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    RacoonFrogDX

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    RacoonFrogDX

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    脱出に成功したと思ったら、先手を打たれた。

    『異世界に召喚されたけど『適性:孫』ってなんだよ!?』(3)街の出入り口付近で、オレは件の"案内役"と落ち合った。

    「マクラギ様、お待ちしておりました…私はグラム。
    ハイレム王国の騎士団に所属しております、軍人でございます。
    通常はベルゾーン様の護衛を務めておりますが、このたびは貴方様を国境まで
    案内するように仰せつかりました…短い間ですがどうぞよろしくお願いいたします。」

    「…よろしくお願いします。」

    グラムは元の世界では存在しないタイプの人間だった。

    見た感じそれなりの年齢なのではないかと思われるのだが、体つきはガッシリと
    たくましく筋骨隆々…鼻下とアゴの周辺には立派なヒゲを蓄えており威厳があった。

    いかにも"ファンタジー世界の住人です"といった風貌である。

    元いた世界では普通、人間は年齢と共に肉体が衰えていた。
    この世界では加齢による能力の減退が無いか、あっても緩やかなのかもしれない。

    ともかく、ゲームなどでは割と見掛けるパワータイプのお爺さんだった。

    「ずいぶん軽装ですが、装備を整えなくとも宜しいのですか?」

    そう指摘されて、オレはハッとなり自分の着ている服を見た。

    夜勤明けの仕事終わりに召喚されたため、完全な私服だった。
    動きやすいが、防御力はあってないようなものだろう。

    「すいません、街の風景を眺めるのに夢中になっていて…」

    実際、見慣れぬ異界の景色にテンションは上がっていたが…加えて夜勤明けの
    疲労状態、突然の異世界転移、追放と、情報が多すぎて頭が回っていなかったのだ。

    今は妙に興奮しているから大丈夫だが、アドレナリンが切れた時が恐ろしい。

    「…まあ、私は構いませんが。
    道中に魔物は殆ど現れませんし、夜までには到着する予定ですので。」

    グラムは呆れた様な表情でオレから視線を外すと、
    何もない場所から大きな馬を出現させてそれに飛び乗った。

    「この場で喋っている時間も惜しいので、どうぞ私の後ろへ。」

    突然出現した馬に呆然としているオレに対し、グラムは冷たく言い放った。

    "早く乗れ"と促されたが…乗馬の経験など勿論なく、馬の乗り方すら
    知らなかったのでオレは老騎士に引っ張り上げてもらうことになった。

    「では、しっかり掴まっていて下さいますよう。」
    「は、はい…!」

    老騎士の合図で馬が勢いよく駆けりだした。
    オレは振り落とされないよう、グラムに必死でしがみついた。





    街道と思しき場所を、馬は軽快に駆け抜けていった。

    「あの…目的地って、今はどこに向かってるんですか?」

    転移直後のあの場では何か質問するような余裕はなかったので、
    グラムに色々と聞いてみることにした。

    「国境付近にあるサウズという町です。
    ハイレム王国は南は海、他の三方は大きな山で囲われており隣国まで移動するには山道を通らねばなりません。
    サウズはその手前に位置しており本日はそこで宿を取ります…ああ、基本的に走り通しだと思って頂ければ。」

    「えっ、マジですか…」

    「はい、この馬であれば可能ですので。」

    「そういえばこの馬、何もないところから出てきましたけど…」

    「精霊馬…私のスキルで生成した"魔法の馬"といったところでしょうか。」

    "精霊馬"て、お彼岸じゃないんだから。

    …いや、アレは"しょうりょううま"だっけ、
    異世界だから正しく"精霊の馬"ってことなのかな。

    しかし、この王国がどの程度の大きさなのかは知らないが
    王都から国境まで走り通しというのは明らかに強行軍だろう。

    そしてグラムは顔色一つ変えずに馬を操っているが、
    オレは激しく揺れる馬の背の上で気分が悪くなりつつあった。

    こうなってはのんびり質問している場合ではない。
    オレは吐き気を堪えながら目を閉じておくことにした。





    「…異世界は、馬に乗る必要がない程度には平和な世のようですね。」

    馬から降りるなり大の字で地面に転がったオレを見て、グラムが呟いた。

    「ハハ…まあ、そうですね…うっぷ。」

    そう声を掛けられたオレはというと…割と限界に近かった。
    戻すのを我慢しながら力なく笑うのが精いっぱいな有様だ。

    太陽の位置から推測するに、今は昼下がりくらいだろうか…

    精霊馬は召喚しておくのも動かすのにも体力を消耗するらしく
    オレのため、というよりはグラム自身が休むためにこの場所までやって来たのだった。

    「一応説明しておきましょうか…
    ここは目的地であるサウズの一つ手前、ミルズという村の近くに位置する森の入口です。
    森の中は涼しく、きれいな泉もあるので、休憩をとるには丁度良い場所というわけです。」

    グラムは馬を消したあと、そう話しかけながらオレの方に近付いて来た。

    「気分が優れないようなので、泉までご案内致します。
    冷たい水で顔を洗えば目も醒めるのではないでしょうか。」
    「…そうですね、お願いします。」

    顔を洗えば治るとか、そういうレベルの具合の悪さではなかったのだが、
    現地人であるグラムからこの世界について諸々聞いておきたかったので
    オレは自分の身体にムチ打って泉まで案内してもらうことにした。

    森の中は薄暗かったが、日差しが遮られるお陰か確かにひんやりとしていた。

    「…あの、グラムさん。」
    「何でしょうか。」

    オレは歩きながらグラムに話しかけた。

    「元の世界に戻る方法って、ないんですか?」

    まず、一番聞きたかったことをぶつけてみた。

    「異世界から転移して来た人間の話は時々耳にしますが、
    元の世界に戻ったという話は私は聞いた事がありません。」

    「…そうですか。」

    予想はしていたが、やっぱり期待薄か。

    ハイレム王がアフターフォローを考えたうえで儀式を行ったとは思えないし
    万が一帰る方法があったとしても絶対に教えてくれないだろう。

    本格的にこの世界で生き抜くことを考えなければならなくなった。

    「そういえば頂いた金貨についてなのですが…
    これは、どの程度生活出来る金額なのでしょうか?」

    「そうですね…田舎であれば節約して二週間程度でしょうか。
    その間に冒険者としてギルドに登録するのか、奴隷となって
    日銭を稼ぐか…その辺りの異世界ライフは、どうぞご自由に。」

    手切れ金として与えられた生活費は思っていたよりも少なかったらしい。
    ついでに異世界では定番の"冒険者ギルド"も存在していることが判明した。

    「冒険者ギルドって、無一文でも登録可能なものなんですか?」

    「特別な事情がある場合を除けば、僅かな登録料さえ払えばすぐ登録出来ます。」

    「なるほど、ありがとうございます。」
    「…いえ。」

    …正直、あの国王の"護衛"と聞いてオレはグラムを警戒していた。

    「ええと、ステータスの能力欄なんですけど…」

    「各能力の大まかな状態が星の数で示されています、全部で十段階。
    あくまで大体の目安でありその日の体調などによっても変動します。」

    しかし当の老騎士は傲慢なこともなく会話への返答も実に丁寧。
    その印象は、主君であるハイレム五世のソレとは真逆であった。

    そんなグラムが何故暴君の下で働いているのか…不思議には思ったものの
    これなら暗殺される線はないかもしれないと、オレは少しばかり安堵した。

    疲れきった頭で色々と考えていたせいだろうか、オレはうっかり

    「それにしても、不思議ですね…」

    と、考えていたことを口からお漏らししてしまった。

    「…何がでしょう。」

    グラムは、自分の後を追うオレの方を一瞥した。

    「あー、いえ…何でもありません…あはは。」

    慌てて言葉を濁したものの、誤魔化せたかは怪しかった。

    召喚された身としてはベルゾーン・ハイレムは悪の権化だが、グラムにとっては己が命を捧げる主君である。

    機嫌を損ねて切り捨てられるのだけは避けたかった。

    「…何故、私があの男に仕えているのか、不思議なのでしょうか?」
    「えっ?」

    予想外の返事が飛んできたせいで、咄嗟にそう返してしまった。
    これではグラムの返答に対して肯定の意を示したようなものである。

    焦るオレに対して、グラムはその場で足を止めて話を続けた。

    「私は前代…ハイレム四世にあたるベル・ハイレム様に仕えておりました。
    御令息であるベルゾーン・ハイレム様に仕えていても何ら不思議ではないでしょう。」

    年齢や役職の重要さを鑑みてグラムが古参の臣下である可能性は
    ボンヤリ浮かんでいたのだが、どうやらそれは正解だったらしい。

    だが…その話を今、敢えて深堀りする必要があるだろうか?

    「ベルゾーン様は甘やかされ過ぎました。
    権威を振りかざす、傲慢な暗愚となってしまった。
    周囲の者は抹殺されるのを恐れてあの男には逆らえません。
    私も全く馬が合いませんが、あの男はそれを認識したうえで
    敢えて私を護衛としているのです…何かあればいつでも"処分"出来るように。」

    グラムは、唐突に自身とハイレム王との事情を明らかにし始めた。

    しかしこれ、いくらオレがこの世界の政争とは無関係な人間とはいえ
    出会ったばかりの部外者に話していい内容ではない気がするのだが。

    もしオレが密告すればグラム自身の首が物理的に飛んでしまいかねない危険な心の内。

    …それを何故、今、オレに話しているのか。

    「あの、グラムさん…?」

    不審に思ったオレがグラムに声を掛けようとした、その時だった。

    空を切る音と共に、オレの眼前へ何か銀色の塊が突きつけられた。

    「…ッ!?」

    心臓が大きく脈を打った。

    「私がベルゾーン様に"退いて頂く"としても、入念な準備が必要となります。
    不意打ちで首を飛ばすとしても、その為の隙は信頼によってしか生じません。
    …ですから、私はこうすることで業を負うこととなっても、後悔致しません。
    大業の為に、私はあの男の信頼を勝ち取らねばならないのです。」

    グラムは獲物を狙う猛獣の様な鋭い視線を、コチラに向けていた。

    鞘に納められていたはずの剣の切っ先は、今やオレの目と鼻の先にあった。



    「マクラギ様、貴方を殺します。」



    突然の豹変に、オレは小さく悲鳴をあげて尻餅をついてしまった。

    グラムの独白は、オレと自分自身を納得させるための「言い訳」だったのかもしれない。

    元の世界でも"知ってはならないこと"を知った人間は、往々にして悲惨な結末を迎えるのが定番だ。

    自分は"大義"の為に罪無き人間を殺す…オレは大義の為に殺されるが、無駄死にではない…という。

    グラムは、最初からオレの殺害を命じられていたのだろう。

    あのクソッたれな国王は、やはりオレを殺すつもりだったのだ。

    こみ上げる怒りを、目前に迫る死への恐怖が呑み込んでいった。

    …死にたくない。

    血液が逆流した。

    脳が異常な速度で回転した。

    無意味な抵抗かもしれない。

    顔が、熱く火照りはじめた。

    …死にたくない。

    グラムは剣を振りかぶった。

    その視線はひどく冷たかった。

    死にたくない!

    死にたくない!!

    死にたくない!!!

    オレは自然と手を突き出して、自分を護ろうとした。










    「ッ………格納!!!」









    最期に口を突いて出たのは、自分でも予想外の言葉だった。

    異世界への転移で与えられた、何に使うのかも分からないスキル。

    剣の軌跡が白く煌めく線となり、鋭い刃が深々と突き刺さる音がした。

    オレはあらゆる限界を迎え、糸が切れた様にプツリと意識が途切れた。


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