武器商人璃瑞璃瑞という名の武器商人がいる。璃月で商売をしている赤髪の娘だ。冒険者たちの間では、「あの子が売る武器は質が高くて良い」と度々評判になる。
そんな璃瑞は、今日も璃月の街を歩いていた。鼻歌を歌いながら賑やかな街を堪能している。時折璃瑞の方を見る者がいるが、璃瑞は無視して街を歩き続ける。璃瑞の商売はまだ始まっていない。客に声をかけてもらうのを、璃瑞は待っていた。璃瑞は素人に売れるような簡単な武器を扱ったりはしていない。扱っているのは珍しい武器だったり、性能の尖った武器だったり、いわく付きの武器だったりと、とにかく難しい物ばかりである。それ故に、璃瑞は客を選ぶ。神の目を持っていて、なおかつ璃瑞と商売が出来る者。それが客に求める最低条件だ。客になるハードルは高く、璃瑞の武器を扱える者はひと握りである。ザリ、と地面と砂利が擦れる音がした。腰に片手剣を提げた女性が璃瑞の元へと歩いていく。
「あの、璃瑞さんですか?」
「うん?珍しいね、女性のお客さんだ」
女性の声掛けに璃瑞は足を止めた。サッと全身を見て、腰に神の目が着いているのを確認する。にこやかに客を迎え入れた璃瑞を、女性は少し警戒しているようだった。
「何をお求めかな?片手剣ならそれなりに良いのがあるよ。例えばそうだなあ、エンシェントヴィシャップから造られた片手剣なんてどう?あなたの元素に性能がピッタリなんだ!」
「その、今日は斬れ味のいいものを買いに来たんです。長年使っていた相棒の斬れ味が落ちてきちゃって」
「なるほど!それならいいモノがたっくさんあるよ。…とりあえず場所を移そうか。ここじゃ商品を見せられないからね」
キラキラと輝く璃瑞の目が細まる。客である女性はゴクリと緊張から喉を鳴らした。璃月人から商人に切り替わった璃瑞は、武器倉庫もとい自宅へと客を案内する。家の中整然としていた。各部屋には武器種ごとのネームプレートが掛けられている。その中から璃瑞は片手剣の部屋を選び、客を中へ招く。部屋の中には多種多様な片手剣で溢れていた。女性が物珍しさに部屋を見回しているのを気にかけず、璃瑞は中央にあるテーブルにひとつ片手剣を置く。カタ、と音がして女性はテーブルに目を向けた。黒い色をした剣はどこか禍々しい。
「うちので斬れ味が1番いいのはこれかな。といってもいわく付きなんだけどね」
「いわく付き……?」
「そう。この剣はかつて岩王帝君の従者であった男が使っていたとされててね、岩も斬れるほどの斬れ味を誇るんだけど、従者がこの剣を使って自死したっていういわく付き。まあただの噂だよ。嫌なら他のモノを紹介するけど、私のオススメはこれ!」
女性は恐る恐る剣を手に取った。どっしりとした重厚感が伝わってくる。璃瑞の許可を得て軽く振ると、ビュッと風を斬る音が聞こえた。
「……これにします」
「ほんと?他にも色々あるよ」
「いえ、大丈夫です。璃瑞さんがオススメと言って1番に紹介してくれたモノですから」
「…いい事言ってくれるね〜。じゃあ契約書にサインしてもらおうかな」
「契約書?」
もう一度剣をテーブルに置いて、女性と璃瑞は椅子に座った。璃瑞がひとつの紙を女性に差し出す。紙の上部分には『契約書』と太い黒字で書かれていた。
「うちで武器を買う人全員にサインして貰ってるんだ。安心して!難しいことは言わないから!」
「はあ……」
ニコニコ笑顔の璃瑞から目を逸らして、女性は契約書を読み始める。
『1つ.武器を粗末に扱わないこと
1つ.当店で購入した武器が不要となった場合、売り払わずに捨てること
1つ.武装をしていない一般人に向けて武器を使用しないこと
契約に違反した場合、違反者には岩喰いの刑を執行する
また、契約の証として契約者には元素力を込めた石を提出してもらう』
最後の一文に多少引っ掛かりを覚えたものの、問題はないだろうと判断して女性は契約書にサインをした。璃瑞は契約書を受け取りひとつ頷き、石をテーブルに置く。宝石と言った方がいいのかもしれない。テーブルに置かれた石は透明で透き通っていた。
「これは特殊な石でね。元素を吸い込むの。あなたにはこの石に元素を送って記録して欲しいんだ。もう一つのサインって感じかな」
「わかりました」
女性が元素を送ると、石は透明から黄色に変わった。その様子に驚く女性に笑いかけて、璃瑞は石を手に取る。ふと、女性の目にふよふよと浮かぶピンク色の物体が映った。どこから来たのかすらわからない仙霊に似たそれは、璃瑞の手にある石に近づく。璃瑞はその仙霊に気づき、石を渡した。ピンク色の仙霊が食べてしまったのか、石は仙霊の中に消えてしまう。
「はい、これで契約完了。その剣はもうあなたのモノだよ。沢山使ってあげてね」
「は、はい!ありがとうございました」
女性は黒の剣を手に店を出る。ひらひらと手を振って女性を見送る璃瑞は、最初から最後まで笑顔のままだった。
___
「……さて、これさえあればやりたい放題ね」
拠点に戻ってから女性は息を吐いた。純粋無垢な冒険者を演じていた彼女は化けの皮を剥がし、いつもの彼女に戻る。彼女は宝盗団だった。冒険者が見つけた宝を横取りし、その宝を売って金を手に入れるのが彼女の生活だった。その生活が、最近苦しかったのだ。神の目を持っているとはいえ、彼女が扱っていた片手剣は宝箱から出てきた質の低いもの。そんななまくらでは盗めるものも盗めなかった。だから彼女は璃瑞から武器を買ったのだ。最強の矛を手に入れた彼女は、昂る気持ちを抑えつつ冒険者の後をつける。宝を見つけて興奮している冒険者の後ろから現れ、彼女は武器を振るった。
___
ピュイピュピュ!と璃瑞の隣にいる仙霊が鳴いた。チ虎魚焼きを食べていた璃瑞はあちゃあと言葉を零す。彼女の仙霊がそう鳴く時は、契約違反者が出た時だ。
「誰が違反したのかなあ。もしかして今日来たあの人?」
「ピュピュイ…」
二本の触角を垂らして仙霊は悲しそうに鳴いた。璃瑞は仙霊をよしよしと撫でながらチ虎魚焼きを食べ切る。店主にお礼を言ってから璃瑞は立ち上がった。目指すは契約違反者の元である。残念ながら岩喰いの刑を執行しなければならない。契約違反者までへの道は石を食べた仙霊が全て教えてくれた。仙霊の道案内の通りに歩くと、帰離原へとたどり着いた。辺りを見回して、しゃがんでいる女性を璃瑞は発見する。宝に夢中になってる彼女を、後ろから殴って気絶させた。確認してから璃瑞は彼女を担ぎ上げる。今度は自分の家を目指し歩き出した。家についてから、璃瑞は一直線に白紙のネームプレートが掛けられた部屋に向かう。中には椅子と棚があるだけで、随分と寂しい部屋だった。璃瑞は彼女を椅子に座らせる。棚から荒縄を取り出し手足を縛って、璃瑞は彼女が目覚めるのを待った。
___
「あ、起きたね。おはよう、久しぶり」
「えっ、え?なに、なによこれ」
混乱する女性の前に椅子を持ってきて、璃瑞は座った。状況が理解できない彼女を意に介さず璃瑞は話し始める。
「ぶっちゃけあなたが犯罪に手を染めていようが構わないんだ。だって私には関係ないし。でもね、お互いのためにも契約には従ってもらいたかったなあって思うの」
「り、璃瑞さん!!私契約を破ってなんてないです!何かの勘違いです!」
「ええ〜そうかな?でもこの子が間違うはずないよ。あの石が間違うはずがない」
ピュ、と仙霊が小さく鳴いた。女性は契約時に使われた特殊な石を思い出す。仙霊が食べたあの石。一体どんな効果があったというのだろう。考えるが、今はそれどころではないと女性は頭を振る。猫を被りながら女性はなんとかしてこの場を逃げ出そうとしていた。このままではまずいと彼女の勘が告げている。
「まあ、言い訳なんていいんだよ。あなたが契約違反したことに間違いは無い。契約を違反した者には岩喰いの刑が待ってるの」
一度立ち上がって、璃瑞は棚から武器を取り出した。女性はその武器に見覚えがない。いや、似た形状のモノを見たことが彼女にはある。彼女が見たモノよりも大分小さいが、あれは確かファデュイが使っていた武器ではないか。今度は椅子に座ることもなく、璃瑞は女性の前に立つ。手には小さな武器が握られていた。
「これはスネージナヤで開発されている拳銃っていう武器なんだ。ほら、ファデュイの人が持ってるヤツに似てるでしょ?あれの小型版。私すっごく興味があってさ、撃ってみたいってずっと思ってたんだ」
銃口が女性に向けられる。女性は本格的に危険を感じていた。このままでは殺されると確信できるほどの殺気が璃瑞から放たれている。必死に縄を解こうと女性は足掻くが、縄が解ける気配はない。銃口が更に女性に近づけられた。唇に銃口が当たる。それは熱を持たないせいで酷く冷たい。
「反動っていうのでね、狙いが外れて撃てないことがあるらしいんだ。銃弾の値段がそこそこするし、使い切りらしいんだよね。だから外したくないの。勿体ないでしょ?だからさ、口開けて」
「いや、!!いやっ、いやいや!!!!」
じたばたと暴れる女性をめんどくさそうに璃瑞は見つめた。空いているもう片方の手で女性の顎を掴んで、顔を固定させる。銃口をグリグリと押し付けて無理矢理口を開かせた。がち、がちゃと歯に拳銃が当たる。ガタガタと震え出した女性に璃瑞は笑顔を向けた。
「ありがとう」
引き金が引かれた。バァン!と爆発したような大きな音がなる。璃瑞の手がびりびりと痺れていた。予想以上の威力に璃瑞は唖然としている。使用者にも影響するほどの威力があるとは璃瑞は思っていなかった。
「……すごい!すごいこれ!」
拳銃を両手で握って璃瑞ははしゃぎ出す。拳銃を照明に翳して、璃瑞はキラキラした目で拳銃を見ていた。まさかこの世にこんな面白いモノが生み出されるなんて!
「…でも死体がグチャグチャになっちゃうのは難点かな〜」
ちら、と女性だったものを見て璃瑞は落胆した。血と皮膚と肉が飛び散った床や壁は悲惨な状況で、死体はちっとも綺麗じゃない。これならいつもの様に頭を切り落とす方が楽だなと璃瑞は壁に掛けられた刀を見た。
「……さてと、仕事しなきゃね!いつまでも契約違反者の相手してたらモラが逃げてっちゃう」
まずはいつもの業者さんに頼みに行って〜、それから、と指を一つ一つ折りながら璃瑞はこの後の計画を立てる。楽しそうに部屋を出ていく彼女の顔には相変わらず笑顔が浮かんでいた。