それはまるで茨のようで「あんたもひどい人だねぇ」
「どっちが」
赤髪が来るときは大抵機嫌が悪い。それが今日は一段と悪くなっている。理由は机に広げられた三つの宝の地図。嫌味なのか、無意識なのか、どれも示す場所は海の底。渡す相手が悪魔の実の能力者であることは充分わかっているはずなのに。
「とびきり美味しい酒は置いて帰らせたんだろ?」
「あたぼうよ。最低条件だ」
バギーと会って話をするための条件。
どこで約束したか知らないが、美味しいお酒か、お宝、もしくは宝の地図。どれかを必ず持ってくること。それを律儀に守っている赤髪はお酒は必ず持参し、時々お宝や宝の地図を持ってくる。三つも持ってくるなんて珍しいことだ。さぞや我らが座長は大喜びだっただろう。それ故に、機嫌の落下速度も酷いことは想像しやすい。
バギーが悪魔の実を食べた経緯は何度聞いてもバギーが悪いようにしか聞こえないが、本人にとっては赤髪のせいだというのは揺らがないものだ。
諸悪の根源を作った相手が、にこやかに海底にある宝の地図を持ってきた。
だからこそ、この機嫌の悪さ。
「それで? 本当に赤髪は帰ったのかい?」
「さアな。窓からしか入ってこねェ奴は、入ってきた窓からしか出られねェ」
バギーが自室から出てきた後、あの扉の向こう側は誰も確認していない。まだ帰っていない可能性がある以上、部屋の主人は特に確認する気は皆無だ。
「これぐらい許してやったらどうだい」
「許すもなにも、あのハデバカ野郎を許した覚えなんて一度だってありゃしねェ」
「許してないのにあれこれ持ってこさせるのかい?」
許してないから貢がせやってる、そういうバギーは宝の地図が指し示す場所を確認しながら航路を考えている。アタシもバギーも潜れやしない。喜んで座長に身を捧げる部下どもに潜らせでもする気なのだろう。
本当は自ら潜ってその手で引き上げたいはずだろうに。
そう考えると、ひどい人はどちらだろうかと思う。
「おや、戻るのかい?」
「酒を部屋に置いてきた」
ため息を吐いて頭を掻きつつも扉を開けた。重たい足取りで中へと入ったバギーは、少しして酒と一輪の花を手に持って帰ってきた。
「それは?」
「今日持ってきた宝石」
ガラスで作られた花弁に囲まれた真ん中には、血のように真っ赤な石がはめ込まれている。サイズは小さくともある希少なものらしく、ガラスで作られた部分も花脈や葉脈の模様が精巧でそこそこの値がつきそうだと。
「シャンクスにしては、センスが良すぎる」
その花をくるくると指先で回す姿は、赤髪がそれを贈ろうとした意図を探ろうとしているみたいで、見方によっては贈り主を思い偲ぶようにも見える。
愛を伝えるために一輪の花を贈るのはよくある話だ。
「いるか?」
「やだよ、そんな危ないもの」
他の誰かからの貰い物であれば喜んで受け取るが、相手が赤髪となれば話は別。あんなもの手に取った瞬間から悪夢に襲われそうだ。それほどまでにあの男はバギーに執着している。
誰が見ても明らかな独占欲。それなのに本人は気付くことはなく、危険なことだけを察しているから、余程の物じゃない限りすぐに手放そうとする。
「せめて次来る時までは、部屋に飾っといてやんな」
「恐ろしいこと言うんじゃねェ。そんなことしちまったら、アホみたいに上機嫌になっちまうだろうが」
「高い置き土産をしてくれたんだろ。だったらそれぐらい受け止めてやるのが船長としての器じゃないのかい?」
「おれァ、あいつの船長なんかじゃねーのよ」
それはごもっとも。
そう言いつつも適当に扱うことはなく、価値があるせいなのかどうなのかは定かではないが、広げたスカーフにそっとのせる。
「ったくよォ……」
重たいため息。
相も変わらずとんでもない男に愛されてしまった男は毎回同じため息を吐く。
「しゃアねェ」
そしてそれほどまでに面倒くさがるのに、毎回同じ甘さをみせる。きっと認めないだけでこの男も気が付いているのだろう。
自分がどんな態度を取ろうとも、あの男を振り切ることができないことを。