(moiw2023当時の書きかけ)赤色の花言葉は愛の告白らしい。しとしと、雨粒が張り付く窓をぼーっと見つめる。確か朝ニュースで見た天気予報では降水確率80%だった。だから、降って当たり前なんだよな。でも、今日は。
「傘、忘れた」
「……百々人。レッスンに集中しろ。」
ほんの少し怒気を帯びた声。振り返るとマユミくんが腕を組んで立っていた。
「今までに経験したことのない曲だから、いつもより丁寧にレッスンをしなければいけないだろう?天気のことは、今は気にするな」
正論だ。彼の言っていることは至極真っ当。でも真っ直ぐすぎる。真っ直ぐすぎて、少しだけ曲げたくなる。
「マユミくんは、僕が『傘を忘れたのもレッスンのうち』って言ったら、どう思う?」
「……というと?」
床に散らばった歌詞カードを見つめる。一番Aメロ。出だしも出だし。
「『忘れてきてあげたのよ 自分の傘は』……女の子って、こんな風に戦略を練って好きな人を射止めるものなのかな」
「上手い作戦だとは、思う」
「ふふ、それ誰目線の感想?」
愚直な真面目さでもって解答するマユミくんは面白い。
「この歌の登場人物に寄り添いたくて、おんなじことしてみたんだ」
窓に映る赤髪に向かってつぶやく。
「好きな人に近づきたくて、同じ傘に入って帰るための言い訳をつくる。なんだかドキドキするよね」
「……それだと、お前が俺を好いているみたいだ」
彼が落とした言葉が、水たまりみたいに僕の心の底におちる。
「だったらどうする?」
水たまりを避けて通るか。踏みつけて渡るか。
どちらにしろ、元の関係に戻ることなんてできない問いかけ。
こんなの、君を困らせるだけで…__
「赤いチューリップを買ってくる」
「赤は俺の色で、葉は百々人の色だ」
「渡してしまえば、もう勘違いとは言わせないだろう?」
このひとって、どうして僕が欲しい言葉をくれるんだろう。
模範解答か、それ以上の加点もつきそうな気障な台詞。笑えてくる。もう笑ってしまいたい。
「……もう、この歌まっさらな気持ちで歌えなくなったらどうするの」
「安心しろ。俺たちはプロだ。」
薄雲に反射するガラス越しに君を見つめる。
目が合った。君も僕を見つめていた。
「そう、だね」
「……ライブが終わったら、すぐに渡そう。」
花を渡して告白なんて、いくら昔の時代の物語でも滅多に見ないロマンチックさだ。
でも君なら似合ってしまう。
「じゃあ、レッスン再開だね?」
その時が来るまで、今はただ、頑張るだけなんだね。
(moiw2023 の🌷の話)