おいていく死が近づいていると、狐雪は感じていた。怪我の治りが遅くなった。頭が痛むことが増えた。肌がひび割れたように体に亀裂が入っていた。恐らく寿命を迎えているのだろうと、狐雪はひしひしと感じていた。みんなに打ち明けるかどうかを、狐雪は迷っていた。唯一人間ではない狐雪が真っ先に死ぬなど、誰も考えていないだろうから。きっと大きなショックを与えてしまうと思ったから。様々な理由から、狐雪はこの大きな秘密をひた隠しにしている。限界だと感じたら、こっそりと逃げ出し人知れず死のうと考えていた。それは、叶わなかったが。
***
「雪と2人だけで探索に出かけるのは久しぶりね」
「そうだね。いつもは荷物持ちとしてネーヴェかジェミニのどっちかが着いてきてたから」
「ふふ。なんだかデートみたいで妙に緊張しちゃうわ」
スイートフラワー50本に松茸を10本、ついでに絶雲の唐辛子をできるだけ沢山。それが璃瑞から私たちに与えられたミッションだった。雪の言う通りいつもなら男子のどちらかが着いてくるが、この日は2人とも魔物狩りに行っていたため、雪と2人きりだ。順調に素材を集めつつ、たまに雪と他愛のない話をしながら辺りを散策する。途中でスライムやヒルチャールに出くわすことがあったが、雪が片付けてくれた。
「今日の晩御飯はどれだけ豪勢なものになるのかしら。今から楽しみで仕方ないわ」
「肉料理だといいな。最近魚ばっかだったから」
「そうね。鶏肉のスイートフラワー漬けだったりしないかしら」
雑談混じりにスイートフラワーを回収していく。街で売っていることもあるが、自然のものの方が甘くてしっかりしているので、うちの料理人は天然物のスイートフラワーがお気に入りだ。取りこぼさないように周りに注意しながら歩いていれば、スイートフラワーの群生地に行き着いた。品質の良さそうなものを選びながら籠に詰めていく。一等良さそうなスイートフラワーを手に取ろうとした時、地面に雷元素の反応が見られた。
「っ、アリア危ない」
「えっ」
雪が私を押しのける。突然飛び出してきたトリックフラワーの一撃を受けたらしい雪は、苦痛に染まった呻き声を出した。パリ、と乾いた音が響いて、トリックフラワーが倒れていく。ああ、私の不注意のせいで雪に怪我をおわせてしまった。その場に立ち尽くす雪にごめんなさいと声を掛けながら近づく。
「大丈夫?怪我をおってしまったみたいだけど」
「ただの軽傷だよ。これくらい大丈夫」
「その、庇ってくれてありがとう。それとごめんなさい。私の不注意のせいで」
「謝らないで。トリックフラワーの見分け方は難しいからね。仕方ないよ」
「今すぐ治しましょう。雪、こっちを向いて」
「これくらい自分で治せるから。心配しないで」
「でも」
「大丈夫だから。ね?」
雪は一切振り向かずに優しい言葉を私にかけ続ける。何かがおかしい。そう感じて更に雪に近づいた。雪が庇っている右腕は、着物で隠れているとはいえ存在があるとは思えない。そう、まるで右腕が消滅してしまったかのような。
「っ、雪!貴方その腕」
「……アリアのせいじゃないから。気にしないで。近いうちにこうなってはいただろうから」
雪が振り向く。普段は無表情なくせに、振り返った雪は淡く儚い微笑みを浮かべて、真っ直ぐ私を見ている。
「……まさか私が最初だなんて、自分でもびっくりしてるんだ。もう少し持つとも思ってたんだけど、さすがに攻撃を受けちゃったらだめだったみたい」
「…何言ってるの。今からでも治療すれば」
「無理だよ。自分のことは自分が一番理解してる。体が崩壊し始めてるんだ。単なる怪我なんかじゃない。私はこのまま消滅しちゃう」
終始笑顔でそう話す雪は、自分の死を完全に受け入れていた。抗う様子もなく、いつもの淡々とした調子のまま、死ぬことを受け入れている。
「ねえ、やだ、雪。置いていかないで」
「……アリア。私の事忘れてもいいからね。きっと私よりいい人が見つかるだろうから。……ごめんね」
ぱりん、と、音がした。雪の顔にヒビが入って、ガラスのように雪の体が崩壊していく。光の粒が雪を包んで、空に消えていく。必死に手を伸ばしても、雪の存在は掴めない。
「雪、雪、まって。ねえ、うそ、置いていかないで。貴女のこと、忘れられるわけないでしょう。ねえ、雪」
完全に姿を消した雪が唯一残したのは、彼女お気に入りの椿の柄の赤い着物だった。地面に座り込んで、その着物を抱え込む。温かいそれは、さっきまでそこに人がいたことを示すなによりの証拠で。
「……どうしてなの。どうして」
ぽつぽつと涙が流れる。段々と溢れるそれの止め方が分からない。赤い着物に水玉が追加されていく。声を押し殺して泣くこともできず、私は暫くその場にうずくまることしか出来なかった。