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    新春ジャミル(奉公人)×カリム♀チャン(大商人跡取り娘) 大江戸謎パロ
    将来をために商売の勉強に励む新春ジャミルをひたすら擦りました!
    先天性女体化です(一人称わたし)
    キャラ崩壊率高め、なんでもOKな方向け
    すけべはなし!!

    #ジャミカリ
    jami-kari
    #ジャミカリ女体化
    #女体化
    feminization

    梅花の人 その人の思い出には、いつだって梅花の香りが漂っていた。
     
     わたしの家に出入りする行商の一人。毎冬雪の深まる前にやって来ては年を越し、梅花の咲く頃にこの町を去ってゆく。
     彼は、その一団とともに旅をする子どもだった。季節ごとに回る得意先へ挨拶や、軽やかな会話の中に織り交ぜる各地の情勢。そんな父の商いをすぐ隣で学ぶ少年こそが彼――ジャミルだった。

     物心ついて彼を認識した頃には、もうはっきりと彼のことが好きだった。
     同い年なのにわたしよりもうんと大人びた仕草、寡黙なまなざし、賢そうな口ぶりは、ひどくわたしを惹きつけ心酔させ、わたしは彼と仲良くなりたい一心であれやこれやと遊びに誘い出した。
    「カリムはたいそうジャミルくんを気に入ったみたいだな」
    「はは、アジーム様にご贔屓にしていただけるなんて、この上ない光栄です」
     軽やかに笑うわたしたちの父。ジャミルの一族が血生臭く危ういものを商っていると知るのは、もっと大きくなってからだった。

    「ほら、これがHAGOITAだ! この羽根を二人で打ち合うんだって」
    「へぇ……」
     旅暮らしのジャミルは玩具を使った遊びが物珍しいといい、しげしげと突き板を眺めている。それを見つめるわたしもまた同年代の友達がほとんどおらず、この玩具だって使ったことがなかった。
    「わたしから、打ってみるな! ……それっ!」
    「ああっ」
     わたしの打った羽根は大きな軌道を描き、はるかあさっての方向へ。首を傾げ困ったようにそこへ走っていくジャミルは、ムスッとしながら拾った羽根と自らの板を検める。
    「カリム、いくぞ! そらっ」
    「わっ」
     羽根は綺麗な弧を引き、まっすぐわたしの方へ飛んでくる。それを板で打ち返すと、今度は綺麗にジャミルに向かって進んでいった。
    「わ、おっ!」
     カン、コン、と軽妙な音を立て、私たちの往来は続く。
     楽しい! 打ち合うたび、何かが私たちの間で通じ合う。カコン、カコンと順番に打つうちに、次第にジャミルが器用に軌道を直しているのだと気付きはじめた。――私の打ちやすいように直してくれている!確信を持ったその時。
     
    「それっ!」
     急に鋭角をもって羽根が私の板を逸れる。ギリギリで届かないそれは、わたしの力量を推し量るためにわざと繰り出されたものだ。呆然とするわたしにジャミルは悪戯が成功した顔で笑いかけた。
     
    「ははっ、こういう遊びだろ?」
     おれ、これ分かったわ。得意げにくしゃりと笑う顔がなんだか眩しくて、可愛いと思えてしまって。いつになく子供ぽい表情と、覗いた白い歯列に胸がドキドキする。
     ジャミルの事をもっと知りたい、あの笑顔をまた見たい、その一心でわたしは翌日もまた、彼を追い回し続けた。
     

     冬の遊びを二人でやり尽くした。雨の日はKOMAやKALUTAに興じ、晴れた日にはHAGOITAなど外で遊びまわった。
     わたしとジャミルが特に気に入っていたのは、TAKOAGEだ。凧を上げるには屋敷の外に出なければならない。街に流れる大きな川の河川敷まで使用人を伴い、わたしたちは晴れた冬空へ凧を上げた。
     
     ジャミルは風を捕まえるのが上手かった。風向を読み、揚げる方角を定める。高度が低い時には体全体を使って。風を見極めながら巻かれた糸を解いてゆき、高度が上がり切る頃には上空の風をうまく掴んだ凧が、ふわりふわりと謳歌するように飛び回るのだ。
     わたしの凧は一向に飛ばなかった。見よう見真似でジャミルの手順を踏んでも、低く暴れる凧はぽとり、と地面へ落ちてしまう。
    「カリム、ほら」
     見かねたジャミルはわたしに自分の凧の手綱を委ねる。そうして、するすると、交換したわたしの凧を上空に飛ばした。
    「TAKOAGEもおれ、分かったわ」
     上機嫌に空を見上げる横顔を盗み見る。同い年の男の子は硬質な鉱石のような美しさをもって、わたしの胸は高鳴った。
     ジャミルの揚げた凧で遊ぶのは楽しかった。手のひらにクン、クン、と風が紐を引く力を感じる。ふたつの凧は睦まじく風のまま、自由に踊っている。それが冬空を舞う鳥の夫婦のように思えて、わたしはこの時間がずっと続けばいいのにと、そんなことを願った。

     ジャミルがそんな無邪気さを隠すようになったのはいつからだろう。
     十三になった年、ジャミルの父がとーちゃんに改まった口調でお願いに上がった。
     
    「どうかうちの倅をアジーム様のお屋敷で学ばせてはくれませんか。手前味噌ですが、こいつはなかなかに賢い子供です。行商だけでなく、もっと広くを学ばせてやりたい」
     
     おじさんの隣でジャミルが俯いている。その頃にはわたしの家が特殊であることを、わたし自身もよく理解していた。屋敷にはたくさんの下男下女が住み込み、とーちゃんの商売を支える奉公人や取引先の大人たちも私に懇切丁寧に接してくれる。
     この家の一人娘であるわたしは将来夫となる人を迎え入れ、この家に携わるすべての人々の暮らしを支えてゆかねばならない。

     その冬から次第に、ジャミルとわたしの目線は合わなくなっていった。梅の花が咲き緑の葉を繁らせても、ここにジャミルはいるのに、いない時よりも心が寒い。
     わたしは普通の女の子が出来るようなことがまるでできない。煮炊きや掃除、繕い物だってしたことがない。とーちゃんに仕込まれて商いについての知識は身に着けていたけれど、女らしさはまるでない。だからだろうか、まとわりつかれるのは迷惑だろうか。それでもわたしの目は自然とジャミルを追ってしまう。また仲良くしてほしい、クシャっと笑う顔が見たい。その思いは幼少の頃とはすこしずつ形を変えていった。

     触れこみ通り、ジャミルは大層優秀な少年だった。
     長い旅暮らしで一通りの雑務は難なくこなし、記憶力もいい。人の顔を覚えるのが得意で、目端が効き、機転もよくきく。みるみるうちにジャミルはみんなに気に入られ屋敷に融けこみ、わたしだけのジャミルじゃなくなった。
     
    「あの子はすごいですよ」
     番頭がとーちゃんにそう説く。舶来の武器を扱ってきた経歴から海外のからくり仕掛けや外国語に堪能で、情勢に精通した知識技能は、うちのような万商の家でも充分に通用するものだった。
     
     ジャミルが住みこむようになって二年目、とーちゃんはわたしだけでなくジャミルも商談に連れて行くようになった。
    「二人とも、私の仕法を目や耳で学びなさい」
     そう言って目利きの技術や話術を私たちに見せて教える。ジャミルと私は隣り合って同じものを学び、ともに商人としての階段を昇る。ジャミルはとても利発だった。とくに自分の家で取り扱う商材に関しての知識が豊富だ。飛び交う質疑にわたしが付いていかれないこともしょっちゅうだった。
     ばかみたいだけれど、それが時々淋しかった。ジャミルはいつかこの家を出ていく。必ず訪れるその未来をどうしようもなく、わたしは恐れていた。
     

     その日も午前中に、わたしたちは商談に随伴した。珍しい品が入ったという知らせを受けたとーちゃんに伴われ、たくさんの舶来品を拝見し、お昼を頂いて屋敷へ戻ったあと。
     秋の日だった。昼七つ、まだ明るいけれど日が傾けばあっという間に暮れてしまう。着物を替え庭を見ると、せっせと落ち葉を焚くジャミルを見つけた。
     
     働き者だ。相伴だけでも疲れたろうに、屋敷へ戻ってからも彼はまめまめしくよく働く。
     
     そっと庭におり、火のそばで本を読むジャミルの横に座る。彼は隣の私をちら、と見て、気まずそうに棒で落ち葉を掻いた。
     
    「ジャミルは働き者だな。疲れていないか」
    「……べつに。あとは燃すだけだったから、」
     そう言って彼は黒い頭巾でそっと顔を隠す。すっかり身体の大きくなったこの頃、彼は頭巾の付いた黒い外套を好んで着ていた。表情の見えない黒布から垂れる髪は艶やかで、ほんとうに美しい男に育ったとひとり感慨に浸る。
    「充分すごいよ。わたしもジャミルを見習わないと、」
    「そんなことはいいから、」
     ジャミルは照れたように焚火を棒で混ぜる。照れ隠しのように乱雑な動きだ。
     
    「……そういうのじゃないんだ」
    「あ」
     落ち葉の底から真っ黒な塊がころん、と転がる。彼はそれを布巾ごしに拾い上げ、二つの手で割って見せた。ふわん、と湯気とともに周囲に甘い香りが漂う。
     
    「焼きいも!」
    「半分やるよ」
     そう言って器用に手で皮を剥き、布巾ごとわたしに手渡す。
     
    「熱いから気を付けろよ」
     そうして彼は明後日の方を向き、芋にぱくりと齧りついた。手の中の黄金色の芋を見つめる。正直に言うと、焼きいもを食べたことがない。ジャミルの食べ方を見習い、そっと唇を寄せる。
     
    「ッ! あつッ」
    「おい、大丈夫か」
     
     慌てたようにジャミルがわたしの顔を覗きこむ。久しぶりに至近にジャミルがいる。この状況の中、そんなことでわたしの心臓は馬鹿みたいに跳ね上がった。
     
    「火傷はしていないか」
     心配そうにジャミルがわたしの唇へそっと触れた。骨っぽい男の指に、頬が赤くなる。ジャミルもすぐにのぼせたわたしの様子に気が付いて、憮然とした表情で指を離し、再びそっぽをむいてしまった。
     
    「……大丈夫だ、ありがとう」
    「ふうふうして食べろよ」
     
     そう言ってジャミルは、ぱくぱくと素早く芋を口へ詰め込む。半分も貰ってしまって、でもこうやって隣り合って温かい火にあたって、ジャミルから分けてもらったものたちがどうしようもなく嬉しい。口に広がる甘味は未知の幸福の味がした。
     

     
     あれから数年経ち、今年も年の暮れがやってきた。
     落ち葉はすっかり姿を消し、外は日に日に冬の澄んだ空気になり、例年通り大人たちは慌ただしい。
     
     わたしたちはすっかり大きくなっていた。中庭を見遣る。あそこでジャミルとこっそり芋を食べた日が懐かしい。わたしたちは十八になり、春になればジャミルの年季の明ける手筈となっている。例年通りジャミルの父はすでにこの家に滞在しており、春の出立に伴だって彼はこの家を去る。
     
     わたしも次期当主として元服を済ませ、結婚だの婿取りだのと周囲は何かと喧しい。
     置いていかれている。わたしの気持ちなど、誰も尋ねることもなく。

     やたらと子供の頃が懐かしかった。川べりの土手でジャミルと凧を揚げた空の色。冷たい風で鼻先が冷たく真っ赤になって、それがおかしくて笑い合った。もうすぐそういう思い出を置いて、どこかへ旅立つのだろうか。自分の人生がやたらと虚しい。
     

    「ジャミル、凧揚げしよう」

     外回りから帰ってきたジャミルを捕まえ、突然わたしはそう誘った。
     番頭はまたか、という顔でわたしを見て苦笑いし、お嬢様の相手をしてあげなさい、と言いながら屋敷へ入ってゆく。昔に比べればジャミルを追いかけ回すことも減ったと思う。けれどももう何年も、それはこの家の日常風景だった。

     蔵から一帳の凧を持ちだし、二人で河川敷へ向かう。空はどんよりと曇り、冬の乱暴な風が吹いている。もう使用人を付けずとも、二人だけでこんなところまで行ける。子供の頃に思っていたよりもそこはずっと近い場所にあった。
     
    「見ててくれ!」
     そう言ってわたしは凧を風下に当てて紐をするする解く。大きくなると、凧の揚がる原理だってだいたい分かる。紐を引きながら凧を振り返り、わたしは土手を駆けだした。
     
    「カリム!」
    「あッ」
     
     ずる、と身体が傾げたときには遅かった。ドシン、という衝撃が脳天までビリビリ響く。泥濘に足を取られ、わたしは一瞬で尻もちをついてしまった。
     
    「いてて……」
     打ち付けた尾骨が痛い。思わず摩った手が、泥で汚れる。足場が悪かった。鼻緒が変に食い込んだ足元を見遣る。こんな下駄を履いていたから。服装すら、昔のままではいられないから。

     ジャミルから顔を背け、じっと耐える。楽しいことを考えよう。楽しいことを考えないと、泣いてしまいそうだ。
     
    「カリム! 大丈夫か、」
     心配してジャミルがすぐに駆け寄る。動きの鈍いわたしに心配を募らせてしまうだろう。でも、顔を見ることが出来ない。わたしの下駄や尻元を視認したジャミルは、ひとつため息をつき、すっかり消沈したわたしに話しかけた。
    「天気も良くなかったよ。屋敷に戻ろう」

     不意にぱさ、と視界が黒くなる。
     ふわり、と肉桂皮と白檀が入り混じったような薫り――ジャミルの匂いだ。
    「背負っていくから、中で隠れてろ。次期様が汚れた着物なんて晒して歩けないだろう」
     尻まで隠れるはずだから、そう言ってしゃがんで背中を明け渡すジャミルに、のろのろと抱きつく。曇天と同じで、今にも泣き崩れてしまいそうな気分だ。

     ゆら、ゆら。
     ジャミルの背におぶさり家路を辿る。頭巾をすっぽり被った視界は真っ暗で、ジャミルの匂いしかしなくて、腕を回した頸は逞しい男のもので、そのすべてが嬉しいのと同じくらい、悲しかった。

    「……ださいとこ、見られちまった、」
    「カリムは子供なんだよ。凧揚げ、そんなに好きだったのか」
    「ううん……」 

     いっそう強くしがみ付き、鼻先を編み込まれた髪に寄せる。暖かく、きもち良くて、わたしの手から零れ落ちてゆくことがどうしようもなく惜しい。

    「ジャミルが、すき」

     わたしを支える手がぴく、と強ばる。呼吸を吞み、ゆっくり静かに吐く所作だって、こんなにくっついていれば手に取るように分かる。

    「そうか」
     
     極めて淡麗にジャミルが応える。そうしてふたたび、何でもないように単調に歩を進めた。
     
    「やっぱり、大人にならないとな」

    ――ジャミルは、ひどい。
     ずっと分かってたくせに。どんなに追いかけ回しても一回だって嫌だと言わなかった。ジャミルはどうだったか、それすら教えてはくれないのか。教えることすら、許されないのか。

     わたしはジャミルの人生に、何も残せないのか。
     通り過ぎてゆくだけの、思い出になってしまうのか。

    「ッ! かり、む」
     ジャミルが慌てたように小さな声で嗜める。
     
     黒い外套の中で、ジャミルのうなじを齧った。かぷ、とやわく、歯を立てるように、何度も。
     痛くはないはずだ。でも、その甘美な触感がどうしても苦しい。どうしたって自分のものにはなり得ないその頸にやたらと泣けてしまって、やがてわたしは彼の後頭部に頬をすり寄せて静かに涙を流した。
     顔を見なくたって、背中だけで分かる。ジャミルは困惑していることだろう。

    「……着いたぞ」
     いつの間にか到着した屋敷に、ジャミルがわたしを下ろす。周囲をちらりと見れば、着物の汚れを気にしてか、玄関ではなく私の部屋の縁側に座らされていた。
     てきぱきと下駄を脱がし、凧を立て掛けるジャミルを横目に、私は頭巾をいっそう深く被る。顔を見られたくない。縮こまったわたしが小さくスン、と鼻を鳴らしたのを見て、ジャミルがため息をついた。
     
    「外套、返してくれ」
     そう言ってジャミルは地面に膝をつき、縁側に座るわたしを見上げる。ぐずぐずの顔を見られてしまう。でも。
     
     わたしを見上げる灰色の瞳があんまりに美しくて。あの頃のかたちをはっきり残したまま、精悍さを付け加えて。
     その瞳は、わたしからふ、と目を逸らし、素早く左右をきょろきょろと確かめた。

     そうしてふたたび、ふわ、と至近に迫った。
     
     左の頬に、ちゅ、とやわらかな感触。
     驚き瞠れば、黒い外套の中でジャミルの顔がすぐ傍にある。
     
     驚愕で硬直するわたしから、一瞬でそのぬくもりは離れてゆく。

    「おかえし」

     べっ、と舌を出しそう言って、今度はジャミルがわたしから顔を背ける。呆気に取られている間に、目の前でジャミルがスッと立ち上がった。手早く外套を脱がされ、着替えを女中に知らせておくと言い残し、そうしてジャミルは疾風のごとく去っていく。
     
     頬に当てられた感触が消えない。
     頬というより、唇と頬の境目に押し当てられたそれはやわらかく熱くて、脳髄まで麻痺させてしまう効力があった。
     去り際のジャミルの顔。瞼の裏に焼き付いてしまって、剥がせない。赤らんだあの目元に、どうしようもなく胸が搔き乱される。

     ◇◇

     そんなことがあった日の夜。
     
     ついさっきそんな事があったばかりなのに、わたしたちは同じ座敷に着いていた。わいわいと騒ぐ大人たちと、目の前の膳に盛り付けられた気分にそぐわない食事。
     とーちゃんとジャミルの父が仲が良いために、ふたりの都合の良い夜は、こうして親子ともども食事をすることが冬の通例となっている。
     
     食欲なんて、まるでない。
     対面に座るジャミルをちらりと覗き見ると、皿を見つめて淡々と箸を口に運んでいる。形のよい唇が咀嚼する姿からあわてて目を逸らし、火照った顔をひとり鎮める。見なければよかった。
     
     そのとき、ジャミルの父が急に居住まいを正し、改まった口調で父に語りかけた。

    「アジーム様、どうかひとつ、わたくしどもの御願いを聞いてはくれませんでしょうか」
    「なんだい急に、改まって」

     おじさんはこほん、と咳ばらいをし、ジャミルもよく聞きなさい、と隣へ呼びかける。そうしてとーちゃんへ居直り、切実な口調で語り出した。
     
    「わたくしどもはゆくゆく、商売を畳もうと考えております。世は太平になり、久しい。わたくしどもの取り扱ってきた火器刀剣の類が不要と言えるのはまだまだ先でしょうが、どうにも最近は、ならず者をあしらうのも一苦労で」

     おじさんはジャミルをちら、と一瞥すると、再びとーちゃんに向かい、言葉を続ける。

    「息子の代にはもっと危険な商売になるでしょう。こちらに奉公をお願いしていた五年間で、如何にかすべしとわたくしどもも頑張ってはみたのですが、最近のごろつきはまぁ、話も通じなければ粗野でして」
    「あいつらは戦乱を知らんからな」
    「そうなんです。人殺しの道具を売り買いするのは、世を混乱させたいからじゃない。その理念でやってきましたが、わたくしどものような小さな商人ではどうにも限界が……そこでなのですが、」
     いったん区切り、発せられる声に誰もが聴き入っている。
     
    「わたくしどもの商売を買い取っては頂けませんか。アジーム様のように、世を詳らかに眺め、正義を選び抜くことのできるお方に、どうかわたくしどもの販路をお預けしたく思うのです」
    「バイパー……」 
    「天子さまと懇意になさっているアジーム様なら、ほとんどのごろつき共もより付けません。また、各地でひっそり火器刀剣を製造する腕利きの職人や技術の保護も、アジーム様ならばその重要性を分かっていただけるかと思います」

     座敷に座る誰もが、驚愕の顔でおじさんを見ている。ジャミルも目を丸くしていて、この話を知らなかったことは一目瞭然だ。
     
    「これから一年、ジャミルを連れて各地の職人たちへ顔繫ぎをするつもりです。来冬、また戻った後、彼らへの窓口としてこいつをここで働かせてやってはくれませんでしょうか」
    「うーん……」

     とーちゃんは顎をさすり、上空に目線を遣りながら何か考え込んでいる。損得の算盤を弾くとき、よくする顔だ。みんなの視線を一身に集めるなか、とーちゃんはぱっとおじさんへ顔を向け、いやに愛嬌のある顔で笑いかけた。

    「それで言うなら、オレもバイパーさんへ大きなお願いをしたいんだけど、話だけでも聞いてくんねぇかな。バイパーさんにとっては、頷けない話かもしんねぇけど、」
    「はい、何でしょう」
     
    「ジャミルくんを、うちに婿入りさせて貰えねぇかな」

    「え、」
    「は……?」

     あまりの話の飛躍に、その場の誰もが目を点にする。凍り付いた場の空気になにを勘違いしたのか、とーちゃんは慌てたように言葉を継ぎ足す。

    「いや、それじゃうちが貰いすぎるのは重々承知してるんだ。金銭のやり取りをしたところで商売も跡取りも取られたんじゃ、バイパーさんが納得できないことも想像できる。でも、厚かましいけれど、ちょっとオレの話を聞いてほしい、」
     そうしてとーちゃんは掌でジャミルを示し、機嫌よく話はじめた。商談をまとめるときに使う、本気のときの口ぶりだ。
     
    「オレはジャミルくんのことを買っている。来年から居なくなるってんで、代わりになる優秀な男はそうそう見つからないって話も、番頭ともよくしてたんだ。でも、今後もうちにいてくれるんなら、いろいろとこっちも話が変わってくる、」
     突然とーちゃんがわたしを指差す。悪戯っぽい表情に嫌な予感がする。

    「カリムがジャミルくんを憎からず想っているのは分かってるだろ? 家の中に好いた男がいるんじゃ、カリムだって可哀相だ。結婚だって出来ねぇよ。今まではジャミルくんはバイパーさんの跡取りだから、婿には貰えないって諦めてたけどさ、」
     
     揶揄うような顔でとーちゃんはわたしとジャミルを交互に見比べ、それから、座敷にいるみんなに通る声できっぱりと告げた。
     
    「うちは優秀な婿に来てもらって、バイパーさんは大切な商いをうちののれんで続けてもらう。もちろん、そのための金銭はすべてオレが受け持つ。バイパーさんとこの部下も、この街に残って構わない者がいるのなら働き口を保証するよ。それでどうにか、この話をまとめられねぇかい?」
    「アジーム様……!」 

     驚きのなか、ジャミルの父が感嘆の声を上げる。
    「それはむしろ、わたくしどもにとって都合が良すぎませんでしょうか? ジャミルが、アジーム家の一員に……?」
    「バイパーさんが家を取り潰したくないのなら、もちろんこの話はなしだ。でも、どうかね? もしそう出来るんなら、この二人にとっても悪い話じゃねぇって思うんだけどよ、」
    「いえ、身に余る光栄です。もともと我が家は分家で継ぐものもありません。ジャミルもちいさい頃から、アジーム様の家へ行かれる冬を心待ちにしていて……縁があったのでしょうかね、めでたいです」
     
     ほっくほくで盛り上がる男二人に置いてきぼりにされ、わたしはひたすら呆然としていた。
    ――ジャミルと、結婚?
     何を言っているんだろうと目を泳がせれば、同じ表情をしたジャミルとはっきり目が合う。ドキン、と心臓が跳ねる。

     ああ、なに? これは、本当?

     目眩すら覚える中、わたしの様子なんてまるで気にしないとーちゃんが機嫌よく話しかける。
     
    「良かったな、おめでとうカリム! 新春に結納、来冬またジャミルくんが戻ってきてから、祝言だ!」

     あまりのことに脳が追い付かない。
     目の前に座る、顔を真っ赤にした美しい男。ずっと焦がれたこのひとがわたしの夫になるのだと、それだけで全身が震えてしまう。やっと発した驚きの叫びを大人たちが大笑いで受け止め、めでたい、めでたいと宴席の夜は更けてゆく。

     


     ――――来春、梅の匂いの漂うころ、わたしはジャミルと夫婦となる。

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