Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    RacoonFrogDX

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 37

    RacoonFrogDX

    ☆quiet follow

    夜明けなんて夜勤以来だ。

    『異世界に召喚されたけど『適性:孫』ってなんだよ!?』(21)アラタルから離れた位置にある森、その樹の上でセブは目を覚ました。

    「…夜明けか。」

    人々が活動し始めるよりも一足早く目を覚ました暗殺者は
    その日寝床とした樹の枝から飛び降りるとハイレム王国を目指して駆けだした。
    風の如く前へ跳躍しながら、セブは胸元にしまってある『証拠品』を一瞥した。

    「はぁ~っ…最悪…グラムのジジイにマント破かれるとか…。
    てかアイツらの装備品とか持って帰ンのもイヤなんだけど…。」

    昨晩、異世界から来た男とグラムを発見したセブは"激戦の末二人を抹殺した"。

    最初に一番厄介そうなグラムを狙ったが、思いのほか面倒だったため標的を変更。

    マクラギタツルの方は事前の情報通りただの凡人で、隠れ場所を見つけ出して殺害。
    その後グラムに毒を塗った暗器で傷を付け、その効果で動きが鈍ったところを殺害。

    依頼主であるハイレム五世から殺害の証明となる品を持ち帰るよう
    命じられていたため、セブは嫌々二人の服を剥ぎ取る羽目になった。

    戦闘はものの数分で終結したため、騒ぎに気付いた宿の主人が
    暗殺の現場へ駆けつけてきた頃には暗殺者は既に脱出し終えていた。

    「つーかあの虎のオッサン、今頃顔面蒼白で慌てふためいてんだろうなー。
    "客のことは教えられない"…とか、マジでウザすぎて超イライラしたから
    一瞬殺そうかとも思ったけど、悪評で宿潰れて路頭に迷ってもらった方が
    スカッとするもんな~、ウケる。」

    二人の捜索が地味に長引いたせいで、出立しそれなりの日数が経過していた。
    今度はセブが帰ってこないと、他の私兵を派遣されでもしたら更に面倒臭い。

    「…はぁ、仕方ねえ…飛ばすか…」

    セブは地面を力強く蹴り、更に速度を上げた。





    暗殺者襲来の翌日…事件の現場となった虎風亭、その食堂は沈黙に包まれていた。
    オレはずっとショボショボしている目をこすりつつ、パンをひとかけ口に含んだ。
    グラムはサラダをモリモリ食べながら、しきりにオレの方をチラ見していた。

    「樹ちゃん…朝ごはんが終わったら、一度寝てはどうじゃ?」
    「いや、ベッドメイクの都合もあるだろうし…うん、大丈夫大丈夫。」

    昨晩、オレ達は"追手の襲撃"という目下一番危険なイベントを
    なんとか乗り切ったものの…結局その後一睡もすることなく朝を迎えていた。

    "標的を暗殺した後、自分は町を離れて森で体を休めていた"…という設定を
    確固たるものとするべく、セブを実際に町から離れた森まで運び夜明け前に
    目を覚まさせなければならなかったからだ。

    オレが記憶の改竄を終えると、グラムはセブを背負って窓から出ていった。
    後で聞いてみたところ、グラムはセブを抱えたまま樹上まで登ったそうだ。

    アラタルに限らずある程度の規模の町は防衛のため高い壁で囲われており、
    それを乗り越えて森まで駆けて向かった時点でまあ…普通ではないのだが。

    そもそも人間離れしている祖父に、孫によるバフが
    重ね掛けされた状態だからこそ成し得たと言えるだろう。

    「大丈夫ー…ふわぁ…」
    「ふむ、どこか休めそうな場所を探すとするかのう…」

    セブを置いて戻って来たグラムは短時間でも寝るよう促してきたが
    "肝心なタイミングで目が覚めなかった"なんて事態は絶対に避けなければ
    ならなかったため、オレはそのまま夜明け前まで部屋の中で待機していた。

    介護施設で夜勤をしていた経験が、まさかこんなところで役に立つとは。
    …まあ、多少慣れていようが夜勤明けがしんどいことに変わりはないのだが。

    寝落ちしないよう適当に話をしたり、体を動かしたりしながら夜明けを待ち
    頃合いを見て『返却』を発動させたのが今から数時間ほど前のことである。

    「そういえば爺ちゃん、腕の怪我は大丈夫なの?」

    オレがそう尋ねると、グラムはきょとんとした表情で自分の腕を見た。

    「ああ…それなら証拠品を作った後、魔法で治したから大丈夫じゃ。」
    「魔法…そういえば爺ちゃん、『魔術(癒)』なんてスキル持ってたね。」

    「戦場でまともな治療が受けられる方が珍しいからのう…
    軍人であれば、大抵は何らかの応急処置が行える技能を習得しておるはずじゃ。
    治療…心身の状態を変化させる魔法は術式が特に難しい、じゃが、有益である。
    ワシも長いこと時間を掛けて練習し、ようやくスキルとして習得したんじゃよ。
    まあ、今回無事役に立って良かったわい…まさに"芸は身を助く"じゃな。」

    オレが部屋で記憶の改竄を行っている間、グラムは"殺害の証拠"を捏造していた。
    曰く、剣で服を適度に破いたあと自分の腕を切って血を染み込ませたのだという。

    オレの暗殺を命じた際も、
    ハイレム王は殺した証拠を持ち帰るようグラムに伝えていたそうだ。
    だから、今回もセブに同じことを命じているだろうと踏んだらしい。

    出会った時から印象は最悪だったが、本当にあそこに残らなくて正解だった。
    残ってたらオレの異世界暮らしは早々にゲームオーバーになるところだった。
    何をトチ狂ってこんなことをしているのか知らないが、あれでは
    善政を敷いていたという前代国王も草葉の陰で泣いているのではないだろうか。
    これでようやくあの王様と縁が切れると思うと、オレは心の底から嬉しく思った。

    …と同時に、一緒に召喚されたあの学生達のことが少なからず心残りなのだった。





    朝食後、またしてもぬいぐるみダンジョンへと向かうことになった。
    このダンジョンを訪れるのも三回目になるが、今回も勿論攻略目的ではない。
    顔馴染みとなった門番に冒険者証を提示して中に入ると、オレは地面に横たわった。

    町の外で確実に安全な場所…というのはなかなか存在しておらず森などでは野生の
    動物が襲い掛かってくることもあるということで、逆にぬいぐるみモンスターしか
    存在していないこのダンジョンの方が安全だろうという結論に至ったのだ。

    「お爺ちゃんが見張りをしておいてあげるから、ゆっくり休むんじゃぞ。」
    「ごめん、ありがと…」

    グラムが魔物の接近を見逃すことはないだろうが、仮に見逃したとしても
    ぬいぐるみモンスターの攻撃では目を覚ますのも難しいため問題なさそうだ。
    目を閉じて力を抜くと神経の昂りにより辛うじて誤魔化されていた疲れが
    一気に襲い掛かってきたため、オレはあっさりと眠りに落ちていった。





    「樹ちゃんは寝顔もかわいらしいのう…」

    グラムは草の絨毯の上で眠る孫を見て優しく微笑んだ。
    時折襲い掛かってくるモンスターは秒殺し、孫の顔を眺める。
    祖父…眷属となった身としてはこれ以上ない至福の時である。
    うっかり気が緩みそうになるが、万が一のことがあっては
    いけないと周囲でうごめく気配にも意識を向ける。

    「…それにつけてもあの者の執念深さよ。
    まさか、国を跨いででも我らを始末しようとするとは…
    我が孫を手に掛けようとした罪は重いぞ、ハイレムの愚王。」

    異世界人の祖父となった老騎士は、どこを見るともなく遠くの方を眺めた。
    ぬいぐるみダンジョンの環境は常に一定の状態で保たれており、心地良い
    風がどこからともなく吹き抜け草木を揺らした。

    「やはり、ワシ一人では心許ない…か。
    ならば、どうにかして"祖父"を増やさねば。」

    今回はなんとかなったが、作戦としては綱渡りにも程があった。
    祖父として強大な力を手に入れた自分、強力な孫のスキルはあれど
    それらの力ですべての困難を避けきれる程この世界は甘くないのだ。
    孫を独占出来なくなるのは少々悲しいが、死なれては元も子もない。

    「樹ちゃんがワシ以外の者にも『格納』と『時効取得』を使って
    『換骨奪胎』までしてくれるのが一番てっとり早いんじゃがのう…」

    愛する孫を危険から遠ざけるべく、グラムは頭を悩ませるのだった。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works