待ちしておりました、凪様」と黒服を来た店員が恭しく頭を下げ出迎えた。なんだここは。練習帰りのジャージで来ていい店だったのか?國神なんてスウェットにクロックス姿だぞ。
    「うん」
    同じくジャージ姿の凪はそう頷き、店員に促され店の奥の方へ臆することなく進んで行く。俺たちはそれを追うことしか出来なかった。
    異常に柔いカーペットは雲の上を歩いているようで、周りを見てもピカピカ眩しいカウンターらしきものがいくつかあるだけ。何の店かはさっぱり分からないが、とにかく高い店であることだけは分かった。
    奥の個室に通され、恐る恐るソファに座れば、店員が「何かお飲みになりますか」と凪に聞き、俺と國神の間に緊張が走る。
    凪が何を頼むかで、やっとこの店の正体が分かる。そう思った。が
    「あー、いつもので」
    いつもの、とは。
    「2人はー?どうする?」
    凪がこっちに視線を向けてきたけど、いつものって何だよ。なんでお前こんな店の常連客になってんだよ。
    「どしたの、好きなの頼んでいいよ」
    不思議そうに凪から聞かれたから、恥を忍んで聞くことにする。
    「メニュー表は?」
    「あるわけないじゃん、カフェじゃないんだから」
    てめぇ俺らにお茶しない?って誘ったよな?
    じゃあここ、なんなんだよ、って俺が思ったのと同時に、可哀想に、セレブ感にあてられすっかり萎縮し小さくなってた國神が言いたいことを言ってくれた。
    「じゃ、なんなんだよ、ここッ」
    でも何故か小声で。しっかりしろよヒーロー。
    凪は「は?」と心底怪訝そうな声を吐き、高そうなソファにふんぞり返った。
    「どう見ても時計屋でしょ」
    凪のやつ、玲王のせいでセレブに慣れきってやがる。



    You have my word



    凪誠士郎はふと、投資をしてみようと思い立った。
    プロサッカー選手として、それなりに忙しい毎日を過ごしてはいたが、ふと気付けば、欲しいものは全て手に入れていた。綺麗で立派な家に、形が気に入った車、趣味のゲームを楽しむための巨大なディスプレイと最高の音響を用意した部屋。
    元々浪費癖はなく、年棒は毎年順調に上がるが、今までの人生で欲しいと思ったものも数少なかった為、あまり使うこともない。更に、凪の超優秀な恋人に資産運用は任せていたので、彼に預けてるだけで何もせずとも何故か金は順調に増え、溜まっていく一方だ。
    椅子の背もたれにだらしなく持たれながら、恋人から「お前が自由に使える用」と渡されていた口座残高をスマホで確認してみる。ちまちま使ってはいるものの、ポケットマネーは数千万程に膨れ上がっていた。夏に恋人と予定している旅行費用を差し引いても、余裕はたっぷりある。
    流石玲王、家が1軒買えちゃうじゃん。とは思ったものの、2人であーだこーだ言いながらリフォームしたこのマンションと選んだ家具たちが凪はお気に入りだったので、もう1軒欲しいわけではない。別荘ならばやぶさかではないが。
    凪は高い天井を見上げた。
    ……ホントに働かなくても食っていけるようになっちゃったなぁ。
    それが目標であったはずなのに、目標があまりに淡々と達成されてしまった為、嬉しいといった感情どころか、実感があまりなかった。
    凪は今まで大金を自らの手で動かしたことがない。一応家や車は買ったが、選択や手続きは全て有能な恋人に任せていたからだ。凪は玲王が差し出したものに「んー」「いいんじゃない」とゲームをやりながら答えるだけだった。とても楽である。
    なんかちょっと、大金ってやつを使ってみたい……かも。
    子どもじみた好奇心が、ふと浮かび、凪は身を起こした。
    しかし、何に使おうか。今現在、特にこれと言って欲しいものもない。
    スマホ画面に映る現実味のない数字を眺め、座る椅子をくるくる回しながら、思考をくるくる巡らせる。
    そもそも、自分の残高が積み重なっているのは、先述通り優秀な恋人のおかげだった。金銭管理に無頓智な凪の代わりに凪の資産を管理し、申告や税金の対応も全部手配してくれている。
    生活を面倒くさがる凪に衣食住を何不自由なく、むしろ快適に準備してくれるのも彼で、休日や記念日に凪を楽しませてくれるのも彼だった。ついでに、大金を持ちながらも世間知らずな凪に、甘い言葉で詐欺まがいな投資や危うい株取引に誘ってくる邪な輩を蹴散らしてくれるのも彼だ。
    俺にはお前が必要なんだ……と、大昔に言った事はあるしあの頃も本気ではあったが、最近は現実味を帯びてきてしまっている。
    俺には、お前が必要なんだ。
    強い光を帯びた紫色の瞳を思い出しながら、心内で呟く。
    凪は、恋人が整えてくれる日常が好きだった。彼のおかげで面倒臭がりな自分が人の形を保っていられて、面倒事も回避出来ている。それに何より、どこにいても何をしていても、彼の気配と愛に触れられるのが気に入っている。
    彼と一緒にいると、自然と心の中に生まれる陽だまりが好きだった。この陽だまりは存在するだけで凪を心地よくさせてくれた。この温かさにずっと微睡んでいたい。この暖かさに浸ると、全てが満たされて他のことなどどうでも良くなってしまう。
    この暖かさの理由の1つに、彼は金銭面にシビアであるのに、凪に関しては惜しむことなく金を使うことが挙げられる。凪の持ち物の3分の1は彼からの贈り物である。
    もちろん、凪からも贈り物をした事があるが、金持ちの彼は「んーじゃあ、凪が作った夕飯が食べてみたい」「じゃあ、次の休みは1日俺といて欲しい」「じゃあ、トレーニング付き合え」などなど、料理以外はやたら謙虚な事ばかり望むので、凪自身の財布を開いた記憶があまりない。欲しいものはすべて手に入れると豪語しているにしては、彼は妙に無欲だった。
    1つやっと思い出せるのは、まだ出会ったばかりの頃にゲーセンにくっついて来た彼が「あれ何、どうやんの」と興味津々にクレーンゲームを指差したので、デカいぬいぐるみを取ってあげた事がある。凪の財布から出たのは500円だったが、彼はやたら嬉しげにそれを抱き「これやっぱお前に似てる」と笑っていた。腹這いになり惰眠を貪るシロクマと自分のどこが似ているのか、凪は不可解だった。
    その安物のシロクマのぬいぐるみは、彼が海外や地方での仕事の際、凪の代わりに同行し、我が物顔で飛行機で彼の膝に乗り、ホテルでは彼と同じベッドに寝そべっている。たった500円のくせに。
    たまにリビングにそのシロクマが放置されているときに、安らかな柔らかい顔を思いきり握り潰し、鬱憤晴らしをしていることは彼には秘密だ。
    凪は、ゲーミングデスクの上に置いていた腕時計に視線を投げ、しばらく見つめてから手に取る。
    裏蓋に刻字されている『You mean the world to me』の文を指で撫で、僅かな凹みを確かめる。贈り主らしく訳せば『お前は俺の宝物』だろうか。
    この腕時計も、恋人が一昨年のクリスマスにくれたものである。金額については彼はいつも一言も口にしないが、どれもかなり高いものであることくらいは分かっていた。これを着けてクラブハウスに行ったら、先輩選手にやたら絡まれたのを覚えている。
    「金持ちのカノジョいいな〜そんなんくれるとか、マジでお前にベタ惚れじゃん。お前、上手くやったな、逆玉かぁ」
    凪は周りの人間がどんなものを身につけているかなど、どうでもよかったので、不可解だった。何故、皆そんなに他人の持ち物に興味があるのか。何故、プレゼントの値段で愛情を計るのか。上手くやったって、何を?
    こんな高いもの別にいいのに、と凪は毎回言うが、恋人は「俺はお前に似合うと思ったから買っただけ。つまりお前はこれを身につけるに値する上等な人間なんだ、胸を張れ」と毎回返してくる。
    持ち物が相応しいとか相応しくないとか、凪にはやはりよく分からなかった。服はユニクロで良いし、時計もスマートウォッチで充分だ。
    だが、そんな凪にも転機はあった。プロ選手として駆け出しだった頃は、安いセミオーダースーツで彼の隣りに立っていたら周りから彼のボディガードとよく間違えられ、友人達の笑いの種だったのだが、彼に買って貰ったフルオーダーの高級スーツで彼の横に立った時、あっさり周りから同伴者と認められたのだ。
    その時は、彼の言う事がほんの少し分かった気がした。
    ……今の俺、あいつの隣りにいても不自然じゃないんだなぁ。
    高校の頃、散々何故あんなやつが御曹司と?と不思議がられていた為、それは新鮮な感覚だった。ボディガードには違いないので、あまり気にはしていなかったが、それでもなんとなく、凪はその時僅かに胸を張って彼の横に立った。
    そんな凪に、恋人はコソリと「今日のお前、世界一かっけぇ」と囁いてくれた。彼はいつも凪を主人公にしてくれる。
    190センチの規格外体型である凪にとって、服やら建物やら乗り物やら、世界の全てがどことなく窮屈だったが、彼と出会って初めて深呼吸が出来た気がする。
    玲王から貰った物は初めはその質の良さに戸惑うが、使ってみればその高額さ故か、それとも彼が選んでくれたからなのか、凪にしっくりと馴染み、違和感がない。
    藍色の文字盤を覆うガラス板を親指でゆっくり撫でた。この腕時計も、今では凪のお気に入りである。
    しかし、これらを買う為に、恋人は凪との時間を犠牲にし過ぎであった。彼は純粋に金というものに興味があるから仕方ないとは思っているものの、彼からのプレゼントは恋人との時間を犠牲にして増えている。
    凪自身も遠征がある為、月に一緒に過ごせるのは一週間だけというのもザラで、一緒に住んでいるはずなのに遠距離恋愛をしているようだ。実際、少し前まで留学していた彼とは遠距離恋愛をしていて、折角やっと一緒に住めるようになったというのに、この有様である。
    ……こんなに金あるなら、そんなに働かなくてよくない?
    面倒臭がりの凪はそう思ってしまうが、しっかり者の恋人は違うようで、毎回「稼ぐぞー!」と楽しそうにぬいぐるみを圧縮袋に入れて荷造りをしていた。仕事が好きなのは良いが、少しは寂しげにして欲しい。遠距離恋愛中に、離れることに慣れてしまったのだろうか。
    毎回冷蔵庫には、不在時の凪の栄養を心配した恋人の手料理が5日分用意され、5日間愛を美味しく噛み締めるが、毎日食べれば当然5日目には無くなってしまう。
    彼を見送った日の喪失感を再度味わう羽目になり、なんで5日分しか作ってくれないのかな……でも準備するのめんどくさいのは分かる……と思いながら最後の唐揚げをゆっくり咀嚼したのは昨日の話である。
    自分は1人時間を好むはずだったのに、2週間仕事で彼が家を空けているだけで、こんなにも甘く恨めしい気持ちになってしまう。
    彼に与えられたものばかりに囲まれていては、何を見ても彼を思い出してしまうではないか。
    彼からの贈り物は、暖かさを凪にくれるが、同時に寂しさを教えてくれた。
    ……俺に「寂しい」を教えたのは玲王なのに、俺ばっかりこんな思いすんのは、ずるいよね。
    「玲王になんか買ってあげよ」
    凪は大金の使い道を決めた。



    「電話でも言ったけど、これより高いやつ、何個か見せて欲しい」
    「少々お待ちください」
    「うん。よろしく」
    凪が持ってきたタブレットを操作して、執事みたいな姿の店員に見せる姿を、俺は抹茶ラテ、國神はアイスコーヒーを飲みながら見ていた。
    メニュー表は無かったが、凪が「好きなの頼みなよ」と言ったのでとりあえず「じゃあ抹茶ラテで」と好きなのを頼んだら、高そうな菓子と共に抹茶ラテが出てきた。マジか、これがセレブしか味わえない上質なサービスというやつか……この饅頭うま。
    なんて思ってたら、店員が2、3名やってきて、凪の目の前にずらりと高そうな時計を次々と並べ始める。
    俺と國神は戦いた。
    うわ、これ1個いくらだろ、絶対俺の年収より高い。つか、凪これ買うつもりなのか、マジで。うわアレ、ベッカムが着けてた時計に似てる。
    素人目にも高額さが分かるくらい光り輝いているそれらに、凪は全く動じることなく視線を流した後、店員を振り返った。
    「ねぇ、これって寿命はどれくらい?」
    「メンテナンスをちゃんとやれば100年はもちますよ」
    「磁気に強いタイプがいいな。タブレットとかよく使うから」
    「ならばこのシリーズかこちらのシリーズがよろしいかと」
    「じゃあ、それ以外片付けていいよ。……あ、ついでに俺のも磁気帯びチェックして貰える?」
    凪は自分が着けていた腕時計を外し、店員が差し出したトレイに置いた。その一連の振る舞いがあまりにセレブリティで、俺と國神はドン引きしてしまう。玲王、お前はこいつを甘やかしすぎだろ……。
    凪はそんな俺らになんて目もくれず、高級だろうテーブルに並べられた腕時計をじっと見つめて、ぴくりとも動かなくなる。
    そんなに悩むか?……下手したら数百万の世界だし、そりゃ悩むか。……え、マジで買うの?つか、そもそもなんで俺ら誘われたんだろ。
    「……國神、そのコーヒー美味いか?」
    石像になってしまった凪のことは放置することにして、隣りでアイスコーヒーをちびちび飲んでる國神に声をかける。抹茶ラテが美味かったから、次は普通に日本茶を頼もうか。コーヒーも美味いなら次はコーヒーでもいいかな。國神のコーヒーが水出しがどうのって説明されてたから気になる。
    どうせ凪のおごり?だし、俺は今の状況を楽しむ気満々だったが、國神は助けを求めるような表情で俺を見た。
    「き、緊張し過ぎて味がしねぇ……」
    「……俺、お前はずっとそのままでいいと思うぞ」
    國神が高級時計店のソファでふんぞり返って「いつもの」なんて言い出したら俺は泣くかも知れない。



    御影玲王は、投資が好きだった。
    腕時計が資産になるということは、幼い頃から知っていた。父の腕時計コレクションをなんとなく眺めていた幼い玲王に、父は「お前もいつか自分の稼いだ金で買いなさい」と言った。特段欲しいとも思わなかったが。
    そして、自分も並べられた時計と同じく、父の資産の一つだった。
    父に似合うように着飾られ、父が満足するよう教養を授けられ、父が望んだ道を歩むガラスケースに入れられた御影の息子という名の人形。
    父は、自分が持たないものを息子が持つのを良しとしなかった。
    家や車、衣服や靴、そして腕時計などは、自分の資産がどれほどあるかを他人に示すためのものであるので、自分の稼いだ金で買え、他人から貰うものではないと教えこまれたが、結局のところ、父親が持たない高級品を息子が持つのを許せないだけだ。
    玲王はずっと、父に許された範囲の世界で生きていた。
    しかし、玲王は見つけたのだ。この世にたった一つの、父も持たない宝物を。
    子どもの頃は、これみよがしに金色のロレックスを着け、似合いもしないGUCCIやアルマーニのスーツを着る父や彼の同種の人間が立派な大人であると思っていたが、凪という輝きを知り、いざ大人として父と同じ世界に足を踏み入れてみれば、周りはダサくて退屈な人間ばかりだった。
    しかし、郷に入っては郷に従えと言う通り、常に流行を纏い、新しい車に乗り、有名ブランドの新作を身につけていなければ、ビジネスパートナーとして認めて貰えない。仕方なく玲王は彼らの常識に従い、世間に求められる御影玲王として振舞っていた。
    「お前の価値はお前が身に纏うもので見定められる」
    難関高校に受かりその制服を着た時、父がそう言っていたのを思い出す。白宝高校の制服を着た鏡の中の玲王は、確かに良家の御曹司として映し出されていた。
    ……まぁ、見た目って大事だよな。
    玲王はある種納得し、見た目に気を使うようにした。その人間に不相応なものを身に纏うと、浮くことも学んだ。
    サイズの合わない高級スーツに、コーディネート無視で高級腕時計を着けている人間は間違いなく3流。それなりの服を身に纏うなら、その服に見合う人間でなければならない。
    一流のエリートとは、服装も仕事も自分のスタイルに自信を持っている人間の事を言う。自分の価値は自分で示さなければ。
    しかし、たまに思う。本当に自分は、これらの高級品に見合う人間なのだろうか?
    ある日、凪が「スーツ、窮屈で嫌なんだよね」とボヤいた。凪が持っていたスーツは国内メーカーのパターンオーダーだったので、日本人離れした体格であればそりゃそうだろうと、試しに軽い気持ちで面倒臭がる凪を、夏休みにイギリスにある馴染みのテーラーに引きずって行ったことがある。
    「えー、こんなの絶対高いじゃん。ここまでしなくていーし……」
    「良いスーツを一着持ってても損はしねぇよ」
    採寸中、凪はずっと文句を言っていたが、いざ出来上がったスーツが届いて家で試着した時は、素直に驚きの声を上げた。
    「玲王、ねぇこれすごい。腕あげてもキツくない」
    「フルオーダーだぞ、あったりめー……」
    スリーピーススーツを着て自室から出てきた凪の姿を見て、玲王は言葉を失った。
    「ねぇ玲王、ネクタイ結んでよ……どしたの」
    訝しげに凪が顔を覗き込んで来ても微動だにせず、たっぷり3分間見つめた後に、やっと口に出来たのは
    「う……」
    「う?」
    「……上級天才ウルトラジーニアス……」
    そもそもスーツとはやはり洋装なので、典型的日本人体型が着ても大方服に着られている状態になりがちなのだ。しかし凪は日本人離れした高身長で、サッカーで鍛えられている為に筋肉も綺麗についている。普段はゆるりとした服を好む故に隠されがちな凪の厚い胸板や引き締まった体型がはっきりと可視化され、凶悪な程見栄えがいい。
    着こなしとは、こういうことなのだ。なんという美しき理不尽。
    「………上級天才ウルトラジーニアス……ッ」
    「2回言った」
    天才とは、凡人がいくら束になっても敵わない存在であると、玲王は思い知り、モデルの面子を保つ為に筋トレメニューを増やした。
    そんなわけで、凪の新たな魅力を見つけてしまった玲王は、凪への投資金額を増やし、凪は与えられたブランドものをことごとく着こなして出資者を満足させた。磨けば磨く程輝く宝物に、投資しない理由はなかった。もう二度とボディガードなんて言わせない。
    「随分と安っぽい時計を着けているな」
    ある日、招待された気乗りしないパーティにスマートウォッチを着けて行ったら、偶然会った父にそう見咎められた。いや、今どきは機能性重視だろう。とは思ったが、スーツに似合わないと言われたらそうかもしれない。
    家に帰って、手持ちの腕時計を取り出して改めて眺めてみた。どれもお気に入りではあるが、幼い頃に観た父のコレクションには程遠い値段のものばかりではある。
    それほど腕時計に興味は無いが、20も過ぎたし、いっそ父が持つものより高い腕時計を買ってやろうかと思い立つ。
    早速翌日店に行き、通された奥の部屋で予算を伝え、何点かめぼしいものを出して貰った。ずらりと並べられたピカピカの腕時計の1つに目が止まる。
    お、これ、凪に似合いそ。つか、絶対似合う。
    これは最近の玲王の悪い癖だった。自分のものを買いに行き、凪のものを買って帰ってきてしまう。家に帰ってきて、何やってんだろなと我に返るものの、凪がそれを身に付ければ全てが丸く収まるのだ。
    その時も、その時計が凪のガッシリとした腕に着けられたところを想像し、値段も確認せず即決した。これは凪の腕に着けられるために存在している。そう確信して「プレゼント用で」とカードを店員に差し出した。
    手続きの間、すっかり満足していた玲王自身も戯れにいくつか試着してみたが、どれも何となくしっくり来ない。白手袋をつけた店員には「お似合いです」と言われたが、それには愛想笑いを返しておいた。
    なんだろう、凪には全部似合いそうなのに……あいつは上級天才だからな。
    似合わないブランドを懸命に纏う虚しい金持ちの姿を思い出し、すぐに着けていた時計を外した。
    赤いベルベットの上に戻された高級時計を見て、ふと、今の自分は凪に見合う人間なのだろうか、と思ってしまった。
    この高級腕時計が似合うまでに凪は成長しているが、自分はどうだろう。
    彼の隣りに立つべきは、サッカーを辞めた自分ではないのではないか。
    彼に似合うのは、自分では無いのでは?
    一度心にこびり付いた不安の錆は、どんなに必死に磨いても、なかなか落ちない。じくりと古傷が痛んだ胸を誤魔化すように撫でた。
    暗い思考に陥りそうになっていると察し、パンと両手で顔を叩いて気持ちを切り替える。
    「稼げば良いだろ」
    そう、稼げばいいのだ、凪以上に。
    玲王は大学在学中にモデルの仕事を始めていた。今思えば、プロサッカー選手として羽ばたこうとする凪に遅れをとるまいと必死だったのだ。
    ある程度の事は器用にこなせる玲王の名はそれなりに売れ、収入は新人選手の凪の年棒を越えることが出来た。卒業後もモデルを続けながら、父の会社運営にも携わっている。
    今の自分が凪に出来ることは、金を凪以上に稼ぎ、衣食住すべてを快適にして、凪にサッカーに集中して貰うこと。そうすれば、玲王の手で類稀な天才を世界に放つことが出来る。
    玲王の「凪を世界一にする」エゴは健在だった。
    しかし、あまりにずっと一緒にいて、1人時間を好む凪のストレスになってはいけない。何しろ、彼の嬉しいことがほっといてくれることなのだ。
    玲王は大学は海外に留学していたので、夏休みと年末に会い、たまに電話をするといった距離感だったが、それが丁度いい距離感だったのだと玲王は察した。
    自分は時間があると凪に構ってしまうし、凪に構われたい。だから、近くにいても部屋に篭もりゲームばかりの凪を見るのは、やはりちょっと物寂しい。ならばいっそ、物理的な距離を取った方が精神的に楽だった。更にどうせ離れるならば金を稼ぎたい。
    留学時代からやっているモデル業は主に海外撮影なので、2〜3週間かかる依頼が殆どで、玲王はいつも凪が好きな新作ゲームの発売日に撮影時期を重ねていた。
    これで凪は1人時間を満喫出来、玲王は金を稼げる。もっと言えば、たっぷりゲームを満喫出来た凪はいつも上機嫌で、帰ってきた玲王にいつも以上に甘えてくるのだ。これ以上ない、合理的選択である。
    そもそも、凪との関係は玲王に金があるから成り立っている。
    凪が玲王に金を要求するわけではない。それはただの玲王のプライドだった。
    天才である凪の隣りは、誰から見ても上等で優秀な人間がふさわしい。その上等な優秀さは、金と努力で99パーセントは何とかなるのだ。
    しかし、残り1パーセントを埋める自信を玲王は持ち合わせていなかった。
    それ故に、寂しさに耐えられない時や凪に抱き着きたいと思った時は、いつも凪から貰ったふわふわの抱き枕を抱き締めて自分1人で何とかしている。それは高校の時に、凪がゲーセンで取ってくれたシロクマだ。
    凪が手慣れた動作で3回500円で取ってくれたが、初心者の玲王でも、それを500円で取るのは難しい事くらい分かった。
    この抱き枕は凪が凄い人間である証だ。玲王だけが知る、今や天才サッカー選手として有名な凪の、サッカー以外のちょっと凄いところが、このナギクマだった。
    留学を終え帰国し、一緒に暮らすことになって、ナギクマを新居に持ってきたら「それ、まだ持ってたの?」と凪に驚かれた。
    玲王が凪から貰ったものを捨てるわけが無いというのに。手入れもこまめにしていたので、新品のように真っ白でふわふわなままだ。
    しかし、玲王も逆に驚かされる。凪はとっくの昔に自分にこれをくれた事など、忘れていると思っていた。
    少し嬉しくなり、玲王は思いきりナギクマを抱きしめた。ふわふわだった。
    「俺がお前に抱き着きたい時に、こいつが身代わりになってくれてるんだ」
    「何それ、意味わかんない」
    抱き着きたい衝動を常に堪えていると告白したら凪にドン引かれたので、やはり凪にはあまりベタベタしないで正解だったと玲王は察した。
    どんな関係でも、節度は必要である。
    特に、1人時間を愛する凪には。まためんどくさいと凪に言われたら、サッカーを辞めた今ではきっと、二度と立ち直れない。
    自分が少しの寂しさを我慢すれば、凪との関係は良好なのだ。
    それでも、2週間も仕事で愛しい恋人と離れ、機密スケジュールをこなして帰国した、今日の自分には凪に抱きつく権利があるはず。
    むしろ、その権利欲しさに長期出張を入れていると言っても過言ではない。家を空けて帰ってきた日は、凪にずっとくっ付いていても今のところ嫌がられたことは無かった。
    ひと仕事を終えた後の久しぶりの故郷の空気はとても清々しい。久しぶりに日本語が聞こえる空間を、スーツケースを引きずりながら悠々と歩く。その洗練された歩き姿は人目を引いたが、いつもの事なので玲王は気に留めなかった。
    空港の一般車乗降場で見慣れたグレーのSUVを見つけ、玲王は嬉しさを隠さずそれに駆け寄った。
    この車も、凪と2人カタログを見て検討を重ね、玲王が外車にこだわり、更にカスタマイズもした結果、凪が「おー、頭ぶつけないで乗れる」と目を輝かせたものである。車内も広いからか、出不精だった凪がこの車であればと出かけるのを嫌がらなくなったどころか、自分で運転し、時間のある時は玲王をこうして迎えに来てくれるようになったのだから、この投資に後悔はない。
    閉められていた窓を叩けば、パワーウィンドウがゆっくりと下がり始める。待ちきれず開き切る前に玲王は中を覗き込み、着けていたサングラスを下げ紫色の瞳を覗かせた。
    「喜べ、玲王様のお帰りだ」
    「おー、お帰り玲王サマ」
    スマホゲームを止めて顔を上げた凪には、2週間前と特に変化がない。いつも変わり映えしない凪の顔に玲王は帰ってきたのだと実感し、その嬉しさを隠さず破顔した。
    「2週間振り!俺が居なくて寂しかったろ、ちゃんとメシ喰ってたか?どうせ喰ってねーんだろ」
    後部座席のドアを開け、少々乱暴に荷物を放り込む。
    「玲王が作ってくれたのは全部食べたよ。唐揚げ肉柔らかくて美味しかった。また作って」
    「マジで?良かった〜!嬉しい!」
    サングラスを外した玲王の満面の笑みに、凪は頷き返す。
    「次は出来たてがいいな」
    「揚げたて美味いよな、分かるわ」
    通常、御影玲王という男は人心掌握に長けており、他人が発した言葉の裏表隅々まで探って、その真意を見抜く知能とセンスがあるのだが、凪という特異点にはそれらがまるで機能しない。
    凪のお願いを単純に解釈し、頷きながら助手席に乗り込むと、大好きな凪の匂いがほのかに鼻に触れる。そんな些細なことで玲王のテンションが更に跳ね上がった。
    「な、向こうで美味いワイン買えたから送ったけど、届いてる?」
    「午前中届いてたよ」
    「やった、今夜飲めるじゃん、飲も」
    「え〜玲王、酒飲むとすぐ寝ちゃうじゃん。程々にしてよね、2週間振りなんだから」
    小さくガッツポーズをした玲王に、凪はちらりと夜の誘いを匂わせた。が、久しぶりの再会にフワフワ浮き足立っている玲王はやはり全く気付いていない。久しぶりの凪に、玲王の口がわかりやすいほど喜びに緩む。
    「ブランドの偉い人から美味い生ハム貰えてさ、昨日送ったから後で届くかも。パンと食ったら絶対美味いし。サラダもいいな。ハードパンと普通のパンズとどっちがいい?手巻き寿司にしても美味いってメイクさんが言ってたし、それもやろ。あ、チーズも良いやつ注文しといたんだった。お土産たくさん買ってきたからな。あ、そうそう、向こうのカメラマンさんがさぁ、サッカー好きで撮影中ずっとサッカーの話してたんだけど、今度セリエAの関係者席チケットくれるって。だから一緒に……っわ、わ……なに、なに?」
    しかし、玲王はおしゃべりを中断せざるを得なくなる。
    ハンドルに寝そべり、黙って玲王の話しを聞いていた凪が、唐突に身を乗り出し、玲王に覆いかぶさってきたのだ。突然濃くなった凪の匂いに心臓は痛いほどに緊張し、咄嗟に席のギリギリまで後退した玲王の背を上質なシートが阻む。更に体温を感じる程に接近してくる凪に混乱し、追い詰められた玲王は身を縮めた。
    あ、なに、これもしかしてキスか?キス?こんなとこで?でも夜だし見えないか?久しぶりの凪マジで心臓に悪い!
    そう混乱しつつも、ぎゅっと目を強く閉じて2週間振りのキスに身構えた玲王の顔を、凪は数秒眺めてから、そっと囁いた。
    「玲王、シートベルト」
    「……へ……?」
    玲王は目を開け、不思議そうにぱちぱちと瞬きをする。凪は玲王のそんな仕草を見つめたまま、玲王の右肩側にあったシートベルトを引っ張り、装着させた。カチリと無機質な音が車内に響く。
    玲王はまだ近くにいる凪の目をじっと見つめ返し、そしてようやく事態を把握した。
    瞬間、玲王の顔がブワリと紅潮する。
    「し、しーとべると……?」
    紫色の大きな瞳が、羞恥でじゅわりと潤むのを間近で見届けた凪はどことなく満足げに頷く。
    「そう、シートベルト。着けなきゃ車出せない。30分以上いたらお金取られちゃうから」
    「……だよな、忘れてた。俺、はしゃぎすぎたわ……」
    顔あっつ。
    そう呟きながら、恥ずかしさを誤魔化すために外へ顔を向けてウィンドウを下げる玲王の耳は紅い。それをチラリと確認してから、凪は車を出す。
    それから30分程、すっかり静かになってしまった玲王はずっと窓へ顔を背けたままで、運転しながらも凪はその様子を伺い、口火を切った。
    「……玲王ってさ」
    「ウザかったよな、ごめん」
    食い気味に謝られてしまった。
    「そうじゃなくて。俺ら結構長く付き合ってるのに、未だになんか初々しいよね」
    「…………そんなん、しょうがねぇだろ。お前は毎日進化するし、毎日同じお前じゃねぇじゃん。俺は毎日お前に初恋捧げてるようなもんなの」
    「おー、なるほど、それはすっごく初々しい」
    「……悪ィかよ」
    「ううん。俺は可愛いなって思っただけだし」
    「は」
    玲王が驚いて振り返ったのと、信号が赤く点灯し車が緩やかに停車するのはほぼ同時だった。
    凪の目が玲王を写し、伸ばされた指先が玲王の未だ紅い耳に触れた。
    「キス、本当はしようかと思ったんだけど、玲王が思いのほか可愛かったから、多分一回しちゃったら離せなくなるなって……だから、帰ったらね。キス顔ごちです」
    子どもを宥めるように羞恥に染まっていた耳を撫でられ、街灯に照らされた玲王の紅い目元が悔しげに歪む。
    「……凪、おま……ナギクマ今スーツケースの中なんだけど…………?」
    「帰ったら俺にいくらでも抱きつけばいーでしょ。つかナギクマってなに」
    「うーだめ、無理、我慢出来ねぇ!お前はふわふわじゃねーし!今すぐ後部座席に行くから、ちょっと待っ」
    「はいダメ、信号青になったから、大人しくおすわり下さい玲王サマ」
    「なぁぎぃぃ〜!」
    「はいはい、暴れない暴れない。右に曲がりまーす」



    「ねぇ」
    石像が突然声を発したので、俺はクッキーに伸ばしかけていた手をビクリと揺らしてしまい、國神はコーヒーで噎せていた。情けねえぞ、ヒーロー。
    「なんだよ」
    こちらの動揺になど構うことなく、凪は並べられた時計を指差す。そして
    「この中ならどれが玲王に似合うと思う?」
    玲王?
    何で玲王?
    前触れもなく飛び出した名前に、俺は首を傾げかけたが、よくよく時計を見てみて、合点がいった。並べられた時計の色は金やブラウンを基調としているものが多く、凪のイメージではない。
    どちらかと言えば、彼の恋人である玲王に似合いそうなデザインばかりだ。
    「……もしかして、俺、玲王へのプレゼントの相談されてる?」
    俺たちが誘われた理由はそれかと問えば、凪は瞬きだけで頷いた。
    「俺はこれ全部玲王に似合っちゃうと思ってるけど、玲王の普段の服とかに合わせるならどれが似合うか、一番玲王がカッコ良く見えるのはどれか、俺ファッションに詳しくないし、よく分かんないから、助言が欲しい」
    共に選ぶのではなく、あくまで”助言”で、最終的な判断は凪がするつもりのようだった。
    「現役モデルにダサいもんあげらんないでしょ」
    いつもの無表情で凪は言うが、これはガチのプレゼント選びだと俺も察し、改めて並べられた時計と向かい合った。確かに、モデルに身につけるものをプレゼントするって難しいわ。
    「お、俺はその金色のが」
    國神が早速一番端っこにあるギンギラ輝く時計を指したけど、凪は「きんにくんには聞いてないし、それ玲王には似合わない」と容赦なく切り捨てる。フォローしてやりたいが、確かにその時計は玲王に似合いそうになかった。
    「玲王なら……それかこれか……ここら辺かな」
    20個くらい並べられていた時計の中から、俺が10個程厳選すると、凪が僅かに身を乗り出す。
    「やっぱりそうだよね。どれがいいかな……黒も茶色も似合うんだよな」
    凪にしては珍しく本気で悩んでいるらしく、俺は微笑ましくなってしまい、更なる助言を口にした。
    「いつ着けて欲しいかじゃね?」
    「いつって?」
    「ほら、普段使い用とか、よそ行き用とかあるだろ」
    玲王であれば、その日のコーディネートで時計を選んでそうだ。普段から使って欲しいのか、おめかし用なのか、そう考えるだけでも候補が絞れるはず。
    凪は視線を宙に投げ、しばしの逡巡後に口を開く。
    「……普段でもパーティでも使えて、玲王には玲王のこと一番よく分かってる金持ちの男がバックにいるって常に威嚇出来るヤツがいい」
    「具体的が過ぎる」
    具体的過ぎると逆に選択肢が狭まりすぎるし、そもそもこの時計の中にその奇妙な条件を満たすものがあるか?
    「つか、時計1つでそこまで分かるもんかよ?」
    國神が呆れたように言うと、何故か凪は鼻で笑った。
    「玲王は嬉しいことあるとすぐ人に喋りたくなるから、誰かが玲王を褒めるために「良い時計だね」って言ったら、すぐにプレゼントでもらったものだって、玲王ならすげー嬉しそうに話すだろ。一目で高い時計って分かって、一目で玲王にすげー似合う時計だって分かったら、玲王をすげー愛しちゃってるヤバい金持ちがバックにいるって、バカ以外大体察せるっしょ」
    さっきまで石像だったくせに随分と早口で喋るじゃねえか。
    つまり、凪は一目で高額と分かり……それは多分問題ない。一目で玲王にすげー似合う時計だって分かるものをご所望ということだ。それは確かに少し難しそうだ。玲王は大体何でも似合うから、凄く似合うものって逆に難しいかも。
    なんか、一人一人蹴散らすの面倒くさくなっちゃった、と凪は呟く。
    「玲王はちょっと抜けてるとこあるから、心配なんだよね。前に玲王とNYのクラブに行ったら、俺をボーイと勘違いした馬鹿に、玲王に薬物入りのシャンパン持ってけって俺の胸ポケットにドル札突っ込まれたことあるし」
    なんだそれ、怖。
    「海外旅行の怖い話じゃん」
    玲王は結構しっかりしてるようで、御曹司らしいフワフワ感があるのは俺も知っているので、ゾッとした。友人が犯罪に巻き込まれなくて良かった。
    凪は時計を見つめたまま、話を続けた。
    「確かに玲王は超優秀で可愛いし顔も良いし人当たり良いし料理も上手いし可愛いし、地位もお金もあるし可愛いし抱き心地良いし、みんな玲王の恋人になりたいのはわかるんだけど、薬盛る過激な奴は初めてだったな」
    今可愛いって3回くらい言わなかったか?
    俺らは玲王ともよく飯に行くけど、玲王はあまり凪との関係について話をしないから、付き合っているのは知っていたけど、どういう関係性なのかはあまり知らなかった。
    プレゼントといい、凪が他人に惚気けるなんてちょっと意外だったかもしれない。
    「そんで、お前はどうしたの」
    「どうしたって?」
    凪はキョトンとした顔で聞いてくるが、さっきの話のオチがまだだ。
    「その薬物入りのシャンパン、どうしたんだよ」
    捨てたのか?って聞いたら、凪は「ああ」と面倒臭そうに声を上げ、ソファに身を沈める。
    「薬物入りのシャンパンが入ったグラス渡されたから、そいつに頭からぶっかけて、「あの子を今夜抱くのは俺だよ」って教えてあげた」
    俺ってば親切だよね、と凪はいつものレモンティーを飲みながら事も無げに言う。
    お前も充分過激だよ。



    「れーお、着いたよ」
    「ん……?」
    いつの間に寝ていたのか、凪の穏やかな声に玲王は重い瞼をこじ開けた。
    「なぎ……?おれ、ねてた……?」
    運転をしていたはずの凪が、玲王側のドアを開けて玲王の顔を覗き込んでいる。いつの間にか、シートベルトは外されていた。
    「うん、起きれる?」
    「んー、だいじょぶ……飛行機でも寝たし……」
    子どもような仕草で目を擦る玲王に、凪は笑いに似た息を吐く。
    「全然大丈夫じゃないじゃん。ほら背中乗りなよ」
    「……まさかお前におぶられる日が来るとは……」
    「それ毎回言うよね」
    凪は玲王を背中に抱え、更に手で玲王のスーツケースを軽々持ち上げて駐車場からペントハウス専用のエレベーターホールに向かった。
    エレベーターの2つしかないボタンの上を押し、我が家へ昇る。服の上からでも分かる凪のアスリートらしいがっしりとした肉体に、玲王は本当に育ったなあと、背中に頬を寄せたまましみじみ思う。
    「着いたよ、玲王サマ」
    「ん……ありがと、凪」
    「降りんの?このままベッドに連れてってやるから、寝てもいーよ」
    「んや、風呂入りたいし……ワインも飲みたいし、お前とイチャイチャもしたい……」
    「そ?寝たい時は寝といた方がいいんじゃない?」
    「……さっきいくらでも抱きついていいっつったろ」
    「俺はふわふわじゃないですけどー?」
    「根に持つなよそこ」
    重い両目を擦り、眠い頭を軽く振ってから、玲王は凪に向かって両腕を広げた。
    「ただいま、せいしろ」
    眠気でへにょっとした玲王の無防備な笑みを、凪は胸の中に閉じ込める。それは玲王が外では見せない、凪の前でしか見せない凪だけの顔だった。
    「ん、おかえり」
    やっと正面から抱き合え、玲王は思い切り凪の匂いを吸い込む。背中を大きな手で優しく撫でられ、多幸感と心地良さにこのまま寝てしまいそうだ。
    「なぎ……なぎだ」
    凪の肩に頬を擦り寄せ、玲王はふふ、と笑いの息を漏らす。
    「……がっしりしてる方のなぎ」
    「うちの中では名前で呼ぶ約束でしょ?」
    「相変わらず誠士郎くんは約束には敏感だな……あれ、なんだこれ」
    玄関の飾り棚に置かれているチョキという名のサボテンの横に、紫色のリボンを着けた黒い箱が置かれている。2週間前にはなかったはず、と玲王が凪の腕の中にいたままそれを手に取ると、凪が平坦な声で「プレゼント」と言った。
    「プレゼント?」
    特に凪が止めないので、玲王はリボンを解き、箱を開ける。と、見慣れたブランドの名前が印字されているレザー製のプレゼンテーションボックスが出てきた。
    それは玲王が好きな時計ブランドの1つだったが、なぜこれがここにあるのかと首を傾げる。
    玲王が凪にあげた時計もこのブランドだから、凪がこのブランドを好むと勘違いした誰かが、プレゼントした……といったところだろうか。
    凪は安定した天才的なプレーをし、ゴシップもないので……本当は超ド級のゴシップは存在するが……一般人からもスポンサーからもモテモテである。
    もしやブランドからイメージモデルの誘いでも来たのだろうか。
    だが、自分を後ろから抱きしめ、開封を待つ凪は何も言わない。そんな凪の様子も珍しく、何で何も言わないんだ?と少し疑問に思いながらボックスを開けた。
    「……わ、すげー綺麗」
    玲王の口からは、まず率直な感想が零れた。
    このブランドらしいシンプルでクラッシックな造形は、玲王が一番気に入っている部分である。文字盤は濃紫で、光の加減で色の濃淡が変化し、その上を走る金色の指針がよく映える。明るすぎないブラウンのバンドは、プレゼンテーションボックスと同じレザーで、恐らくこのボックスは時計に合わせて作られたオリジナルのボックスなのだろう……とまで考え、はたと気付く。
    「んでもなんか、お前のイメージじゃないな?」
    そう、凪であれば、文字盤は白か濃紺、指針は銀で、バンドは黒かシルバーが定番だろう。実際、今凪が手首につけている玲王があげた時計も、バンドは黒で文字盤は濃紺、指針は銀を選んだ。それはやはり凪に良く似合い、彼の男ぶりを上げてくれる。高かったけど買って正解だった……と惚れ惚れしかけた玲王は我に返る。
    「こんなん誰から貰ったんだ?スポンサー?つか、こんなんお前に送るとかなんかの賄賂じゃね?貰って大丈夫なやつなのか?それともお前、変なファンから貢がれてんの?ヤバくね、大丈夫?」
    段々と不安げに眉を下げ始めた玲王の左頬に凪は唇をくっ付けてから、甘えた声で答えた。
    「大丈夫だよ、俺が買ったもんだから」
    玲王は驚きに大きく目を見開き、彼の言葉を頭の中で反芻する。
    おれがかったもんだから……。
    「……凪が……買った?」
    こんな質が良くて高級なものを、凪が?
    玲王はなかなか呑み込めなかった。玲王の知る凪の自発的な消費は、彼の趣味であるゲーム関係や菓子パン以外見た事が無い。
    しかし凪は目で頷く。
    「そ。俺から玲王に、プレゼント」
    「……凪から……俺に……?」
    玲王は益々困惑した。
    凪は、自分の両親の誕生日にすら贈り物をしない人間である。以前、彼の両親に玲王が凪の代わりに凪の名前で誕生日プレゼントを送ると、彼の母親から何故か玲王宛にメールが来て「うちの息子がこんな趣味のいいもの送ってくるはずないでしょ、ありがとうね」と言われたことがあるくらいだ。
    「……ねぇ、さっきから、名前。次から俺のこと凪って呼んだらキスするから」
    玲王の求める答えを凪は寄越さず、呑気に玲王の首に擦り寄るので、逆に玲王は慌てさせた。あの凪が自分にこんなプレゼントをくれるなんて、相当大きな記念日のはずである。
    「……は?なに、ちょっと待って、え?あれ?俺、なんか記念日忘れてる?」
    誕生日は違う。玲王から告白し、付き合い始めた日も違う。凪からプロポーズされた日……あれは20の玲王の誕生日と同日だからやはり違う。
    困った顔から焦った顔、慌てた顔にくるくる表情を変える玲王を見つめたまま、凪はのんびりとした口調で応えた。
    「んにゃ、忘れてないよ。俺がなんとなく玲王にあげたかっただけ」
    「なんとなくって、だって、これ」
    「うん」
    「……多分、絶対、結構、高いやつ……」
    「そうかもね」
    「……俺の親父もこんな高いやつ、持ってねーかも……」
    「へー、そうなんだ」
    凪はどうでも良さそうに玲王の言葉を流し、やっと落ち着いたらしい玲王の唇をキスをしようと距離を縮めた。が、それは玲王の冷えた手で覆われ、阻止されてしまう。
    「む?」
    2週間振りのキスを阻まれ、何故拒否されたのか分からないと言いたげにパチパチ瞬きをする凪に、ようやく事態を把握した玲王はにこりと笑った。
    「凪誠士郎くんにお金の使い方についてお話があります」
    「フルネームとは卑怯なり……」
    「卑怯じゃねえよ、一気に眠気覚めたわ」
    「愛が冷めてないならおっけーじゃん」
    「愛は冷めねぇけど、おっけーじゃねぇ!」



    「最終的にはお前が玲王につけてもらいたいやつにすりゃおっけーじゃないか?多分、玲王的にはそういうのが一番嬉しいだろ」
    玲王が凪のことが大好きなのは、自他共に認める事実だ。玲王であれば、凪が選んだものならなんでも喜ぶ。
    俺がそう言えば、凪は「まぁ……それは分かってるんだけど」とあまり納得していない口ぶりで、また時計と睨めっこを始めた。
    俺らはそれを見守りながら、ひたすら出された菓子を食べる。美味い。國神もこの環境に慣れたようで、「このクッキー美味い」ともりもり食べながら、何を思ったのか凪に声をかけた。
    「玲王、今イタリアに撮影で行ってんだっけ」
    「……なんで知ってんの」
    凪のかったるそうな、不機嫌にも聞こえる返事に、國神は怯まず答える。
    「昨日うちにワインとプロシュート届いたから」
    あ、それ俺んちにも届いたわ。姉ちゃんがめっちゃ喜んでた。
    「俺んちにも来たわ。今度一緒に宅飲みするぞってメールもきたし」
    俺が言うと、何故か凪は盛大なため息を吐き、前髪をかき上げる。
    「……お前らなんでそんな玲王と仲いいの。なんかしょっちゅう3人で飯行ってるよね」
    そう、俺と國神は玲王に誘い誘われ結構一緒に飯を食いに行く仲だ。正直俺も玲王とこんなに仲良くなるとは思ってもみなかったけど、玲王は良いやつだし、一緒にいて楽しいのは間違いない。
    そして、きっかけは間違いなくあれだ。
    「そりゃあ……俺もあんま意識した事ないけど、敗北チームって勝利チームよりも仲良くなるもんなんだよな」
    監獄で俺ら3人は一時チームメイトで、その時の試合の記憶が何より強いんだろう。
    「は?なんで?」
    敗北してもクールな凪はわけが分からんと言った顔を上げたので、俺は意地悪く笑ってやった。
    「勝利って1人でも噛み締められっけど、敗北は1人で消化するより同じ傷負った奴と悪口言う方が気が晴れるじゃん」
    すると凪は首を軽く横に倒した。
    「玲王は、あん時俺の悪口言ってたってこと?」
    「あ〜いや………それについては俺も分からないけど」
    俺は途中で潔や凪達のグループに入ったから、最後まで玲王と一緒にいたのは國神だ。ちらりと國神を見れば、すっかり状況に慣れ、注文したわかめスープを啜りながらドーナツを食っている。つか、わかめスープもあるのか。ハムスターみたいにもりもり食いやがって。
    國神はずっとドーナツに夢中だったが、やっと俺らの視線に気づいた。
    「……あ?あ〜……の時の事か?お前が面倒臭いって言った後?大分昔のことだろ、忘れた」
    「そんなに昔じゃないじゃん。マジで脳筋なの」
    凪の棘まみれの文句に、國神は意に介さずドーナツを食い続ける。
    「多分、玲王はお前に知られたくないだろうから、忘れたわ。でもお前の悪口とかは言ってなかったな。それは確か」
    「國神、お前流石だな」
    流石ヒーローらしい國神の言葉に俺は素直に感動し、凪はおもむろに除外した時計の1つを指した。
    「ねぇ、このギンギラ時計1個買ってあげるから教えてよ」
    ……それいくら?なんか文字盤にダイヤが入ってる気がするんだが。
    凪が指さしたのは、あからさまに高いですという顔をした金色の時計だ。さっき、國神が勧めたやつ。
    凪の太っ腹発言に俺の方がソワついてしまう。まさか國神がこの店のソファにふんぞり返って「いつもの」という未来があるというのか、國神の「いつもの」はわかめスープが出されるんだろうか。それはちょっと見たい気もする。
    國神は口の中のものを飲み込んでから、10人中10人が了解するだろう取引を、サッカーボールのように豪快に蹴り飛ばした。
    「別に要らねぇよ。俺、腕時計とか興味ねぇし」
    「國神、お前流石だな。バカだけど」
    俺が國神の善人バカぶりに感動している間、すでに國神に興味を失っていた凪の手によって、候補は5つまでに絞られていた。




    玲王が「すぐ戻るから座って待ってろ」と凪に言い、着替えのために自室に入ってから10分、いつもであれば着替えたらすぐに凪に抱きつきにくるのに、なかなか戻ってこない。
    閉じられた玲王の部屋の扉から、凪はうっすら面倒くさい気配を感じた。玲王の機嫌をとるために、キッチンにあるコーヒーメーカーにカプセルを入れ、玲王の分のコーヒーをいれたのに、それでもなかなか戻って来ない。
    仕方ない、と重い腰をあげた。
    「玲王、コーヒー冷めるよ」
    彼の自室の戸を叩けば、すぐにバタバタと音がし、ドアが開く。キラキラと驚きに煌めく玲王の顔が出てきた。
    「コーヒーいれてくれたのか」
    玲王が買ったコーヒーメーカーはカプセルを入れれば本格コーヒーが飲めるというもので、凪でも面倒臭がらずに淹れられる代物である。さほど大した動作ではないし、以前も何回か淹れてあげてるというのに、玲王は毎回大袈裟なほどに喜んでくれるのだ。
    「うん、だから早くおいでよ」
    「行く行く……じゃねぇ!誤魔化されねーからなっ」
    チッと凪は内心舌打ちをした。
    そんな凪の横を逃げるように早足で通り過ぎ、玲王はリビングへ向かう。
    「危ねー危ねー、油断も隙もねーわ」
    パーカーに着替えた玲王は何冊か本を手にリビングのテーブルに置いた。ふとテーブルを見れば、凪が玲王のコーヒーを置いていた位置は、腰を下ろした凪の左手近く。確かに、普段は凪の隣が玲王の定位置だが、今日は彼と対峙すべく真正面に座り、腕を伸ばしてマグカップを奪う。
    右側が寒く感じなくもないが、凪がいれてくれたコーヒーは温かく、香りがいい。
    「……美味いけど」
    コーヒーメーカーの性能がいいのか、凪が入れてくれたからなのか。
    その温かさと香りに絆されかけたが、あからさまな凪の期待の視線を感じ、緩みかけた表情筋を引き締め、眉間に力を入れた。
    「とりあえず、ここら辺読んどけよ」
    玲王は凪の淹れたコーヒーを飲みながら、『はじめてのお金の使い方』『お金の使い方れんしゅうちょう』『小学校5年生 お金のかしこい使い方』などなどの本をリビングのテーブルにずらりと並べた。
    これだけの冊数がすぐに出てくる辺り、玲王が熱心に資産運用を学んでいることが伺えるが、凪は素直に嫌そうに顔を歪めた。
    「うぇ、何これめんどーい。やだー」
    凪の文句を無視し、玲王は元凶となったプレゼントを凪の前に置く。
    そして、玲王は最も確認しなければならないことを、覚悟を決めて口にした。
    「なぁ、これ500万……くらいすんだろ?」
    流石の玲王も一目で値段が分かる程の目利きではないが、このブランドの平均的な値段を凪の様子を伺いながら出してみる。
    モノによるが、安いものであれば200から500万で買えるブランドだ。文字盤にダイヤが埋め込まれてるわけではないし、限定品でなければそれほど高い方ではないはず。
    高くても500万。玲王はそう踏んだ。
    しかし、玲王の言葉に、凪は二三度瞬きをし、気まずそうに視線を右上へ逸らし、頭を掻く。
    その仕草に、玲王は震撼し、身を乗り出した。
    「……おい、おい凪、お前今「アレっ?」って顔したな」
    「してない」
    「おいこれ絶対500万より高いだろ、おい、おい、こっち見ろ、おいっ俺を見ろっ」
    こちらの顔を覗き込もうとする玲王から顔を逸らしつつ、凪はため息を吐く。
    「えー……いつも俺の愛には鈍いくせに、こういう時は察しがいいのなんなのかなぁ、あー、ほんと玲王めんどくさ」
    そのため息に玲王は少し怯んでしまうが、しかし今後一緒に暮らしていくのであれば、金銭的な価値観のすり合わせはしておくべきだと、持ち直す。遅すぎたくらいだったと内心反省しつつ、玲王は諭すような口調に変えた。
    「なぁ俺、一応100万以上の金使う時は今までお前に事前確認してたんだけど」
    「プレゼントの金額は事前確認した事ないじゃん」
    「それは俺の金だから良いんだよ」
    「これだって俺の金だけど?」
    凪の言う通り、たしかに凪は玲王が凪に渡していた凪が自由に使えるお金でそれを買っている。残高がどれくらいあるのかは玲王も知らないが、こんな大金を後先考えずに容易く使ってしまう凪に、玲王は不安を抱かずにいられない。
    今回は自分相手だからいいが、他の人間にホイホイ金を渡したり連帯保証人になったりしたらと思うと。
    凪は世間知らずで無防備なところがあるから、そこに目を付けられたら簡単に悪どい人間の食い物にされてしまう未来が見える。
    「お前は、金の使い方を分かってねぇよ」
    「分かってるよ。カード出してサインすればいいだけでしょ」
    ダメだ、全然分かっていない。
    「凪誠士郎くん」
    「ねぇ、めんどいからフルネームも禁止にしていい?」
    「問題です。お金の使い方は3種あります、お答えください」
    「えぇ……消費、浪費、投資です、せんせー。次名前で呼ばなかったらキスするから」
    テーブルにうつ伏せで寝転んだ凪が面倒くさそうに答え、玲王は満足げに笑って癖の強い髪を撫でた。
    「さっすが俺の宝物、大正解。じゃあ、この時計はどれに当てはまるでしょうか」
    「ん〜〜……投資?」
    「ちげぇわ。何で投資になるんだよ」
    玲王が凪の頭を撫でるのを止めれば、凪は不満げに顔をあげた。
    「だって、腕時計は値崩れあまりしないから良い資産だって、玲王言ってたじゃん」
    「言ったけど、でも、それは売ればの話なんだよ。お前から貰ったもん、売れるわけねーじゃん、俺が手放すわけねーだろ、死んでも誰にも渡さねーよ!だから、資産価値もクソもあるかっ!」
    まさか凪は、自分が他人に売り飛ばす前提でこの時計を買ったのだろうか。
    この御影玲王を、そんな人間だと思っているのかと、つい責めるような強い口調になってしまった。ハッとして凪を見ると、彼は大きな目で玲王を見つめ、両手を自分の口元に当てた。
    「わぉ、玲王が俺のこと大好きすぎる」
    この後に及んで茶化す凪に、玲王はため息を吐く。
    「そんなんずっと前から知ってるだろ。真面目に聞けよ。こんなホイホイ軽々しく大金使うな、お前ほんと価値分かって買ってんのか?」
    「なにそれ。分かってるってば」
    凪は少しムッとしたが、その態度も玲王を呆れさせるだけだった。
    「あのなぁ、本当に金の価値分かってるやつはこんな使い方しねぇだろ。だからこれは単なる浪費」
    玲王は腕時計の箱を爪先でコツコツ叩いた。
    「つまり、無駄遣いなの」
    「……は?」
    その時、テーブルの上に置いていた玲王のスマホが間の抜けた音を上げる。画面を見れば千切からの着信だった。千切では無視はできず、玲王は息を吐きながら立ち上がる。
    正直、頭を冷やす為のインターバルが欲しかったので、助かった。
    「ちゃんと考えろよ」
    凪にそう言い残して、鳴り震えるスマホと時計の箱を手に、リビングから出る。暗い自室に入り、画面をタップした瞬間、千切の落ち着いた声が珍しく前のめりに発せられた。
    『ワインありがとな、届いた。いつも悪いな、おかえり。あとさ、凪から貰った?腕時計だよ。貰ったろ?どうだった?あれな、凪が自分にはファッションセンスないからって買うのに俺付き合わされたんだけど、お前の好みだった?俺が選んだわけじゃないけど、凪があんなに悩んで選んでるの見たら、どうだったか気になって。お前に似合うプレゼントしたかったんだって。かなりガチ悩みしてたよ。なんか、前にお前が安い時計着けてるって誰かに言われたっての、相当嫌だったらしいぞ』
    「へ……」
    『玲王が誰かに見下されるのは、許せないんだって』
    お前ら上手くいってんじゃん、という千切の柔らかな言葉の怒涛の情報量に「ま、あ……な……」と答えるのが精一杯だった。
    通話を切ってから、玲王は手の中の箱を開け、時計を改めてもう一度よく見てみる。
    紫色の文字盤に、金色の針。主張し過ぎないが、気品があるクラシックな見た目は、どのシーンにも使えそうだ。
    確かに玲王の好みと完璧過ぎるほどに合致していて、手首に着けてみても浮くことなく馴染んでいる。
    これが、偶然ではなく凪の見立ての結果であるならば、凪は相当悩み、吟味したはず。それくらい玲王でも分かった。
    「……あんなの、気にしてたのかよ」
    千切が言っていたのは、かなり前に父が玲王に言い放った言葉だった。
    確かにあの時、1人でパーティに行くのが憂鬱だった玲王に、丁度遊びにきていた凪が同行してくれていたが、始終面倒くさがっていた顔しか覚えていない。そんな素振りは全く見せていなかったというのに。
    玲王が思うに、あの言葉は単純に「時計が安っぽい」という意味ではなく、裏があったのだ。
    金持ちというのは、サッカーのゲーム中のような直接的な下卑た暴言は口にしないが、遠回しの嫌味や皮肉を言い、真意を読み取れない間抜けを嘲笑う生き物だ。
    あの時の父が、あの頃学生身分で実業家のタマゴだった玲王に言いたかったのは「まだ良い時計も自分で買えないようなお前がここにいられるのは、御影だからだ。思い上がるな」という警告だろう。
    しかし、それを文字通り受け取った凪は、素直にこの安くない時計を玲王に贈ったのだ。
    ……可愛いかよ。
    玲王は後悔を手に髪を一回転、逆時計回りに掻き回した。そんなことをしても時間は戻りはしない。
    凪にどうやって謝ろう。そう考えながらも、玲王の気分はすっかり晴れていた。
    落ち着いて眺めてみれば、小さな腕時計は玲王に多くを語ってくれる。
    凪が、自分の好みを把握してくれている。こんな品格がある時計が一番俺に似合うと、凪が思ってくれたのか?どんな場面でも着けていけそうなデザインってことは、いつも着けていて欲しいってこと?
    眺めれば眺めるほどに、凪の顔を見たくなってしまう。
    戻ろうと決意し、時計を外して、ふと裏蓋を見た玲王は目を軽く見開いた。
    『You have my word 』
    直訳すると"貴方は私の言葉を持っている"だが、これは慣用句なので"約束するよ"、となる。
    ……約束するよ、とは。
    正直、何を?と思ったが、あの凪が時計の裏蓋に刻印。その事実だけで最早値段のことなど、どうでも良くなりそうだった。
    凪は約束には敏感であるから、彼らしいと言えば彼らしい言葉ではある。
    反省と後悔の気まずさ、そしてむず痒い嬉しさににやつく口元を手で覆いながら、玲王は乱れた髪をささっと直し、愛しい凪が待つリビングへと続く扉を開ける。
    「凪、あの」
    「……ねぇ玲王、俺いくら考えてもわかんないんだけど」
    しかしそこに待ち構えていたのは、あの黒い威圧感を纏う凪だった。ひぇ、と玲王は身を固める。
    彼は、久しぶりのプレッシャーに怯んだ玲王を、怒りの炎を孕んだ眼で見据えた。
    「お前へのプレゼントを買った金は、無駄遣いなの?」
    「……ご、ごめんて」



    「お嬢にお願いあんだけど」
    残り5つに絞られた時計に視線を留めたまま、凪が再び口を開いた。
    「ものによるぜ」
    「散々飲み食いしてんじゃん」
    呆れたような凪の口振りに、俺はソファに背を預ける。何言ってんだ、こいつは。
    「は?無料だろ?」
    「タダじゃなくて、サービス。俺がここで時計買わなきゃ飲めないやつだよね?それとも自分で時計買う?」
    「……聞いてやるよ」
    背に腹はかえられねぇので、再び身を乗り出すしかない俺に、凪はお願い事を口にした。
    「来週玲王が帰国したらこの時計あげるから、そん時玲王に電話して俺がちゃんと悩んで買ったって話してくんない?多分俺、玲王に怒られると思うんだよね」
    「怒られる?なんで」
    あの凪に甘く、ラブを隠さない玲王が凪に怒る姿なんて……昔見た事あるけど、プレゼントなんてもらったらあいつなら喜ぶ一択しかないだろ。
    でも凪は、チラリと俺らに視線だけ投げた。
    「お前らはパートナーがいきなり大金使って腕時計プレゼントに買ってきたらどうする?」
    ……あ〜………………。
    「ブッ殺す……かな」
    「え、俺は嬉しい」
    言葉を選んでも殺意しか出てこなかった俺の横で、善人バカ國神がそんなことを言ったので、俺は目を見開いてしまう。
    「お前、腕時計興味無いんじゃないのか」
    さっきそう言って凪の申し出を断ったくせに。
    國神は俺の指摘に恥ずかしげに視線を下げる。
    「ないけど、好きなやつがくれるならなんだって嬉しいもんだろ?」
    「……玲王もそう。俺があげた500円のぬいぐるみ、いまだに大事にしてるし。あんなの全然玲王に似合わないのに」
    凪が不満げに瞳に影を落としたのを見て、俺は思い出す。
    「500円のぬいぐるみって、玲王のインスタでよく映りこんでるシロクマが寝そべってるやつ?大事にされてんな〜とは思ってたわ。なるほどね」
    そうか、あれは凪があげたから玲王のお気に入りなのかと納得したが、何故か当の凪は不満げで。
    「……俺に抱きつきたい時に抱きついてるとか言ってたんだけど、意味わかんねーし。俺に抱きつきたいなら俺に抱きつけばよくね?まじでなんであんなのあげちゃったかな……」
    ブツブツと後悔を漏らしながら、凪は時計が入れられた箱を1つ手に取り、しばし見つめた後、手の甲で押し、端に避ける。除外されたようだ。
    「俺に会いたい気持ちを紛らわせられるもんじゃなくてさ、俺に早く会いたいなって思って貰えるもんが良いよね」
    凪はそう言って、時計が入った箱をもう1つ、指先で避けた。
    やっと絞り込んだ3つの時計を、凪は暫く眺める。
    残された3つは、さすが念入りに品定めをされただけあり、確かにどれも玲王に似合いそうだった。
    格調高い気品と知性を感じさせ、格好良さもあるが、綺麗とも表現出来る。つまり、凪には玲王がそう見えてるってことで。
    それ以上は最早好みで選ぶしかないだろうというレベルだったけど、凪の視線は未だに微々たる違和も見逃さない鋭さがあった。
    テーブルに準備されていた白手袋を片手だけ着けた凪は、そのうち1つを無造作に手に取り、目線の高さまで上げ、またしばらく見つめる。
    そしてやっと、ふっと表情を綻ばせた。
    「……うん、いいね。玲王っぽい」
    文字盤の濃紫色を甘く映した凪の瞳の色は、間違いなく恋が生んだ色彩だった。



    「……玲王と2週間振りにキスするまで3時間もかかりました」
    「ごめんて」
    あの後、すぐに2人でバスルームへなだれ込み、ベッドで思いきり凪を甘やかして、甘やかされた。
    2週間分の淋しさを埋めるように抱き合い、やっと気分が落ち着いたものの離れがたく、目線が会う度にどちらからともなくキスを交わした。
    性欲のない、ただ愛を分け合うだけのキスを、情事後の甘い空気が許す限り何度も繰り返す。その合間に、凪が思い出したように頬を膨らませたので、玲王はその頬に今度は謝罪のキスをした。
    セックスの後の甘さが仄かに残る、この緩やかなじゃれあいの時間が玲王は好きだった。凪の腕の中には、玲王が安心して微睡むことが出来る陽だまりがある。
    凪も、元来面倒臭がりな性分なせいか、こののんびりとした雰囲気は嫌いでは無いらしい。頬にキスをされた凪は、玲王を後ろから抱きしめて額や耳にキスを返したと思えば、肩に顎を乗せて不機嫌ポーズを取り、また頬を膨らませてみせた。先程のキスが気に入ったのだろう。凪のお強請りに、玲王は少し笑ってから、もう一度凪の膨れた頬に口を寄せる。すると凪の頬から不機嫌の空気が抜け、玲王はまた笑いながら、凪の身体に背を預けた。
    「……でも学んだわ、変に高ぇプレゼントはビビるよな、ごめん」
    玲王は自分の手の中にある時計の重さを感じながら、長い間身勝手なプレゼントを凪に送っていた事をしょんぼりと反省する。が、凪はきょとりと首を傾げた。
    「え?俺はお前のプレゼントにビビったことないけど」
    「いつもこんな高いの良いのにって言うだろ?」
    そう、凪はいつも玲王からのプレゼントを興味無さそうに受け取る。しかし、凪は「ああ……」と目を一度上へ上げてから、玲王の形のいい後頭部に擦り寄った。
    「別に高くなくてもいーよ、お前から貰えるならなんでも嬉しいし、高いもんが欲しいわけじゃないってこと。でも玲王はセンス良いから、使ってると大体いい感じで、お前はすごいなぁって思ってる。後、単純に玲王がめちゃくちゃ俺の事を考えて選んでくれてるのも嬉しい」
    それって、玲王がいつも俺のこと考えてるってことだよね?と凪に見抜かれ、玲王は僅かな恥ずかしさに毛布の中で身を縮めた。
    玲王の照れで赤くなった目尻に凪の唇が柔らかく触れ、玲王も問い返す。
    「……お嬢から聞いたけど、お前もめっちゃ悩んで買ってくれたってまじ?」
    すると凪は良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに、大袈裟な程に頷く。
    「めっちゃ悩んじゃったし、すっごく大変だった。玲王はなんでも似合うから。でも、めんどくはなかったかな。これ1番良いなって思ったやつが1番高かった」
    「あるあるじゃん」
    ぷ、と吹き出した玲王の肩に、凪は甘えるように顎を乗せた。
    「玲王に渡したら喜んでくれるかなって思ったらワクワクしたよ」
    「……うん、そか。ありがとな。嬉しいよ。お前が俺に似合うって思って選んでくれたの、すっげー嬉しい」
    「気に入ってくれた?」
    「めちゃくちゃ気に入ったよ。なぁ、似合う?」
    腕時計を着けた左手を天へかざし、凪を振り返れば、彼は頷いてくれた。
    「うん、玲王はやっぱり高級品が似合うね」
    「……そ?」
    「俺が玲王に似合わないものあげるわけないじゃん」
    やたら自信満々に言うが、確かに凪は、玲王のことを良く分かっているのだ。
    左手首に着けた腕時計は玲王に馴染んでいる上、好みにも合致している。よく見ていてくれているのだろう。玲王の心が歓喜でじわりと熱くなった。
    「そっか。でも次は破産しても差し押さえられないもんで頼むわ。お前からのプレゼント競売かけられたら泣く」
    愛おしげに時計を撫でる玲王に、凪はきょとりと瞬きをした。
    「破産したら腕時計って差し押さえられんの?」
    「一応資産だし、多分な。酒とかも持ってかれるらしい」
    「ふぅん。でも、玲王がお金なくなったら俺が養ってあげるから、心配しなくても大丈夫だよ」
    「え」
    「ん?なに、その反応」
    「や……だって、お前……働きたくないんだろ?」
    玲王の記憶では、出会ってからつい最近まで、凪はそう何度も口にしていた。だから、玲王は凪がサッカー選手を引退したら、自分が凪を養うつもりだったのだ。
    そんな玲王の未来設計など知らない凪は、大きな欠伸をする。
    「まだまだ年俸アゲアゲになる予定だし、なんとかなるっしょ。海外でプレーすれば、もっと貰えるだろうし。玲王1人くらいならよゆーで養ってあげる」
    「……俺に金がなくても、一緒にいてくれんの」
    「玲王は、俺がサッカー辞めても、一緒にいてくれる?」
    返された問いに、玲王は目を大きく見開いた。
    その紫色の瞳の中を凪が覗き込むと、自然顔が近くなり、キスの距離感になる。さっきのシートベルトの事もあり、真意を問うために疑うように見返すが、凪の眼は平坦で、相変わらず何を考えているか分からない。だが、玲王がそっとその距離を縮め唇を重ねても、拒否はされなかった。
    触れた体温の高さで返した玲王の答えを、凪はすんなり受け入れる。さっきまで散々貪りあっていた温度を残した唇には5時間前に指摘された初々しさなど微塵もなかった。
    玲王が唇を開き全てを凪に明け渡すと、シートベルトの代わりに凪の腕が緩く玲王の身体を抱き締めたので、玲王もそれが彼からの返答だと解釈する。言葉ですれ違うことが多かったから、直接触れ合う方が誤解がない。
    玲王は凪に全てを預け、凪もそれを受け入れた。
    しかし、無防備な玲王の唇を侵略するように舌を絡め、吐息すら我が物にしようとする凪からは、僅かな怒りを感じ、玲王は僅かに緊張した。
    凪はほんの少しだけ、怒っているのだ。
    プレゼントを叱ったことか、それとも先程の玲王の問いに対してか。どちらにせよ、彼のこの怒りは、常に一抹の不安を抱える玲王の心を慰めてくれた。
    自称平和主義者の怒りは気持ちいい。
    肩の強ばりを抜き、彼から与えられる甘い怒りを従順に受け入れ懸命に呑み込む玲王に、凪も気が収まってきたのか、段々と宥めるような優しいキスになっていった。煽るように玲王の首筋を撫でていた凪の手が、今度は愛おしげに頬を摩る。終わりの合図だ。
    玲王が余韻に浸りながら熱い息を吐き出し、瞼を上げれば、まだキスが出来る距離にある凪の眼がこちらをじっと見つめていた。その暖かく穏やかな色に、玲王も冷たい不安が溶けていくのを感じる。
    「……ま、これ買ったら玲王がびっくりすんだろなってのも、分かってたけどね」
    「は?じゃあ何で買ったんだよ」
    「……んー……俺はよく分かんないけど、値段で愛情を計れるらしいじゃん?俺が玲王から腕時計貰った時、かなり周りからお前愛されてんなーって絡まれちゃったからさ」
    「なんだそれ、俺はお前から貰えるなら何でも嬉しいぞ」
    「玲王がそうなのは分かってる。でも、ぶっちゃけ結構ビビったっしょ?」
    凪に腕時計を指先で示され、玲王は唇を尖らせた。
    「まぁ、そりゃ……」
    プレゼントだけならまだしも、凪がそんな大金を使うとは思ってもみなかったのは確かだった。
    「つまり、俺は多分、玲王が思ってる以上に玲王のこと愛しちゃってるってこと。もしかしたら玲王がビビるくらいね」
    「……ビビってねーわ。俺だってお前が思ってる以上にお前のこと好きだしっ大好きだしっ」
    反射的に張り合ってしまった玲王を、凪は一瞬怪訝そうに見たが、エゴイストの性か、即座に対抗してくる。
    「玲王が俺のこと大好きなのは知ってるけど、俺は玲王からのプレゼントにビビったことないよ」
    確かに、いつもどんなプレゼントも平然とした顔で受け取る凪は、喜んでいるのか迷惑がっているのか、玲王には判断がつかない。
    しかし、それで良いと玲王は思っていた。いつか、凪がびっくりするようなプレゼントをあげる。それが当面の玲王の小さな野望だった。
    「ハッ!絶対お前がビビるプレゼント用意してやっからな」
    宇宙旅行とかはどうだろう。それなら絶対に凪もびっくりすると確信し、拳を握った玲王のこめかみに、凪の頬が擦り付けられた。
    「宇宙旅行にでも連れてってくれんの?初めて宇宙でサッカーやった人間になるのも良いかもね」
    「……人の心読んでんじゃねーよ」
    「俺の心はいくらでも読んでいーよ?」
    凪は相変わらず何を考えているのか分からない目で言うが、彼が嘘はつかないことを玲王は分かっていた。
    悪いことをしてしまったと、改めて思う。
    凪は玲王からのプレゼントに毎回興味を示さない。それは仕方ないことだった。そもそも凪はサッカー以外に興味が無いし、凪を着飾るのは玲王の趣味なので、凪にリアクションを求めた事はない。
    それでもちゃんと使ってくれるし、使っていくと「これめっちゃ良いね」とも言ってくれる。そもそも、凪は嫌なことは嫌だときっぱり言える人間であるし、なんだかんだ自分に甘いことも、玲王も充分分かっていた。
    「……な、今日はマジでごめんな、許してくれる?」
    凪の頬に甘く擦り寄り許しを乞えば、ぎゅうと少々強すぎる力で抱き締められた。
    「ダメ。明日も甘やかしてくれなきゃ許さない」
    耳元で甘えるように囁かれるのがくすぐったく、玲王は小さく笑う。
    「なんだよ、明日だけで良いのか?」
    「良いわけないじゃん。せめてこの時計が止まる時までは、俺のそばで甘やかし続けて貰わないとね」
    玲王の腕時計をつけた左手の上に凪の手が重ねられる。玲王よりも少し大きく骨張った指が、時計のガラス部分をコツコツと叩いた。
    この時計が止まるまでと、言ったか?
    玲王は思わず凪の眠たげな顔を見つめてしまった。
    凪は、きっとこの時計の寿命を知らないから、そんなことを無邪気に言えるのだろうと玲王は思う。
    彼の無邪気さは寂しいが、言ったことには責任を取って貰おう。時計の裏には「約束するよ」と書いてあるのだから。
    「……この時計、大切にするよ」
    玲王は甘えるように凪の筋肉質な肩口に頭を寄せた。
    「ねぇ、玲王。俺も、なんかごめんね」
    「ん?なにが?」
    「これ買って玲王がすぐ喜んでくれなくて、ま、ちょっとガッカリしたけど、でも俺も結構玲王からプレゼント貰う度にシブい反応してたなって、反省した」
    「は……」
    「んでも、あんなんでも結構喜んでるから。俺だって、好きな子から貰えるもんは、500円でも1000万円でもなんだって嬉しいよ」
    「すきなこ」
    「うん、すきなこ」
    こつりと凪の額が玲王の額に重なる。
    すきなこ。と脳内で反芻した玲王の頬がじわっと赤くなり、俯く。
    照れると玲王は髪を耳にかける仕草をする。玲王が俯いたせいもあるが、サラサラな髪はなかなか耳に引っかからず流れ落ちるので、凪は指先を伸ばし、何度も落ちた紫色の髪をすくい、赤い耳にかけてやる。が、玲王がこちらを振り返った動作で、すぐに落ちてしまった。
    あっ……という顔をした凪を、玲王が困ったような目で見上げる。
    「……べっ……つに、お前に高度なリアクション求めてねーし……お前はそんままでいい」
    「うん。俺は高度なリアクション出来ないから、だから俺も、この時計が止まるまで玲王のことずっと甘やかすって約束するからね」
    約束という単語に、玲王の頭の中に裏蓋に刻まれた言葉が浮かんだ。You have my word 。
    「凪」
    無意識に彼の名字が口から零れ落ちそうになったが、それは凪の唇に受け止められる。
    「次、そっちで呼んだらキスするって言ったよね」
    約束を頑なに守ろうとする凪の声はナギクマのように柔らかい。
    凪は玲王の左手首を持ち上げて、時計を親指で撫でる。
    「You have my word って、中世の騎士道由来の言葉なんだって。高校ん時の教科に書いてた」
    凪はリアクションは下手だが、嘘は付かないことを玲王は知っていた。そんな彼の無垢さは時に残酷だが、時には信じられないほどに優しく響く。
    「だから、玲王は俺を名前で呼ぶべきだよ」
    ずっと退屈な人生で、嬉しすぎて泣きそうになる日が来るとは思いも寄らなかった。
    「……誠士郎」
    玲王の目の前で、凪の瞳が優しく細められた。
    「Yes my king。よく出来ました」
    確かな凪の声と体温に包まれ、目の奥がじわりと熱くなり、それを誤魔化すように玲王は慌てて口角を上げる。
    「おっ前なぁ、そんなこと言われたらこれ使えなくなるだろ。壊れたら泣くわ。金庫にしまっとこうかな」
    「うん、玲王ならそういうと思った」
    のんびりとした凪の声を聞きながら、玲王は鼻を啜り上げた。
    「ずっと着けてたいけど……でも無くしたらどうしよ、盗まれたりしたらどうしよう……あ〜マジで困ったな、どうしよ」
    「うん。だから、もう1個同じの買っといたよ。偉いでしょ」












    You mean the world to me.


    玲王からもらった腕時計に刻まれた文字に気付いたのは、それを贈られて半年程経った頃だった。
    なんか書いてあるなとは思っていたが、メーカーか何かのロゴだろうと思っていたし、玲王も特に何も言わなかったからだ。
    気付いたきっかけは、強制参加させられたチーム主催の資産運用のセミナーだった。資産だの投資だのセカンドキャリアだの、講師の話は玲王がいつも言っているようなことで、退屈だった。ほとんど寝ていたが、「資産の一例ですが、例えば……凪選手、いい時計ですね、ちょっと見せてもらってもいいですか?」と講師に言われ、本当は触らせたく無かったが、あからさまに難色を示した凪に彼が白手袋をしたので渋々外して渡す。すると彼は文字盤をまじまじと見て眼鏡を指で上げ感嘆の息を漏らした。玲王の趣味の良さを褒められるのは、凪も嫌いでは無い。
    「これは素晴らしい時計……あれ?」
    講師は唐突に怪訝な声を上げ、何故か生暖かい目で凪に笑いかけた。
    「贈り物だったんですか?裏蓋にメッセージが彫られてますね」
    「へ?」
    思わぬ情報に、凪は目を丸くする。
    裏蓋に文字が書いてあるのは凪も知っていたが、返された時計をひっくり返してよく見れば、”You mean the world to me”……貴方は私にとってかけがえのない存在……玲王的に訳せば、お前は俺の宝物……だろうか。どちらにしろ、直球な愛の言葉だ。
    凪は小さく息を吐いた。
    ……玲王ってこういう恥ずかしいこと平気でやるよなぁ。いや、確かに昔から人を宝物呼ばわり普通にしちゃう奴だったけど……こういうこと照れずに出来るくせに、なんでえっちする時はいつもあんなに恥ずかしがるんだろう……可愛いんだけどね。
    腕時計に添えられた贈り物に心を甘くくすぐられ、凪が口角を上げかけるが、講師が先に声を上げた。
    「いやぁ、勿体ない。メッセージを刻字されたら時計の価値が下がっちゃうんですよねぇ。いいモノなのに実に勿体ない。贈ってくれた方は資産運用について何も知らないんですね」
    「……は?」
    こいつ今なんつった?
    凪は即座に不機嫌を顕にしたが、講師はそれに気づかず、用済みとばかりに白手袋を外していた。
    「いやぁ、残念でしたね、凪選手」
    「何も残念じゃねーんだけど。てか、時計の価値なんかどうだっていいよ。どうせ手放さないし、俺にとって価値ある資産はこっちだし」
    凪はセミナーの資料を机上に投げ出し、立ち上がった。
    「それにこの時計くれた子はハーバードの経済学部だよ。俺のお金のことはその子に任せるから、もう帰っていい?」
    元々無かったやる気がマイナスになったので、凪は腕時計を握りしめて、さっさと途中退室した。同じセミナーを受けていた千切曰く、あの後の空気がヤバかったらしいが、凪の知ったことでは無かった。
    講師に対する苛立ちはあったが、それ以上に彼からのメッセージが凪の歩調を速めた。
    時計をくれた時、玲王は「腕時計は値崩れあまりしないから良い資産だぞ」と言ったのだ。なのに、刻字したら価値が下がる?
    あの玲王がそれを知らないはずが無かった。
    「……売らせる気なんて全然ないんじゃん」
    何なの、ほんと玲王ってばめんどくさいね。
    この時計の秘密を知ったこの時は、玲王は留学中で所謂遠恋中だった。彼の控えめな独占欲、あるいは密かな切なる願いか、それは凪の心を溢れる程に満たしてくれた。手首を絞めるレザーの窮屈さが、心地良い。
    You mean the world to me.
    直訳すると、『貴方は私にとって世界を意味する』。玲王はいつも凪を世界一にしたがる。
    凪が自覚する自身の資産は、2つあった。サッカーの才能と、御影玲王である。
    増え続ける銀行残高に、玲王の愛情残高も数値で見れたら楽なんだけどなぁ。ゲームのステータスみたいに……とは思ったが、愛情は数値で見えないから、人は他人に品物や言葉を贈るのだろう。
    玲王も恐らくそうなのだ。不安があるから、凪に言葉や金を尽くす。
    だから、凪誠士郎は、投資をしてみることにした。凪には凪のやり方もあるが、玲王のやり方で、応えてみようと思った。同じやり方の方が伝わりやすいかも知れないから。
    練習を終え、ロッカールームでスマホを確認すれば、件の腕時計の刻字とベルトの調整が終わり、本日届けにいくとの留守電が入っていた。
    さっさと帰ろうと、荷物を乱雑にバックに詰め込んでいれば、シャワーを浴びて戻ってきた千切が髪を拭きながら凪に声をかける。
    「なぁ、凪、今日の飲み会の集合場所って」
    「今日時計届くから俺パス。上手く言っといて。あ、お嬢忘れないでよ、電話。3日後に玲王帰ってくるからよろしくね」
    「お前、マジか……つか、なんで記念日でもないのにあげんだよ?怒られるって分かってるくせに。不審がられてもしょうがねぇぞ」
    呆れたような千切の指摘は最もで、凪は「あー……」と間延びした声を上げながら、後頭部を掻いた。そして、ふと凪は過去へ視線を向ける。
    「安っぽい時計モノって言われちゃったんだよね」
    凪はあの時初めて玲王の父親に出会い、そして彼は僅かに緊張した玲王に、口元に笑みをたたえながら、言ったのだ。「随分と安っぽい時計モノを着けているな」と、凪を冷ややかに見ながら。
    あ、この人、俺を見ながら言った。
    玲王はその事に気付かず、その日家に帰ってすぐに自分の腕時計コレクションと睨めっこをしていたので、凪は少なからずホッとする。玲王が、父親は凪を安っぽいと評価した事に気付かなくて、良かった。
    そして同時に、安っぽい言い回しではあるが、ムカついた。あの目は、どうせお前も御影の金目当てだろうという軽蔑の色を隠さなかったのだ。
    「まぁ、別に俺が他人から金目当てとか、どう思われようがどうでもいいんだけど……でも、玲王は違うから」
    凪をボディガードと勘違いした周囲に、玲王が懸命に「ボディガードじゃない、彼は私の親友の天才サッカー選手です」と説明して、そんな彼を、金持ち連中は薄ら笑いを浮かべ、生温い目で見ていたのを思い出す。
    「玲王は誰かに見下されていい人間じゃないから」
    金持ちが才能のある芸術家や俳優などのパトロンになり、才能に投資をすることはままあるが、まだ大して世界で活躍していない無名に金を出すことを、彼らは浪費と呼ぶ。
    ブルーロックは世界にも配信はされたが、日本はそもそも世界ランキングも上位ではないし、その頃の凪はまだ自身を世界に証明出来ていなかった。
    故に、玲王が無名の凪と共にいることを彼らは浪費と判断し、彼の目を節穴だと思っているか、もしくは凪を玲王の愛人と見ているのだ。同時に、玲王が男を恋愛対象にすると知った男達が色めきだった。それはそうだろう、家柄も良く金もある美しい男に、皆が気に入られたがった。
    凪が玲王とパーティへ行った時、1人トイレで手を洗っていたら筋肉質な男に「お前より俺の方がセクシーだろう?」と突然謎の宣戦布告をされたこともあった。玲王は全く興味を惹かれなかったようだが。
    玲王の父は、それを皮肉り、警告したのだろう。凪を安っぽい時計モノと呼び、いつまでも資産価値のないそれを身につけていると、審美眼がないと思われ、お前自身の評価を下げるぞ、と。
    浪費が人生最大の義務である金持ちのくせに、金の使い道に正当性を求めるらしい。
    めんどくさ。
    そうは思ったが、自分の存在のせいで玲王が男に溺れて散財する間抜けな御曹司と影で侮られるのも、本人は気付いていないが玲王が筋肉質な男達にやたらアピールを受け、しまいには噂を鵜呑みにしたバカに薬を盛られかけるという弊害が出たのも、不愉快だ。
    自分の存在が玲王の評価を下げるのは、看過できない。
    しかし、凪自身の資産価値はこの数年で急上昇した。今では凪を知らないサッカー好きなどほとんどいないし、金目当てで玲王の”愛人”をやる必要もないほどに稼いでいる。
    これで凪は玲王を、無名な天才を見出した慧眼を持つ投資家と周囲に知らしめた。
    凪が活躍すればするほどに、玲王が周囲から評価される状況は凪を満足させる。しかし、同時に何故か玲王の”愛人”であるという噂も消えた。玲王の投資が“真っ当”であると凪が証明したからであるが、それもそれで理解し難い。別に、愛に金を使ってもいいだろうに。
    ともかく、凪は玲王と金銭的に、社会的にも対等になった。未だに逆玉だの男同士のくせになどという人間もいるが、金も恋人もいない負け犬の遠吠えに過ぎない。
    社会的地位と資産を得た凪は、残高数字を眺めながら、ふとあの時の冷淡な経営者の瞳を思い出したのだ。
    ーーーおとーさんから貰ったらいいじゃん、良い時計。たくさん持ってるんでしょ?
    あの後、家に帰って素直に手持ちの時計を確認し始めた玲王に、凪はそう声をかけた。すると玲王は、時計を眺めながら肩を竦めた。
    ーーーあの人は自分の所有物を他人にやるのが一番嫌いだから、それはねーな。
    なるほどね、と凪は理解する。
    父親にとっては、息子である玲王と玲王の人生も自分の所有物だから、自分の目が黒いうちは、他人に奪われることを激しく嫌悪するのだろう。
    凪は勝ち確ヌルゲー人生うらやまと思っていたが、ここ最近触れた玲王の世界の空気感から、玲王が父に反抗し、自分で見つけたサッカーという夢にしがみつこうとした気持ちが、なんとなく分かった気がした。
    父が整えた窮屈な世界で、唯一の理不尽である凪の隣りだけが、玲王にとって自由に息が吸える場所なのかも知れない。
    彼が、ゆくゆくは御影を継ぐことになりそうだと凪に言ってきた時に「嫌なんじゃなかったの?」と聞いたら「今は、お前がいるから」と玲王は笑っていた。どういう意味か、今まで凪は飲み込めていなかったのだが。
    玲王も、俺と出会って初めて深呼吸出来たのだろうか。
    「だから、ま……たった数百万ぽっちで色んな面倒事、全部黙らせられて、俺らの未来を創造つくれるなら、安い投資でしょ」
    金で愛が計れ、人間的評価を上げられ、更に呼吸を楽にしてくれるならば、値段は高ければ高いほど効果があるはず。
    お金ってほんとに便利だな、と凪は思う。
    あの男は、自分の所有物がいつの間にか自分の手から離れ、自分が持つものよりも高価なものを得ていると気付いたら、どんな顔をするのだろう。
    更に、それを贈ったのが、かつて自分が見下した、安っぽい時計モノであると知ったら。
    玲王が次に父親に会う時、間違いなくお気に入りになるあの時計を着けていく。父親はその時計の価値に気付き、玲王に時計について聞くはずだ。玲王は、親には何も隠さず、ありのままに話すだろう。凪からのプレゼントであると。
    その時、時計は父親にこう語りかけるのだ。
    俺は玲王に似合うハイクラスな時計モノになりましたが、その後いかがお過ごしでしょーか。
    「いつだって玲王の敵は俺の敵だから、そいつを潰すならさ、やっぱり玲王と2人で一緒にぶっ潰したいんだよね」
    しかし、敵の顔は、あまり玲王に似ていないなという印象しかなく、よく覚えていない。思い出すのも面倒で、凪は一瞬にしてどうでもよくなってしまった。代わりに思い出すのは、玲王の笑顔である。
    どんな強敵の屈辱に歪む顔より、結局いつだって一番見たいのは玲王の喜ぶ顔だ。宝石よりキラキラした玲王の瞳は、面倒臭がりな凪の唯一の動力源なのだから。
    玲王が帰ってくるまで、後3日。あれをあげたら、玲王はどんな顔をするだろう。
    びっくりするだろうか、ちょっと怒られるかもしれない。でも飽き性な玲王を退屈させないためにはこれくらいのサプライズは仕方ないのだ。それに最後は必ず笑ってくれるはず。それが凪が知る玲王という人なのだ。
    優しくて可愛くて恥ずかしがり屋で、しっかりしているように見えてちょっと抜けてるとこがあり、凪にとびきり甘い。
    甘やかされる時のことを考えると、今からワクワクしてしまう。怒られたら、ちょっとスネてやろう。そしたら玲王は、凪を甘やかさざるを得なくなる。
    このワクワクのおかげで玲王がいない残りの3日間、凪も退屈せずに済みそうだった。

    凪誠士郎は、御影玲王の笑顔と未来の為に、投資をすることにした。
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    Replies from the creator

    cosonococo

    REHABILI凪くんの誕生日おめでとう話。凪くんの両親模造してます。お互いが大好きななぎれお。色々おかしいとこがあるのはそう…なので目を瞑っていただければ…。
    本番はロスタイムからです。 誕生日なんて、元々俺にとってもそんな特別なもんじゃなかった。
     周りの同年代は誕生日のごちそうやプレゼントに心を躍らせていたけど、俺は毎日質のいいものを食べていたし……というか、あれが食べたいと言えば、料理人がすぐに作ってくれたし、あれが欲しいと言えば誕生日でなくても与えられた。そもそも自分で自由に使える金が充分あったから、欲しいと思ったものは何でも買えた。
     だから、俺にとって誕生日なんてそれほど特別じゃなかったけど、世間一般的には誕生日は特別な日。
     特別な日には、人気者で特別な存在であるこの俺御影玲王に祝って欲しいと思う人間は、多かった。学校の廊下を歩いていたら、見知らぬ女子生徒に「玲王くん、あの、私今日誕生日なの」と声をかけられることもしばしば。「へえ!おめでと!」俺がそう言うだけで、彼女達は悲鳴のような歓声を上げる。凪にこのやりとりを目撃された時は「めんどー……よくやるね、玲王」と欠伸をされたっけ。
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