ジェミニが吐く話吐き気を催すほどの邪悪など存在しない。目の前で家族を殺され嘲り笑われたくらいで、こんな気持ち悪いものが催されてたまるもんか。存在しないというより、存在しないで欲しい。そんな現実逃避をしながらジェミニは目的の場所へ向かっていた。腹が張り、体が寒くて震え、脂汗が滲み、ひたすらに口に唾が溜まる状況であろうと、歩みを止めることはなかった。吐き気の原因なんてどうでもいい。どうせ食べ過ぎとかそんなんだ。住宅地の入り組んだ道を迷うことなく進んで、ある家の前で止まった。少し屈んだ体勢で、口元をおさえながらインターホンを押す。とたとたと軽い足音が聞こえてきて、扉が開いた。人が迎えるのも待たずにジェミニは中に駆け込む。ちょっと、という制止の声が聞こえたが知らんぷりだ。トイレの便器を上げ、そこでようやくジェミニは吐瀉物を吐き出すことが出来た。
「う、ぇっ、っぐ、……はっ、は、ぁ」
腹の中身全部ぶちまける勢いで嘔吐く。薄橙とも茶色ともとれない色のぐちゃぐちゃが水に浮かぶ。肉の破片みたいなものがあった。ああそういえば、あのパンにはベーコンが挟まっていたような。
「う゛っ、ぇ、っか゛、ぁ」
「……そんなことだろうと思った。はい水」
再度襲ってきた吐き気に抗いもせずまた吐いてれば、閉めたはずの扉が開けられて誰かの声がかかる。喉の痛みと口の気持ち悪さに顔を歪めながら振り向いた。コップに並々と注がれた水がまず目に入る。奪い取るようにコップを取って中の水を口にした。口腔に残っていた吐瀉物が水と混ざる。とても飲み込む気になれない。便器に吐き出せば濁った水が唾とともに浮いた。
「ジェミニは別に虚弱じゃない、って記憶してるんだけど」
「そうだけど?……はぁ、っ。きもちわる、」
「なんで私のとこに来るかなあ」
「近かったんだもん」
「今授業中なの理解してる?」
「してるわけないだろ。狐雪ってそんなにバカだった?」
2、3度うがいを繰り返して、水がなくなったから、ジェミニはコップを返した。コップを返された狐雪はため息をついて、複雑そうな顔をして去っていく。多分キッチンにコップを片付けにいったんだろう。それか外に出てコップを割りに行ったか。ー、と声を出してみる。喉がイガイガするし痛い。気持ち悪い。うがいしたとはいえ暫くは残るだろう気持ち悪さに辟易とした。吐くこと自体は初体験ではないが、経験するだけ損だと毎度思う。
大と書かれている方のボタンを押して水を流した。これで吐瀉物ともおさらばだ。腹ももう苦しくないし、吐き気も込み上げてこない。あとは喉の痛みと口の気持ち悪ささえ消えればパーフェクトだ。
「ジェミニくん。終わったなら帰って」
「はいはい邪魔したね先生。帰りケーキ買ってきてよ」
「やだ」
不機嫌そうな狐雪に押し出されるようにその家を出た。家と言うよりは教室が正しい気もするがどうでもいい。
「あ、そういえば四限あるっけ」
まあいいやサボろう。気分悪いし。迷うことなくそう決断して次の電車は何時だったかとスマホを取り出す。15分後と書かれた出発時刻を目にして、ジェミニは駆け足で駅へ向かった。