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    オスリュミSS再掲
    一部修正しました

    #オスリュミ

    名前のない日「ああ駄目だ駄目だ。俺には向いてない」
    オスカーは半ばやけになって紙の上へ放る様に鉛筆を置いた。
    よく晴れた穏やかな休日の昼下がり、丘の上に並んで腰掛けのんびりとくつろぐのは、ふたりにとって特別な事ではない。
    この日のオスカーは、何となく気まぐれを興して風景画でも描こうかとリュミエールからスケッチブックと鉛筆を借り受けていたのだった。
    常日頃、目の前の景色を苦もなく紙の中に収めていく恋人の姿を見ていると、自分にも容易く出来そうに思われたのだったが。
    「どうなさったのですか?」
    同じ湖の風景に向かい隣でスケッチをしていたリュミエールは、体を傾けオスカーの手許を覗き込んだ。
    彼の手元のスケッチブックには当然のごとく精密で完璧なモノクロの風景が完成されつつあった。
    「描けないから止めたんだ。手厳しい批評はよしてくれよ?名画伯殿」
    オスカーは元来が器用だ。本分たる武術の分野に留まらず、大抵の楽器でも最初からそれなりに弾きこなす事が出来る。
    だが同じ芸術でも絵というやつだけはどうにも駄目だ。
    リュミエールのそれと比較すると、己が描いた木や湖はまるで子どもの落書きみたいで、お世辞にも上手いとは言えなかった。
    リュミエールはしばらくの間、形の良い唇を引き結んだままで、オスカーの絵を瞬きもせず真剣な様子で見入っていた。
    いっそ馬鹿にして嗤ってくれれば気楽な位なのだが。善良な想い人がその様な振る舞いをする筈もないのにオスカーは拗ねた考えを抱いた。
    「貴方の線は──」
    白く細い指がすっと紙の上を横切る。
    「迷いがなく力強い所が素晴らしいと感じます」
    「無理に褒めてくれなくていいぞ、リュミエール。いくら俺にだって絵の良し悪し位は分かる。才能の有無って奴もな」
    「絵に良し悪しなどないのですよ。オスカー」
    リュミエールは顔を上げるとオスカーの目を見つめ、訴え掛ける様にわずかに語気を強めた。
    「とても素敵な絵だと思います。技倆は努力で伸ばせます。ですが自分らしさを表現するというのは、本当は難しい事なのではないかと、最近わたくしはよく思うのですよ」
    「ああよく分かった。お優しい水の守護聖殿からの慰めに俺は感謝すべきだろうな」
    素直に己の不出来と他人の能力を認め称賛する事が出来ないのは性分だった。
    リュミエールは少し困った様な淡い微笑みを浮かべた。
    「……わたくしは、好きですよ?」
    言いながら、オスカーの手からスケッチブックと鉛筆を引き取っていく。
    それからまたしばらくリュミエールは自らの膝の上でオスカーの絵を眺めていたが、やがてぱたりとスケッチブックを閉じると、傍らの画具を収める為の大きな鞄へおもむろに仕舞い込んだ。
    「おいリュミエール。その絵、まさか取っておくつもりじゃないだろうな」
    「この絵はわたくしが頂いておきましょう」
    「どういう事だ。そんな落書きに価値なんてないぜ。頼むからさっさと捨ててしまってくれ」
    オスカーは慌てて言った。己の弱みをいつまでも握られていては堪らない。
    「価値など人それぞれでしょう?それに以前貴方だって花はそれぞれに美しく尊い、などと仰ってらしたではありませんか」
    「……リュミエール、それとこれとは全く違うぞ」
    「違いませんよ」
    不意に昔の所業をあて擦られたオスカーは気勢をそがれてしまった。一方で今日のリュミエールはいつもより随分と強気なのだった。
    「それに、これはわたくしのスケッチブックなのですから」
    「お前な──」
    ふと心をよぎった考えにオスカーは言葉を止めた。
    「どうしましたか?オスカー」
    「……なんでもない」
    軽く笑い返すだけのオスカーにリュミエールが不思議そうな表情を見せた。
    オスカーがリュミエールの顎に手を伸ばすと、恋人はすぐ察して目を閉じ、わずかに顔を傾けた。
    桜色の唇へそっと啄む様な優しいキスをする。それから更に、完璧な口許の形を歪めるべく軽く唇を押し付けた。
    顔を離すとややあって彼が瞼を開いた。
    オスカーの衝動的な誘いかけに慣れているとはいえ、リュミエールの俯いた顔には含羞の表情に混じってわずかに困惑があった。
    オスカーは二人の間にある鞄に一瞬目を落とし再びリュミエールを見つめ直した。
    「オスカー……」
    何故、と問いたげな唇を塞ぐ為に恋人の頬に手を当て、ゆっくりと顔を寄せていく。反駁は己の内にそのまま留めておくつもりだった。
    「愛している、リュミエール」
    疑問を閉じ込む様に白銀のまつ毛がそっとまた伏せられた。
    これも愛情のひとつの形とでも思えば、享受するのも愉しい。
    あの絵はきっと、リュミエールにとって己の代わりなのだろう。そう考える程度の自惚れは許される筈だ。
    常日頃、愛の言葉ひとつ告げるにも躊躇う、控え目で恥ずかしがりな恋人の、自覚しない執着が何にも増して愛おしい。
    そしてオスカー自身も、愛する人と過ごすこの穏やかで平淡な時間は最も価値あるものなのだと改めて実感したのだった。

    (了)
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