冷たい花大規模侵攻で、通信室のオペレーターが6人亡くなった。
さほど親しかったわけでもないが、みんな顔見知りだった。
喪服は持ってなかったけど、オペレーターの制服でよいとのことだった。葬儀用のバッグや数珠は母親に借りた。借りる時に、
「あなたは大丈夫なの」
と聞かれた。
『大丈夫』と言うのも、『心配かけてごめん』と言うのも違う気がしたから、
「これでも役に立ってるんだよ」
と言った。答えになっていない気もしたけど、それでも一応、納得してくれたようだった。
追悼式はボーダー内でひっそりと行われた。
外部でやるとメディアの人たちが来てしまうので、ご家族をお迎えに伺って、ボーダー本部までご足労いただいたそうだ。
ご家族の皆さんは悲しみが溢れ出さないようにするので精一杯で、周りを見る余裕などなさそうだった。基地で働くということで、危険が伴うことはあらかじめ説明されていたし、そういう契約をしていた。もちろん危険手当もついていた。でも、本部基地で前線に立たない職員が、こんな風に危険にさらされ、命を奪われるなんて、それこそ想定外だったろう。
自由参加ということになっていたけど、上層部はもちろん、訓練生以外のオペレーターはほとんど参列しているようだったし、通信室と関わりがあった人たち、つまり古株の戦闘員も結構いるようだった。
花を一輪、供える。
久しぶりに生花に触った。冷たくて柔らかい花びらに、指で触れた。
トリオンで色々なものを再現しているけど、花はやっぱり本物がいい。と、場違いなことを思った。
仮想空間に慣れすぎたのかもしれない。
現実の死には、本物の花を捧げる。
当たり前なのに、特別なことのような気がした。
ざわり、と空気が動いた気がした。
顔を上げると、蓮が何事もないような顔をして、会場を出て行こうとしているのが見えた。
(目立たないように、後から来て)
アイコンタクトなので正確なところはわからないが、たぶんそんなところだろう。
「蓮?」
会場の脇にある給湯室から声がする。中を覗き込むと、蓮が迅くんの両手を抑えていた。
「入って、閉めて」
蓮が鋭く言った。慌てて入って閉めると、迅くんははやさん、と掠れた声で呟いた。
迅くんの喪服姿を初めて見た。
「だめよ、迅くん」
「蓮さん」
「だめ」
「……」
「あなたは謝るべきではないの」
「……わかってる、でも」
おれはちゃんと受け止めるべきなんだ。
小声で、でもはっきりと迅くんが呟く。
「蓮、献花だけならいいんじゃない」
「羽矢」
「蓮さん、おれ、なにも言わないから」
「……」
ドアが開閉する音がした。
「月見」
「あなたは席を外しては駄目でしょう」
蓮が振り返りもせずに言う。それには応えずに、嵐山くんは迅くんの手を取った。
「迅、……行けるか」
「おう」
「みんな迅くんを甘やかしすぎよ」
「最初に気づいた月見が一番甘やかしてると思うぞ」
そう言って、嵐山くんは迅くんの左手首についた痕に、そっと触れた。強く握りしめたような痕がついているのに、たった今気づいた。蓮が迅くんの手を抑えていた理由も。
「蓮さん、ごめん、ありがとう」
「待ってるから行ってらっしゃい」
二人が出て行くと、蓮は長いため息を吐いた。
「蓮、よく気づいたわね」
「来るんじゃないかと思ってたわ。例のメッセージグループに情報回ってたから」
うっ血は冷やすのかしら、温めるのかしら、と言いながら、冷凍庫から保冷剤を出し、タオルを巻いている。
「あの自罰的なの、なんとかならないかしらね」
「難しいわね」
蓮よりもずっと付き合いの浅い自分でもわかる。
「本当はだいぶ助けられているのよ。完璧主義にもほどがあるわ。生死がかかっていることに、慣れることなんてないのでしょうけど」
「追悼式って、気持ちを落ち着けるためもあると思うんだけど」
「迅くんにとっては、そういうものではないのよね」
まあいいわ、と放り投げるように言う。
「戻ってきたら慰めてあげることにするわ」
「あれ、珍しく拗ねてる?」
「違うわよ」
心外そうに言う。
「戦闘員のサポートがオペレーターの仕事でしょう?」