🥢🛁🐥「…………………まじかあ」
思わず声が出た。仕事帰りにちょっと浮かれながら買ったケーキが落ちた。如何に狐雪の身長が平均より低かろうと、ケーキは無事ではないだろう。普段なら絶対言わないであろうセリフが飛び出たのは、一重に今狐雪の目が映す光景が悲惨だからだ。狐雪が見た光景は、自分が生活しているシェアハウスが血塗れになっているものだった。ここで人を殺しましたと潔く言ってくるような光景が眼前に広がっている。何故こうなっているのか皆目見当もつかない。1人恨みを買いまくっていそうな人物が浮かぶが、だとしてもシェアハウスで人殺しなぞしないで欲しいと狐雪は切に願った。するとしても家を汚さないで欲しい。とゆうか私のケーキを返して欲しい。お詫びに焼肉を奢って欲しい。不満が次から次へと溢れ出てくる。
「あ!おかえり狐雪ちゃん!ごめんね散らかってて」
「ほんとにね」
「あら、おかえりゆき」
「うんただいま。とりあえずその手に持った物とこの現状を説明して。あと私のケーキを返して」
「ゆきにしては随分と早口ね」
「とぼけないでくれる?」
しばらく立ちつくしていると女子2人が狐雪を迎えてくれた。なんと2人とも上下ジャージで、清掃員がよくしている分厚い青手袋をつけていて、身体中に血を浴びている。璃瑞なんかノコギリを持っていた。アリアは何故か箸を持っていた。片っぽが折れかけている。狐雪は来客用に使うスリッパを履いてから部屋に入った。客なんて来ないので新品である。鞄を比較的綺麗な椅子の上に置いてから、風呂場の方へ進む。家で人を殺すなら風呂場だと相場は決まっているのだ。血の匂いが強くなっていった。吐く、なんて一般人じみた事はしなかったが、やっぱりキツいので鼻を押さえる。押し開きの戸は開いていた。床にはブルーシートが敷き詰められていて、1人の男が椅子に縛りつけられている。浴槽には既に心臓の止まった体が3つほど転がっていた。目玉がくり抜かれて床に散らばっている。踏んづけたのか潰れているものもある。アリアが箸を持っていた理由はこれかぁ、なんて呑気に思っていた。洗い場にはジェミニとネーヴェの2人がいて、2人は女子と同じような格好をしていた。2人の間にいる縛り付けられている人はガタガタと震えていて、ズボンはあらゆる液体でビチョビチョに濡れている。目があったとこは既に空洞になっていた。黒い窪みがこちらを見ているような気がして気味が悪い。
「これ何?」
「ん。ああ狐雪ちゃん。おかえり。これは暴力団の人」
「なんでまたそんなところに引っかかるの」
「ジェミニの男運が悪いからだね」
「その言い方単純に腹立つ」
「ギッ」
ネーヴェの物言いに腹を立てたジェミニが男の足にフォークを突き刺した。加減なんてしらないとばかりに振り下ろされたそれは、容易く男の皮膚を突き破る。痛みに男は歯を食いしばった。歯ぎしりの音が僅かにして、それがまたジェミニをイラつかせる。突き刺さったフォークをぐるりと回転させられ、男は次にはかくんと顔を上空に向けた。どうやら失神したらしい。その拍子にちょろちょろと股から液体が流れ出てきた。痛みと恐怖で漏らしたのか。ズボンの濡れ具合からみてこれが初めてではないだろう。単純に汚い。狐雪は眉をひそめ、なるべく男を見ないようにした。
「納得したいから事の経緯から教えて」
「んーとね、まず昨日ジェミニがナンパしてるこの人たちのこと煽って、それに怒ったこの人たちが何故か今日家に押しかけてきてね」
「うん」
「正当防衛だからって家にあるもので殴ったら1人打ち所が悪くて死んじゃって」
「うん?」
「まあ暴力団なんて反社だから言わないだろうけど、もし警察に言われたら面倒だなあって思って。あとはまあ普通に腹いせとして残った人たちも殺すかってなって、今の状態になるね」
「拷問にかける意味は?」
「言ったでしょ。腹いせ」
「ああ、なるほど」
狐雪は理解した。納得はしていない。だって普通に考えて思考回路が可笑しいだろう。住んでいる家で殺人を犯さないで欲しい。それがシェアハウスなら尚更だ。殺人なんてそこら辺の人気がないとこでして欲しい。なんでこいつらは家に押しかけて来たんだろう。迷惑という言葉を知らないのだろうか。腹が立ってきた。
「…そこの暴力団、まさか構成員がこれだけなんて言わないよね」
「ガッァ。い、」
「はいおはよう。ところで君のとこの暴力団まだ人いる?」
「あ、あ。いい、い、あ」
「いるってさ」
「ならそこに慰謝料要求しよう。この人たちの頭でも贈ればくれるよ」
「おっけー」
一段低くなった狐雪の言葉を聞いて、ジェミニはもう一度男にフォークを突き刺した。今度は腹だった。痛みで覚醒した男は生気のない状態で、うわ言のように母音だけで答える。翻訳をネーヴェがして、その答えを聞いてから狐雪は男の鞄を漁った。目当てのものがないか財布やらなにやらを片っ端から確認していく。スマホは指紋認証だったので、切り落とされた男の指を使ってロック解除をした。隅から隅まで見落とすことなく確認して、絶対関係ないであろうアプリまで起動して、狐雪はある情報を探し当てた。××会社という聞いたことの無い場所の連絡先。恐らくこれがこの暴力団のアジトだろう。一応確認するかとその会社名を読みあげれば、男の顔色がみるみるうちに青白くなっていく。もはや死人のような色である。
「住所わかったしもうそれ要らないね」
「じゃあ殺すよ」
「お好きにどうぞ」
そう言って狐雪は浴槽に転がっている死体を1つ引っ張り出して浴室から出た。背後から聞こえてくる断末魔にうるさいなあとは思うものの、それ以外は特になにも思わない。なにせこの子もおかしいので。
「ただいま」
「おかえりー。それどうするの?」
「頭だけ切り離すの。この人たちのアジトに贈る」
「あら。ふふ、ゆきも随分物騒なことを考えるのね」
リビングで談笑してた女子2人のところに狐雪は戻った。死後硬直が始まりかけている体を床に捨てる。アリアと璃瑞は狐雪の提案を聞いてから即行動に移った。璃瑞はノコギリを死体の首に当て、ゴリゴリと切っていく。血は出なかった。狐雪とアリアは死体を押さえておく役をした。意外と動くから力がいる。狐雪もアリアも全体重をかけて死体を押さえた。首の骨を断つというのは思っているよりもしんどいことだ。というのに璃瑞は疲れを見せない手つきでノコギリを動かしていく。慣れているのだ。解体なんてお手のものである。完全に首の骨がきれて、後は皮だけになったので狐雪は一旦その場を離れた。再び浴室に行って死体を運びだそうとしたのである。既に先程の男は息絶えていて、2人はその男の首を切り落とそうとしていた。いや、切り落とそうとしていたのはネーヴェだけである。ジェミニは普段飲まないお酒を飲んで休んでいた。冷蔵庫にあったほろよいである。
「今更なんだけど、狐雪ちゃんその服汚して大丈夫なの?」
ネーヴェは狐雪の方に一目もくれずに言った。他の4人は予めこれが起きるのが分かっていたからジャージ姿になったが、狐雪は仕事から帰ってきてそのままの服装だった。つまり着物である。狐雪は改めて自分の今日のコーデを見直した。赤い梅柄の着物によれた橙色の帯。長年使っていたものだから薄汚れていた。捨てるにちょうどいい機会ではある。考えた結果、狐雪は捨ててもいいやと結論づけた。
「うん、大丈夫」
「そう?ならいいんだけど。あ、ジェミニアイス買ってきてよ」
「は?嫌だよ」
「私プリン」
「行かないけど」
そんな会話をしながら狐雪は死体をまた1つ運んだ。残念ながら非力なので2つ同時に、なんてことは出来ない。先程と同じ場所に死体を置いて、頭の無くなった死体を浴室に戻しに行く。死体処理なんてものは浴室が1番やりやすいのだ。解体作業は分担しようと思い、最後の死体をリビングに運び込む。そうして3人分の頭を切り離して、女子3人は床にへたりこんだ。正直しんどいのである。浴室にいた男2人も、とりあえず頭は切り離し終えたのかリビングに顔を出した。5人と4頭が揃った瞬間である。感動的でもなんでもないが、5人の心はひと仕事やり終えた達成感で溢れていた。嘘である。ジェミニはそんなこと思っていない。不意に、ぐぅ、と誰かの腹の音がなった。5人が顔を見合わせて、そしてジェミニが呟く。
「……お腹空いた」
その言葉と共に空腹感が襲ってきた。急にお腹がすいた気がして、まず最初に狐雪が冷蔵庫を開ける。次にジェミニが覗き込んで、次に璃瑞、次にアリアとネーヴェが覗き込んだ。後片付けなんて二の次である。腹が減っては戦ができぬ。そうゆうことだ。
「あ、ピザある」
「焼きましょうか」
狐雪が市販のピザをアリアに渡して、アリアが電子レンジにそれをかけた。どうせ1枚じゃ足りやしないので、余っている食材で璃瑞が料理を作ることになる。今回は鶏胸肉が余っていたので唐揚げになった。チン、と音がして電子レンジが稼働を停止する。アリアが蓋を開けて、ピザを皿に移した。あつっ、という声が小さく聞こえた。8つに切り分けて、4人が1切れを手に取る。いただきます、という声が重なってピザが口に運ばれた。
「美味しい」
「わ、チーズがすごい伸びる」
ピザに舌鼓を打った。狐雪とジェミニが2切れ目を手に取ったところで璃瑞の唐揚げが卓上に置かれる。大きな皿にこれでもかと唐揚げが積まれていた。全員分の皿と箸を用意してから璃瑞は席につき、ピザを手に取って食べた。美味しい!と璃瑞が目を輝かせる。結局璃瑞も2切れ食べて、その様子をアリアとネーヴェが楽しそうに眺めていた。ピザが綺麗に無くなったところで3人が唐揚げに手をつける。アリアとネーヴェはピザの片付けをしていた。
「おいひい」
「ほんと〜!?良かった。今回は甘口にしてみたんだけどいつものとどっちがいい?」
「こっち」「甘いの」
「じゃあ次からは甘口にしてみるね」
狐雪とジェミニが無心で唐揚げを食べていた。皿の上にあった山が一瞬で平地となる。最後の1個を狐雪に取られて、ジェミニは少し不服そうだった。満腹になったので死体の片付けをした。頭は適当なダンボールに押し込めた。体はある程度分割して鍋で煮た。どろどろになったところでペットボトルに流し込む。明日海に捨てる予定だ。床に散った血は洗剤を染み込ませたスポンジで落とした。腕が痺れたがまあ仕方ない。
きちんと後片付けをして、5人はほっと一息ついた。疲労感が半端ではない。リビングで解散して、各々自室で着替えて、ほとんど同じタイミングでみんなベッドに飛び込んだ。そこからは多少差はあれど、いつもより早く眠りについた。夢を見る気配など微塵もない。満足感ある睡眠をして、翌日はほんの少しだけ寝坊して、5人は日常に戻る。昨日は不良に絡まれて運が悪かったなー、なんて思いながら狐雪も仕事に精を出す。ペットボトルを捨てに行ったのは、皆の用事が終わった夕方だった。海まで車を走らせて、誰が1番遠くに飛ばせるか競った。遠くに飛ばせたのはネーヴェで、逆に1番飛ばなかったのは狐雪だった。勝手に作られた罰ゲームのせいで、暴力団に頭を届けに行く係が狐雪に決まった。この2日間とことん不憫だと自分を憐れみながら狐雪は暴力団の元へ向かう。扉の前にダンボールを置いて、インターホンを連続で鳴らしてその場を去った。暴力団と対面なんてゴメンだ。言いたいことは置き手紙にたんまり書いてある。後日送られてくるであろう慰謝料にワクワクしながら、ホールケーキを買って狐雪は家に帰った。