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    RacoonFrogDX

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    RacoonFrogDX

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    決戦の夜

    『異世界に召喚されたけど『適性:孫』ってなんだよ!?』(20)深夜、夜警の人間以外は寝床で眠りに落ちている頃…暗い路地裏から姿を現す者がいた。
    黒い装束を身に纏った男は、音もたてずに旅籠の屋根へ飛び移ると、建物の一角にある
    部屋の窓を静かに開けた。
    猫の如くしなやかな動きで内へと侵入した男は、おもむろに短剣を取り出した。
    そして二台並んだベッドへ滑る様に近付くと必要最小限の動きで刃を振るった。

    「―ッ…!?」

    瞬間、男に対して何かが高速で射出された。
    男が辛うじて躱し後方に飛び退くと、何かは壁に衝突して床を転がった。
    窓から降り注ぐ月光を浴びて煌めいたそれは、実に平凡な銀貨であった。

    「でやッ!」

    銀貨に意識が向けられた一瞬の隙を部屋の住人は見逃さなかった。
    放たれた殺気を知覚した男は、顔を本能的に数寸、後ろに引いた。
    長柄の剣の切っ先が目の前を通り過ぎたのは、その直後であった。

    「随分深夜にやって来たもんじゃのう、セブ!
    我が孫の眠りを妨害するとは、良い度胸をしている!」

    魔法でランプに火を灯しながら、白髪頭の翁は怒気を含んだ声で言い放った。
    それと同時に男が一人、もう一方の寝台から飛び出すと部屋を出ていった。

    「チッ、文句を言いたいのはコッチなんですがねぇ~…グラムさん。
    何でハイレム王裏切って異世界のオッサンと逃避行してんスかぁ?」

    グラムと呼ばれた男は、殺気を湛えながら笑みを浮かべていた。

    …まあ、一瞬で殺れるとは思ってなかったですケド。

    セブと呼ばれた暗殺者は、そんなふうに考えながら話を促した。

    「あの暗愚には愛想が尽きたんでのう!少し早いが隠居じゃ、隠居!」
    「なら、ついでにオレがこの世からも隠居させてあげまぁーす。
    てかアンタら無駄に逃げ過ぎ…発見まで無駄に時間掛かってるんスよ。
    サクッとお仕事終わらせたいんであんまり抵抗しないでくださいね~。」
    「ほほう…キサマ、自分が始末する側だと思うておるか。」
    「ジジイは大人しく若者に道を譲った方が印象良いです…よッ!」

    返事を言い終わるか終わらないかといったタイミングで、
    セブは鋭利な針状の暗器を数本、グラムに向かって投げ放った。
    グラムは針が投げられた瞬間、それらを避けながら前方へ跳躍し、剣を振るった。

    重い一撃を飛び上がって躱したセブは、天井付近から暗殺対象へ向かって再び針を飛ばした。
    グラムは剣を振るう勢いのままに刃を床に突き刺すと、その反動を利用して逆立ちする様に体を跳ね上げた。
    床に刺さっていく暗器を尻目に、グラムは跳ね上がった遠心力を利用して暗殺者に強烈な蹴りを繰り出した。

    「ッ…マジかッ!?」

    セブは体を無理やり動かして老人の足技を避けながら、壁を蹴って体を真横に飛ばした。
    暗殺者は床に降り立つまでに三たび暗器を放ったが、グラムは魔法で水の壁を出現させて針を無効化した。

    「…クッソ萎えるんですけど…何スかその動き、化けモンなんスか?」

    ハイレム王国…グラムと同じ主人に属していたセブは、この老騎士が
    どの程度の実力で、どのような戦法の使い手なのかをよく知っていた。
    身内だからこそ確実に殺せる…と少しばかり高を括っていたセブにとって、
    グラムの異様な動きは完全なる"想定外"であり、動揺を生む要因となった。

    「はっはっは、孫との平穏な暮らしを邪魔する輩はワシがすべて退けようぞ!」

    月明りを背に、笑顔で殺気を放ち続けるグラムからはどこか狂気的なおぞましさが感じられた。
    明らかに何らかの影響下にあることは容易に推測出来たものの、その解明は後回しでよかった。

    「身内でもないオッサンを孫とか呼んでんのキモくないッスか?
    はぁー…だるー…そんじゃオレ、先にタツルきゅん殺しますわ。」
    「何ッ!?」

    面倒な相手は後回しで問題ない、まずは本命の方を片付けるべきだろう。
    セブは足止めとして数本暗器を放つと、部屋の出口に向かって跳躍した。

    「くっ…待て! キサマッ!」

    グラムは暗器を叩き落としたが、暗殺者は既にドアを開け放った後だった。

    恐らく、さっき逃げ出した男が異世界人なのだろう。
    今の今まで、宿の外へと出たような音はしなかった。
    必然的に、どこか別の部屋に隠れた可能性が高い。
    つまり逃げおおせられる程の力量がない。
    異世界人は端的に言えば…雑魚。

    セブは優秀なアサシンだが、グラムの異様な動きを見て僅かにではあるが動揺していた。
    それ故に、暗殺者は今しがた犯した失敗を再び繰り返している事に気付いていなかった。

    部屋から飛び出した暗殺者は










    「『格納』!」










    …セブは糸が切れた人形のように、廊下に倒れこんだ。
    想定外の動きをみせたのはグラムだけではなかったのだ。










    「おいおいおい、何の騒ぎだ!? 夜中にドッタンバッタンうっせェな!!」

    先程からの騒ぎに気が付いたゼブラとリミカが駆け足で二階に上がってきた。
    まあ、短時間とはいえ普通に交戦すればこうなるのは目に見えていたことだ。
    オレは何かの作業を中断して立ち上がった様に振る舞い、二人を出迎えた。

    「あっ…お二人とも、すいません起こしちゃいましたか。」
    「寝てたら急に音と振動が響いてきて驚いちゃいました。」
    「おう、こりゃあ何の騒ぎですかねえ、タツルさんよ?!」
    「あの……部屋に黒曜虫が出まして。」

    "黒曜虫"。
    オレの報告を聞いたリミカは小さく悲鳴を上げた。

    「えっ、黒曜虫!? やだ、私あの虫だけは駄目なんですよ…あの黒光りする体! 素早い動き!」
    「同感です…さっきふと目が覚めた時、私の目の前に虫がおりまして…ビックリして飛び起きたら
    "鬱陶しい虫め、探し出して潰してやろうぞ!"と、グラム爺ちゃんが大捜索を始めてしまって…。」
    「く、下らねえ…」

    事の次第を聞いたゼブラは呆れてため息をついていた。
    正直オレもそう思うが、この場で話す内容としてはこれで問題ない。

    「…そんで? 虫は仕留めたのか?」
    「すいません、たった今、仕留めたところだと…」

    オレが二人を引き連れて部屋に入ると、
    グラムが丁度虫の死骸をつまんで運んでいるところだった。

    「ひえっ!」

    それを見たリミカが再び小さな悲鳴を上げた。

    「一々ビビんな、黒曜虫なんざ調理場でしょっちゅう見てんだろ?」
    「しょっちゅう見ていても駄目なものは駄目なの!」

    「おや、起こしてしまいましたか…これは申し訳ありません。」

    親子の姿を認めたグラムは死骸を持ったまま頭を下げてみせた。

    「強盗とか、そういった大事じゃなかったんで別に構いませんがね…
    っと、その死骸を片して貰えるとありがたい…リミカが嫌がるもんで。」

    「おや、これは重ね重ね申し訳ない。」

    そう言うと、グラムは開け放たれた窓に近付き黒曜虫を投げ捨てた。

    「いや、ご心配をお掛けしたようで…申し訳ありませんな。」
    「問題ねーです。 そんじゃ、朝食はいつも通りの時間に。」
    「すいません、お邪魔しました。」

    事の顛末を見届けた二人は、眠たそうにしながら部屋を出ていった。

    オレがゼブラ達が一階まで降りたのを確認し伝えると、
    グラムはベッドの下から暗殺者の体を引っ張り出した。

    「さて、迎撃には成功したが…最後の仕上げはこれからじゃ。」
    「承知してるよ、やってみる。」





    …迎撃作戦を簡潔に示すと、わずか二項目に纏まってしまう。

    ①グラムが追手を廊下に追い出す
    ②部屋から出てきた追手の魂を『格納』する

    実際は項目ごとにもっと細工をしたり準備をしたりで忙しかったが
    最後の仕上げをしながらこうして作戦をなんとなく反芻する分には
    短くまとめた方が良いだろう。

    グラム曰く、暗殺であれ自身の痕跡はなるべく残したくないものだから
    敵は恐らく扉からではなく窓から入ってくるだろうとのことだったので
    それを念頭にベッドの配置変えや罠の設置を行った。

    そして、グラムが暗殺者の気配に気付けない可能性を考慮してキラメキドロンを
    床に設置して、オレ達以外に動くものがあればコインを撃ち出すよう命令しておいた。

    安易に追手を殺してしまうと事態が悪化するため、
    作戦を確実に成功させる=追手を部屋から追い出すために
    敵の侵入パターンを複数考えてギリギリまで予行演習を行った。

    成功率を上げるために細かな工夫は重ねてはいたものの、
    作戦としては大雑把にも程があり成功したのは運が良かったとしか言いようがない。

    結果論だが、オレが初日にグラムを殺して逃げのびていたとしても
    今晩のように追手の襲撃に遭って殺されたであろうことを考えると
    "グラムを祖父に変えて味方にする"は恐らく最善手だったのだろう。

    そのお陰でオレはハイレム王国の領土の外まで逃げることが出来、
    『改竄』のスキルも獲得した状態で追手と対峙することが出来た。

    グラムが『祖父』のスキルによるバフで超人的な身体能力を
    得ていたことも、作戦の成功に確実に影響していたはずである。

    ただし、成功したといっても最後の仕上げが残っている。
    失敗すればここまでの準備もすべて水の泡…自分の命も
    掛かっているためまだまだ気が抜けない。

    「…よし、『改竄』!」

    セブに『改竄』を使用すると、その体の上に複数のウインドウが表示された。
    相手の耐性によって『改竄』が効かない可能性もあったが、どうやら通じたようだ。
    もしも効かなかった時は『格納』からの『換骨奪胎』でセブをどうにかしなければ
    ならなかったため、効いてくれて正直一安心である。

    オレは気持ちを切り替えてウインドウを確認していった。
    まず映像記憶を見てみると、廊下でオレの姿を視認したところで動画が途切れていた。

    「都合の良い思い込みをさせるなら、映像を少し削った方が良さそうだな。」

    オレはセブの記憶を編集し、ドアから飛び出した以降の記憶をカットした。
    これで先の遭遇時、オレが彼に何をしたかは完全に分からなくなった筈だ。
    映像記憶の編集を終えると、今度は文章記憶の方を確認することにした。

    『―グラムは異常な俊敏さでオレに向かって攻撃を仕掛けてきた。
    戦闘の様子を何度か見たことがあるが、同一人物とは全く思えない。
    何度か差し合いを行い殺害を試みたものの、これでは埒があかない。
    オレは標的をもう一人の男…タツルに変更することにした。
    足止めのため、グラムに針型暗器を数本投擲すると同時に
    ドアまで一足で跳び、オレは宿屋の廊下へ飛び出した。
    何か聞こ』

    戦闘に突入するまでの記憶は無視しても問題なさそうなので、
    交戦開始から意識が途切れた辺りまでの記憶を確認していった。

    「グラムが異常な俊敏性を見せたのは『祖父』のスキルによる
    身体能力の上昇が原因だろうけど……変に勘繰られても嫌だし
    "火事場の馬鹿力"的なものだと思ってもらうことにするか…。」

    オレは文章を一部書き換えた後、再度『改竄』のウインドウを開いた。
    一度に改竄出来る量が少ないため何度も記憶の改竄を繰り返すことになった。

    「樹ちゃん、首尾はどうじゃ?」

    そうこうしていると、別の仕込みを終えたグラムが声を掛けてきた。

    「あ…お疲れさま…。 こっちはとりあえずこんな感じ…」

    オレは書き換えた記憶の内容をグラムに伝えた。

    「ふむ…大筋はそんな感じで問題ないじゃろう。
    じゃが、もう少し流れを自然にしたい…頑張れるかの、樹ちゃん。」
    「うん…大丈夫。」

    オレは小さく頷くと、再び『改竄』を発動させるのだった。

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