アリアが見た怖い夢の話「じゃあちょっと怖い話でもしようかな」
魔物もそろそろ寝に入る頃。寝れなかった僕と狐雪の二人で、焚き火をしながら他愛のない話をしていた。夜に火を囲んで、男女2人で内緒の話をする。文字に起こせばロマンチックだけど、人物が僕と狐雪なんだから救えない。暫くは自分の故郷の話だとか、行ってみたい所だとか、そんな話をしてた。だけどあまりにも平凡な内容にちょっと飽きてしまった。だから、「面白い話して」なんて、酷い無茶ぶりを狐雪に投げた。夜のせいで判断が鈍っていたのかもしれない。それに狐雪は驚くこともたじろぐこともなくじゃあと話し始めたんだ。
――数日前、アリアが怖い夢を見たって話を私にしてきてね。あのアリアが大分弱った様子だったから、どれほど怖い夢を見たのか気になっちゃって。だから話を聞いてみたんだ。
まず、アリアはこれは夢だってはっきり認識してたみたい。もうとっくに失った片目と片腕があったからって言ってた。見回してみたら、辺り一面真っ暗でね。自分の意思で動くことも出来なくて、なんなんだろうこの夢はって最初は思ってたみたい。
暫くして、鈴の音が聞こえてきたの。音のする方を見たら2匹の狐がアリアの方に来てたんだって。アリアから10mくらい離れたところで2匹は止まった。どっちも真っ白の狐だったみたいだよ。2匹の間には人形みたいに綺麗な人間が座っていてね。……ああでも、人間って言うよりは器って言うべきなのかな。生気が全く感じられなくて、抜け殻みたいだったって言ってた。その人間は女の人で、アリアと同じような見た目をしてたの。その人間にアリアが普段着てる服とそっくりのものが着せられて、次の瞬間頭の中にこう響いたんだって。
「コレは?こレは?これ、コれハ?コレハ?だめ?いい?こ、れ、は、」
気味悪くて、アリアは必死で首を横に振ったの。そしたら狐たちがしょんぼりした感じで、人間を壊した。血とかは出てないんだけどね。中身も無かったから内臓も出てないし。陶器みたいに砕けたみたい。それから、狐たちは次の人間を出してきた。今度は少女くらいだったかな?私と同じくらいの子。またアリアとそっくりの服をその人間が着せられて、脳内でこう言われたの。
「コっちは?だめ?コれも?いい?こレは、これ、レ、これは、すキ?」
当然アリアは今度も首を横に振ったよ。今度は狐たちはため息をつく素振りをしてから人間を壊したの。それで、また新しい人間を見せられた。アリアはこんな夢早く終わって欲しいってずっと願ってたって。3回目は男の子だったっけ。ネーヴェみたいな好青年だったと思う。下はズボンだったけど、今回もアリアが着てるものと同じようなものが着せられた。
「これ。ナンかちカう?いいいぃイ?だメ?やだ、いいいい。こレ、こ、こここれコレぇ、こぇ、れ、これ」
脳内に響いてくる声が段々と重くて怒ってるような声になったって言ってた。怖くてアリアはゆるゆると首を横に振った。そしたら跡形もなく人間が壊されて、狐たちがアリアを睨みつけた。なんで?って訴えるような目線だったって。4回目にきた人間はアリアそのものみたいだったらしいよ。髪色も肌色も髪型も体型もそっくりで。ただ違うのは腕があって目があること。今度人間に着せられたのは着物だったの。桃色の着物に黄色の帯。頭に赤の宝石が嵌め込まれた簪をつけられた人間は、確かに自分の口でこう言った。
「いい?」
声まではさすがに似てなかったけど、確かに人間が言葉を発したの。その事実にアリアは動くことすら出来なかった。首を振らないのを肯定と取った狐たちは大喜びしてた。人間は生気を取り戻したかのように生き生きとしてて、アリアの元に向かってきてた。その手には白い宝石の埋め込まれた簪があって、アリアは本能的にあれはダメだって思ったらしいよ。恐怖とかそうゆう色々なものを押し殺して、アリアはか細い声で
「だめ」
って言ったの。
そこで夢は覚めて、起きたときには泣いてたって。怖くてたまらなくて私のとこに来たって言ってた。ふふ、可愛いよね。あ、ちゃんと慰めたよ?背中をさすったし、頭も撫でたし、ついでに暖かいお茶もね。暫くそうしてたら落ち着いたみたいで、ありがとうってお礼して部屋から出ていったよ。
「はい、おしまい。……オチとかないよ?」
狐雪はそう言って話を閉じた。そろそろ寝ようかな、なんて呑気に言いながら、まだ寝るつもりは無いのかこの場から離れようとはしない。
話の途中から色んなものが引っかかって仕方がない。アリアは本当にそんなに詳しい内容を狐雪に話したのか。なんで狐雪は詳細を覚えているのか。なんで狐雪は楽しそうにその話をしたのか。
確信はない。だけどこのまま放っておくのは気持ち悪かった。
「ねえ、狐雪」
「うん?」
「それ、本当に全部アリアから聞いた話?」
弱い風が吹いた。焚き火の火が少し揺れる。狐雪は驚いたように僕を見て、声を上げて笑いだした。あの狐雪が笑っている。声を上げて、あはは!と狂ったように。
「ふっ、あは、ははははっ、あっはは!流石にあそこまでするとわかるか」
「……やっぱり、君の仕業なの」
「失敗作だったけどね。本当はあそこまで不気味じゃないよ」
開き直ったかのように狐雪はあっけらかんと言い放った。普段無表情な彼女の笑顔は不気味そのものだ。
「私はアリアが好き。好きな人には幸せでいて欲しい。アリアにとっての幸せってなんだろう。ずっとずっと考えてたの」
「それで奇妙なファッションショーを?」
「気に入った体があればアリアに贈ってあげたかったの。魂の移し方って意外と簡単なんだよ」
幼い顔で怖いことをサラッと言ってのける。残念だったな、と感情の籠ってない台詞を狐雪は呟いた。きっと今回で諦めるつもりはない。
「アリアも厄介なのに目をつけられたね」
「ネーヴェがそれを言う?」
「……まあ、あいつのは人が出来る範疇だから」
「大概だと思うけど」
軽口を言い合って、もう薪が少ないから寝ようと思った。薪を棒でつついて砕き、寄せ集める。消えるまでそう時間はかからない。
「次はどんなことやるつもりなの」
「うーんどうしよう。……あ、体がダメなら部位はいいのかな」
ぱち、ぱち、と音が鳴る。火花が空へと舞い上がっていった。
「部位って……」
「体ごとがダメなら、目とか腕とかならいいんじゃないかと思って。まずは目かな。綺麗なの集めなきゃ」
「……ねえ、狐雪。もしかしてなんだけど、夢に出てきた子達って」
僕が想像したものがわかったのか、狐雪は三日月形の笑みを浮かべる。悪魔の微笑み。自分がしていることがどれだけ異常なのか、きっと彼女はわかってない。わかってないから、こんなに残酷なことを楽しそうにできる。
「贈り物は、綺麗で、新鮮で、本物じゃないと意味無いでしょ?」
にこりと笑った狐雪の笑顔がこびりついて離れてくれなかった。