指輪 いつか自分の船を持つときの資金に、と渡された宝石。
それはおれにもシャンクスにも平等に与えられたもので、それはそれは高価で珍しいものだった。
オーロの船を降りた後、船長の最期を見届けた後でも手放せずに大事にしている。思い出のものだからとかあいつとお揃いだからとかそういうわけではなく、本当に珍しいもので今後手にする可能性が低い宝石だから。昔を思い出すのは何十年と経ってしまい懐かしさを伴うほど歳を食ってしまったから。
「……」
あとは、そんな希少な石をハデバカ野郎が指輪なんかにして持ってきたからだ。
毎回何かしらを持ってこの島にやってくるシャンクスは、今日は渡す物があると、問答無用にその指輪をおれの手に握り込ませてきた。指にはめてこなかったのは、手袋をしていて片手じゃ脱がせられないほどに拒んだから。
その指輪に、あのときの石が埋まっていた。
「懐かしいだろ」
「……返すぜ」
手袋を外してじっくりと観察して、やはり間違いがないと突き返す。しかしその指輪を受け止めるための手のひらは一向に出ることはなく「持っていてくれ」と、思わず土産じゃねぇのかと文句が出てきてしまった。
「貰ってくれるのか」
「貰うわきゃねぇ」
まるで答えがわかっていたようなつまらない反応。笑うわけでもなければ駄々をこねるわけでもない。視線だけは逸らさずにジッと言葉を発さない。
「あとで取りにくる」
「迷惑なもん置いていくんじゃねえ」
「少し野暮用だ」
理由なんざ聞いてない。
頑なに受け取ってくれないシャンクスに諦めてその指輪を光にかざす。
赤色の石。
人工灯よりも太陽の光で本来の輝きをみせる石。この石を貰った時に、無意識にシャンクスの色だと思った。
「捨てる前に取りにきやがれ」
「できるだけ早く迎えに行く」
動こうとしなかったくせに、指輪を引き出しに放り込んだ手は掴んで指を一本一本絡ませてくる。
「バギーはあの石どうした?」
「……売った」
何かあるたびに眺めたあの石は、結局今も手元に残っている。形見といえば誰もが納得するであろう理由はこいつに効くはずがない。
あるなんて言ったらこいつは欲しいというだろう。
「そっちも指輪にしないか」
「売ったのに何を指輪にすんだ?」
すっとぼけてこの話は終わりだと告げるために、宝石のように真っ赤なアルコールを注いだグラスを押し付けた。
そして、物惜しげに解放された手でシャンクスの額を弾く。
「そんなシケタ面して飲むならサッサと帰れ」
「お前なら売らない」
「売った売った。てめぇと別れた後に売った」
「バギー」
そもそもどこに行くのかも知らないのに、そこまでする義理もない。もちろんどこに行くと知っていたとしても指輪になんかしないが。
「やなこった」
「まだ何も言ってないだろ」
言わなくたってこの流れで面倒臭いことだってわかる。わかるのが嫌になっちまうぐらいに、この関係が続いている。知らない期間のほうが長いくせしてこれだ。
「指輪は指にはめとくものだ」
「海賊が何言ってやがんだ、あァ?」
「そう怒るなよ」
ちょっとしたワガママだというシャンクスの、お願いは速攻でお断りをして酒を煽る。
「おれたちゃ海賊だ。価値のある指輪は宝物で金になる。指輪をつけるつかないはカタギのやつらの戯言で、おれたち、おれとテメェにゃ関係のねえ話よ」
「関係ないことはないだろ。むしろ大アリだ!」
「へいへい。だったら持って帰りやがれ」
どうにか酒を飲む調子が戻ってきたシャンクスは「ひどい」と早くも三杯目。酒を飲むために怒って見せているとも感じ取れる。自分としてはこのままふざけた空気の酒を飲み終わりたいところだが、こいつはそうではないらしい。
「おれが迎えにこれなかったら、大切に持っててくれ」
「派手に断るぜ」
そんな知らせを受けた暁には速攻で海へドボンだ。
手振りもつけて払って見せると、嬉しそうに笑いやがった。