遊び回るジェミニと初心なネーヴェ遊び相手が勝手に恋してきたから、連絡先をブロックした。これでまたフリーの状態だ。あーあ、と呟いてスマホを仕舞う。久しぶりにバーに行こう。
男が好き。だけど恋人なんていらない。恋だ愛だなんて、ただの足枷にしかならない。面倒なだけ。だから一夜の遊び相手くらいが丁度いい。お気に入りが見つかれば少しだけ関係を維持する。そんな感じで今まで過ごしてきた。今夜はどんな奴に会えるだろう。少しだけ、ほんの少しだけ期待しながらバーに向かう。階段を降りて、目の前に立つ扉を開けた。控えめなライトと静かな音楽が迎え入れる。そそくさと中に入って、カウンターの端に座った。バーテンダーにグラスホッパーを頼んで店内を見回す。パッとしない人が多い。なんだ、今日はハズレか。
「グラスホッパーになります」
かたん、と小さな音を立ててバーテンダーがグラスを置く。必要なことだけ言い残して去っていってしまった。くるりとグラスを回して、口を付ける。酒の中じゃ甘い部類だけど、やっぱり苦い。
ぎぃ、と扉が軋む音がした。入口に目を向ける。男が2人、新たに入ってきた。1人はフラフラと人が集まるテーブル席に向かって、もう1人はカウンターに向かってくる。僕からひとつ分席を開けて、座った。注文を聞きに来たバーテンダーに烏龍茶とぶっきらぼうに言い放って、はあ、とため息をついている。ここからは横顔しか見えないけど、整った顔だ。アクセントのような水色のメッシュが明るい茶色の髪によく映える。白い肌に浮かぶ赤の唇が光を反射して艶めいている。僅かに濁った瞳に射抜かれたらどんな心地になるだろう。ルックスは完璧だ。うん、今日はこいつと遊ぼう。今までで1番の逸材が、あっちから来てくれた。
「……ねえ、君、今夜空いてる?」
「っえ、」
彼の隣の席に移動して、机に置かれていた手に自分の手を重ねた。下から覗き込むようにして話しかければ、彼は驚いて言葉を詰まらせる。
「遊び相手探しに来たんでしょ?」
「ぁ、えっと、、今日は酔った友達に無理やり連れてこられて」
「……こうゆうとこくるの初めて?」
「まあ……。男同士、っていうのは、初めてだよ」
赤らんだ顔が気まずそうに下へ向く。この反応、もしかしてこいつ、ノンケなんじゃないか。めんどくさいなあ、なんて思いつつ、逃してやる気はさらさら無い。だって興味があるのだ。重ねた手を軽く握って意識をこっちに引っ張る。
「僕はジェミニ。君の名前は?」
「ネーヴェ…」
「ネーヴェ、男同士も結構楽しいよ」
顔を向けてきたのをいい事に、唇を合わせた。ほんの一瞬触れるだけの簡単なキスを、ネーヴェはまだ理解出来ていないらしい。呆けた顔で僕を見て、数秒経って自分の唇を指で触る。
「嫌だった?」
「嫌、じゃない」
「そっか。ネーヴェ、今晩付き合って」
目を細めて笑いかけた。ネーヴェは暫くの間目線をさ迷わせて、1度強く目を閉じてから僕を見る。僕の頬に空いている手を添わせて、さっきみたいなキスをした。
「……僕でよければ」
「ふ、ふふ、ふふふっ。キザだね、かっこいい」
「おちょくらないでよ」
「ごめんごめん。……早く連れてって、王子様」
2人分の料金を机に置いてバーを出る。近くのホテルに行こう、とネーヴェに伝えて歩き出した。ネーヴェは緊張してるのか、歩き方がぎこちない。こんな王子様フェイスしてるくせに、慣れてないんだ。可愛いな、なんて柄にもなく思ってしまう。
「ああそうだネーヴェ」
「…何」
「男だからって激しくしないでね」
「えっ、は、はぁ……!?」
真っ赤になったネーヴェの顔が、夜だっていうのによく見える。あれ、そういえば相手の名前を聞いたのなんて初めてかも。柄にもなくはしゃいでるのかもしれない、なんて。ネオンライトでギラついた街中を歩きながら鼻歌を歌う。隣のネーヴェは困ったように笑っていた。