☆☆☆☆☆(語り手・かりん)
動き回っていた家具が、ゆっくりと降りてきた。
海猫父さんから『じっとしてろ』と言われてたけど、怖くて体は動かせなかった。
他の部屋からも、ドスンとかゴトンとか聞こえる。他の部屋もこんな風になってるのかな。
海猫父さんがかけてくれた結界が消えた。一緒に避難してたくつくつは、あっという間に台所へ行ってしまった。
師匠たちが2階から降りてきた。
「…どーすんだよ、これ」
「皆さんで片付けてください。ぼくもう疲れました」
「てめぇ自分でやっといてそれかよ」
「だって仕事ですものぉ」
メジロさんは変な色をしたラムネを食べていた。顔色がものすごく悪い。
海猫父さんは居間を見回して「交代に間に合わんから、わしは外で食べるぞ。すまんが後やっといてくれ」と言って出ていった。
師匠はため息をついた。
とりあえず台所を片付けてお昼ご飯を作ろう(お昼の予定だった冷麦は全部床に落ちて、くつくつが散らして遊んでいた)ということにはなったんだけど、始めてすぐに師匠が座り込んで、立てなくなった。
メジロさんと私で師匠の部屋を片付けて、師匠には寝てもらった。
…ヒメジ姉さん、早く帰ってこないかな。
「フルーツあんみつ、食べておいてよかったですね…でももうお腹ぺこぺこですよ…」
「あ、あのさっき食べてた、ラムネ…」
「あれは鎮痛剤です。ぼくひどい頭痛持ちなんですよ。おかげで頭痛は治りましたけど、空腹まではねぇ」
メジロさんは魔法で、台所に散らばった冷麦や食器を雑に隅にまとめて「ご飯にしましょう!」と力強く言った。
この人、すごく料理が上手な人なんだ。
メジロさんは、冷蔵庫(中身は無事だった)の中を見て、散らばった食料を見て、戸棚を見て、早く沢山食べれそうなインスタント麺にすぐ決めて、私に鍋と器の捜索を頼んで、ものすごい速さで野菜を切っていた。私が急いでフライパンを洗ってセットすると、すぐベーコンを焼き始めた。そういえば野菜を切りながら解凍してたけど、タイミングが合いすぎてビックリした。
「すご…じょ、上手なんですね料理」
「ありがとうございます。けど、あなたも弟子なら料理作らされるんでしょ。じきにできるようになりますよ。早くできればそのぶん遊べます」
この人、まだ遊ぶ気だ…。
ぐふぐふ、と音がした。笑い声かもしれない。
「それに、ぼく料理も好きなんですよ。いいですよねぇ、食べ物を美味しく食べる時間と余裕があるって」
「え?」
「お腹をふくらすためだけなら、そこの味噌汁用のお麩をかじったり猫が遊んだ冷麦を食べてもいいじゃないですか。でも、こうして美味しいものを食べることができるんですよ、自分のお金や腕で。
あ、鍋は見つかりましたか」
「あ、は、はい!」
フライパンからベーコンが出されて、野菜が入れられた。鍋を洗ってお湯を沸かす。
どんぶりを探しながら、ずっと気になってたことを聞いてみた。
「あの…師匠の疑いは、晴れましたか…?」
「さぁ、どうでしょうねぇ」
ええー……。
「今日一日で、石目君は支部に石を隠し持ってないこと、重婚してないことはわかりましたけどねぇ」
「えっ! わかったの!」
「わかりはしましたよ。さっき魔法幕かけても引っかからなかったし、石目君、あの中で動けたじゃないですか。身体の中に石の量が多いと、ああも簡単に動けないんですよ。ただ」
炒め野菜が魔法でひと口分、私に飛んできたので食べた。美味しい。
「支部の外に隠してるかとか、心の奥で何考えてるかまでは、ぼくじゃわかりません。さっき送ったメールで上司が納得してくれれば、この仕事は終わりです」
メジロさんは、フライパンにベーコンを戻して火を消し蓋をした。すぐ、まな板と包丁を洗い始める。
お湯が沸くまで、もう時間がない。どんぶりは2つ目を見つけたところだった。
「お嬢ちゃん、石目君のこと好きですか」
メジロさんに急に聞かれて、やっと見つけたどんぶりを落としそうになった。す、好き……⁈
「え、あ、あの、う、あ……ししょう…は、はい!」
「そうですか、それはよかった」
メジロさんの細い目が、もっと細くなった。笑ったのかもしれない。
「モザイクの弟子って珍しいですね。ぼくも色んなモザイク見てますけど、鏑矢の皆さんも、町の方々も、ぼくが見た限りでは、石目君を怖がったり腫れ物扱いしていない。いいことです」
お湯が沸いた。鍋にラーメンを入れる。
「モザイクがいる支部の人たちってね、モザイクにどう接したらいいかわからなくて、マゴマゴしてるうちに相手の寿命が来ちゃうんです。で『もっと気にかけていれば』とかって後悔する。モザイクは物理的に時間が少ない人が多いですから、自身も焦って、手っ取り早そうな犯罪に手を出しちゃったりする。悲しいことです。
けど、あなた方がいい時間をちゃんと過ごせてるなら、後悔することも道を踏み外すこともないでしょう。ですよね、石目君?」
「もとから余計な石に手ェ出す気はねぇよ」
師匠が、いつの間にか台所に来ていた。まだ顔色が少し悪い。
「皆さんそうして頂けると、ぼくも遊ぶ時間が増えて助かるんですけどねぇ」
台所の空間が歪んだ。
「やほー! 元気ー?」
チカさんだった。この前会った時は大きなリュックを背負っていたけど、今日は大きなスーツケースを持っている。靴を履いたまま空中に浮いていた。
「よりプロの先輩が来たので、ぼくは帰ります。チカりん、ちょうどラーメンできますんで、ぼくの代わりに召し上がってください」
けどチカさんは降りてこなかった。
「メジロっち、没収したってのは?」
「これです」
メジロさんが包みを渡すと、チカさんは代わりにスーツケースを渡した。
「え?」
「チカりんは別件が入って交代できなくなりました! ごめんね!」
「え?」
「上司から伝言です! 1週間滞在許可するから、よそに隠してないかも調べてね、ついでに港の密輸も調べてね、居候も悪いから鏑矢の仕事も手伝ってね、今日の報告は明日までに出してね、報告はマメにメールしてね、サボったり逃げたりしたら殺す。以上! じゃーねー!」
私たちにも手を振ってから、チカさんは消えた。
スーツケースが大きな音を立てて倒れたけど、誰も動かなかった。くつくつまでじっとしてた。
一番最初に動いたのは師匠だった。コンロの火を止めて鍋にスープの粉を入れてから、言った。
「まぁその、なんだ…メシにしようや」
メジロさんは下を向いたまま、ハイと返事した。