☆(語り・かりん)
「……あつい。」
終業式のあと補習も受けて、遅くなった。おなかも減ったし、日差しが強くて暑い。
先週、師匠の故郷の島に行ってて期末試験を受けられなかったから、補習になった。ヒメジ姉さんも「補習してくれるだけマシ」って言うし頑張ったけど、点数が悪くて私だけ、今日までかかってしまった。
集中できなかった。
ピパさんは、私に何を聞いたんだろう。あとでチカさんに聞いてもらったけど、変な音は聞こえないと言われたのに。
…私は、何を思い出しかけたんだろう。
「あーっ! その制服、間違いなく地元の人ですよね! すみません道を教えてください!」
高い声で呼びかけながら坂を登ってきたのは、私より少し背が高いくらいの男の人だった。若い人っぽいのに髪が結構白い。細い目をした顔に見覚えがあるような気がしたけど、思い出せなかった。
その人は、ガイドブックを見せながら五稜郭に行きたいと言った。
「え、したら…えっと、坂を降りたところの停留所から、五稜郭行きの市電に乗って…あの」
「それがですねぇ、ぼく箱果駅前から五稜郭行きの市電に乗ったはずなんですよ。なのに気がついたらこっちに来ててですね、しょうがないから先に仮名森倉庫でも行こうかなって歩いたのに、そこにも着かない…ああいや、ここじゃないですね、えーっと…ここ、どこです?」
男の人は、話しながら地図を指でなぞってたんだけど、いま指は箱果山の頂上を指していた。困った。
「わかりにくい地図ですねぇ。どうなってるんですか、この街」
男の人がガイドブックを持ち上げたら、左手中指で何か光った。魔法使いの指輪だった。
「あっ!」
思い出した。
今兼で、ピパさんのお通夜の時、ハタさんを迎えにきた、二人の水脈。
一人は、チカさん。
そしてもう一人、着いてすぐ支部に入っていった、声の高い男の人。あの人だ。
そういえばあの時も、ここが今兼か聞かれた気がする。方向音痴な人なんだ…。
「あの……水脈の人、ですよね」
「ああごめんね、お仕事は地元の魔法使いにお願いして。ぼくプライベートで来てるから」
「えっ? あっあの、箱果支部の鏑矢、です。あの、今兼で、お通夜の時……あの」
男の人は、私の顔を見てから「悪いことはできませんねぇ」と、ため息をついた。
男の人は、水脈メジロと名乗った。
「鳥じゃないですよ、魚のメジロです。出世魚なんですよ、すごいでしょ」
何がすごいのかは全然わからなかったけどハイと答えて、また水を飲んだ。
私達は、さっき会ったところのそばにある、坂の上茶房に来ていた。冷房がきいててすごく気持ちがいい。
「フルーツあんみつ、お好きですか。おごります。ジュースもつけましょう。なんでも注文してください。
……なので、仕事の前に遊ぼうとしてたことは、どうかナイショに…しといてもらえませんかねぇ?」
遊びでも仕事でも、よその地域から来た魔法使いは、最初にその地域の支部に挨拶に行く決まりがある。何かあったときに協力してもらわないといけないから、大事な決まりだって聞いた。
しかもこの人、水脈だ。悪いことする魔法使いを捕まえる、元・悪い魔法使いだ。そういう人が、仕事をサボろうとしてた。すごく怒られそうなことだ。
これ…「賄賂」っていうんじゃないのかな。もらっちゃいけないんじゃないかな。家に帰ればお昼ご飯もある。買い食いも良くない。
でも…でも実は、すごくジュース飲みたかったし、すごくフルーツあんみつ食べたかった。お水もすっかり飲んでしまったけど、もっと飲みたい。お店の中はいい匂いがする。どうしよう。
メジロさんがメニューを見てる間に、テーブルの下に隠した携帯で、師匠にメールを打った。