いつめんツイステパロ「ポムフィオーレ寮!」
高らかに宣言した闇の鏡の判定に、思わず口を開けたまま呆然としてしまった。ポムフィオーレ寮。美しい人々が集まる寮。そんな綺麗で豪華な寮に、こんなみすぼらしい私が?闇の鏡に判定の取り消しを頼もうとしても、この学校では闇の鏡の判定が全て。今この場で転寮を請うことなど出来なかった。渋々ポムフィオーレ寮に選ばれた人たちの並ぶ最後列につく。前に並ぶのはやっぱり綺麗な人ばかり。闇の鏡は私の事なんてもはや興味がなくて、新入生の判定を次々に行っている。どうして私はここに選ばれたのだろう。そもそもどうして私はこのナイトレイブンカレッジに選ばれたのだろう。私にはこの学校に入る資格も、ポムフィオーレ寮に入る資格もないはずなのに。ぐるぐると思考が回っているうちに入学式は終わってしまって、それぞれが選ばれた寮に向かうことになった。私に与えられた部屋は十分な広さのある2人部屋だった。同室のパートナーによろしくねと挨拶だけして、荷物を片付ける。入寮式が終わったら寮長に転寮願いを出そう。どこにいくかは決めていないけれど、とにかくここは似合わない。
「僕はアリアにこれ以上似合う寮なんてないと思うんだけどなあ」
赤の腕章をつけたネーヴェは、私にそう言う。寮長に転寮願いを断られた次の日だった。昼休み同じテーブルでご飯を食べている時にそう言われて、私は酷く驚いた。まったくどうして耳の早い。誰に聞いたか尋ねると角の生えた可愛い彼女にと返答が来た。後で文句を言いに行こう。
「……ポムフィオーレ寮なんて、こんな私がいていい場所じゃないわ。片腕と片目のないバケモノなんて、ポムフィオーレとかけ離れた存在でしょう?」
「そうかな。僕は新入生の中でアリアが1番綺麗だと思ったけど。寮長にはなんて言われたの?」
「…あんたみたいな宝石を逃すほどアタシも副寮長も腐ってないわ、って」
「あはは!よかった。君のとこの寮長たちは君の価値がよく分かってるみたいだ」
残っていたパスタを一気に口に入れてネーヴェは食事を終えた。ずっとご機嫌に笑っている。その笑顔は絵画のように美しい。彼の方がポムフィオーレ寮に似合ってるんじゃないだろうか。
「次飛行術だからもう行くね。あっそうだアリア。綺麗な花には棘があるって言葉知ってる?」
「ええ。有名な言葉よね」
「綺麗だけど棘がある花と、花びらが欠けてるけど美しい花。みんなはどっちを選ぶのかな?僕だったら後者を選ぶよ」
「!…半数以上は前者を選ぶかもしれないじゃない」
「そうかもね。でも少なくともポムフィオーレの寮長は後者を選ぶらしい」
じゃあねと残して彼は食堂から出ていった。見送ってから僅かに残っていたりんごジュースを飲み干す。氷が溶けていたせいで味が薄い。ひとつ息を整えてから席を立った。昼休みはまだ終わらない。とりあえず、まずは告げ口をした彼女に文句を。その後に、寮長に謝罪をしに行こう。私にはポムフィオーレ寮が似合う。彼の言葉を心の中で唱えながら、彼女がよくいる植物園を目指した。
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校舎裏の狭く薄暗い道で、狐雪ちゃんを発見した。正確には狐雪ちゃんと知らない生徒だ。青の腕章をしているということは、彼はイグニハイド寮生なのだろう。何かを話し込んだ後、彼は狐雪ちゃんが出した契約書にサインをして小さな瓶を受け取り去っていった。手に1万マドルほどを握って狐雪ちゃんが出てくる。私の存在に気づいていたのか、特に驚くことも無く挨拶してくれた。
「やっほ璃瑞。こんなとこに来てどうしたの?」
「狐雪ちゃんを探してたの。ちょっと教えてもらいたい事があったからさ。……危ない薬の取引でもしてた?」
「やだな。健全そのものだよ」
契約書が私の目の前に寄越される。内容に目を通せば、なるほど確かに健全そのものだ。巷でよく聞く大麻とかそういう類ではないらしい。薬の効果はとても気になるが。
「…さっきの人、なんでこれを欲しがってたの?」
「ペットが死んじゃったんだって。唯一の家族くらい大切にしてた子だって言ってて」
「ああだから。……ペットだろうと死者蘇生って普通に禁忌魔法なんだけど」
「そうなの?随分簡単に作れたけど」
袖から紫色の液が入った小瓶を出して、狐雪ちゃんはそれを軽く振った。多分、さっきの人に上げたのと同じ薬だ。狐雪ちゃんはなんてことない顔をして錬金術の授業内容を語る。自由に薬を作れと言われたから作ったら、出来すぎて補習と言われたらしい。訳が分からず先生に聞いてもできた薬の内容すら教えてくれないという。だから自分でいくつか持って帰って、部屋パートナーに聞こうとしていたと。そこに同じく錬金術の授業を受けていたさっきの彼が来て、そこからは私が見た内容と同じだ。話を聞いて頭を抱えたくなった。入学当初からこの子は錬金術の天才だと思っていたが、まさか偶然で禁忌薬を作り出すとは。
「……錬金術について聞こうと思ってたんだけど、やめとこうかな」
「残念。代わりに飛行術を教えてもらおうと思ったのにな」
目的地を作ることなく歩いていたら、いつの間にか食堂に着いていた。今の時間は学食も終わっている。ぐきゅるるると狐雪ちゃんのお腹の音が鳴った。笑いが抑えきれなくて、クスクスと笑いながら待っててと狐雪ちゃんを席に座らせる。生徒のためにキッチンはいつでも空いている。
「ご飯作ってあげる。勉強教えてもらいたいのは本当だし、教科書の内容教えてよ」
「いいよ。璃瑞、私カレーが食べたい」
「任せて!」
腕まくりをしてキッチンに向かう。椅子に素直に座っている狐雪ちゃんをちらりと見た。こうして見ると、本当にただの愛らしい少女なのに。恐ろしや恐ろしや。腕を擦りながらキッチンにある1番大きな鍋を用意する。おおよそ1人前とは思えない食材を切りながら鍋に火をつけた。
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「やっぱアズール先輩みたいにタコとかじゃないかな?」
「リーチ兄弟みたいにウツボじゃない?」
「シャチとかでしょ」
「サメの可能性もあるわね」
「お前らそろそろ出禁にするよ」
海の楽園モストロラウンジ。その店にある1番大きなテーブル席を独占して僕達は話していた。議論のテーマは『ジェミニは何の人魚なのか』だ。オクタヴィネル寮所属のジェミニは、例に漏れず人魚である。だけどここにいる誰もジェミニの人魚姿を見たことがない。それどころか、学園にいる誰もジェミニの人魚姿を見たことがなかった。水泳の授業の時にチャンスがあるかと思ったが、人間の姿で受けていたのだから驚いたものだ。コンプレックスでもあるかのように、ジェミニは人魚の姿を明かさない。だから気になる。探りたくなる。暴いて満足したくなる。
「結局君って何の人魚なの?グッピーとか?」
「張り倒すよ。そんな雑魚なわけないだろ」
「じゃあ何なのさ」
「教えてやらない」
手に銀のトレーを持って、その上に空のグラスをいくつも乗せてジェミニは厨房に消えていく。ついでに注文しようとしたが無視されたため、他の従業員を呼び寄せた。よく来るからか、店側からは僕達はすっかり常連扱いだ。不満があるようなないような、そんな微妙な心境である。
「狐雪さん相変わらずよく食べますね」
「ジェミニに比べたらそうでもないよ。あ、そういえば君ジェミニの人魚姿見たことある?」
「……残念ながら僕も見たことはありません。うちでも結構話題になるんですよ。ジェミニさんの人魚姿の話」
「へえ。オクタヴィネルの人たちも見たことないの?」
「ええ。うちには色んな海から来た人が揃ってますから、1人くらい知ってるかと思ったんですけど、不思議なことに誰もジェミニさんのことを知らないんです」
「ふーん」
従業員と多少の世間話を済ませて、狐雪ちゃんは注文を済ませる。すごい量の料理を注文していた気がするが、支払いがどうなることやら。
「……誰も知らない、ねぇ」
「どうしたのネーヴェ?」
「ううん。なんでもないよ璃瑞ちゃん。ただ、人魚は生きるために共食いするって聞いたことがあるなあってぼんやりと、ね」
にこ、と笑いかければ璃瑞ちゃんは困ったように苦笑いを返してきた。料理を運ぶジェミニの姿が視界に映る。トレーに乗ってる料理はカルパッチョとアクアパッツァだ。多分うちが頼んだものだろう。嫌そうな顔をしながらこっちにくるジェミニに、僕はにっりと微笑んだ。
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校内放送で呼び出しを食らった。私と璃瑞とアリアとネーヴェとジェミニの名前が並べられ、職員室に来いと一方的に告げられた。無視してもいいかと一瞬思ったけれど、呼び出した教師がクルーウェル先生だったから辞めた。あの人の呼び出しを無視したら何をされることやらわからない。
「仔犬ども!貴様らまたテストで手を抜いただろう!なんだこの平凡でつまらない点数は!」
「手なんて抜いてませんよ。ほかの人たちはともかく、僕は普通に受けてその点数です」
「Bad Boy!嘘をつくな!!入学時にとった自分の点数をもう忘れたのか!!」
ぱぁん!とムチの乾いた音が職員室に鳴り響いた。ほかの先生がびくりと肩を震わせる。嘘をついたネーヴェは人一倍怒られているというのに素知らぬ顔をしていた。肝が据わっているにも程があるんじゃないか。
「貴様らがこのまま手を抜いてテストを受け続けるというのなら教師側も対策を練ればならない。例えば赤点を60点まで引き上げるなどな」
「横暴にも程があるでしょそれは。バカたちが可哀想だよ」
「あら。ジェミニにも他の生徒を気遣う心があったのね」
「建前でしょ。点数上がったら面倒臭いからああ言ってるだけだよ」
「口をつぐめ駄犬ども!!」
再びぱぁん!とムチの音が鳴った。またほかの先生が肩を揺らす。彼らが怒られてる訳では無いのに、可哀想な事だ。
正直言えばテストでいい点を取ることなど簡単だ。勉強に真面目に取り組めばいい。だけどそれはめんどくさくてつまらない。だから手を抜く。それだけの事なのだ。たまに点数を操作して合計777点を目指す遊びをしたりもする。1番を目指すより、自分たちの面白いを追っていたい。それだけなのだが、先生からすればその行為は許されないことらしい。
「貴様らには躾が必要なようだな」
考えていたことが表情に出ていたのか、先生に思い切りムチで頭を叩かれた。角に当たって痛い。周りの皆も同じように頭を叩かれている。ブーイングが巻き起こった。ぶーぶー!と皆して先生を非難する。
「痛い!ねえこれ体罰でしょ先生!」
「そうだそうだー」
「うるさい!キャンキャン吠えるな仔犬ども!図太いNRCの教員がお前たちのせいで既に3人もノイローゼになっているんだ!少しは罰が必要だろう」
ぱぁん!ぱぁん!ムチの音が響く。ガラガラと扉が開かれて、校長が入ってきた。またやってるんですかなんて呑気なことを言いながら私たちを眺めている。助ける気はさらさらない。困った。この場から逃れる術がないのだ。これは夜になるまで説教コースだろう。怒っているクルーウェル先生は私たちを帰すつもりがない。怒声が耳を劈く。放送を無視していた方が楽だったかもな、とちょっと後悔をした。
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オクタヴィネル寮生は飛行術が苦手らしい。8割ほんとで2割嘘だ。大体のオクタヴィネル寮生は飛行術が苦手で浮くぐらいのことしか出来ないが、たまに天才的な飛行を見せるやつもいる。僕がどっちに入るかと言うと、8割の方だ。今日も今日とて箒は制御出来ず、好き勝手空中を飛び回っている。
「ジェミニくんまた〜?」
箒の好きにさせていたら救世主が現れた。ふざけた口調で僕をからかいながら、暴れ回る箒を掴んで止めてみせる。赤髪を一つに結った彼女はニカッと笑って箒を離した。さっきまでのが嘘のように箒は大人しい。こいつ、人を選んでるんじゃないか。
「……僕璃瑞とクラス違うはずだけど。サボり?」
「合同授業って説明されてたはずだけどなあ。助けてくれた人にそんなこと言っちゃう?」
「はいはいありがとう」
「雑!」
あははと笑いながら自由自在に空を飛びまわる璃瑞は、僕たちの中では珍しく飛行術が上手い。上手いどころか、飛行術の天才と呼ばれているほどの才能だ。ある大会で優勝したとかなんだとか、入学時から彼女の飛行術に関する話題は絶えない。
「折角の合同授業だし、教えてあげよっか?」
「……癪だけど」
璃瑞が僕の箒の柄を掴んだ。一緒に飛ぶということらしく、彼女の動きに合わせて箒を動かす。失敗しても、おかしな動き方をする前に彼女が正解へ誘導してくれた。1人でも飛べるだろうと判断したのか、璃瑞が手を離す。箒が大暴れしそうになったから慌てて掴み直していた。
「全然言う事聞かないねーこの子」
「借り物だからね。聞く気微塵もないよ」
「えっ、自分の箒は?」
「勝手にどっかいってそのまま行方不明」
「あははは!ジェミニの箒っぽい!!」
笑いながら璃瑞はくるくると回る。同じ動きを強制されるこっちへの配慮はない。上機嫌な璃瑞は、自分しか出来ないような動きばっかして自由に空を飛び回る。1回転、2回転、3回転半して急降下。地面スレスレで急停止して、安全に着地する。周りから拍手が沸き起こった。巻き込まれているこっちとしては居心地が悪くて仕方ない。
「……お前に教えてもらうのが間違いだった」
「でも楽しかったでしょ?」
「恐ろしいだけだよ」
その場を去って木の下に移動する。拍手をしている皆に手を振る彼女は眩しかった。
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「そういえば皆寮長に興味ある?」
食堂の空気が一気に凍りついた。明るいトーンで放たれたその言葉は、学生の間ではしばしば話題になるものだ。それ自体はなんてことない。発したのがあの璃瑞、もといあのグループでなければの話だが。ギギギと錆びたブリキのように声がした方へ首を曲げた。案の定、璃瑞を初めいつもの5人が集まっている席が目に入る。昼食をとっていたらしいほか4人は、璃瑞の言葉に首を振った。
「寮長とか普通に面倒じゃん」
「そんな柄じゃないわ」
「私のとこには圧倒的なのいるからいいかなあ」
「今の寮長に不満ないし僕もいいや」
皆の返答にとりあえずほっとする。周りを見れば俺と同じような奴らばっかりだった。食堂の注目は一気にあの5人になったみたいだ。璃瑞にアリアに狐雪にネーヴェにジェミニ。いつもの5人だなんて言われているあいつらは、色んな意味で有名だ。飛行術の天才に錬金術の天才。ユニーク魔法複数持ちのやつに魔力が底無しのやつ。トドメに魔法薬ならなんでも作り出せるやつと来た。入学当時から彼女たちは才能面で騒がれていた。しばらく経ってからは問題児として生徒と教師の間で騒がれている。そんなやつらが寮長になんてなれば、寮が崩壊するに決まっているだろう。
「そもそも寮長って寮の模範みたいな扱いじゃん。全員向いて無さすぎ」
「確かにそうね」
ふふと笑い声が聞こえた。とりあえず全員寮長に興味は無いらしい。いい結果だ。俺の高校生活の残り半年が脅かされることはない。安心して食事を再開した。学食のグラタンがこんなに美味しいと感じたことは無い。
「あっでもさ、寮長権限とかいいよねぇ。寮のルール変えれるんでしょ?」
「そうだね。というか、寮自体寮長の意のままに出来るみたいな感じかも」
「めちゃくちゃなルールだけ作って寮長やめてやろうかな」
「愉快犯じゃん。でも楽しそうだねそれ」
スプーンが曲がったかもしれないと本気で心配するくらいにはスプーンを強く握ってしまっていた。穏やかになり始めていた空気がまた凍りつく。全員洗脳されたかのように動きを止めて5人を見ていた。現寮長ですら5人の方を気にし始めている。1番恐ろしいのは、5人には寮長になれるだけの実力があることだ。俺らが語る夢物語なんかじゃ断じてない。彼女らは、本当に一時の楽しみを得たいがために寮長になるような性格だ。そんな理由で高校生活をめちゃくちゃにされちゃこっちとしては相当困る。頼むから寮長にだけはならないでくれ。そう願いながら5人の方に注目し続けた。もう食事どころではない。結局、昼休みの終わりを告げるチャイムがなるまで、俺は5人から目を離すことが出来なかった。
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おまけみたいなもの
飛行術の天才→璃瑞
大会優勝常連。既にそういう職の人から声をかけられている
錬金術の天才→狐雪
G〜C級の魔法薬しかつくれないけどそれを錬金術でA〜SSにするみたいな感じ
ユニーク魔法複数持ち→ネーヴェ
現在確認出来ているのは3つ。もっとあるかもしれないと噂されている
魔力底無し→ジェミニ
オバブロ絶対しないマン。魔法対決で相手がジェミニになったら辞退しろと言われてる
魔法薬なんでもつくれるやつ→アリア
G〜SSまで全ての魔法薬をレシピなしでもつくれる。毒が一番得意