羊の角ウサギの耳が生えていたら、可愛がられたのだろうか。自分の頭に生えている大きな角を触りながら、そんなことを思った。この角を見て私を非難した人は少なくない。人間ではない、化け物だと一目で分かってしまう大きな象徴が、例えば獣の耳だとしたら、化け物だとしても受け入れられたのだろうか。石を投げられることなく、家に入れて貰えたのだろうか。考えるだけ無駄な話だ。そんなことは分かりきっているのに、つい考えてしまう。きっと、私はこの角にある種のコンプレックスを抱いている。そうでなきゃ、この角に対して一々悩みを抱くことなどないのだ。無駄な悩みだと分かっているのに抱いてしまうあたり、私も馬鹿なんだと思う。そして、それは多分彼だって同じだ。
目の前で激しく雷が舞う。その光が反射して、彼の頭部の角が現われた。電気を纏った剣が敵を貫く。そのまま横に振り払われ、不意打ちを狙っていた敵も彼の剣技に無惨に散った。バチッと電気が散って、彼の頭部に生えている角が隠れていく。ただの剣に戻ったそれを鞘に納めて、金髪の彼は振り向いた。
「大丈夫だったかい?君を護れたならよかったよ。ここら辺は魔物が多いんだ。危ないから近づいちゃだめだよ。夜なら尚更さ」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。こう見えてそれなりには戦えるから。……それにしても、貴方も不思議な子なんだね」
私に傷がないか確かめていた彼は、私の言葉に対して少し体を強ばらせた。僅かに開かれた目には、恐怖と混乱が入り交じっているように見える。
「綺麗な角だね。私も貴方みたいに黒い角が良かったな。かっこいいね」
「……要らないよ、こんなの。邪魔なだけさ。それにしても、やっぱり見えちゃってたんだね、これ」
はーっ、と彼はため息をひとつ着いて、自身の頭部を指さした。バレていると知ってもなお、角を見せる気はないらしい。それほどまでに角という存在は彼のコンプレックスなのだろう。
「そういえばまだ名前を聞いてなかったね。君の名前は?」
「狐雪。きつねにゆきと書いて狐雪だよ。貴方は?」
「僕はキャロル。この国で騎士をやっているんだ。よろしくね」
歩きながら自己紹介を終えた。キャロルの持っている灯りを頼りに街を目指す。歩いている間、キャロルは何故私があんな危険な場所に居たのかを聞いてくれた。職業柄気になることもあるのだろう。特段隠すような話でもないし、素直に起こったありのままを話すことにした。
「私は各国を旅してるんだ。それで、少し前にこの国のある街に着いてね。泊まらせてくれる宿がないか探してみたんだけど、どこもいっぱいだって追い出されちゃって。街の人にも泊めてくれないか相談したんだけど、化け物を泊めるものかって拒絶されちゃって。仕方ないから野宿出来そうな所がないか探してたの。そしたら魔物に襲われて、そこにキャロルが助けに来てくれたってわけ」
「……そうだったんだね」
キャロルは神妙な面持ちで私の話を聞いていた。暫くして、今目指している街が私が追い出された街かどうかを聞いてきた。キャロルから出された街の特徴にピンとくるものは一つもなかった。きっと違う街ということなのだろう。そう言えばほっとしたように胸をなでおろして、キャロルは進路を変えずに目指していた街へと進む。キャロルはとにかく優しく私に接してくれた。
「キャロルは優しいね」
「…そんなことないさ。だって僕は、今から狐雪ちゃんに対して意地悪なことを聞こうとしてる」
キャロルが振り返った。その双眸に怒りや憎しみを閉じ込めて、私の角を見ている。私へ向けられた視線なのに、私への悪意は一切ない。彼は角に対して怒り、憎んでいるようだった。
「狐雪ちゃんはさ、その角をどう思ってるの?無くなればいいと思ったことは、ないの?」
何故か随分と悲しそうな声音で、彼は質問する。もし角が無ければ。そんな考えは今までいくらでも浮かんできて、そして消滅していった。消滅していった時点で正解なんてわかりきっている。もし本気で無くなればいいと思っているのならば、考えが一度でも消滅するなんて有り得ないのだから。
「無ければ楽だったと思うことはいくらでもあるよ。今日みたいに化け物だって街を追い出されずに済んだだろうし、角を壁にぶつけて痛い思いしなくて済んだだろうし、こんなに頭が重いと思うこともないんだろうしさ」
「……やっぱり、角なんて無い方が」
「でもね、この角ありきで私だから」
俯いていたキャロルの顔が上がる。真っ直ぐにこっちを見ているキャロルの瞳は、大きく見開かれていて、光の反射で輝いていた。
「要らないなと思う反面、私はこの角を誇りに思うよ。だってお母さんから受け継いだ種族の象徴だもん。それに、何も残さず逝っちゃったお母さんの形見みたいなものだからさ、これは。大事にしないと祟られちゃう」
冗談交じりで言えば、キャロルは複雑そうな顔をして自分の角に触れた。隠している角の形を確かめるように全体を触って、手を下ろす。キャロルは自分の手を見つめて考え込んでいた。
「……ねえ狐雪ちゃん。最近獣人の耳や角を手術で切除する方法が確立されたらしいんだ。僕はね、それの実験体になってもいいかなって、薄々思ってたんだよ」
「どうするの?」
「狐雪ちゃんの話を聞いて辞めることにしたよ。種族の誇りなんてものは僕にはないけどさ、たしかに両親から貰った大切なものにちがいないからね。それに結構なお金がかかるらしいんだ。無駄な浪費はよくないからね」
「そうだね。いい判断じゃないの?それにそんなに上手く隠せてるんだから、わざわざ切る必要なんてないよ」
そう褒めると、キャロルは少し照れくさそうに笑って前を向いた。気づいたら街はすぐそこにまで迫っていて、随分と話すことに夢中になっていたらしい。初対面の人とここまで話が弾んだのは久しぶりだ。同じ身の上、とは思わないが、同じような境遇ではあるのだろう彼との会話で楽しくなってしまったらしい。街についてから、彼は親切に宿屋にまで着いてきてくれた。宿屋の店主は初めに私を見て怪訝そうな顔をしたが、次にキャロルの顔を見て血相を変えて空いている部屋を並べだした。結局そこそこの部屋一つ借りてそこで寝泊まりさせてもらえることになった。主人がキャロルにごまをすっているのを横目に、私は借りた部屋に荷物を運び入れる。キャロルは私が無事に荷物を運び終わるまで待ってくれていた。
「ありがとうキャロル。見ず知らずの私に親切にしてくれて」
「こちらこそありがとう狐雪ちゃん。君のおかげで過ちを犯さないで済むことになったからさ。それから、ごめんね。子供なのにあんな話をさせちゃって」
「……私こんな見た目だけど子供ではないよ」
「えっ?」
宿屋のロビーでお別れをする事になって、お互い感謝を伝えあった。キャロルはついでに私に謝罪までしてくれて、根からのいい人なんだろうなと再認識する。そして時々覚えていた違和感の正体は、私は子供だというキャロルの認識だった。
「私ね、妖怪と人間のハーフなんだ。だからこんな見た目でも100歳は超えてるよ」
「……うそ。僕はてっきり、獣人の子供かと」
「騙してた訳じゃないんだよ。ごめんね?キャロル」
「いや、謝らなくていいよ。勘違いしてたのは僕だし……。もしかして、狐雪さんって呼んだ方がいい?」
「それは今のまま狐雪ちゃんがいいなぁ。堅苦しいのは苦手なの」
「そっか。それじゃあ狐雪ちゃんのままで」
ひと悶着あって、キャロルが落ち着いた頃には22時を過ぎていた。そろそろ帰るよ、というキャロルの言葉を皮切りに、お別れは着々と近づいてくる。
「それじゃあね。おやすみ狐雪ちゃん」
「おやすみ。…よかったらまた明日も話さない?仕事が入ってるなら明後日でも」
「いいの?」
「キャロルが良ければ」
「……それじゃあ明日の午後3時。噴水のところで待ってるからさ。一緒にカフェに行こう。共感して欲しいことが色々あるんだ」
「うん。楽しみ」
手を振ってキャロルを見送った。宿屋の主人はもう既に奥の部屋に篭ってしまっている。私も寝ようと部屋に帰り布団に潜る。明日が楽しみだ。優しい彼はきっと美味しいカフェのお店へと連れていってくれることだろう。そこで角に関しての悩みをいっぱい語るんだ。この国で初めて出来た友達は、コンプレックスの種を分かち合えるかけがいの無い友達になった。