同棲響和(続)『今日は飲み会で多分響より帰りが遅くなると思う 戸締りして先に寝てていいからな』
今朝和哉から届いたメッセージアプリの通知を見返し、そういえば今日は珍しくあいつの方が帰りが遅くなるって言っていたな…と思いながら、俺は徐にダイニングへと続く真っ暗な部屋の扉を開けた。明かりをつけ、手洗いやうがいを済ませ、軽く何か口にして寝るか…と冷蔵庫を物色しているとテーブルの上に置いたスマートフォンが鳴った。もしかして和哉からか…?とアプリを開きメッセージを確認すると『二次会に行くから帰り朝になる』という簡潔に用件のみを伝える文章が目に入り『わかった』と俺も了承の意を返信する。
(朝帰り…か。珍しいな…まぁあいつも学生でいられるのもあと数ヶ月だし…たまには羽目を外して遊んだ方がいいのかもしれない)
夜も遅いため胃に負担のかからないような簡単な軽食を作り食事を済ませると、シャワーを浴び、いつもなら和哉が先に潜り込んでいる空のベッドへと向かい就寝の準備をする。寝る前に読みかけの文庫本を読んでしまおうとベッドサイドのテーブルの引き出しを漁っていると、再びスマートフォンに着信があった。今度はアプリの通知ではなく電話で、液晶には『由羅拓海』の名前が表示されている。…由羅から俺に…?てっきり和哉からかと思っていた俺は、訝しげに端末を手に取り通話ボタンをタップした。
「…もしもし」
「多岐瀬先輩ですか?お久しぶりです。由羅です」
「ああ…どうしたんだ、急に」
「月見里が、飲み過ぎて…ずっとあんたの名前を呼び続けているので、仕方なく俺から連絡させてもらいました。おい、月見里…電話、多岐瀬先輩」
由羅が和哉と同じ大学に通っているというのは知っていた。確か和哉とも、授業の課題製作のためにペアを組むことになった…という話もしていたような気がする。高校の時に比べたらだいぶ距離縮まったと思うんだけどな〜などと嬉しそうに話していた和哉の姿を思い出し、今日の飲み会にも顔を出していたのか…と灰島が関わること以外には無関心だった高校時代の由羅に思いを馳せ、少し意外だなと驚いた。
「んん…きょう〜」
「和哉か?お前…酔ってるのか?別に酒を飲むのは構わないけど、人に迷惑をかけるのは良くないだろ…それに…」
恐らく周りにいる人間にもあいつが俺の名前を連呼し続けているのを観察されているであろう様子を想像し、俺は頭を抱えた。やめてくれ…。自分でいうのもなんだが、俺たちの名前はそれなりに、特にパーセプションアートに携わる学生の間では知れ渡っている。あの『月見里和哉』が『多岐瀬響』の名前を叫び続けていた…なんて噂が広まったら、正直恥ずかしいし、いたたまれない。
「とにかく、その調子じゃ二次会なんて無理だろ。今どこにいるんだ?迎えに行ってやるから…」
「由羅です。それには及びません。俺が責任を持って送り届けますから…住所だけ教えていただけますか」
「そうか…悪いな。じゃあ、よろしく。マンションの前に着いたら迎えに行くからまた連絡もらってもいいかな」
「わかりました」
由羅との通話を終え、俺はほっと息を吐く。あいつのそばに永茜の頃から付き合いのある友人がいて良かった。俺と和哉の関係も、同棲をしているという話も、ごく一部の人間にしか話していない。それに由羅なら、余計な詮索はしないだろう。勘のいい奴だから、それとなく察してはいそうだが。
程なくして由羅から到着した旨の連絡が入り、俺は足早にマンションのエントランスへと向かった。てっきりタクシーで来ると思っていたが、マンションの前に停車する黒塗りのリムジンが視界に入り、由羅家にまで世話をかけてしまったのか…と今度由羅の兄に会った時にもお礼を言わなければ、と急いで車へと駆け寄ると、ちょうど和哉と由羅が降りてくるところだった。
「由羅…悪い、世話をかけたな」
「いえ…俺は別に。その、月見里にも日頃俺の方が、世話になっているので…」
俯き視線を彷徨わせながら俺へと和哉を引き渡す由羅の言葉に「案外、可愛いところあるんだぜ?あいつも」と自分のパートナーを少し自慢げに話していた灰島の顔が脳裏をよぎる。高校の時も、和哉とそれなりに良い友人関係を築き上げている様子を微笑ましく思っていたが、今なおそれが続いているようで嬉しかった。
「もっと月見里のことかまってあげた方がいいですよ。いまだにあんたのことになるとそいつ、うじうじして…また今日みたいなことになりかねませんから」
「…ああ。とにかく、助かったよ。ありがとう」
由羅に礼を言い、酔った和哉に肩を貸しながら部屋に戻るとそのまま寝室へと誘導する。
「おい、和哉…大丈夫か」
ベッドの縁へ腰掛けさせ、顔を覗き込むと和哉は暫くじっと俺の顔を見つめていたが急にベッドから身を乗り出し、ぺろりと俺の唇を舐めた。まるで猫のようなその唐突な和哉の仕草に俺は瞬きをし、「は…?」とまの抜けた声を出してしまった。
「へへ、びっくりした?きょうだ〜って思ったら思わず身体が動いちまった。なぁ、きょう、だめ…?」
「…俺は酔っ払いには手を出さないから。何?どうしたんだよ、お前がそこまで酔うってことは相当飲んだんだろ。何か嫌なことがあったのか?それとも…俺との生活に不満があるとか…」
先程の由羅の言葉を思い出し、それとなく和哉の本心を窺う。酔っ払いは厄介ではあるものの、日頃素直に俺に言えないことも、もしかしたら今なら口にしてくれるかもしれない…と期待を込めて俺はじっと和哉の瞳を見つめ返した。
「そんなんじゃないけどさ…あんまり響と会えない日が続いたりすると…さみしくて。帰ってきてさ、一人でご飯食べて、響のいないベッドで先に寝る時とか…。けど、響はわりと平気そうだし俺ばっかりそういう気持ちなのかな、とか考えちまって…」
「和哉」
俯いたまま言葉を紡ぐ和哉の頭を優しく撫で、和哉を安心させるように配慮しながらそのままベッドで横になるよう促す。
「それは俺も、同じだから。心配しなくていいよ」
「うん…。わかった」
「着替え、持ってきてやるから。酔いが覚めるまでそのまま少し横になっていた方がいいよ」
「響」
和哉の着替えを取りに行こうと俺が踵を返した瞬間、和哉に左腕を捉えられた。咄嗟に右手を突き、和哉をベッドへと押し倒すような格好になる。
「なぁ、きょう…」
「お前…まだ酔ってるだろ。さっきも言ったけど俺は酔っ払いには手を出さな…んっ」
俺の頬に両手を添え何度も啄むような口付けを繰り返す和哉に、ギリギリのところで保っていた理性が崩れそうになる。…恐らく記憶はあると思うから、明日色々と後悔するのは和哉の方だと思うけど。
「…最後まではしないからな」
「へへっ、なんだかんだ響って俺に甘いよな」